カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
クロとの激戦の翌日、教室の窓際で昼休みの風に当たっていると、リュウが声をかけてきた。
「昨日はナイスプレイだったよ。まさか、あそこまで追い詰めるとは思わなかった」
「いや……あいつ、デッキの回りも良かったし。俺は、出し切っただけだよ」
「それがすげーって言ってんの。あんだけハンデスされて、なおギリギリまで持ってった。普通なら折れる」
「リュウ、お前なら勝てたろ。俺は負けてるからなあ」
「そうやって自分を下げるな。たまには自分を褒めてけって。昨日のは、誇っていい試合だ」
一瞬、沈黙が落ちる。
その後、リュウは少し真面目な顔になって言った。
「……で、話があってな。ミコトがちょっと、スランプに入りそうなんだ」
「ミコト? あいつ、クロとよくバトってるし、順調そうに見えたけど」
「それがな。順調に見えるのが一番危ない。焦りは顔に出ないタイプなんだよ、あいつ」
「……そうか。でも、そういうのって、お前の方が上手く対応できるだろ?」
「たしかにな。でも、今回は……俺の勘がそう言ってる。たぶん、お前の方がいい」
「俺が?」
「お前、負けたやつの気持ち、ちゃんと分かってやれる。だから……頼んだ」
リュウの瞳に、いつもの軽口とは違う真剣さがにじんでいた。
リュウとの会話がひと段落したそのとき、背後から強い視線を感じた。
「……ねえ、ご主人様?」
振り返ると、そこには頬を膨らませたルミナが腕を組んで立っていた。
「ぺちゃぱいの相手するって本気? 今日は私とイチャイチャするって言ったよね?」
いきなりでかい声にたじろぐ俺に、ルミナは一歩近づいてくる。
「リュウに頼まれたんでしょ? それなら、あの子に声かけて断ってきてくれたら、家で一緒にアニメ見てあげる♡」
言葉の最後に小さくウインク。
「ね? 絶対だよ♡ 約束♡」
さらに顔を寄せて、甘く囁く。
「実は私、けっこう嫉妬深いんだから……♡ エッチなんだからね♡ どうなっても知らないよ?」
その笑みは、天使のようで、ちょっとだけ悪魔だった。
~~
「よぉ、ミコト」
声をかけると、彼女はほんの一瞬だけ間を置いて振り返った。
気のせいかもしれないが、その表情には少しだけこわばりが見えた。
「どうしたの?」
口調はいつも通り。でも、どこか壁がある。
「えーっと……カードショップ、行かないか?」
一瞬、ミコトの眉がぴくりと動いた。
「女子をカードショップに誘うなんて……って思ったけど」
言葉を切って、肩をすくめる。
「ま、私たちの関係で、他に行くとこもないか。喫茶店行ったって、結局カードの話になるだろうし」
「だよな」
主人公は小さく笑ってうなずく。
ミコトも、少しだけ微笑んだ。
「じゃあ、行こっか。ちょっと辺鄙な場所だけど──あそこなら、落ち着ける」
「店長はいかついけど、びっくりしないでね。いい人だから」
その横顔は、まだどこか悩んでいるようだったけど。
でも、ほんの少し──心を開いてくれたような気がした。
~~
「兄ちゃん、昨日のバトル、どうだったんだ?」
「ハンデス使いには負けてしまったよ。でも、結果にはわりと満足してる」
「そっか、よかった!!」
店長は素直に喜んでくれる。そして、ちらりと隣を見る。
「そういえば、メールで言ってた女の子って、この子かい?」
「ああ。ミコト、今日は接待してくれるって言ってくれてる」
「よろしくお願いします!」
元気よく頭を下げる店長に、ミコトは小さく会釈を返した。
「兄ちゃんと同じ学校ってことは、強いんだろう?」
「そ、そんなことないです……」
彼女は目をそらし、少しうつむいた。
いつもなら「同じくらいよ」なんて軽く返してくるはずなのに。
その控えめな姿が、どこか痛々しくも映った。
クロの試合を見て、焦りを覚えてしまっているのだろうか。
「……デッキの構築と軽くバトルしてやってくれればいいから。今日の分のバイト代もちゃんと出すよ」
そう言って笑う俺に、ミコトは一瞬だけこちらを見たが、また視線を落とした。
ミコトの表情を見ていると、リュウの心配が何となくわかった。
この学園に閉じ困った生活をして順位を争っていると、
自分がカードゲームの世界に置いて行かれるのではないかという不安が襲い掛かってくる。
気づかないふりをしていたけれど、
心のどこかで、その溝を意識していた。
きっと、ミコトも同じだ。
追いかけてきた背中が遠のいていくのを、肌で感じている。
俺は……負けたくないと思っていた。
勝敗ではない。順位やランクでもない。
ただ――
閉ざされたこの空間のなかで、誰よりも先に「自分が置いていかれる」ことが、怖かった。
ただ、ここは違った環境だから。
ミコトなら、いい景色をすぐに見つけられると思う。
~~
「姉ちゃんも、強いんやろう?勝負してくれないか?」
そう言って、カードショップの常連らしいリーマン風の男がにこやかに声をかけてくる。
「はいっ!! 早速やっちゃいましょう!」
明るく返すミコト。だがその表情の奥には、どこか張りつめた空気があった。
──今の自分が、誰かの期待に応えられるか確かめたかったのかもしれない。
対戦が始まる。
相手のデッキは《火・自然》の速攻型ビートダウン。
目新しさはないが、カードの扱いが丁寧で、無駄な動きがない。
(バニラカードが多い……けど、無理に派手なことをせず、回る動きを選んでる)
