カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
「レン、準備は大丈夫か?」
「しましたよ。でも、相手も同じように準備しているでしょうし。勝率は五分五分ですね」
「そりゃあ、そうか。でも勝つんだろ」
「実力は拮抗していますが、俺が勝ちに行きます」
敬語が抜けないのは、ジンのデッキに対してリスペクトがあるからだ。
彼の使う騎士デッキは、読み合い・構築・プレイングすべてにおいて完成度が高い。
それに何度も潰されてきた過去があるからこそ、気持ちでは負けたくなかった。
「ミラをどう対策する。それが勝利のポイントですね」
「俺もそう思ってる。お前の海賊デッキの展開力なら、突破口はある」
レンのデッキは、海賊を展開して、海賊に金貨カードをたくさん使う。
展開されてしまうと、効果が暴れてしまう。
ただし、リソース管理が難しく、一度テンポを崩されると立て直しに時間がかかる。
「この試合、勝ってきます」
「暴れてこいよ、レン」
レンはそう言って歩き出した。
背中には迷いがなかった。
ジンはその背中を見送りながら、短く声をかける。
レンは廊下を歩きながらいろいろと考えていた。
ミラの対策をしっかりと詰めてきた。
相手のデッキは珍しい――回復しながら、バーンで削ってくる変則構成。
正直、あまり戦う機会はないタイプだ。
だからこそ、良くも悪くも、いい経験になる。
事前に見ていたログから、相手の全体除去の主軸が《ミラ》であることは分かっていた。
ならば、そこをどう切り崩すか。
それが勝敗を分けるポイントだ。
全体除去としての4~5割は《ミラ》が担っている。
そこにさえ備えておけば、全体プランは崩れない。
――つまり、この試合は、想定内だ。
レンはそう自分に言い聞かせるように、深く息を吐いた。
~~
1勝1敗――。
これで、次の勝敗がチームの流れを決める。
緊張が喉を締めつける。
わかっている、俺の番だ。
中堅――つまり、流れを作るポジション。
勝てば勢いがつくし、負ければ相手に主導権を握られる。
ベンチから立ち上がる。
自然と手が汗ばんでいた。
緊張している中、声が少し聞こえてきた。
「ご主人様~固い~って。そんなカチコチじゃ、カードも引けないよ?」
ルミナだった。
肩にそっと手を置いて、覗き込むように笑っている。
「だって、全国テレビに流れるんだよ? そりゃ緊張もするさ」
苦笑まじりに返すと、ルミナはくすくすと笑った。
「全力で“気楽”にするように意識してたんだけどね。思ったより難しいや」
「でもさ、ご主人様。緊張してるって言う割に、肩の力は抜けてるじゃん?」
たしかに、心臓は早鐘を打っているのに、体の芯は不思議と静かだった。
紅白戦が決まってからの毎日――あの日々を思い出す。
「紅白戦が決まってから、毎日が“紅白戦”のつもりで練習してきた。
本番では、いつもの気楽なプレイをするって決めてた。でも……」
「難しいよね、うん。でも大丈夫。全力でプレイすれば、どんな結果でも――私はちゃんと認めてるから」
その言葉に、不意に胸が熱くなった。
ああ、俺は独りじゃない。
「ルミナ、ありがとう」
「よーし、ご主人様~頑張ってね~っ!」
小さな声援。だけど、その声はまるで背中に翼をつけてくれるようだった。
~~
ヒカルの試合が開始し、先行はヒカルから。
ヒカルの1ターン目
火/光のモンスターをサーチするカードがマナに置いた。
ただそれだけの行動に、レンは目を見開いた。
一瞬、手が止まる。考える。そして、深く考え込んでしまう。
『火/光のサーチをチャージだと……?』
『まさか、ミラが手札にいるのか!?』
レンはミラの幻影が見え始めており、表情が固まってしまっている。
『持ってる、もう持ってる。だったらあのカードはチャージして当然……』
脳内で勝手に組み上げられた“ミラ所持”の前提。
そして、そこから派生する最悪の展開を相手は無意識にイメージしてしまう。
とうとう枷になってしまっており、水の手札を戻すカードを眺めていた。
レンの1ターン目
まずはバディースキルで金貨を回収。
これはいつも通りの立ち上がり。だが、次の動きで異変は明らかだった。
マナゾーンに置かれたのは、大型の海賊モンスター。
