カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
放課後、中庭に4人が集まった。
いよいよ、ダンジョン攻略の時が来た。
「ダンジョンってすごいね……!」
ミコトが目を輝かせている。どこか夢見るような声だった。
一方で、黒いフードを目深にかぶったクロは、腕を組んでそっぽを向いている。
「さっさと行かない……?」
少し不機嫌そうだが、それも彼なりの興奮の裏返しだと分かる。表情の隙間から、わずかに高ぶりが覗いていた。
「そうだな!」
リュウは拳を握る。
このメンバーで、未知のダンジョンに挑む。少しだけ不安もあるけど――それ以上に、胸が高鳴っていた。
ダンジョンのゲートをくぐった瞬間、空気が一変した。
目の前に広がるのは、巨大なカードの断片で構築されたような迷宮空間だった。
床は半透明の結晶パネルでできており、カードの模様が光のように浮かび上がっている。壁には無数の魔法文字が脈動し、どこかの誰かの戦いの記憶を映し出しているようだった。
「すご……」
ミコトが思わず息をのむ。
空間はゆるやかに曲がりくねり、視界の先が霞んでいる。現実とも夢ともつかない不確かな空間。
足音がパネルを叩くたび、淡い光が波紋のように広がっていった。
「ここが、勝ち抜き式のダンジョン……」
俺は、手に持ったデッキに目を落とす。
目の前に、白く発光する魔法陣が浮かび上がる。そこに、1体目の対戦相手が転送されてくる――
そう、ダンジョンはただの迷宮じゃない。
戦うことで進む、"カード使いのための迷宮"だ。
「対戦相手か……チケットを当てたのは俺だ」
「俺が負けるまで、ずっと戦わせてもらうぞ」
リュウが前に出ながら言った。迷宮の中心で静かに光っていた魔法陣が、一際強く輝き出す。
魔法陣の中に現れたのは、蒼白い仮面をつけた無言のデュエリストだった。目元は影に覆われ、感情が読めない。人間か、プログラムかすらわからない存在。
ダンジョンの一戦目。
対戦相手は、地・光属性の岩石族デッキだった。
高い防御力と回復性能を持ち、一般的なバトルではまず決着がつかない。
相手が目指しているのは、ライフを削ることでも、こちらを封じることでもない。
中級者は山札削りがメインとなる。
上級者になると、ターンを稼ぎ、勝利条件まで辿り着く。
――エクストラWIN。
それが、このデッキの到達点だ。
回復を重ね、硬い壁を並べて、じわじわと時間を食いつぶしてくる。
見た目にも派手さがなく、ただ沈黙と粘りだけが支配する。
正直、見ていて楽しいデッキじゃない。
試合は終盤に差しかかっていた。
岩石デッキは壁を築き、回復を重ね、静かに耐えている。
だが、その静寂を破ったのは、やはりリュウだった。
「コストチャージ……ドラゴンエッグ、発動」
リュウの声とともに、エネルギーが脈打つ。
ドラゴンエッグは小さな火種のように場を彩り、1体、また1体と小型ドラゴンを呼び寄せながら、コストと呪文回数を積み上げていく。
リトルフラワーが、しずかに場を焼き払う。
岩壁の端から、じわりと火花が走り、チップのように雑魚ユニットが削がれていく。
それでも、相手の主力は揺るがない。
防御と回復をひたすらに繰り返す、粘着質なデッキ。
けれど、その耐久も――限界だった。
「ドラゴンダッシュ。3コスト。次に出すドラゴンは速攻を得るが、コスト+3……」
その言葉とともに、空気が一変する。
リュウの場に、鼓動のような圧が走った。
呪文回数は《5》に達し、バディースキルが解放される。
「咆哮竜グランバーン、バディースキル発動。ドラゴンのコスト-5」
盤面が静かに揺れる。
今にも爆ぜそうなエネルギーを孕みながら、リュウはカードをかざす。
「バディードラゴン、召喚。速攻だ」
場に現れたのは、剣と翼を携えた巨竜。
降臨の瞬間、岩の壁に風圧が突き刺さる。
そして、迷いなく――攻撃。
「攻撃時効果で……召喚だ。
アルテメット・ネゴシイト・ドラゴン!」
その名が響いた瞬間、場が震えた。
8コスト。3/3。召喚時、山札を5枚めくる――そして、そこにいたのは、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン。
「何よ!! このカード強すぎ!!」
ミコトの叫びが、空間に響き渡る。
「……あいつ、さらに強くなってる」
クロの声は低く、どこか震えていた。
召喚されたドラゴンたちが、ずらりと並び立つ。
空を埋めるような巨影が、場を圧倒していた。
粘る岩石デッキに、もはや反撃の術はない。
「私たち、さらに差が開いちゃったね……」
ミコトはカードを抱えたまま、少しだけ焦り顔を見せている。
「それにしても、相手……弱いね。地方大会でベスト8くらい? うちのクラスなら下のほうかも」
クロは相変わらず辛辣だが、口調に多少の余裕がある。
「油断は禁物だ」
リュウは相手の次のカードをちらりと見て、目を細めて笑った。
その表情は、まるで新しいおもちゃを手にした子どものようだった。
とはいえ、彼の言葉もあながち間違ってはいない。
