カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
夜風はひんやりしていて、空には星がくっきりと浮かんでいる。
ルミナは俺の隣にぴたりとくっつきながら、肩に軽く頭を預けてきた。
「ご主人様~、崩れないってさすがだね~」
「3欠損で抑えてるって、普通じゃできないよ? それって──すごいことだよ」
「ありがとう」
「……あのミコトに勝てたのは、自信になった」
俺がぽつりとそう言うと、ルミナは小さく頷いた。
「──あのぺちゃぱい、強かったね~」
「他の1桁欠損の子たちとは……何かが違ってた」
「……負けてた相手が、トップ3のメンバーだけだったからな」
俺が続けると、ルミナはくすっと笑って、俺の顔を覗き込んでくる。
「で、そこに──ご主人様も並んでるんだよ?」
「トップレベルの連中と、ちゃんと肩を並べてる」
「……そうでもないよ」
「クロには、ボロボロにやられた」
「まだ最終日がある。ユカリとリュウ……あのトップ2が残ってるし」
「それに、他の上位層も……かなり残ってる」
そう言いながら、俺は手元のカードを一枚一枚見直す。
「最終日ぎりぎりで、デッキ調整って……何か考えがありそうだね」
ルミナがちらりと俺の手元を覗き込む。カードを並べる俺の動きを、好奇心たっぷりに追っていた。
「まぁ~な。3~4日目の上位層のデッキを見てて、気づいたことがあった」
「それは……欠損を恐れるがあまり、守りが強くなっているってことだ」
「でも、“ぺちゃぱい”は、違ったじゃん」
「うん、あの“ぺちゃぱい”と上位陣の違い、わかったよ」
「確かに回復はしてたけど、それは“守るため”じゃない。モンスターを強化するためだった」
「ミコトは、最初から“育てる”って方針をしっかり決めてた。守るって考えがそもそもなかった」
「良くも悪くも、のびのびしてたんだよな」
俺はカードを一枚持ち上げて眺めながら、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「うんで、ご主人様は──少し攻めッけのあることをしようとしてるんだね」
「明らかに、おかしいカードを眺めてるのは……そのせいか」
ルミナが俺のカードをしっかりと眺めこんできた。
「そう思うよな。でも……クロに最後、噛みつこうとした時のあの一手」
「他のプレイヤーに刺さったら、あれはかなり強い」
諦めそうになって、踏み込んだあの時の一手を考えていた。自分でもあそこまでの爆発力があったと思えなかった。
「最悪、腐ってもコストゾーンに置けばいいし。ご主人様のデッキ、安定感あるから──遊びの余裕はある」
「でも、すごいなぁ。欠損を避ける戦いで、“攻める”戦法を選ぶなんて」
「明日の相手は……安定感だけじゃ絶対に勝てないからね。特に──リュウとユカリには」
ルミナは俺の言葉を聞きながら、ふふっと小さく笑った。
夜風が少しだけ冷たくなった気がした。
この激しい上位争いも明日で最後だ。
~~
試験最終日。
初戦、二戦目、三戦目と、順調に勝ち進んだ。全てストレート勝ち。
デッキを調整した成果はしっかり出ていた。攻めを意識した構成が、安定重視のプレイヤーたちに刺さっていた。
四戦目──対戦相手は、学年1位のリュウ。
さすがにリュウも、ここまでに一敗は喫していたらしく「欠損1」。
40戦以上を戦って、完璧無敗はやはり難しい。
とはいえ、実力は疑いようもない。
試合の中盤、リュウは連続召喚からのドラゴンラッシュ、連ドラ戦術を的確に決めてきた。
押し切られる形で、俺は敗北を喫した。
試合後、リュウが笑って話しかけてきた。
「お前……攻めたデッキに変えたな」
「リュウみたいな格上がかなり残ってるんだ。安定は少し捨てて、賭けに出ただけだよ」
「前のデッキでも……たぶん負けてた。結局、力の差ってのはあるからな」
「やっぱ……お前、すごいよ」
勝ったリュウにそう言われてしまった。
何とも言えない感情が胸をよぎる。
……誇らしさと、悔しさと。
六戦目、火・自然のビートダウンに対しても苦戦。
一気にテンポを奪われて押し切られた。これは完全にデッキ相性の差だった。
これで欠損は5。
最終戦まで連勝して、欠損数は維持することができた。
最後の相手は、学年2位のユカリ。
~~
