カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる   作:銀層

17 / 24
これがプロの世界

大型カードショップの奥、静まり返ったフリーバトルスペースに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 

ぼさぼさ頭に深いクマ――まるで眠気と戦いながらも、鋭さをひた隠しにしているような男がこちらを見た。

 

その隣には、前髪の長いピンク色のウィッグに、鋲つきのチョーカーをした少女。地雷系の見た目に反して、視線だけが異様に冷静だった。

 

「とりあえず、勝負しよう」

ぼさぼさ頭の男が、まっすぐ俺に指をさしてきた。

 

「君らの情報は知らない。だから、下手な先入観なしに見たい。俺は、そこの君と戦う」

周囲のざわめきが遠のいていく中、男がポツリと続ける。

 

「俺たちはプロの中でも下の方。それでも、プロとしてカードで飯を食ってる」

「君たちも、カードで食っていきたいんだろ?」

言葉は穏やかだが、その奥にある覚悟と重みが違った。

 

「プロの一戦だと思って――本気で来いよ」

彼の前に置かれたデッキが、まるで彼の分身のように静かにこちらを見ている気がした。

俺は黙って頷いた。

 

俺のデッキは、すでに中間テストで見せたような、ディスカード依存の構築からは脱却している。

 

手札を捨てて効果を得るような型は、安定性に欠けると判断した。

 

代わりに、火属性の全体除去――2ダメージをばらまくカードを複数採用。盤面制圧力を高めた。

 

そして――ミラ。ようやく2枚目が手に入った。

 

コスト配分も徹底的に見直し事故率は下げており、速攻型にも対応できる形へとチューニングした。

 

これは、紅白戦用に改造したデッキで挑む

 

~~~

 

俺が先行。お互い、1ターン目はコストチャージのみ。

緊張感はあるが、まだ読み合いは始まっていない……そう思っていた。

 

2ターン目――相手が動いた。

 

2コスト:《子ずれ狼》。1/2。召喚時に《子狼》(1/1)を場に出す。

ここまでは普通の展開――だと思った。

 

「バディースキル、発動」

 

その瞬間、空気が変わった。

“獣”が召喚されるたび、+1/+1の強化。

 

子ずれ狼本体に、+2/+2。

つまり、2ターン目で場には《3/4》と《1/1》が並ぶ。

 

明らかに、想定外の展開だった。

 

こちらもなんとか、小型の獣を除去して数は減らした。

だが、《子ずれ狼》のスタッツは育ち続ける。

相手は自然属性――マナ加速が早く、召喚が止まらない。

 

除去を撃てない。

いや、撃てるが「足りない」。

 

全体除去では、ダメージ量が追い付かない。《子ずれ狼》は倒せない。

それどころか、新たな獣を呼び出し、また育てられてしまう。

「全体除去するべきか、それとも単体除去か」――判断を迫られ続ける。

 

さらに相手の構築は、自然/水という変則型。

 

水属性は一切モンスターを採用しておらず、呪文のみ採用している。

手札補充のドローソースと、こちらのキーカードを手札に戻す呪文が中心。

せっかく引いた《ミラ》も、テンポを奪われるように手札に戻された。

 

全体除去のタイミングを見誤れば、盤面が取り返しのつかないことになる。

結局、判断を遅らせたツケが溜まり、気づけばこちらのライフが削り切られていた。

 

最後、相手のライフは12点。

バーンを通す前に、すでに押し切られていたというわけだ。

 

彼は――リュウより、圧倒的に強い。

 

リュウ相手なら、“運ゲー”に持ち込むことができた。

しかし、この男は違った。

運の介入すら許さない。 完全に、別の次元だった。

 

カードゲームというのは、ある種の確率と読み合いが交差するゲームだ。

ドロー運、山の偏り、引きの妙――それらを制して勝つのが一興でもある。

だが、それらすべてを先に殺されていた。

 

例えるなら――精霊使いとただの人間にカードゲームのようなもの。

理不尽ではないが、“理”が違う。

 

「さすが、アストラルカード学園の上位5位に入ってるだけあるな」

 

ぼさぼさ頭のプロが、静かに言った。

言葉には皮肉も見下しもない。ただ、事実を淡々と肯定しているだけだった。

 

「1年生で、プロ試験合格率50%圏内の実力……うん、納得だ」

「それにしても……回復バーンって、珍しいな」

「というより、俺は初めて見たよ。そんな構築」

「……君、カード集めるの、大変だったろ?」

 

少しだけ笑うように言ったその目に、プロとしての本物の関心が宿っていた。

 

「みんなから、そう言われてるんですけど……」

言いながら、俺は少しだけ目を逸らした。

「俺のバディー、強いんですよ。だから、ちゃんとカードを集めて、戦っていきたいと思ってます」

 

プロは小さく頷くと、静かに答えた。

「うん。方向性としては悪くない」

「さっき君が戦った相手――ログを見た限り、たぶん君とほぼ互角。でも、僕が戦ったら……千回戦って、千回勝つと思う」

 

……戦う前だったら、笑って聞き流していたかもしれない。

でも、今は違う。

実際に“世界”の差を見せつけられた今、その言葉に嘘はなかった。

 

言葉が詰まり、つい問いかけてしまう。

「えっと……その、この差って何なんですか?」

 

プロは少しだけ考えた後、口を開いた。

「今の君の実力なら、話してもいいかな」

 

「バディーの練度だよ。時々、君のバディーが2点バーンを撃ってきただろう? あれ、たぶんダンジョンをクリアしたんだろう?」

 

「バディーは強くなれる。ただし――普通の方法じゃ無理だ。」

 

指を折って数えながら、彼は4つの方法を述べた。

 

① ダンジョンを攻略する

② バディーが“共感”したカードを食べさせる

③ 実のあるバトルを大量にこなす

④ 僕の知らない別の方法

 

「……けどね、③と④は現実的じゃない」

「①は、ダンジョン報酬にバディー強化用の特殊アイテムがあるから、狙い目だ」

「②はかなり難しい。レアリティとかじゃなくて、バディーが“心惹かれる”カードじゃないと意味がない」

 

「僕のバディーは獣系なんだけど、共感したのはバニラの雑魚カードだった」

「でも、それを“食わせた”瞬間、目に見えて強くなったよ」

 

「そういうカードって、探して見つかるもんじゃない。バディーが見た瞬間、自然に反応する。そういう“縁”を、いかに見つけられるか」

 

運すら味方につけられなかった――それが現実だった。

最初に感じたあの感覚、「精霊使いと、ただの人間」の差。

あれは比喩でもなんでもなかった。本物の力の差だった。

 

まるで、俺の中の理屈がひとつずつ整理されていく。

 

「ちなみに……一番最初のバディースキルって、何だったんですか?」

 

「うん。最初はね、“獣を2回召喚したら+1/+1される”ってスキルだったよ」

「でも今は、1回召喚すれば+1/+1になってる」

「それに……君たちにはまだ見せていない、別の能力も目覚めてる」

 

その口調には、誇張でも自慢でもない、ただの事実があった。

 

「バディーの強化回数は……今のところ3回かな」

「2回はダンジョン報酬で、1回は“共感したカード”を与えた時だ」

 

一瞬、言葉を失う。

「……つまり、それだけであそこまで……?」

 

「そう。バディーを育てるっていうのは、“君自身の成長”とは別の軸なんだ」

「上位プロの間じゃ、バディーの成長度で勝敗が決まることもあるくらいさ」

 

 

「君と僕の差は──バディーの差だけだよ」

彼は静かに言った。冗談でも、謙遜でもなく、本気で。

 

「プレイヤースキルに関しては、ほとんど一緒。」

 

図星だった。確かに、盤面の読み合いでは負けていなかったと思っていた。それでも結果は完敗だった。

 

「バディーの練度って言っても、運と生きてきた年数の差だよ」

 

彼はカードを見つめながら、言葉を続けた。

 

「さっき、バディーの成長方法を話したけど……一番簡単なダンジョンですら、行けるもんじゃないよ。運と準備、タイミングと縁。全部揃って、ようやく挑戦できる」

 

重たい現実を、あくまで優しい声で突きつけてくる。

 

「だから、焦らない方がいい」

「紅白戦までは、学園の仲間たちと、じっくり戦ってみることを勧めるよ」

「戦って、学んで、カードを見極めるこそが近道だ」

 

この実力差は、練習試合を繰り返しても埋まらない。

俺自身が、もっと強くならない限りは──。

 

せめて、クロやリュウくらいの力があれば、意味のある試合になったはずだ。

でも、今の俺じゃ、それすら叶わない。

 

「……そうですね。やっぱり、俺の実力がまだ足りてないみたいです」

 

自然と口から出たのは、悔しさを押し殺した素直な言葉だった。

 

「だから、まずは――俺なりに積み重ねてきたものを、もう一度見直してみたいんです。足りない部分に気づけた分、きっと前に進めると思うので」

 

バディーの件を聞けたのは大きかった。

今は届かなくても、そこに可能性がある限り、挑み続けたい。

 

「バディーの話、本当にありがとうございました。今後は、そっちの成長も視野に入れてみます」

 

プロは小さく頷いて、少し申し訳なさそうに笑った。

 

「こっちこそ……君に、もっと力になれたらよかったんだけどね」

 

優しいけど、手加減はなかった。

でもそれが、本物のプロの姿なんだと、今なら分かる。

 

