カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
俺は、上位5人に入ったことで、“セントラルカード高校”との紅白戦の説明を受けていた。
形式はシンプル。
5人対5人のチーム戦で、5戦して、より多く勝った方が勝利。
順番は固定。
先鋒(3位) → 次鋒(5位) → 中堅(4位/俺) → 副将(2位) → 大将(1位)
そして重要なのは、情報共有のルールだった。
試験で行った5試合分のログを、そのまま相手校に送る。
向こうも同じく、5試合分のログをこちらに送ってくる。
説明が終わったあと、俺たちはその場で少し言葉を交わした。
「先日の試合、ほんと驚きました。まさかディスカードから来るとは……」
ユカリは、ニコニコと笑いながら言う。
「たまたまだよ。流れが良かっただけさ」
「謙遜するなって。今回の試験、一番理解してたのはお前だ」
リュウが、さらっと褒めてきた。
「うん。次の試験では、上位層の中でメタを読むことが当たり前になるだろうね」
クロも続く。
流れるように、ミコトが話題を変えた。
「……ってことで、とりあえず、試験終わったし。次、行こ?」
「心も体もヘトヘトだよ。データ来るまで、休もうよ」
「それ、賛成」
みんなが頷いた。
どうせ敵のログが来なきゃ、戦略も組めない。
メタなんて読みようがない。
今は、ひと息つく時だった。
~~
休憩――と言っても、俺はカードゲームが好きだ。
毎日30戦くらいは平気で回してるし、ラフに遊ぶ分にはまったく苦じゃない。
最近はほとんど全勝してるし、使ってるカードもかなり仕上がってる。
適当に回すだけでも、ちょっとした気分転換になる。
要するに、ここで言う“休憩”ってのは――
ガチガチに勝ち筋を追い詰めるような試合はしない、ってこと。
勝ち負けを強く意識しない、気楽なプレイ。
それだけでも、ずいぶんと違うもんだ。
久しぶりに、ルミナとゆっくり過ごす時間を作ることにした。
ちょっと悪いとは思ったが、今はルミナとの時間を優先したかった。
こんなに静かでのんびりできる日は、そうそうない。
「ご主人様、どうしたの? 急にデートでもする気~?」
「最近ちょっと、お前とゆっくり話せてなかったからな」
「うふふ、夜はあんなにベタベタしてるくせに~」
「……いや、それはそれ、これはこれだ」
「ふーん。ま、さすがご主人様。精霊との距離感、心得てる~♪」
ルミナはいつも通り、軽くて調子がいい。
でも、こういうやり取りが、なんだか安心する。
水族館に来た。
もちろん、一人分じゃない。ちゃんと二人分のチケットを買った。
受付の人に、変な目で見られた気がしたけど――そんなの、どうでもいい。
「ペンギン~~!」
「ほんとにかわいい~~!!」
はしゃぎながら駆け寄る彼女の姿を、ただ見ているだけで満たされる。
触れられないかもしれない。他人からは見えない存在かもしれない。
けれど、俺にとっては、誰よりも傍にいてくれた存在だった。
両親が忙しくて、家に誰もいなかったあの頃――
ずっと隣にいて、声をかけてくれたのは、彼女だった。
ただ騒いでるだけ。そう見えるかもしれない。
けど、その声が、俺にとっては安心そのものだった。
水族館の涼やかな空気と、ゆったりと泳ぐ魚たち。
彼女の笑い声が混ざって、なぜか心が落ち着いた。
ケーキを二つ買った。
ひとつは、ルミナが「きっと好きそうな」見た目のケーキ。
もうひとつは、俺の好みの味。
ケーキ屋の店員は、特に変な目を向けてこなかった。
――それだけで、少しホッとする。
でも、それでいい。今日は“味”じゃない。思い出に残る“かたち”のほうが大事だった。
見た目で選んだケーキに、少しだけ気が引ける。
だって、本当に彼女がそれを口にすることはないのだから。
家に帰り、テーブルにケーキを二つ並べた。
彼女の分と、俺の分。
「おいしそう~」
彼女は、そう言って笑った。
けれど、それは――食べることのできない存在の言葉だった。
「おいしい~」
フォークを手に取る仕草だけで、何も口にはしていない。
それでも、明るくふるまおうとしてくれているのがわかった。
「そうだな」
俺は、一口。
そしてまた一口と、黙ってケーキを食べた。
甘さはちゃんとあって、美味しい。
でも、それ以上に――彼女と一緒に食べているという“感覚”が、心を満たしてくれる。