俺とユカリの試合開始は、予定より少し遅れていた。
どうやら、担当予定だった審査員の一人が体調を崩したらしい。
その代わりの準備に時間がかかっている、とのことだった。
俺は知らなかったが、試合会場の周囲には次第にざわつきが広がっていた。
廊下の窓の外やモニター前には生徒たちが集まり始めていた。
「毎回、毎回……あいつって、客を集める試合ばっかするのね」
ミコトがぼやきながらスマホを開き、学校のサーバーにアクセスしている。
画面には、今から始まる試合のライブ配信予告が表示されていた。
「先生たちも、学園全体にネット配信するって……マジでやばいよな」
「でも、わかる。あいつが5位以内に入れるかの試合、生徒全員に見せたい気持ちも」
リュウが苦笑しながらミコトに声をかけた。
「ミコト、5位以内確定おめでとう!!」
「ありがとう。でも、欠損2って……あなた、相変わらず化け物ね」
そう言ってミコトはリュウの顔をじっと見つめる。
(※)欠損させられた相手
ミコト:欠損5(敗戦相手:俺、リュウ、クロ、ダークベジタブル、ユカリ)
リュウ:欠損2(敗戦相手:ダークベジタブル、赤青速攻)
その背後から、軽い足音と共にクロが現れる。
「……で、あいつが負けたら、同着5位で決定戦になるわけか」
後ろからクロが話に加わる。
クロ:3(ダークベジタブル、リュウ、ユカリ)
「……負けても5位ではあるけど、本人はそんなこと考えてないだろうな」
「ただ、ベストを尽くす。それだけしか頭にないわよ、あいつは」
「お前たち、どっちが勝つと思う?」
リュウが問いかけると、一瞬空気が止まったようになった。
「さすがにユカリでしょ。欠損2で済んでいるんでしょう」
「ユカリ……」
2人はさすがに学年2位の人間を選んでしまう。
「……俺は、あいつに賭けるよ」
「こういう時のあいつは、奇跡を起こしてくる。滑ったとしても、きっと、いい勝負をする」
リュウが静かに言った。
「たしかに、同じ学年の生徒に見せてる時点で……先生たちも、あいつに期待してるんだよね」
ミコトがスマホから目を離して言った。
「もうすでに、爪痕は残してるわね。上位とばっかり当たって、しかもあのミコトにすら勝った」
どこか誇らしげな、それでいて悔しさを滲ませたような声だった。
「それにな──あいつ、今日のためにデッキを調整してきてる」
リュウの声が低く響く。
「俺は……攻めた構成に切り替えた。欠損を避ける戦いの中で、あえて安定を捨てて、踏み込んだ」
一瞬、誰もが言葉を飲んだ。
「──だからこそ、分かるんだ」
リュウは空を見上げるようにして言う。
「今のあいつには、奇跡を起こす“気配”がある」
その場の空気が、少しだけ変わった。
ただの応援じゃない、同じ上位に立つ者たちの“本気の注目”。
静かに、そして確かに──勝負の空気が、濃くなっていった。
~~~
「ご主人様、泣いても笑っても──これが最後の試合だね」
「うん。最後も、全力でね」
その言葉は優しくて、どこか背中を押してくれるようだった。
「そうだな……全力を出し切る」
俺は深呼吸して空を見上げた。緊張はある。でも、決して押し潰されてはいない。
「ふふっ、いい感じに力が抜けてる」
「──お待たせしました。それでは、試験最終戦、開始します!」
アナウンスが響いた瞬間、空気が一気に張りつめた。
俺の前に立つのは、学年2位──ユカリ。
長い銀髪を風になびかせながら、静かに目を閉じ、カードを構えるその姿は、まるで舞台の幕開けを告げる役者のようだった。
「よろしくお願いします」
ユカリの声は柔らかい。でも、その奥にある気迫は、本物だ。
彼女の使うのは、自然・風属性のシルフデッキ。
バディースキルは、毎ターン1/1のシルフを手札に加えるもので、5プレイ目以降はそのコストがゼロになる。
プレイ回数によって動き出す──繊細で緻密なデッキ。
一見、小さな力の積み重ねだけど、噛み合えば圧倒的な展開力を生む。
つまり、こちらが手を緩めれば、一気に押し流される。
しかも、ユカリはその繊細さを最大限に活かす構築をしてくる。そんな相手だ。
「俺のターン──!」
手札を確認しながら、最初の一歩を踏み出す。
「1コスト、チャージ!」
コストゾーンに赤のカードが置かれ、微かに炎のエフェクトが走る。
「《小さな火の粉》、発動!」
