カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
バディーシステムを導入されているカードゲーム。
デッキのすぐに横にバディーカードを設置されており、ゲーム中、ずっとバディーの効果が使える。
そのバディーゾーンから俺に囁く。
「――ライフチャージ♡」
耳元で、またあの声が響いた。
高く、甘く、どこか艶っぽい。背筋を撫でるような、心地悪い快感。
《LIFE:19 → 20》
呪文カードを発動。
たったそれだけで、俺の体力は全快し――
敵の体力は、じわりと焦げていく。
《ENEMY LIFE:17 → 16》
「ふふ……また、回復したのね? 偉いわ♡」
声の主は、俺のバディ精霊《ルミナ=インフェルナ》。
光と炎、再生と焼却――本来なら相反する二属性を同時に扱う異端の存在。
外見は、赤髪のかわいい系のロリ巨乳。だがその微笑みには、確かに業火が潜んでいる。
「もっとよ……あなたが癒されれば癒されるほど、私は燃えるの。ふふっ、ねえ、感じて♡」
ぞわり、と背筋を走る甘い悪寒。
こいつは、俺の回復を――快楽として感じてやがる。
「……やれやれ、試合中だってのに」
俺は苦笑しながら、場に置かれたカードを睨んだ。
相手のデッキは、《火力速攻型》。速攻で殴り合うタイプ。
だが、こちらの回復バーンは“打たれてもすぐ戻る”のが強みだ。
「ファイヤー・アタック!」
相手が叫ぶ。赤く燃える精霊が突撃してくる。
《自分LIFE:20 → 19》
《ENEMY LIFE:16 → 14》
「っ……!?」
俺へのダメージと同時に、敵の体力がさらに2点減った。
《自分LIFE:19 → 20》
《ENEMY LIFE:13 → 12》
――回復時、確率でバーンが発動する。
つまり、回復していけばダメージを与える。
「ねえ見て? あの子、燃えてるわ♡」
「あなたの傷が癒えるたびに、誰かが焦げるの。……最高でしょ?」
ルミナの囁きに、相手がビクリと肩を震わせた。
当然だ。バディの声は、契約者にしか聞こえない。だが――
「なんだよ、お前……さっきからニヤついて……気持ち悪ぃ」
こっちは必死に耐えてんだ。ニヤついてるように見えたなら、それはもうルミナのせいだ。
「ふふふ……もっと♡ もっと癒して、もっと燃やして、もっと気持ちよくして♡」
「……勘弁してくれよ、お前が一番戦闘向きだわ」
相手は睨みつけてくるが、正直、今はそれどころじゃない。
なぜなら――
《LIFE:19 → 20(回復)》
《ENEMY LIFE:13 → 12》
「ライフチャージ♡」
「あっ♡ ……また、また燃えた……いい子ね♡」
――回復するたび、彼女は熱を帯びる。
俺は、回復すればするほどダメージを与える。
それが、俺たちだけの《回復バーンデッキ》だ。
「……どうしてお前だけ、そんな精霊が……!」
相手が吐き捨てるように言った。
その嫉妬、怒り、恐れ……全部知ってる。俺だって、最初はそうだったから。
この世界では、バディ精霊を持てる者は選ばれた存在だ。
ただでさえ特別。その中でも俺は、“歪んだ特別”だった。
回復で燃やす。
癒しで焼く。
憧れでも、賞賛でもない。
これは、恐れと警戒の目で見られる“異端の力”。
「俺は別に、望んだわけじゃねぇよ。こんなバディも、こんな能力もな」
「ええ、でも……あなた、気持ちよさそうよ♡」
「うるせぇ」
……さて。
回復は、あと1回。
あと1回、俺が癒されれば――あいつのライフはゼロになる。
「行くぞ、ルミナ。終わらせる」
「ええ♡ いっぱい回復して……私の中、溢れさせて♡♡」
……戦闘不能になるのは敵か、俺の理性か。
勝敗はもう、目に見えていた。
「ご主人様、相手弱かったねぇ~」
