カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
学園紅白戦――ついに、その日が来てしまった。
「初戦はクロか。ベストは尽くしてこい」
リュウが静かに声をかける。その言葉には、余計な感情はない。ただ真っ直ぐな信頼がこもっていた。
「勝ちに行ってくる」
クロは短く答えた。その背中には、余裕と覚悟の両方がある。
「さすが、クロ!」
「クロなら、勝てるって!」
俺たちは、自然と声援を送っていた。心から、そう思えたからだ。
クロは少しだけ、むず痒そうな顔をした。
――学園に入る前まで、こんな風に応援されることなんてなかった。
リュウが、俺に絡んでくるようになったあの日から。
気がつけば、俺とクロも言葉を交わすようになっていた。
無理やり繋がったように見えて、実はずっと、互いを意識していたのかもしれない。
「お前以外のやつに、応援されるなんてな……」
ぽつりと、クロがつぶやく。
『ぷに~』
クロの肩の上で、小さな悪魔スライムが跳ねた。
それはまるで、「頑張れ」と言っているかのようだった。
「不利対面だけど、やれるよな」
クロが軽くつぶやく。けれどその目には、いつも通りの冷静さと、静かな闘志があった。
『ぷに~』
肩の上で、悪魔スライムが軽く跳ねた。
その小さな身体で、一生懸命に励ましているように見える。
「……ああ、ありがとな」
クロは小さく笑い、デッキを見つめた。
不死のカードは墓地から蘇生できてしまうため、墓地も手札のように扱われてしまう。
つまり、クロのバディースキルで手札を墓地に送っても、墓地という手札に捨てられるだけなのだ
苦手な属性の相手に向けて攻撃的にデッキを改造した。
~~
試合は開始されて、クロが先行。
クロの1ターン目、静かに戦場に放たれたのは――
《暴走する自爆霊》
コスト:1 パワー:2/1
※攻撃後に自壊するモンスター。
攻撃して自壊し、手札破壊を狙う。
そして、2ターン目には理想的な布石を打つ。
《成長する墓場》(設置呪文)
コスト:2
効果:自分の闇属性が破壊されるたびに1ドロー。
クロは理想的ムーブになっていた。
それに比べて、相手の動きは重かった。1~2ターン目コストチャージのみ。
しかし、その流れも3ターン目から変わってしまった。
クロは自分のモンスターを自爆させて、ハンデスを成功させる。
早い段階で相手の選択肢を削ろうとした。
しかし、相手が捨てられたカードの効果を宣言した。
「……マッドネス発動」
《原初の脈動獣》
9コスト/3/3/マッドネス
効果:登場時に2コストチャージ。
3/3のボディに、2コストチャージという“加速”まで付いた暴力的カード。
相手の墓地からの展開力に、加速度が加わる。
相手のターンに移り、自然属性の得意とするコストチャージと墓地肥やしを同時並行で進めていた。
その動きに対して、クロは闇属性モンスターが並ぶ。
設置された《成長する墓場》の効果で、破壊されるたびにドローが回り、手札は潤う。
だが、それでも“遅い”――クロ自身が痛感していた。
闇のリソースを稼ぎながら、クロの攻撃の手は止まらなかった。
不死デッキに向けて、闇の攻撃系のカードを多めに準備していた。
その成果が出ており、相手のライフは8点になっている。
~~
待合室で、俺たちはクロの試合を眺めていた。
ライフは削れているが半分以上削れているが、モニターに映るクロの表情は険しい。
一般人であれば、ライフ的に勝っているクロを優勢と考えてしまうだろうが。
実はクロが圧倒的に不利である。
俺たちは違っており、クロの窮地に追い込まれてしまった瞬間を考える。
「マッドネスであのカードを出させたことはよくなかったな」
「でも、不死相手にハンデス急ぐのは正解だよ。あれは反射的にやるべき動き」
「先に自然カードを削って、コストチャージの加速を止めるってのは理にかなってる」
「それが裏目ったけど」
カードゲームは理想的な動きを行ったとしても、運によってそれが簡単にひっくり返ってしまう。
結果で物事を語りがちだが、その過程を大切にしないといけない。