ミコトは静かに感心する。
彼のバディースキルはシンプルで効果も控えめ。
精霊以外のバディーならしょうがない。
──でも、ちゃんと活かそうとしている。
「兄ちゃんみたいに、デッキを見てくれ」
対戦後、相手は恐縮しながらも、恥ずかしそうにデッキを差し出す。
ミコトは一枚一枚丁寧に眺める。
「デッキのコンセプトは悪くないですね。速攻獣で畳みかけるタイプ……たしかにカードパワーは低いですけど、戦えてますよ」
「ほんまに? けど、ドローが……」
「そうですね。ドローソースがあれば安定しますけど、あれって高いですもんね」
ミコトは少し頭を書あけている。
「バックヤード、見せてください。もしかしたら、使えるカードがあるかもです」
「……何度も自分のカードは見たけどなあ。ないと思うよ。もう、何周もしてる」
ミコトが微笑んで言うと、リーマン風のおじさんは苦笑しながら首を振った。
「でも、別の視点で眺めてみると、意外と変わるかもですよ」
「さっきの対戦でも、コンボの入り方すごくきれいでした。もったいない部分を少し変えるだけで、印象がガラッと変わるかもしれません」
「……あそこの学生さんにみてもらうのなら、参考になるかもな」
そう言って、おじさんは小さく笑って、バックヤードの箱を差し出してくれた。
おじさんのバックヤードをあさってみると、たしかに属性の違うカードしかなかった。
光、闇、水、火、自然、混ざりまくっている。まるでオリパの外れ枠の寄せ集め。
でもミコトは、どこか楽しそうにカードを指先でたどっていた。
(みんな、本当にカードが好きなんだな)
やがて、目が止まる。
「――あ。光の玉手箱、見つけました!」
ミコトの声が少し弾む。
「いいね!! 私、2枚しか持っていなかったんです。デッキ調整用にもう1枚欲しかったの」
「ほら、意味ありましたよ。私のほしいカードがちゃんとありました」
「トレードしませんか?」
「……あんた、兄ちゃんと同じ回復使いだったね」
おじさんが笑う。ミコトもうなずいた。
「はい。あの人、実は《光の玉手箱》3枚持ってるんですよ。チャージャー持ちで、ドローと回復が両立できて……強いですよね」
おじさんは感心したように「うんうん」とうなずく。
ミコトはさらに2枚のカードを取り出した。
「これも良いですね」
——6コスト/火・自然属性/獣/4/4
召喚時、自分の他の獣全てに+1/+1
——3コスト/自然属性/獣/1/1
場に出たとき、自分のマナゾーンを+1(ランダムなゾーンからコストが増加する。)
「この3コストのカードは、リソースを減らさずに展開できるからおすすめです。コストを伸ばしながら場を保てますよ」
「……いいのかい? その3コストの獣だけでも十分釣り合ってる気がするが」
ミコトは小さく笑って首を振った。
「大丈夫です。精霊がいるので、私、カードは必要になれば作れるんです」
「でも、誰かの役に立てるなら、そのほうがカードたちも喜びますから」
おじさんは、しばらく黙っていたが――やがて、小さくつぶやいた。
「……あんた、いい子やな」
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数十人のデッキを見て回った。
本当にさまざまだった。
そのすべてに、誰かの「好き」が詰まっていた。
ほんの数分の会話、ほんの数枚のカード。
けれどそれだけで、その人の人生の一端に触れたような気がした。
(自分、昔は……)
入学前、ミコトは「圧勝」ばかりしていた。
周囲の誰よりも勝ち、誰よりも回し、誰よりも理解していると思っていた。
――天才、だと。
だからこそ、いまの自分の環境は、「ねじ込まれてしまった」とさえ感じていた。
だけど――違った。
弱くても、勝てなくても、カードを好きでいられる。
楽しく回せるだけで、嬉しくなれる。
負けても、「もう一回」と笑える。
(……勝ちたいって思っていいし、楽しいって思っていい)
(そのどちらも、間違ってなんかないんだ)
勝つことがすべてじゃない。
強さが正しさでもない。
どんなデッキでも、どんなプレイでも、その人が本気で楽しんでいるなら――
それは、かけがえのない"正解"なんだ。
カードは自由だ。
そして、プレイヤーも、自由なんだ。
~~
バイトが終わり、俺はミコトに話しかけてしまった。
「ミコト、どうだった?」
俺の問いかけに、ミコトは空を見上げた。
少しだけ目を細め、そしてゆっくりと言葉を選ぶ。
「……言葉じゃ言い切れないけどさ」
「ただね。自分って、狭い世界で生きてたんだなって思った」
俺は黙って耳を傾ける。
「でもね、強くなりたいって気持ち――それが弱くなったわけじゃない」
「いろんな想いがある。好きとか、悔しいとか、楽しいとか。全部、そこにあった」
「それを、単純な“強さ”だけで片づけちゃいけないんだよね」
少しだけ声を落としながら、でもその目は揺るぎない。
ミコトは自分の思いを語りたいだけ語っており、不安を吐き出しかったのだろう。
「才能、環境、運……たしかにそれで実力は決まる。思いだけじゃ勝てないこともある」
「でも、それでも――いまの私は、強くなりたいって気持ちは誰にも負けてない」
ミコトは本当の思いを吐露してきており、カースト制度にくるんだ気持ちを吐き出している。
「今回の中間テスト、あなたに勝ちたい」
ミコトは俺をまっすぐ見て、宣言する。
「俺も、お前に勝ちたいよ」
俺も握手して、想いをしっかりと噛み締めたい。