バトルが終わった途端、ルミナはふわりと俺の肩にもたれかかってきた。
その身体は熱を帯びていて、淡く光る。
精霊のくせに、肌の温度とか感じさせてくるの、ほんとやめてほしい。
「毎回、耳元で囁くのやめてくれない?」
「えー? なんでぇ?」
彼女は頬を膨らませながら、俺の耳たぶを指先でつついてくる。
「……なんか、こう……もぞもぞする」
「あっ♡ もぞもぞってどこがぁ? ねえ、耳? 胸? それとも……♡」
「そういうのやめろって言ってんだよ!!」
……と叫びつつ、俺の顔はたぶん少し赤い。
精霊なのに。カードの存在なのに。なんでこいつ、こんなに“人間的”なんだ。
「でもご主人様~、あんなにいっぱい回復して、いっぱい燃やして♡」
「それって、私といっぱい……交わったってことでしょ?♡」
「ちげぇよ!!!!」
やれやれ、と溜息をつきながら、俺は使用済みのカードを片付ける。
火傷一歩手前のような日常。それでも、嫌じゃない。
……いや、むしろ。
カードゲームも楽しいし、ルミナといるのも楽しい。
少し……少しだけ、えっちな気分になるけど。
でも、それも含めて――この日々は、悪くない。
~~
家に帰ると、誰もいない。
それは、いつものことだ。両親は共働きで、帰りは遅い。
俺が小学生の頃から、ずっとそうだった。
でも――もう、寂しくない。
そんな俺の願いを、叶えてくれたのがルミナだった。
カードから現れた精霊で、バディで、戦友で――そして、ちょっと変なヤツ。
「おかえりなさ〜い♡ 今日のごはんは何? レンチン? 冷凍うどん? コンビニ丼?」
「……チンしたカレー。温め直すだけ」
「カレー! わーい、私、見るの大好き♡」
「食べるんじゃないのかよ」
「見るの♡ ……あと、匂いを感じるの♡♡」
見た目は人間みたいだけど、精霊に味覚や嗅覚なんてないらしい。
でも、彼女はそれを「感じる」と言う。
俺が食べている姿を見て、自分も食べてる気分になるって。
……なんだよそれ、って思うけど。
でも、不思議と、うれしい。
中学生になっても、寂しいものは寂しい。
レンジで温めたレトルトカレーでも――彼女がいてくれるだけで、ちゃんと“ごはん”になる。
「おいしそうに食べるね、えらいえらい♡」
「……褒めるな。恥ずかしいだろ」
「じゃあ……ご褒美に、耳元でささやいてあげる♡」
「いらねぇよ!!」
バトルでも、日常でも、こいつは変わらない。
だけど、その“変わらなさ”が――
今の俺にとって、何よりありがたい。
~~
「――一緒にお風呂に入ろう♡♡」
「お前はカードだから入れないだろ。ふやけるに決まってる」
そう言いながらタオルを肩に掛けた俺に、ルミナはむっ、と頬を膨らませた。
薄いカード状の本体をひらひらさせながら、胸を張る。
「そんなことないよ! カードは“精霊の力”でできてるんだもん。核が落とされても壊れないよ!」
「いや、例えが極端すぎるだろ……てか核落として試すなよ」
「だから大丈夫! ね、早く♡」
ずい、と湯気立つ脱衣所へ押し込まれる――と思った瞬間、カードがふっと宙に浮き、きらりと光った。
次の瞬間、湯船の向こう側に人型のルミナが現れる。
肩まで湯に浸かり、ルビー色の髪をゆらりと揺らしてにっこり。
「ほら、私は精霊形態なら濡れても平気だし、ご主人様と一緒に入れるでしょ♡」
「……カードが濡れない理屈、そういう仕様かよ……」
お湯に入った途端、耳元に息が抜ける声が滑り込む。
「あったかいねぇ……♡ ねえ、今日はいっぱい頑張ったし、ここで回復しちゃお? “バス・リラクゼーション”ってことで♡」
「お風呂までカード用語にするな。しかも回復効果はねえよ」
「じゃあ私が《ささやきヒール》してあげる♡」
そう言って、彼女はすっと近づき、俺の耳たぶに唇を寄せ――