「お前がいなかったら、たぶん――俺はずっと、一人だったよ」
唐突だったかもしれない。
でも、この言葉は言わなきゃいけないと思った。
両親がいない家で、静かすぎる部屋の中。
気づいたときには、何の前触れもなくお前がいた。
「最初は、無視してたんだ。何なんだこいつって」
「でもさ。ずっと、変わらずに話しかけてきてくれたよな」
「……ご主人様、いきなりどうしたの?」
ルミナは笑っていたけど、どこか照れているようにも見えた。
けれど、俺は続けた。ちゃんと、言葉にするべきだと思った。
「寂しい気持ち、埋めたくて……そうしてくれてたんだよな」
「そのおかげで、俺は今こうしていられる。マジで、感謝してる」
「大切って思ってくれるだけで、私はそれだけで嬉しいよ」
「……私の方こそね。しつこいかなって、不安になること、たまにある」
「いや、そんなこと思うなって。
たぶん、カードの強さだって、お前がいなかったら、ここまで来れなかった」
「えっ、カードの効果で悩んでるの? 精霊持ちってだけで強いのは自覚してるけどさ」
「でも、ご主人様が学園の精霊使いを倒してるの、私ちゃんと見てたよ。
私に合うカード、揃えるのも大変だったでしょ?」
ルミナの声が、ふわっと心に染みてくる。
優しい本音って、言わないと伝わらない。
近くにいるからこそ、心の距離が空いてしまうことがある。
だけど――俺たちは、ちゃんと通じ合ってるんだと思う。
そんな気持ちを疑っていた自分が、ちょっと情けなかった。
食べきれなかったケーキは、そっと冷蔵庫にしまった。
彼女が寝静まったあと、こっそり食べた。
口に残るのは、ただの甘さ。
でもそれでいい。
実体じゃなくてもいい。
――絆が、あればいい。
~~
ルミナは悩んでいた。
このまま、何もかも話してしまっていいのだろうかと。
本当は分かっている。
ご主人様が話すべき相手は、自分じゃなくて――たとえば、ミコトのような“人間の女の子”なのだ。
普通の、当たり前の未来に繋がる相手。
だからこそ、少し距離を置くべきだと思っていた。
精霊である自分が、彼のそばに居続けていい理由なんて、本当はどこにもない。
……けれど。
どうしても、どうしても、胸の奥から“嫉妬”が湧いてしまう。
その隣で、何も言えずにいる自分。
そんな自分が――どうしようもなく情けなくて、嫌になった。
精霊はバディースキルと、パワーストーンの供給源。
ただの力。道具。
それだけで、十分なはずだった。
でも。
ほんの少しだけ。
「少しだけなら」って、思ってしまった。
少しだけ近くにいたくて、
少しだけ、名前を呼んでほしくて、
少しだけ、甘えたくて。
そんな“少し”を何度も重ねてしまった自分に、嫌悪がこみ上げる。
わかってる、わかってるのに。
……今日だけは、少し和らいでしまった。
あの水族館。
並べたケーキ。
ふたりで過ごした時間。
心が、緩んでしまった。
――これは、罪なのだろうか。
精霊である自分が、こんなにも満たされてしまうことは。
ただ――罪だと分かっていても。
彼を求めている。そして、彼の肌を感じる瞬間すらももらった。
パワーストーンを渡す、あの一瞬だけじゃ足りなかった。
ほんの一瞬。
彼の手に、私の力が触れたような気がした。
そのたった一秒が、嬉しかった。
心の奥が温かくなって、私は満たされた。
――けれど、それだけじゃ足りなかった。
もっと触れたい。
もっと話したい。
もっと一緒にいたい。
声をかけられたい。
名前を呼ばれたい。
……笑いかけてほしい。
そう思ってしまった。
いや、もう思ってしまっていた。
最初は、ささいな感情だった。
ほんの少し、胸が痛むだけだった。
でも今は違う。
その「足りない」と感じる想いが、私の中で確かに膨らんでいる。
抑えようとしても、心の奥に広がっていく。
罪のようなこの欲求は、日に日に強くなる。
私はそれに気づいている。
気づいているのに、止められない。
……私は精霊だ。
人とは違う。
本来、こんな気持ちは持ってはいけない存在なのに。
それでも、今は願ってしまっている。
“もっと”を望んでしまっている。
――この想いが、もし許されるのなら。
あと少しだけ、そばにいてもいいと、言ってもらえたなら。
私は、どれだけ幸せになれるんだろう。
『なに~ごちゃごちゃ考えているの~情けないわね~』
ルミネは自分の気持ちを引き締めてしまった。