カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
学校生活にも、ようやく慣れてきた。
朝はルミナに起こされ、昼はクラスメイトとバトルし、
放課後は学内カフェでカード談義。
この学園に来て、日々が“カード中心”になった。
――いや、前からそうだったか。
そんな中、クラスメイトたち中でも目立っている奴。
まずは《紅蓮のストライカー》ことリュウ。
炎属性で、俺と同じ火使いだけど――
方向性がまるで違う。
「バディ・ドラゴンで攻撃!!攻撃時、山札をめくりドラゴンなら召喚可能!!さらに、連鎖召喚ッ!!」
彼のバトルはとにかく“攻め”。
攻撃力をガンガン上げて、ドラゴンを連発してくる。
「やっべー……これ、連ドラじゃん……!」
しかも最近は“連続ドラゴン召喚”に目覚めて、毎ターン火山の噴火みたいな盤面を作ってくる。
「くそ、俺より主人公してる……」
見た目もイケメンで、人気まである。なんかもうずるい。
そして、風と光の使い手――ミコト。
一見ふわふわした感じだけど、あの子の戦い方は、めちゃくちゃエグい。
「癒しのそよ風、発動。ライフ回復〜」
と回復するたびに、モンスターの能力値がどんどん上がっていく。
しかも召喚するのは、小鳥型の軽量モンスターたち。
それが、バフを重ねられて超巨大モンスター級に変貌する。
「ちょ、なんで小鳥が攻撃力 13……⁉」
バディの極楽鳥エリスはハートをたくさん抱えたマスコット系なのに、全然かわいくない(性能が)。
で、最後が……問題児・クロ。
闇属性、ハンデス特化。
開幕からこっちの手札を削りまくって、戦略を破壊してくる陰キャ戦法。
「……うん。引いたら捨ててね」
バディもまたふざけてて、見た目はぷにぷにした悪魔のスライムみたいなやつ。
なのに、「キュウ~♡」とか言いながら、カードを3枚削ってきたりする。
こっちはもう、マッドネス(手札を捨てられたとき、コスト無しで召喚可能になるカード)を握ってワンチャン逆転狙うしかない。
でもマッドネスはコスト高いし、能力もそこまで強くない。
こいつのメタにしかつかえない。
~~
回復系のカードは集まりにくいものだ
精霊持ちでありながら、回復手段をうまく構築できず、最初のころは「なんちゃって精霊使い」などと冷やかされたこともある。
そのため、ミコトと回復カードの情報交換をしている。
「1コスで回復するカードを強化してほしいよね」
ミコトは、そう言いながら自分のカードを並べていく。
静かで落ち着いた声だけど、カードの話になると、少しだけ早口になるのが面白い。
「わかる。序盤に使えるやつが少なすぎる。
1コスで回復+1ドロー……とか、バランスよく出してくれたら神カードなのに」
「ドロー付きは強すぎって言われるけど、回復系ってテンポ取られるから、そのくらいほしいよね」
「うん……それに、回復って地味に見えるけど、ちゃんと勝ち筋になるのに。
耐えて、差し返して勝つ……あれが気持ちいいのに」
彼女の頬が少しだけ綻んだ。
珍しく、笑ったのがわかった。
回復の強みを分かち合える相手って、なかなかいない。
「でもミコトのデッキ、最近強くなってきてるよな。あの《聖護の羽根・ソフィア》、あれマジで厄介」
「……ふふ。あれ、出せるようになるまでが長いけどね」
「いやいや、出されたらマジで回復量が狂ってる。
こっちがバーン打っても全部帳消しにされるし……」
カードの話は尽きない。
いつの間にか、昼休みのチャイムが鳴るまで話し込んでいた。
「ねぇ、今度のフリーバトル、一緒に出ない?
