カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
大型カードショップの奥、静まり返ったフリーバトルスペースに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
ぼさぼさ頭に深いクマ――まるで眠気と戦いながらも、鋭さをひた隠しにしているような男がこちらを見た。
その隣には、前髪の長いピンク色のウィッグに、鋲つきのチョーカーをした少女。地雷系の見た目に反して、視線だけが異様に冷静だった。
「とりあえず、勝負しよう」
ぼさぼさ頭の男が、まっすぐ俺に指をさしてきた。
「君らの情報は知らない。だから、下手な先入観なしに見たい。俺は、そこの君と戦う」
周囲のざわめきが遠のいていく中、男がポツリと続ける。
「俺たちはプロの中でも下の方。それでも、プロとしてカードで飯を食ってる」
「君たちも、カードで食っていきたいんだろ?」
言葉は穏やかだが、その奥にある覚悟と重みが違った。
「プロの一戦だと思って――本気で来いよ」
彼の前に置かれたデッキが、まるで彼の分身のように静かにこちらを見ている気がした。
俺は黙って頷いた。
俺のデッキは、すでに中間テストで見せたような、ディスカード依存の構築からは脱却している。
手札を捨てて効果を得るような型は、安定性に欠けると判断した。
代わりに、火属性の全体除去――2ダメージをばらまくカードを複数採用。盤面制圧力を高めた。
そして――ミラ。ようやく2枚目が手に入った。
コスト配分も徹底的に見直し事故率は下げており、速攻型にも対応できる形へとチューニングした。
これは、紅白戦用に改造したデッキで挑む
~~~
俺が先行。お互い、1ターン目はコストチャージのみ。
緊張感はあるが、まだ読み合いは始まっていない……そう思っていた。
2ターン目――相手が動いた。
2コスト:《子ずれ狼》。1/2。召喚時に《子狼》(1/1)を場に出す。
ここまでは普通の展開――だと思った。
「バディースキル、発動」
その瞬間、空気が変わった。
“獣”が召喚されるたび、+1/+1の強化。
子ずれ狼本体に、+2/+2。
つまり、2ターン目で場には《3/4》と《1/1》が並ぶ。
明らかに、想定外の展開だった。
こちらもなんとか、小型の獣を除去して数は減らした。
だが、《子ずれ狼》のスタッツは育ち続ける。
相手は自然属性――マナ加速が早く、召喚が止まらない。
除去を撃てない。
いや、撃てるが「足りない」。
全体除去では、ダメージ量が追い付かない。《子ずれ狼》は倒せない。
それどころか、新たな獣を呼び出し、また育てられてしまう。
「全体除去するべきか、それとも単体除去か」――判断を迫られ続ける。
さらに相手の構築は、自然/水という変則型。
水属性は一切モンスターを採用しておらず、呪文のみ採用している。
手札補充のドローソースと、こちらのキーカードを手札に戻す呪文が中心。
せっかく引いた《ミラ》も、テンポを奪われるように手札に戻された。
全体除去のタイミングを見誤れば、盤面が取り返しのつかないことになる。
結局、判断を遅らせたツケが溜まり、気づけばこちらのライフが削り切られていた。
最後、相手のライフは12点。
バーンを通す前に、すでに押し切られていたというわけだ。
彼は――リュウより、圧倒的に強い。
リュウ相手なら、“運ゲー”に持ち込むことができた。
しかし、この男は違った。
運の介入すら許さない。 完全に、別の次元だった。
カードゲームというのは、ある種の確率と読み合いが交差するゲームだ。
ドロー運、山の偏り、引きの妙――それらを制して勝つのが一興でもある。
だが、それらすべてを先に殺されていた。
例えるなら――精霊使いとただの人間にカードゲームのようなもの。
理不尽ではないが、“理”が違う。
「さすが、アストラルカード学園の上位5位に入ってるだけあるな」
ぼさぼさ頭のプロが、静かに言った。
言葉には皮肉も見下しもない。ただ、事実を淡々と肯定しているだけだった。
「1年生で、プロ試験合格率50%圏内の実力……うん、納得だ」
「それにしても……回復バーンって、珍しいな」
「というより、俺は初めて見たよ。そんな構築」
「……君、カード集めるの、大変だったろ?」
少しだけ笑うように言ったその目に、プロとしての本物の関心が宿っていた。
「みんなから、そう言われてるんですけど……」
言いながら、俺は少しだけ目を逸らした。
「俺のバディー、強いんですよ。だから、ちゃんとカードを集めて、戦っていきたいと思ってます」
プロは小さく頷くと、静かに答えた。
「うん。方向性としては悪くない」
「さっき君が戦った相手――ログを見た限り、たぶん君とほぼ互角。でも、僕が戦ったら……千回戦って、千回勝つと思う」
……戦う前だったら、笑って聞き流していたかもしれない。
でも、今は違う。
実際に“世界”の差を見せつけられた今、その言葉に嘘はなかった。
言葉が詰まり、つい問いかけてしまう。
「えっと……その、この差って何なんですか?」
プロは少しだけ考えた後、口を開いた。
「今の君の実力なら、話してもいいかな」
「バディーの練度だよ。時々、君のバディーが2点バーンを撃ってきただろう? あれ、たぶんダンジョンをクリアしたんだろう?」
「バディーは強くなれる。ただし――普通の方法じゃ無理だ。」