~~~

 

自宅に帰り、静かな部屋で一人ログを見返していた。

自分の動き、相手の展開、選択の分岐――すべてをノートに書き出す。

足りないのは、爆発力でも奇策でもない。

ただ地道に、ひとつずつ積み重ねるしかない――そう思っていた、その時だった。

 

「……ご主人様、ごめん……」

 

か細い声が背中越しに届いた。

振り返ると、ルミナが俯いたまま、肩を震わせていた。

 

「私が……私が弱いから、前に進めないんだよね……?」

 

──ああ。

きっと、さっきの会話を気にしてたんだ。

「バディーの差だけだ」なんて言葉を、ルミナが気にしないはずがない。

 

でもそれは違う。

 

「そんなこと、ないよ」

 

俺は椅子から立ち上がって、ルミナの正面にしゃがんだ。

 

「むしろルミナがいたから、俺はここまで来られたんだよ」

「俺ひとりじゃ、今の場所にすら立てなかった」

 

「……でも、でもさ……実力は一緒って言われたじゃん……!」

「じゃあ、私が足引っ張ってるってことでしょ……?」

 

「違うよ」

 

目を見て、はっきり言った。

 

「きっと、君がいてくれたから、俺は強くなりたいって思えたんだ」

「ルミナがそばにいてくれたから、俺はあきらめずに来られた」

「君がいたから、俺は“勝ちたい”って、本気で思えたんだよ」

 

「……ありがとう……」

 

ルミナはうつむいたまま、ぽつりとそう言った。

だけど、その声はどこか寂しげで、どこか遠くを見つめているようでもあった。

 

「確かに……相手は、圧倒的だった」

「でも、そんな相手と出会えたのは、次のステップに進むチャンスでもある」

「焦らなくていい。一歩ずつ、ゆっくりでいいからさ。俺たちは一緒に、登っていこう」

俺はそっと頭を撫でて、言葉を続けた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。