普段なら中盤以降の展開要員で、1ターン目に置くようなカードじゃない。
だが今回は違った。
あえて終盤の駒を切り捨ててでも、中盤の荒らしに備える――その選択。
ミラへの恐怖心がいつものレンのプレイングを鈍らせていた。
本来なら、1ターン目にマナに置くべきは水属性の“手札バウンス”カードだった。
風属性のそれより重いが、中盤以降でテンポを取り返せる一枚。
けれども――
『ミラを、最速で戻す』
その思考に、心ごと支配されていた。
ミラが来る、来るかもしれない。
だから備える。それも最悪の未来を想定して。
レンのプレイは、すでに“自分の勝ち筋”から外れつつあった。
勝つための一手ではない、“負けないための一手”に堕ちていた。
~~
「このコストチャージが生む意味、わかるか?」
リュウの声が低く響いた。
その表情は固まっていた。目を細め、相手の盤面ではなく、すでに“その先”を見ているようだった。
たかが1枚のカードをマナに置いただけ。
けれど――その場の空気は、一瞬で変わった。
「ただのチャージかと思ったけど……相手の表情、止まったわね」
ミコトの声も静かだった。まるで、何かを飲み込むように。
相手の指が止まっている。
対面にいるプレイヤーが、一瞬、呼吸を忘れたように固まっていた。
「1ターンに、火/光のサーチカードをコストチャージしたということは不要って考える」
「不要ってことは、もうすでにミラは手札に持っている。」
相手は1ターン目から、ミラの幻影と戦っている。
手札にはミラなんていないのに。
「コストチャージというのは、不要なカードを捨てること」
「それも立派な情報戦で、相手はその偽りの情報に思考に杭を打たれてしまったんだ」
リュウが淡々と解説しているが、自分すらも冷や汗をかいている。
「思考に杭を打たれた……そんな感覚」
ユカリがぽつりと呟いた。
場にいる全員が気づいた。
これはただの1枚ではない。
この行動は――“メッセージ”だ。
中間テストを経て、守りを固めるデッキが主流となってきたこの環境で、彼は安定を捨てて、攻めを選んだ。
環境を読み、メタに適応し、なおかつ読みの先を行く。
そして今――それを体現した。
「私にやったときと同じ……」
ユカリの視線が懐かしげに揺れた。
「試合前、あいつのデッキをちょっとだけ見たけど……ミラ、入ってなかった」
「代わりに入ってたのは、火属性の除去と、召喚時効果持ちのモンスター」
ミコトが記憶をなぞるように話す。
それは驚愕というより、納得だった。
あの“ミラ”を入れずに、全体除去の圧力を別の形で持ち込むという発想。
「待って……相手って、今、見えない“2枚”と戦ってるのか?」
「盤面にいないのに、“ミラ”をずっと警戒させられてる?」
沈黙が支配する。
思わず、誰も言葉を継げなかった。
普通なら――ミラは守る。
全体除去の要として、当たり前に守られ、当たり前に恐れられる。
でも、彼はそこを“外した”。
「あいつのすごいとこって、ミラを持ってていても、なお火の除去カードを集めてたとこだよね」
「貧乏性っていうか……“もしかしたら役立つかも”ってカードを、ずっと手放さなかった」
ミコトは微笑む。
その姿が、どこか誇らしげに見えた。
精霊を持ち始めたばかりの彼は、そこまで勝てなかった。
回復系のカードがなかなか揃わず、火/光のカードを集めるもわけない。
だから、弱そうな回復カードすらもキープする癖がついてしまっていた。
カードを生かすための、環境をずっと考えてきた。
それが奇想天外の戦術につながっている。
~~
試合は、ヒカルの思惑通りに進んでいた。
2ターン目、レンは海賊モンスターを召喚。
そして、金貨を1枚――海賊に発動させた。
金貨は、海賊カード専用の強化トリガー。
発動時、それぞれの海賊が持つ固有の金貨効果が働く。
+1/+1のバフ、仲間の召喚、金貨の追加獲得など、その効果は多岐にわたる。
今回は展開型ではなく、自己強化型の効果を選択。
さらに、次ターンに金貨を3枚得る選択肢まで仕込んでいた。
展開しすぎれば、ミラで全滅する。
それを避けた、慎重でありながらも攻め筋を残すプレイだった。
しかも、バフしたモンスターはあえて火属性の単体除去で破壊。
展開力のあるデッキを使用している人は、場の空気を読んで単体にリソースを集中することがある。そういったプレイヤーは全体除去を対策しての動きをしている。