指を折って数えながら、彼は4つの方法を述べた。
① ダンジョンを攻略する
② バディーが“共感”したカードを食べさせる
③ 実のあるバトルを大量にこなす
④ 僕の知らない別の方法
「……けどね、③と④は現実的じゃない」
「①は、ダンジョン報酬にバディー強化用の特殊アイテムがあるから、狙い目だ」
「②はかなり難しい。レアリティとかじゃなくて、バディーが“心惹かれる”カードじゃないと意味がない」
「僕のバディーは獣系なんだけど、共感したのはバニラの雑魚カードだった」
「でも、それを“食わせた”瞬間、目に見えて強くなったよ」
「そういうカードって、探して見つかるもんじゃない。バディーが見た瞬間、自然に反応する。そういう“縁”を、いかに見つけられるか」
運すら味方につけられなかった――それが現実だった。
最初に感じたあの感覚、「精霊使いと、ただの人間」の差。
あれは比喩でもなんでもなかった。本物の力の差だった。
まるで、俺の中の理屈がひとつずつ整理されていく。
「ちなみに……一番最初のバディースキルって、何だったんですか?」
「うん。最初はね、“獣を2回召喚したら+1/+1される”ってスキルだったよ」
「でも今は、1回召喚すれば+1/+1になってる」
「それに……君たちにはまだ見せていない、別の能力も目覚めてる」
その口調には、誇張でも自慢でもない、ただの事実があった。
「バディーの強化回数は……今のところ3回かな」
「2回はダンジョン報酬で、1回は“共感したカード”を与えた時だ」
一瞬、言葉を失う。
「……つまり、それだけであそこまで……?」
「そう。バディーを育てるっていうのは、“君自身の成長”とは別の軸なんだ」
「上位プロの間じゃ、バディーの成長度で勝敗が決まることもあるくらいさ」
「君と僕の差は──バディーの差だけだよ」
彼は静かに言った。冗談でも、謙遜でもなく、本気で。
「プレイヤースキルに関しては、ほとんど一緒。」
図星だった。確かに、盤面の読み合いでは負けていなかったと思っていた。それでも結果は完敗だった。
「バディーの練度って言っても、運と生きてきた年数の差だよ」
彼はカードを見つめながら、言葉を続けた。
「さっき、バディーの成長方法を話したけど……一番簡単なダンジョンですら、行けるもんじゃないよ。運と準備、タイミングと縁。全部揃って、ようやく挑戦できる」
重たい現実を、あくまで優しい声で突きつけてくる。
「だから、焦らない方がいい」
「紅白戦までは、学園の仲間たちと、じっくり戦ってみることを勧めるよ」
「戦って、学んで、カードを見極めるこそが近道だ」
この実力差は、練習試合を繰り返しても埋まらない。
俺自身が、もっと強くならない限りは──。
せめて、クロやリュウくらいの力があれば、意味のある試合になったはずだ。
でも、今の俺じゃ、それすら叶わない。
「……そうですね。やっぱり、俺の実力がまだ足りてないみたいです」
自然と口から出たのは、悔しさを押し殺した素直な言葉だった。
「だから、まずは――俺なりに積み重ねてきたものを、もう一度見直してみたいんです。足りない部分に気づけた分、きっと前に進めると思うので」
バディーの件を聞けたのは大きかった。
今は届かなくても、そこに可能性がある限り、挑み続けたい。
「バディーの話、本当にありがとうございました。今後は、そっちの成長も視野に入れてみます」
プロは小さく頷いて、少し申し訳なさそうに笑った。
「こっちこそ……君に、もっと力になれたらよかったんだけどね」
優しいけど、手加減はなかった。
でもそれが、本物のプロの姿なんだと、今なら分かる。
~~~
自宅に帰り、静かな部屋で一人ログを見返していた。
自分の動き、相手の展開、選択の分岐――すべてをノートに書き出す。
足りないのは、爆発力でも奇策でもない。
ただ地道に、ひとつずつ積み重ねるしかない――そう思っていた、その時だった。
「……ご主人様、ごめん……」
か細い声が背中越しに届いた。
振り返ると、ルミナが俯いたまま、肩を震わせていた。
「私が……私が弱いから、前に進めないんだよね……?」
──ああ。
きっと、さっきの会話を気にしてたんだ。
「バディーの差だけだ」なんて言葉を、ルミナが気にしないはずがない。
でもそれは違う。
「そんなこと、ないよ」
俺は椅子から立ち上がって、ルミナの正面にしゃがんだ。
「むしろルミナがいたから、俺はここまで来られたんだよ」
「俺ひとりじゃ、今の場所にすら立てなかった」
「……でも、でもさ……実力は一緒って言われたじゃん……!」
「じゃあ、私が足引っ張ってるってことでしょ……?」
「違うよ」
目を見て、はっきり言った。
「きっと、君がいてくれたから、俺は強くなりたいって思えたんだ」
「ルミナがそばにいてくれたから、俺はあきらめずに来られた」
「君がいたから、俺は“勝ちたい”って、本気で思えたんだよ」
「……ありがとう……」
ルミナはうつむいたまま、ぽつりとそう言った。
だけど、その声はどこか寂しげで、どこか遠くを見つめているようでもあった。
「確かに……相手は、圧倒的だった」
「でも、そんな相手と出会えたのは、次のステップに進むチャンスでもある」
「焦らなくていい。一歩ずつ、ゆっくりでいいからさ。俺たちは一緒に、登っていこう」
俺はそっと頭を撫でて、言葉を続けた。