カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
俺は、ノートを開いたまま、何度もログを見返していた。
相手のプレイ、こっちの選択、引きの運、不確定要素――全部、思考の網にかけていく。
だが、ふとした瞬間、ひとつの疑問が浮かんだ。
「なあ、ルミナ。お前が相手だったら……どうやってメタを張る?」
問いかけると、ルミナは少し考え込んだ顔をした。
「……ミラをどう処理するか、考えるかな。あれ、やっぱり嫌だし」
《傷だらけ修道女 ミラ》
4コスト 0/4
《効果:回復時、ランダムな相手モンスターに3ダメージ》
俺のデッキにおける、事実上の全体除去の要。
これまでの試合、相手に送ったログの中でも、何度もこのカードで場を制圧してきた。
ミラは攻撃を一切行わない。だから戦線を押し上げることはない。
だが、回復と組み合わせることで、間接的に盤面を崩壊させていく。
ゆえに、相手としてはミラを早期に除去する必要がある。
だが、ステータスが0/4と高耐久な上に、攻撃してこないから後回しにされがち。
「だよな……」
うなずきながら、俺は引き出しの奥から一冊のファイルを取り出した。
それは火属性の全体除去カードだけをまとめたファイル。
軽くて回しやすい2点火から、重くて派手な大規模除去まで。
一枚一枚、光を受けて反射するスリーブの中身が、俺の積み重ねを物語っていた。
「ご主人様、相変わらず豆だね〜」
ルミナがくすっと笑う。けど、その笑いには、どこか誇らしさも混じっていた。
「環境がどう動くか分からないからな。使えるカードは、いつでも使えるようにしておきたいんだよ」
そう言って、俺はカードを一枚一枚めくりながら考える。
『ご主人様の強さって、やっぱりそこなんだよね』
カードを一枚一枚、静かにファイリングしていくご主人様の姿を見ながら、ルミナは心の中でそっとつぶやく。
――環境に合わせて、柔軟にデッキを組み直していく。
それは、ただの知識じゃない。対応力という名の、戦場で生き抜くために考え抜いた頭脳。
最初の頃は、私のスキルに合うカードを探すだけでも苦労していた。
何を組み合わせればいいか、どこで火力を補えばいいか、どうすれば私の力を最大限に引き出せるのか。
そうやって、何度も試行錯誤して……その中で「使える」と思ったカードはすべて、大事に保存されてきた。
学園に入ってから、ご主人様の元に届く《パワーストーン》の数は明らかに増えていた。
理由は簡単だ。
強い相手と戦えば戦うほど、魂が磨かれ、意志が練られ、その結晶がパワーストーンとして形になる。
その結晶は、ご主人様の“思い”を反映し、カードパックを引くための鍵となる。
パックを引く回数が増えたという意味では、ほかの生徒も同じ。
けれど、ご主人様は違っていた。
他の生徒と決定的に異なるのは、《カードのイメージ》が明確だということ。
――欲しいカードの、性能。
――求めるカードの、役割。
――いま必要な戦術に足りない、最後のピース。
ご主人様は、それを言語化できるくらいに明確にしている。
パワーストーン一つにつき、パックを一回。
その一回で思い通りのカードを引ける確率は、決して高くはない。
むしろ、出ないことのほうが多い。叶わないことの方が、圧倒的に多い。
だけど。
その“一回”を、百回、二百回と積み重ねていくうちに。
明確なビジョンを持った者の元には、少しずつ理想が近づいてくる。
それは、強い相手と戦うようになってから、ご主人様の中に明確な“イメージ”がさらに形になっている。
つまり、ご主人様はもう「必要なカードのビジョン」を描けている。
そのイメージが明確だからこそ、ミラみたいなカードを引き当てた。
あのカードは、ご主人様が展開の早いミッドレンジの対策で考えた対策の結果。
手軽に、確実に盤面を壊せる全体除去を求めた、その思考の果てにミラは現れた。
――だから強くなったんだ。