今のクロの急いだハンデスは正解だが、運が悪かった。
「クロ相手なら、これくらいの準備はしてくる。焦ってはいるけど想定内だと思う」
「たしかにな」
俺に同じカードをハンデスして、召喚した経験があるため、そういう
「相手は7コストたまっている。次のターンから不死を発動してくる」
「ここから、さらに攻め切れるかがクロの勝利のポイントだね」
「それにしてもコストさえあれば、墓地を手札みたいに扱うって」
「不死系のカードってずるいよね」
「墓地・コストをためるのが大変でしょう」
「たしかに」
誰も口に出さなかったが、「そろそろ動き始める」という認識は共通していた。
ただ、クロはひっくり返すだけの切り札《幽霊将軍マギナ》がいる。
クロの負けと断定するのはできないが、危機的な状況であることは変わらない。
~~
俺たちの危機感が杞憂が如く、クロは相手のライフを8点まで削り切っている。
攻撃よりにデッキをカスタマイズした成果が出ている。
しかし、この攻撃すらの喜びを
「5コスト支払う。《不死の鳥》を召喚」
【不死の鳥】
3コスト/1/1
効果:登場時、自分の墓地から3コスト以下の闇属性モンスター1体を場に出す。
※墓地から召喚する場合、+2コストが必要。
蘇るのは《不死のカエル》。
カウントが+2進み、バディースキルの“死者の蘇生”条件がじわじわと満たされていく。
しかも、どっちもブロッカーして立ちはだかる。
圧倒的攻めていたクロのテンポが止まる……
追い打ちをかけるように、相手は2コストで《死んだ畑》を発動。
山札の上から2枚をめくり、1枚は墓地、1枚はコストゾーンへ。
クロの攻めは正確だった。
手札を整え、モンスターを並べ、一気に畳みかける。
だが――。
《不死の鳥》が、クロの攻撃を受け止めた。
続いて《不死のカエル》。小さな壁が、大きな一撃を押し留める。
ギリギリでライフを削りきれない。
相手のターンが始まる。
コストチャージ。静かに9コストが揃う。
墓地蘇生の回数はまだ「2」。
余裕はある――はずだった。
「僕の切り札を出すよ…」
その一言が場の空気を変えた。
場に現れたのは《不死に目覚めた魔導士 リッチ》。
9コスト、1/1。だが、その真価は効果にある。
「墓地から、不死のモンスターを3体まで召喚する」
選ばれたのは、《不死の鳥》《不死の3つ目キメラ》《不死のコカトリス》。
それだけなら問題ない。
しかし、蘇ったモンスターたちが、さらに地獄の連鎖を引き起こす。
《不死の鳥》の効果が誘発。墓地から再び《不死の鳥》、そして《不死のカエル》を召喚。
(+2回 墓地蘇生)
《不死の3つ目キメラ》は、《不死の実験犬ポチ》を召喚。
(+1回 墓地蘇生)
《不死のコカトリス》は、墓地から《闇の卵から生まれた子どり》を引き戻す。
(+1回 墓地蘇生)
リッチの「3体蘇生」が、実質“7体蘇生”へと変貌する。
合計、9回目の墓地召喚がこのゲーム中に発動された。
静かに、バディースキルのカウントが上がる。
一つ、また一つと音もなく灯るランプのように。
~~
「不死デッキやばいな。連鎖してしまうと止まらねぇ」
「このターンで7蘇生ってやばいな。次のターンはもっと蘇生してくるだろうな」
リュウが呟くように言う。
「合計で9蘇生。たぶん、大連鎖は止まらないね」
ミコトの声も沈む。
だが、そこにクロのプレイに一筋の可能性を見出す声が上がる。
「待ってよ」
「モンスターの墓地のリソースは、実は限界が近いんじゃないか?」
俺は何となくつぶやいてみたが、空気が引き締まる。
「さっき蘇生した《不死のカエル》と《不死の鳥》って、クロの攻撃をブロックして墓地に戻ったやつなんだよ」
「つまり、クロは“攻める”ことで相手の墓地を肥やしてる。相手の蘇生を自分で加速させてるんだ」
リュウが淡々と俺の意見を否定しているが、否定してほしそうに解説している。
「……攻撃しなきゃ勝てない。でも、攻撃すれば不死の燃料になってしまうのね」
「なるほど。難しい状況ね」
ミコトが状況のジレンマを呟く。
クロが取った行動は間違っていない。けれど、それが裏目に出る可能性もある。