パァンッと乾いた音とともに、火花が弾けた。
「自分のライフを1点削り──」
「同時に、相手のライフにも1点のバーンだ」
「さらに、手札を1枚捨てる」
ほんのわずかな犠牲。でも、これは仕込みだ。
山札の奥に眠る爆発力を引き出すための、小さな火種。
俺は一枚のカードを高く掲げた。
「マッドネス、発動! 手札1枚を捨て──」
「《原初の脈動獣》、召喚!」
雷鳴のような咆哮が幻想演出として響き渡る。
フィールドに降り立つ3/3の獣は、緑のエネルギーを脈打たせながらその場に現れる。
「登場時効果発動──自然に、2コストをチャージ!」
コストゾーンに2コストどこからとなく湧き出てきた。
俺の不意打ちのようなプレイに、ユカリは一瞬だけ目を見開いた。
感情を顔に出さない彼女にしては珍しい反応だった。
それでも──すぐに冷静さを取り戻し、彼女は静かに次のターンを迎える。
だが、もう遅い。
俺の2ターン目。コストはすでに4まで伸びている。
手札を確認し、ためらうことなくカードを差し出す。
「《光の輪廻律》、設置──!」
煌めくような光の結界がフィールドに展開される。
このカードは、"回復するたび" に、回復系カードを1枚、ランダムで生成し、手札へ加える設置魔法。
しかも、フィールドにはすでに《原初の脈動獣》──3/3のモンスターが立っている。
このターン、ユカリには攻撃の選択肢がない。
安全に、じっくりと、準備が整っていく。
(回復バーンの地盤は、もうできた──)
俺のデッキは、自傷と回復の二面性を持っている。
回復すれば燃える、火が起きる。
自分の命を削って火をつけ、回復で燃料を追加する。
まるで爆薬のような動きだ。準備が整った瞬間、爆ぜる。
そして今──その「爆ぜる」準備は、わずか1ターンで整った。
会場は静まり返っている。
解説すら止まったかのように、時間が凍る。
この試合は──もう、決していた。
開始たったの1ターン。たった数枚のカードで、流れはすべて俺のものになった。
もちろん、それが偶然だったとは言わせない。
ここまでに至るには、多くのものを削ってきた。
中間試験で見た上位層──欠損を恐れて、みな守りに入った。
速攻への対策ばかりで、ディスカード(自分のカードを捨てて、攻めること)などの特殊な戦法への意識は希薄だった。
自分は絶対にいつもと違った戦法は取らない。そんなことで欠損したくない。
だからこそ、そのスキを突くため、ほんの少しだけ、危うい構築を混ぜ込んだ。
不安定だと笑うかもしれない。実際、安定とは程遠い構成だった。
でも、それでも──
(これでなきゃ、ユカリには勝てない)
守りのままでは負ける。
昨日までのデッキなら、間違いなくテンポで押し切られていた。
だから賭けに出た。それが正しかったかどうか──もう結果が教えてくれる。
俺の最後の戦いは、すでに勝利という形で応えてくれていた。
~~
「あいつ、すごいわね……」
ミコトがぽつりと呟く。
「一番、上位戦から離れていたのに──」
スマホに映る試合を、じっと見つめていた彼女の指先が微かに震えていた。
「なのに……今、この上位層の“メタ”を動かしてるのは、あいつなんだ」
誰もが驚いていた。だが、ミコトだけはその意味を本質で理解していた。
4日目──彼女は戦ったばかりだ。
それなのに、たった1日で、彼のデッキはまるで別物になっていた。
自分だって上位層で戦っていたはずなのに、環境の「流れ」が形成されつつあることすら感じ取れていなかった。
守りに移り、安定を求めたデッキばかりになっていく──
その“空白”に気づいて、そこを突いた。
「……これで言えるのは、上位戦の本質を一番理解しているのは、あいつだということ」
ミコトの声に、観戦していたリュウもクロも無言で頷く。
あの一手は、ただの“良い引き”ではない。
明確な意思と、環境理解に裏打ちされた狙撃だった。
「一番、意識していなかったからこそ──遠くから、この環境を俯瞰できたのかもしれない」
「それに……気楽にやるってことの難しさも、教えられるな」
勝ちにこだわらなかった。
でも、その姿勢が、いつしか“勝ち筋を見極める眼”を鍛えていた。
本気になった瞬間、環境に風穴を開けてみせた。
その一撃は──確かに、上位層全体を震わせた。
こうして、俺の中間試験は終わった。