回復型のタッグ、ちょっと見せつけてやろうよ」
「いいね。耐久で押しきってやるか」
「うん。……ふたりなら、きっと面白い試合になる」
~~
家に帰り、今日は一段と甘えてくる。
「ねぇねぇ~ご主人~♡」
ルミナの甘えた声が、ドアを開けた瞬間、耳に飛び込んできた。
「……あのぺちゃぱいと、いちゃいちゃしすぎ~♡♡」
彼女はいつもの精霊形態で、俺のベッドの上に寝転がり、くねくねと身体をくねらせている。
「ミコトのことか?」
「だってぇ……二人でずっと喋ってたじゃん。デッキのこととか、タッグのこととか♡
わたしのこと、忘れちゃったのかと思ったよ~?」
「忘れてねぇよ。あれは戦術の話だろ。お前もよくやるじゃん、俺の耳元で“回復回復~”って」
「それは♡ ご主人の身体と心を回復してるんだよ? でも今日は――」
ぐい、と腕を引っ張られる。
ルミナは人型のまま、俺の膝に身体を乗せてきて、じっと目を覗き込んできた。
「今日は……嫉妬で、おかしくなっちゃいそうだったんだから……♡」
「……」
「だから♡ かまって? かまってかまって~~♡♡」
腕にぎゅう、としがみついてくる。
顔が近い。熱い吐息がかかる距離で、瞳が潤んで見つめてくる。
「ほんと、お前……バディってレベルじゃねぇな……」
「えへへ♡ だってカード精霊って、持ち主にめちゃくちゃ懐く仕様なんだから。
――バグじゃないよ? 仕様♡」
「バグレベルで甘えてるわ」
「じゃあ、ちゃんと修正して? わたしの気持ち……“回復”してほしいの♡」
小悪魔的に笑って、ルミナはもう一度俺の耳元に唇を寄せた。
「――ライフチャージ、お願いね♡♡」
……俺の理性ゲージが、そろそろゼロになるかもしれない。
~~
正直な話、これまで女プレイヤーと深く関わることなんてなかった。
カードゲームの世界は、強さがすべて。
そこに性別も年齢も関係ない──なんて、よく言われるけど。
実際のところ、俺の周りに“本当に強い女プレイヤー”がいなかったのは事実だった。
そして、それはつまり、恋愛感情を抱く機会なんてなかったということでもある。
ゲームの中では、感情はノイズだ。
ライフと盤面、ドローとカウンター。勝ち筋を見つけて叩き込む。それだけの話だった。
でも──。
「やっぱ、あなたの回復デッキって、安定感すごいよね」
昼休み、ミコトと二人でサイドデッキの調整をしていたとき、
彼女がそう言ってくれた。
「いや、ミコトの方がよっぽど完成度高いと思う。
最近はバーンにも対応できてるし、リソース差の作り方がうまい」
「……ふふ。ありがと。あなたに言われると、ちょっと嬉しい」
その言葉に、何かが一瞬だけ胸の奥に引っかかった。
……いや、違う。これはただのライバル同士の敬意だ。
恋愛とか、そういうのじゃない。
そもそも、ミコトはあくまで同じ回復型使いとしての“同志”であり、
バトルで高め合えるライバルに過ぎない。
……たぶん、これからもそうだろう。
俺にはルミナがいる。
どんなときでも、カードの中から支えてくれる、大切な“相棒”。
「ふーん、ミコトちゃんと随分楽しそうだったね♡」
帰宅後、ルミナはふくれっ面でソファに座っていた。
「別に、普通に会話しただけだよ。デッキのこと」
「会話って、そんなに顔近づける必要あったっけ~?♡」
「……見てたのかよ」
「見てたというか、感じてた♡ 精霊の感覚って便利なんだよ?」
まるで恋人みたいに、隣にぴったりとくっついてくる彼女を見ながら、俺は少しだけ笑った。
ミコトとの関係も、ルミナとの関係も──
どれもカードゲームがつなぐ縁だ。
それ以上は……ない。
いや、今はまだ、ないだけ。
~~
「よかったら、週末……映画、行かない?」
ミコトからそう言われたのは、帰り道の校門だった。
