カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
とうとう、中間テストの1週間前。
俺たちの通うカードゲーム専門の学園では、当然ながらペーパー試験なんてものは存在しない。
代わりに行われるのは――50戦におよぶ対人対戦。
学年内の生徒とランダムに組まれた相手と、5日間かけて1日10戦のリーグ戦をこなしていく。
体力も集中力も削られる、まさに“総力戦”だ。
当然、テストが近づくにつれて、校内の空気はピリピリと張りつめていく。
休み時間も、放課後も。
誰もが勝率を上げるため、必死にデッキを回し、研究し、最後の追い込みをかけていた。
日ごろの対戦経験、パック運、カード収集の効率――
全ての積み重ねが試されるこの舞台。
だけど、分かっていても……追い込みたくなるのが人間ってやつだ。
「テスト勉強がいらないって、やっぱり最高だよね」
ミコトはにこにこと笑っていて、追い詰められた様子はまるでなかった。
「たしかに。気楽にやってくしかないけど……それでも気は張っちゃうよな」
俺は苦笑しながら、つい口を挟んでしまう。
すると、背後から声が飛んできた。
「お前たち、今回はきっと順位上がるぞ」
リュウだった。自信ありげな口調だ。
「私ね、ダンジョンで拾ったおこぼれとか、クロとの連戦でだいぶ鍛えられてると思うんだ。前回の47位は、超えたいな」
※47位──100人中のちょうど中間だ。
「俺も52位だったし、少しはマシになってる……と信じたい。勝率も、上がってきてるしな」
「お前ら、本気出せば5位以内、いけるって」
リュウの目が輝いている。
「学園代表になれば、“セントラルカード高校”の紅白戦にも出られるんだぞ!」
その言葉に、ミコトは穏やかに首を振った。
「もちろん全力でやるよ。でもね……今回のテストがゴールじゃない。あくまで目安」
「焦らず、長期的に積み上げていくほうが大事だと思ってる。心を削ってまでやるものじゃないし、カードゲームは楽しんでこそ、でしょ?」
そう語るミコトの声は静かで、だけど芯があった。
彼女は、自分のペースで“勝ち続けるつもり”なのだ。
何かが変わっており、スラップに落ちる感じも見受けられない。
「……だな。ハイになりすぎても空回るし。俺も、ちゃんと全力でいくよ」
彼女の成長を噛み締めていた。
「おまえたち、すごいところにいるな」
リュウがじっと俺たちを見つめて言った。
「自然体でいいと思うよ。確かに俺も、がつがつはしていないしな」
その言葉には、ゆるぎない自信と、どこか穏やかな余裕が感じられた。
ランキング1位のリュウでさえ、今の俺たちの姿勢を認めている。
「焦らず、でも確実に強くなっていく――それが一番だ」
そう締めくくり、リュウは静かに微笑んだ。
~~
俺はソファに腰かけ、パックを剥き終えたばかりだった。カードの香りとともに、落ち着いた気分が広がっていた。
「ご主人様〜、今日のクラスメイトとのバトル、全勝だって〜♡」
ルミナがにこにこと寄ってきた。
「プレイが丁寧だったよ〜。男の余裕ってやつ? しびれちゃったなぁ〜♡」
「やっぱ、ご主人様、強くなったね。前なら絶対焦ってたと思うよ?」
「……そうかもな」
俺は静かに笑った。
「今回のテストは、全てをかける勝負じゃないって思えてる。力を抜くんじゃなくて、力の入れどころが分かってきた感じだよ」
「でもクロとのバトルのときは、ガチだったじゃん?」
ルミナが小首をかしげる。
「うん。あれは俺の価値観に関わる問題だった。プレイヤーとして舐められて、それで中途半端な試合なんかしたら、一生引きずる気がしてさ」
「なるほどね~。でも本来なら、テストのほうをがんばるべきなんじゃないの〜?」
「それはそうだけどさ。でもな、クロとのバトルで一つだけ大事なことに気づいたんだ」
「何なに?」
「“光の墓の守り手”。あれ、苦労して手に入れたけど……結局活躍したのはカードショップでトレードしたカードだったんだよな」
「たしかに、光の墓の守り手。出るの遅かったもんね」
「小さい積み重ねが大事ってこと。日ごろのバトルで必要なカードをイメージできているかだよ」
たしかに、新しい環境に飛び込んだことも大きかった。けど、カードに対する関心や準備は、ずっと前からの積み重ねだった。
光の墓の守り手の売っているカードショップの情報も、デッキ調整を行った客のカードの見方も積み重ねだと思う。
「ご主人様~、大きくなったねぇ~♡」
ルミナがにこにこしながら肩に寄りかかってくる。
