カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
ミコトは静かに椅子に座り、手元のデッキケースを指先でなぞっていた。
まるで、その中に込められた何かを確かめるように。
視線は少しだけ遠くを見ていた。
彼女の意識は、いまこの会場ではなく――あの日、プロとの初対面に戻っていた。
あの日の敗北は、今でも胸の奥にこびりついている。
私も、ヒカルも、ただ“ボロボロ”だった。
対戦中は必死だったけれど、終わってみれば一目瞭然。
実力の差は歴然だった。
運のせいにすらできない。デッキの相性でも、ドローの偏りでもない。
すべてにおいて、完敗だった。
──練習相手にすらならない。
カードゲームは、確かに“運”が絡む。
それを口実にできる瞬間は多い。
でも、あの試合は違った。
私もヒカルも、近道を選ばなかった。
一気に追いつこうなんて、最初から思っていない。
それよりも、今まで積み重ねてきたものを、さらに丁寧に重ねていくことを選んだ。
──ただ、その「積み重ね方」は違った。
ヒカルは、自分のスタイルを貫いて、手探りでも前に進んでいく。
私はというと、いろんな人のプレイングを参考にして、自分のスタイルを磨いてきた。
ヒカルとは、使うデッキの傾向が似ていた。
だから、戦略を真似したこともあった。
そのうち、気がついたら、ヒカルの成長を見守るようになっていて――
…まるで、親鳥が子鳥の羽ばたきを見届けるような気分だった。
うまくなっていくヒカルを見て、うれしかった。
でも、同時に、少しだけ――ほんの少しだけ、嫉妬もした。
それは、きっと私がまだ“スクールカースト”みたいなものに縛られていたからだ。
自分のほうが教えていたのに、自分のほうが先にやっていたのに、って。
それでも、私はカードショップで誰かに教えることをやめなかった。
人が成長していく姿は、何よりの報酬だった。
その喜びを知ってから、私は「プレイング」というものの価値を、もっと深く理解するようになった。
強いとか、弱いとかじゃない。
上手い下手に関係なく、どんなプレイヤーにも、その人なりの考えと選択がある。
私はその一手一手に、心を動かされていた。
気がつけば、ショップに通う回数はヒカルを超えていて、教えている人たちのプレイングを、ノートに書き溜めていた。
一つ一つの行動を、見落とさずに記録して、考察して、自分の中で形にする。
私にとっては、それが戦い方だった。
~~
「ミコトちゃんは、ヒカルよりショップに来てるね」
いつものようにショップに顔を出すと、30代のサラリーマン常連が声をかけてきた。
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを少し緩めたラフな姿。それでも、カードを前にすると表情は真剣になる人だ。
「大丈夫なのかい?紅白戦は」
彼の口調は穏やかだけど、目は気遣ってくれているのが分かった。
「……プロと練習しても、私の実力不足で」
ミコトは苦笑しながら答える。
それは、ただの謙遜じゃない。プロとの差をまざまざと見せつけられた過去の実感があるから。
「……なるほどね」
彼はカードを指先で軽く弾きながら、納得するようにうなずいた。
「このショップで教えてから、伸びたってヒカルが言ってたよ」
その一言に、ミコトの目が少し驚きで揺れた。
「教えることで、強くなっているのか。それは、すばらしいことだよ」
彼の声は、どこか誇らしげだった。
まるで、自分のことのようにうれしそうに。
「……ありがとう、ございます」
ミコトは深く頭を下げた。
「紅蓮の獣で、バフした獣を一気に手札に戻されて、バフが無くなってしまうんだが」
男は少し苦笑しながら、盤面に並べたカードを指でなぞった。
その中央に置かれたのが――《紅蓮の獣》。
6コスト/火・自然属性/獣/4/4
召喚時、自分の他の獣すべてに+1/+1