夕日が差し込む中で、彼女は恥ずかしそうに視線をそらしていた。
手には、2枚の映画チケット。回復属性をテーマにした話題作だという。
ほんの少し――いや、確かにその時、異性として彼女を意識してしまったのかもしれない。
でも、俺は断った。
「ごめん。ちょっと予定があって」
そう言ってしまった。
ミコトは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに笑って「そっか、また今度ね」と言ってくれた。
……優しい子だ。
けど、本当は予定なんてなかった。
週末、特に大会もイベントもない。
断ったのは、ルミナのためだった。
映画を見に行ったことがバレたら、きっと――いや、確実に拗ねる。
「どうして私じゃないの~」
「ご主人の“初めてのデート”は、わたしとがよかったのに~♡」
「しかもミコトちゃんって……ぺちゃぱいで回復属性で……キャラかぶってる~♡♡」
そんなふうに責めてくる姿が、なぜかすごくリアルに想像できた。
最近、ルミナの表情がよくわかるようになってきた気がする。
それが、ちょっとだけ怖い。
……本当は、少しだけミコトと話してみたかった。
カードのことだけじゃない、普通の話とか。
でも、俺はそれを選ばなかった。
回復系の情報が途切れるのは惜しい――そんな言い訳も脳裏をよぎったけど。
それが本心かといえば、きっと違う。
「ただ、俺は……断った」
そう言い聞かせるように、部屋でカードをシャッフルする。
耳元では、ルミナの軽やかな声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、ご主人~、ミコトちゃんに誘われたんでしょ~♡」
「……お前、見てたな?」
「えへへ♡ 精霊の感覚って、ほんと便利だよね~」
「……」
「でも、断ってくれて嬉しかったよ? ご主人はわたしだけのものだもんね♡♡」
ルミナは何も知らないように、けれどすべて知っているように微笑んでいた。
俺はカードの束を握り直しながら、どこか冷たく、そして温かい現実に、ただ黙って頷いた。
「……少し、甘えてきてほしい」
ふと、つぶやいてしまった。
自分でも、なぜそんなことを言ったのかわからなかった。
ルミナは、いつも近くにいた。
俺の耳元で囁いて、笑って、甘えてきて──
だから、充分だったはずだ。
でも、そのときの俺は、きっと“何か”を求めていた。
いつもより、彼女の声が遠く感じたのかもしれない。
ミコトの誘いを断ったあと、ぽっかりと心に空いた何か。
その隙間を埋めるように、俺は言葉を漏らしてしまった。
ルミナは、少しだけ目を見開いたあと、
ゆっくりと俺に抱きついてきた。
けれど、その抱擁には──
ぬくもりがなかった。
やわらかさも、体温も、存在の重さもない。
ただ、腕を通り抜ける幻のように、
ルミナは俺を「包もうとして」いた。
「……どう? ご主人♡ ぎゅ~ってしてるよ?」
彼女の声は、いつも通り甘かった。
その声だけが、唯一、確かなものだった。
寂しさが加速していくのを感じた。
なのに、不思議と涙は出なかった。
──そうだ。
言葉だけで、今までは十分だった。
「ありがとな、ルミナ」
俺は頭を撫でるようなふりをして、空気を撫でた。
その仕草に、ルミナはにっこりと微笑んだような気がした。
「ご主人が、元気でいてくれたら、私はそれだけで幸せだよ♡」
……本当に、そうなんだろうか。
彼女は、俺の心が揺れたことに気づいているのか。
それとも、気づいていて、気づかないふりをしているのか。
わからない。
でも、俺は思った。
この存在が、カードの精霊であっても──
ぬくもりがなくても──
ずっと一緒にいられることだけは、きっと当たり前じゃない。
だからこそ、今はただ、それを噛みしめていたかった。