ヒカルは、全体除去のメタを学習して単体除去を入れている。
一方のレン。
手札には、いまだ水のバウンスカードを抱えたまま。
動けない。ミラが来るという幻影に縛られている。
選択肢は狭まり、思考は停滞していく。
その幻影に惑わされている隙を、ヒカルは見逃さなかった。
回復バーンのコンボが、着実に刺さっていく。
テンポが遅れたおかげで、《光の輪廻律》の設置にも成功した。
光属性・4コストの設置魔法。
自分が回復するたびに、ランダムな回復カードを手札に加えるという効果。
これまでの自傷ダメージが、ここで一気に意味を持ち始める。
あとは、回復を繰り返すだけで――相手のライフを削れる。
さらに畳みかけるように、ヒカルは火属性の4コストモンスターを召喚。
攻撃力1/体力1。だが、その真価は効果にある。
自分のライフを2点支払えば、相手のモンスターすべてに2ダメージを与える。
その瞬間――レンの表情が強張った。
手札には、水属性のバウンスカード。
通常なら、即座に対応するはずのカード。
だが、手札に戻してしまえば――再び召喚され、効果が再発動する。
それは、このモンスターだけではなかった。
ヒカルの場には、複数の召喚時効果持ちモンスターが並んでいた。
“戻せない”
“除去できない”
それに気づいたとき、バウンスカードが罠だったことを理解する。
……だが、それはすでに遅かった。
すべての始まりは、「ミラ」だった。
あのカードに対する過剰な恐怖が、思考を縛り、選択肢を狭めた。
その連鎖が、最悪の形で作用した。
レンのライフがゼロになったのは、
自分の手札の重みが罠だと気づいた――ちょうどその時だった。
~~
試合が終わった瞬間、空気が一気に軽くなった。
ルミナが俺にいきなり声をかけてきた。
「ご主人様、やったね!!」
明るく響くその声に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
でも、試合の内容は軽くなかった。むしろ、かなりの読み合いだった。
「それにしても、ミラをデッキから抜いたのは恐ろしい一手だね」
「うん。相手の展開が、ログよりも遅かったのは、プレイが重くなった証拠だと思う」
実際、相手は何度か手を止めていた。
考えすぎて、自分のテンポを崩していた。
――その引き金を引いたのは、俺の“コストチャージ”だった。
「火/光のサーチカードを1ターン目にマナに置いたとき、本当に鳥肌立ったよ」
「1ターン目のドローでミラを引き当てたった考えてしまうよね」
ミラのことを過剰に意識している相手にとっては、ミラをサーチするためのカードと考えたに違いない。
サーチカードを捨てた。つまり、ミラは手札に持っているという思考になる。
1ターン目から、ミラというデッキに入れていないはずのデッキに意識を縛られている。
「ミラの存在をチラつかせて、実際には使わない。あれはマジで効いてた」
ただのチャージ。
でも、そこに“あるはずの未来”を匂わせることで、相手の思考に杭を打ち込む。
「カードを出すんじゃなくて、置くだけでプレッシャー与えるの、すごいなぁ」
「最初は俺も“ミラでどう守るか”って考えてた。でも、それじゃ勝てないと思った」
強い相手は、こちらの想定内にいるときだけ、コントロールできる。
ミラを使えば、“ミラ対策”が来る。
だったら――最初から、その一歩先を読んでおくべきだ。
「弱い相手なら、ミラをどう生かすって考えればいい。でも、有名校の上位、それも4位ともなれば……」
「こっちは“そもそも出さない”というメタで返す」
俺もクロのメタカードを集めようとして、失敗した過去がある。
メタカードを集めるのは日々の努力である。
向こうの学校の掲示板では、回復のカードが上位に上がっていない。そんな回復系のカードが上位にいない。そんな環境で、回復系メタを集めようは難しい。
「回復メタカードって、即座にデッキに突っ込めるもんでもないしね」
「だからこそ、あのチャージ1枚で、相手のリズムを崩せたのは大きかった」
――試合の勝因は、1ターン目に始まっていた。
静かな一手。だが、深く刺さる一手だった。
それを選べたこと。それが今の自分の“勝利”だった。