ミコトが過去にトレードして渡したカード。
今や彼のデッキにおいて、中盤から終盤の要となるエースカードだった。
風属性デッキとの対戦では、この《紅蓮の獣》によるバフが一瞬で台無しにされる。
風属性には、コストに応じた手札戻しが多く、破壊ではなく“リセット”されてしまうからだ。
しかも、闇の破壊と違って、風は軽めのカードで戻してくる。
テンポを奪われるには十分すぎる性能だった。
「少し大型を入れた方がいいと思っている。ただ、そこのバランスはこれでいいだろうか?」
男は真剣な表情でデッキを差し出してくる。
ミコトは丁寧にデッキを手に取り、構成を確認した。
ミッドレンジに寄せられた構成。中盤の盤面支配力と、終盤の決定力がバランスよく組まれている。
目立った穴もない。これは彼なりに何度も回して調整してきたデッキだ。
「このままでもいいと思います。相手がどんなデッキを使うかは分かりませんし」
ミコトの声は柔らかく、けれど確信を持っていた。
「ヒカルみたいに、獣関係のカードはしっかり集めておけばいいと思ってください」
その言葉に男はくすっと笑った。
「それはもちろんだよ。あいつは意外に豆だからな」
どこか誇らしげに、そして少し羨ましそうに。
ヒカルの名を口にした彼の表情は、かつて教えられた側が、今では競い合う側に立っているという実感をにじませていた。
私は、答えを教えないと決めている。
それは冷たさではなく――優しさのつもりだった。
ヒカルと出会い、教える側として初めて「育てる」という経験をした。
その過程で、自分自身も成長した。
けれどヒカルから、直接答えを教わったことは一度もなかった。
彼は常に、自分の頭で考え、自分の足で答えを見つけていた。
「強くなるって、そういうことなんだ」
それを見て私はようやく理解した。
だから、誰に対しても私は可能な限り――自分の考えを100%は語らない。
ヒントだけ渡す。
その先を考えるのは、本人自身だ。
今回の風属性との相性についても、答えは言わなかった。
でも、ちゃんとノートに書いている。
自分で気づけるように――何度も繰り返して、積み重ねられるように。
ふとページをめくる。
このノートも、2冊目の中盤に差し掛かっていた。
人のプレイについて、意識して記録するようになったのはいつからだろう。
「教えていたつもりが、私も育てられていたんだな……」
ページの端に書かれた、震える文字たちがそれを物語っていた。
ここに詰まっているのは、誰かのデッキレシピでも、勝ち筋でもない。
誰かが強くなろうとした記録そのものだ。
そう思うと、胸の奥がほんの少しだけ温かくなるのだった。
~~
「ミコトの強くなり方は変わったの、気づいてるか?」
リュウが、ぽつりと俺に声をかけてきた。
「あいつ、中間試験の直前で一気に伸びたよな」
「うまく言えないけど……なんとなく、分かる気がする」
「入学したばかりの頃は、お前の回復プランを真似たプレイが多かった」
「でも今は違う。プレイに幅がある。多様性ってやつだ」
「いろんな奴に教えてるうちに、吸収して、変わってったんだと思う」
そう言うリュウの目は、少しだけ感心しているようにも見えた。
きっと、ミコトの努力をずっと見てきたのだろう。
「そうだな。あいつは、教えることで強くなってる。よく言うだろ、教えてる方が成長できるって」
俺は小さく笑った。
「でも、あいつは俺と違って、答えを教えない。そこにも、あいつなりの信念があるんだろう」
ただ優しく教えるだけじゃない。
一緒に考えさせる。考える機会を与える。
「きっと、答えそのものじゃなく、正解に辿り着く“きっかけ”を増やすのが、あいつの方針なんだと思う」
俺の声は自然と真面目になっていた。
思えば、それは簡単なようでいて難しいことだった。
「そんな考えをしてる時点で、あいつ……卓越してるよ」
リュウは頷いていた。
たぶん、同じことを思っていたのだろう。