「ライフチャージ……♡」
背筋がぞわりと震えた。
熱い湯気より熱い声色。理性が蒸発しそうになる。
「ッ――! やめろっ、心拍数がオーバーヒートする!」
「だいじょうぶだよ♡ 心拍が上がるほど、私と“リンク”が深まるんだからぁ」
「リンクはいらない! 浴室でバーンダメージとか絶対事故るだろ!」
湯船の端に逃げても、ルミナはぴたりと距離を詰める。
感触はないが、ドキドキしてしまう。
「ご主人様、顔赤い。熱? それとも……♡」
「お前のせいだッ!」
思わず立ち上がると、視界がふらりと揺れた。
のぼせたらしい。湯気が視界を白く染め――
「あ、危な――♡」
ルミナが咄嗟に抱き留めてくれた。
華奢に見える腕が意外としっかりしていて、火照った身体を支える。
「……ありがと」
「ふふ♡ バディだからね。ご主人様が倒れたら私も困るもの」
「――でもやっぱ風呂は一人で入りたいな。心臓がもたない」
「えぇー? じゃあ、次は一緒に“水風呂”に入ろ? クールダウンってことで♡」
「それ、心臓にもっと悪いわ!」
そんなやり取りをしながら、俺はタオルで汗と湯気を拭う。
カードは濡れないらしいが――
俺の理性は思いっきり、ふやけてしまった。
~~
「ご主人様、学校どうするの?」
ルミナがソファに寝転びながら、ぽつりと尋ねた。
テレビではカードバトルの全国大会の再放送。
画面に映るのは、先週俺たちが勝ち上がった決勝戦だった。
「うーん……やっぱり、ここの学校かな」
俺はパンフレットをテーブルに広げながら、ため息混じりに答える。
名前は《アストラルカード学園》。カードゲームを専門に学べる、いわば“バトルエリート校”だ。
「全国から強いカードゲーマーが集まってくるっていうし……楽しそうだよな」
「うんうん♡」
ルミナは身を起こして、俺の背中にピタッと張りついてくる。
「進路も、プロプレイヤーになれるみたいだし、いい選択だと思うわよ♡」
「プロか……まあ、悪くない」
最近じゃ、カードバトルでプロになって稼ぐのも夢じゃない。
スポンサーも付くし、世界大会もある。
「でも、やっぱ一番の理由は――」
「私たち、最強だから♡」
ルミナが、俺のセリフを先取りした。
得意げに、でもどこか嬉しそうに笑っている。
「そうだな。俺たちなら、どこに行っても負けない」
「ずーっと一緒だもんね♡ ご主人様♡」
「だから、その呼び方やめろって……!」
そう言いながらも、自然と口元が緩んでしまう。
~~
入学して、すぐに友達ができた。
同じようにカードを愛して、精霊とバディを組む仲間たち。
ここでは、精霊と話すのは当たり前。むしろ、話さない方が浮くくらいだ。
「やっとまともな場所に来たって感じね、ご主人様♡」
ルミナの言うとおりだった。
この《アストラルカード学園》は、全国中から天才が集まるカードの聖地。
入学初日から対戦は盛んで、昼休みも放課後も、校内のバトルエリアは熱気であふれている。
俺はといえば――
今まで地元で無双していた時と違い、勝率は5割前後に落ちた。
「あれぇ~? ご主人様、今日も負けちゃったのぉ?」
「うるせぇ……黙ってろ……」
「でも♡ 最後のターン、回復呪文で“あれ”が聞けたから……私は満足よ♡♡」
「おまえなああああ!!」
悔しい。マジで悔しい。
でも、勝ったときの喜びは、その何倍も嬉しい。
読み合いの末に相手の罠を打ち破ったとき。
絶妙なタイミングでルミナのバディースキルが刺さったとき。
体中が震えるくらい、カードが生きていると感じられる。
「ふふ♡ 負けても勝っても、ご主人様と一緒なら……私、燃えちゃう♡」
「なんでも“燃える”で表現すんな!」
カードは火だ。勝負は火花だ。精霊は炎だ。
そして、心の奥底に灯ったこの気持ちは――
きっと、もっと大きな炎になる。