「私はうれしいよ~。プレイも落ち着いてるし、ちゃんと相手の動きも読めてるし。前とは全然違うよ~」
「……ありがとな」
「え? もしかして、"大きくなった"って、変なところ想像した~? ご主人様、えっちだね~♡」
「……思ってないって」
苦笑しながら否定するが、ルミナはますますにやけている。
ルミナなりに俺の緊張をほぐそうとしている。
緊張してないつもりでも、どこか張り詰めていた自分に気づく。
ルミナの軽口は、そんな俺をうまくほぐしてくれていた。
~~
テスト1日目。
……驚くほど、プレイが軽かった。
本当に、拍子抜けするほど。
まるで昨日までの緊張が嘘みたいに、身体が動いた。
10戦10勝。気がつけば、あっさりと全勝していた。
「……え、マジか。俺、今日全部勝ったぞ」
「ふふっ。あんたも全勝? 私も、なんとか行けたよ」
ミコトがニコニコと笑いながら寄ってくる。
「マジで今日は調子よかったな。明日もこの流れ、持っていきたい」
「全勝は、8人だけらしいよ」
「ここからが本番だよな。崩れる人も出てくる。だからこそ、気軽に、だな」
「そうそう。肩の力、抜いていこう」
ミコトの笑顔に、自然と心が軽くなる。
テストはまだ始まったばかり。
けど、悪くないスタートだ。
~~
テスト2日目。
……またしても、全勝してしまった。
「マジかよ……」
思わず呟いた声に、実感がこもっていた。
10戦10勝。2日連続、ノーミス。
こうなると、自然と頭をよぎる。
――もしかして、5位以内、狙えるんじゃないか?
「私も全勝しちゃった……! ほんと、すごいね……」
ミコトが息をつきながら笑った。
けど、その笑顔はどこか引きつっている。
「平常心、維持するのって難しいね。手が震えそうだったもん」
「明日からが本番って感じだよな」
「50位以内としか当たらなくなるし、難易度が跳ね上がるしな」
「0欠損、7人だけなんだって」
“欠損”という表現。まさに“減点方式”。
負けた数が、そのまま実力を示す。
上位層では、それが当然の感覚だ。
下位と当たらなくなるため、減点が加速してしまう。
10位の実力者ですら、50位に負けることがある。
それがカードゲームの怖さであり、面白さでもある。
――ここからは、ミスが命取りだ。
「今、キリキリしてもしょうがない。出せるものを、出し切るだけだろ?」
俺がそう言ったとき、後ろから声がかかった。
「上位争いは、胃が痛くなるよな」
リュウが割り込んでくる。
「でも言ったろ? お前たちなら、上位に行けるって」
「……いやいや、2日目だって。浮かれるのは早いよ」
「浮かれるくらい、調子が良い証拠だ。油断しなきゃ、それでいい」
リュウはそう言って、軽く肩を叩いていった。
~~
緊張と期待が入り混じる2日目の夜。
勝ち続けたことで、プレッシャーも一気に重くなっていた。
2日連続で全勝。
そのせいで、勝つことより“負けない”ことに意識が傾いてしまう。
――これは、メンタルが削れる。
「ご主人様~~♪」
いつもの調子でルミナが現れる。
「ストレッチしましょ~!筋肉、かっちかちだよ~」
「固くなっていいのは、あそこだけでしょ♪」
「……いきなり何言ってんだ」
「ほらほら、ハムストリングスがキマってる~。いきなり伸ばしたら、ブチッていくよ?」
言われるままに、足を伸ばして、背筋を伸ばして、上体を倒していく。
……気づけば、全身が固まっていた。
焦り、緊張、重圧。全部、身体に出ていた。
でも――
ストレッチに集中していくうちに、不思議と呼吸が整っていった。
「……ルミナ、ありがとう。少し気持ちが軽くなったよ」
「それは、ご主人様が勝手にほぐれただけでしょ~」
「私、マッサージとかしてあげられないし。触れないからさ~」
ルミナは精霊。カードパックを渡すときだけ、かすかに触れられる存在。
だからこそ、その言葉はどこか切なく、優しかった。
「でも、言ってくれなかったら、“負けない”ことに縛られてたと思う」
「明日も、気軽に“勝つ”プレイをするよ。負けるときは、仕方ない」
「この2日で、自分が強くなったって実感できた。それだけで、十分だ」
「……ご主人様、大きくなったねぇ~」
「――って、そこから先は言わなくていいから」
「え~!ジョークの続きを封じるなんて、生意気だぞ~?」
ふざけたような口調なのに、そこにはちゃんと優しさがある。
こうして、いつものように寄り添ってくれる。
プレッシャーを軽くしてくれる。
やっぱり――
ルミナは、最高のバディだ。