「ヒカルだったら、たぶんモンスターを削らないで、直接ライフを削りに行くから有利だったかもな」
「たしかに。不死デッキはスタッツが低いから、回復しながら耐えれば押し切れそうだな」
「――話を戻すと、クロは次のターンで決めないといけない」
ユカリの視線が鋭くなる。
相手の状況は以下のようになっている。
不死に目覚めた魔導士《リッチ》の効果で場に展開されており、6体の不死モンスターが、壁のように立ちはだかる(リッチも含めて)。
ライフは残り2点。
そして、クロの場は4体攻撃できるモンスターがいる。
マギアの効果の速攻持ちの《暴走する自爆霊》 2/1を3体召喚。
効果で7体になり、相手の7体のモンスターを突破することができる。
「勝つには《幽霊将軍マギア》を引いてるかがポイントになりそうだな」
俺も口元を引き締めた。
すべては、次のターンに託された。
攻めるか、耐えるか――クロの選択が勝負を分ける。
~~
ドロー前。クロの手が、わずかに震えていた。
――マギアを引かなければ、終わる。
この一戦は違った。
ただの紅白戦じゃない。
勝てば、道が開ける。
自分の名前が、もう一歩、上へと届く。
『負けたくない』
その思いが、指の震えになって現れる。
冷静になれ、と何度も言い聞かせる。
けれど、心の奥で緊張は膨らみ続けていた。
そのとき。
小さな体が、指先にふれた。
『ぷに~』
――悪魔スライム。
ずっと、傍にいた相棒。
彼も、同じようにこの勝負を見てきた。
彼も、同じように――勝ちたいと思っていた。
『今まで、努力したから引けるような』
言葉じゃない声が、クロの心を突き動かす。
震える指を、カードの端にかける。
――引いた。
《幽霊将軍マギア》
心臓が跳ねた。
息が止まるほどに嬉しかった。
けれど、まだ終わっていない。
召喚。
効果発動。
速攻持ちの《暴走する自爆霊》を3体展開。
盤面に、攻撃可能なモンスターが7体。
――届く。届くはずだった。
クロは順番に、敵の壁を打ち崩していく。
自爆霊が散っていくたびに、相手の不死の肉壁が崩れていく。
リッチ、カエル、鳥――すべてを蹴散らす。
そして、最後の一撃。
それが決まれば、勝ち。
クロはカードを前に出そうとした――その瞬間。
相手の墓地が、煌めいた。
《不死の笑い花》
相手のバトルフェイズ中、自然呪文3枚を墓地に送ることで
――墓地から蘇生。
「ここで来るか……!」
最後の一体で、ブロックされた。
クロは、拳を強く握る。
悔しさが、にじみ出る。
相手のターン。
墓地から、次々に不死がよみがえる。
魔導士リッチが引き金となった連鎖。
20回目の蘇生が行われ、バディースキル:エクストラウィンが発動。
――クロ、敗北。
静寂の中、悪魔スライムがクロの袖を引いた。
『ぷに……』
勝てなかった。
けれど――届きかけた。
確かに、あのカードは自分の手に引けた。
積み上げた日々は、間違っていない。
ただ、ほんの一歩、足りなかっただけ。
~~
クロは顔を伏せ、悔しさを噛み殺すようにゆっくりと歩いてきた。
拳はまだ握られたままで、唇は真っ直ぐ結ばれていた。
言葉をかけたかった。
だけど、俺の喉はつまって何も出てこない。
あんなに全力で戦って、あと一歩だったのに。
なにを言えば、救いになるのか分からなかった。
そんな迷いを、リュウはあっさりと飛び越えた。
「ナイスファイト!!お前、不利対面にあそこまで持っていったんだ。マジで熱かったぞ」
まるで、試合を見届けた観客じゃなくて、
共に戦った仲間としての声だった。
「マギナ引いたとき、勝ったって思ったよな。けど、相手の奥の手……あれは読めねえよ」
俺も言葉を乗せた。
「クロの闇ビート、すごかった。
理想の展開ってこういうのなんだなって、思った」
出遅れた。
言葉もぎこちなかった。
でも、俺は――本当に、讃えたかったんだ。
クロの全力を。
「ありがとう……」
クロは目を伏せたまま、小さく答えた。
その声には、滲むような悔しさと、ほんの少しの嬉しさが混じっていた。
「次は、もっと上を狙いたい」
その言葉は、震えていたけど――ちゃんと前を向いていた。