ミラをデッキに入れてから、戦績は目に見えて安定し始めた。
あのリュウですら、ご主人様の変化に気づいていた。
だからこそ、誘ったのだろう。ダンジョンへ。
あの人は本能的に察していた。「この人は、きっと一気に化ける」と。
実際に、中間位の順位から4位まで一気に駆け抜けてしまった。
私が言いたいことは、彼は常に考え続けているから強くなっている。
私を生かすため、ずっと強くなろうとしている。
「ご主人様~やっぱり私のこと考えてくれてたんだね」
ルミナの声は、いつものように明るかったけれど、どこか安堵の色がにじんでいた。。
今、確かに彼女の気配を一番近くに感じていた。
触れられるわけじゃない。
その存在に重さも、ぬくもりもない。
ただ、私のことをずっと考えていることはカードのプレイから伝わってきた。
罪と分かっていながらも、もっとつながりたいと思った。
~~
紅白戦の対策は地道に行っている。
それが近道だと、アドバイスをもらった。
俺は、展開力のあるデッキに対する対策を、学園の上位層とのバトルで補っていくことに決めた。
今の勝率は約七割。
それを、七割五分まで持っていくのが当面の目標だ。
たった五分の差。でも、それは簡単じゃない。
相手も俺と同じように、いやそれ以上に研鑽を重ねている。
だからこそ、この僅かな向上が、生き残る鍵になる。
放課後には、ネットに流通していないカードショップを回る。
ネット販売にあるカードは、もう目を通しきっている。
“検索”でたどり着ける場所では、もう得るものが少ない。
だから足を使って、地味に探していく。
これまで、そこまでカードを掘ることはしなかった。
でも、今は違う。
俺にできることが限られているのなら――その限られたことを、全力でやるしかない。
奇跡は願わない。
ダンジョン、特別なカードでの一発逆転はだめだ。
できるなら、いつか挑戦はしたい。
けど――今は、その時じゃない。
だから俺は、地道に、誠実に、一歩ずつ登っていく。
「ご主人様~お疲れ~」
どこか嬉しそうに、ルミナが声をかけてくる。
今日もまた、カードショップを何軒も巡っていた俺に、優しく労わるような笑顔を見せていた。
「いろんなカードショップ回ってるけど……いいカード、見つからないね」
「そうだな。リストはあと百件……。でも、焦ることじゃない」
俺はカバンの中のメモ帳をちらりと見る。そこには、まだ足を運んでいない店舗の名前がずらりと並んでいた。
「今は、やれることを全力でやる。それだけだよ」
「それよりも……お前との会話の時間、最近あんまり取れなくてごめんな」
言いながら、ふと胸が痛む。
何でもない会話をして、笑い合って、ただ同じ空気を感じていた時間が……最近は減っていた。
けれど、ルミナは少しも責めることなく、にこりと笑った。
「大丈夫だよ~。ご主人様は、大切な試合があるんだし」
「そこに向けて、ファイトだよ。応援してるからね」
その一言が、じんと心に染みた。
「ありがとうな」
俺は優しく微笑み、少し感謝した。
「そんなにかまってほしいんだ~?」
不意に、ルミナが耳元に寄ってきた。
その声は、いつもよりも数段甘く、くすぐるような響きだった。
「耳元でエッチな言葉、たくさん囁いちゃおうかな~?」
唐突な囁きに、反応してしまった俺の体は、思わず硬直する。
顔が火照っているのが、自分でもわかる。
「ご主人様、顔まっか~」
「ほんと、かわいいなあ」
ルミナはクスクスと笑いながら、いたずらな目を向けてくる。
からかっているのは分かっている――でも、それが嫌じゃない。
むしろ、俺が少し固くなっていることを察して、あえて空気を和らげようとしてくれている。
からかいながらも、ちゃんと俺のことを見てくれている。
そんなところが、頼もしいんだ。
紅白戦に緊張しながらも、地道に準備を重ねてきた。
ルミナが支えてもらい、少しリラックスできた気がする。
そして、紅白戦の舞台は、もうすぐそこまで来ていた。