ダンジョン内の対戦相手は、段階的に強くなってきている。
9連勝中、今のところ相手の実力はクラスの中位ほど。
中の上くらいの自分でも、次あたりでギリギリか……そう感じていた。
だが、リュウなら――たぶん、問題なく圧勝する。
「今のところ、岩石デッキばかりだな。地味だ」
ミコトが退屈そうに呟いた。
「それに比べて、リュウの連ドラは圧倒的だよな。しかも新カードでさらに派手になってるし」
クロもぼそりと漏らす。演出面でも差がついているのは明らかだった。
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10戦目が始まった。
リュウはいつも通りの立ち上がりだ。ドラゴンエッグでリソースを稼ぎ、リトルフラワーで盤面を掃除していく。安定した動き――そう思われたその時だった。
相手のフィールドに、不穏なカードが置かれた。
《大地の神殿》――設置呪文。4コスト。
効果はシンプルだが、脅威だった。墓地に岩石族が20体以上いれば、コストチャージを行うことで勝利が確定する。
この神殿、設置後5ターンで自壊するため、勝利までの猶予はわずかというデメリットあり。しかしながら、圧倒的勝利条件の緩さ
「ここにきて、エクストラウィンか……」
「今までは、ただの山札削り系だったからね。これは強いよ」
ミコトが目を見開く。クロも神殿をにらみつけた。
「しかも、あれ破壊されたら別の雑魚モンスターが出てくるやつじゃないか」
「つまり、墓地のリソースがさらに増える……」
「墓地は……12体か」
「大丈夫だ、問題ない」
リュウは静かに答えた。
呪文カウントはすでに4つ。連ドラの準備は整っていた。
「行くぞ――《時の予言書》を発動」
場の空気が一瞬で張り詰める。
5コスト呪文。山札の上から10枚を見て、順番を好きなように並び替える。
リュウの手は迷いがなかった。動きに無駄がない。
それだけ、見えているということだ。
「バディースキル発動。ドラゴンのコストを5下げる――!」
《アルテメット・ネゴシイト・ドラゴン》召喚。
8コスト、3/3。だがコストは実質3。
山札の上から5枚をめくる――並び替えられた中には、もちろんドラゴンが5体。
「うわっ、出た!全部ドラゴン!?」
「こりゃあ、圧勝だな……次のターンで勝負がつくぞ」
誰もがそう思っていた。
まるで、勝利のシナリオはすでに出来上がっているかのように。
だが――その時だった。
「――《竜の魂を封じる小瓶》、発動」
不気味な紫の光が戦場を覆った。
一瞬にして、フィールド上のドラゴンたちが黒い霧に飲まれる。
「なっ……!?」
《竜の魂を封じる小瓶》。
ドラゴン族のモンスターすべてを、条件なしで墓地に送る破格のメタカード。
リュウのドラゴンたちは、何の抵抗もできずに消え去った。
「今までのバトルで、学習してきたのか……さすがダンジョンだな」
リュウがつぶやいた声には、驚きと興奮が入り混じっていた。
「こんなメタカード、知らないよ……」
ミコトも目を丸くしている。
「なるほど、これで10連勝を阻止してきたのか」
クロが冷静に分析する声を漏らした。
だが、そんな感想すらも一瞬で吹き飛ぶ。
相手が取った行動は、常識外れだった。
岩石族のモンスターを自ら破壊し、《墓穿ちの儀式》――山札を破壊するカードを自分自身に使ってきたのだ。
本来は相手へのデッキ破壊に使うはずのカード。
それを逆利用するとは……。
山札の上から4枚が一気に墓地へと送られる。
そのうち、3体が岩石族。墓地のカウントが一気に4体分(自壊した1体、山札から3枚)増加した。
「まさか、自分のデッキを削ってまで墓地を肥やすなんて……!」
さらに追撃。
自壊効果を持つ岩石族2体を破壊。
その効果で《光の癒光》が発動し、ライフを1ずつ回復していく。
盤面は一見更地。しかし、墓地のリソースと、回復――静かに着実に勝利条件へと近づいている。
「回復か……さすが光混合デッキ。次のターンも、同じ動きをしてくるな」
リュウの表情が険しくなる。
しかし、彼はカードを伏せることも、召喚することもせずに――静かにターンを終了した。
焦りも怒りもない。ただ冷静に、相手の動きを見極めている。
ここでドラゴンを出しても、再び自壊と除去で墓地の養分にされてしまうだけだ。
だが、その間にも――相手の墓地は、音もなく満たされていく。
何も語らず、何も派手な演出もなく。
ただ淡々と、盤面の岩石が砕け、デッキが削れ、その一片一片が墓地へと積もっていった。
岩石族が20体、墓地に存在する。
条件は、整った。
《大地の神殿》がわずかに輝き始める。
設置されたその神殿は、静かに、しかし確実にその"終わり"を告げようとしていた。
フィールドの岩石族を呪文で自壊させて、破壊時効果でコストチャージさせてしまった。
「コストチャージ……完了」
――勝利条件、達成。
「まさか……エクストラウィン、だと……?」
リュウの拳が、わずかに震えた。
あのリュウが、だ。
勝利を確信していた。いや、勝っていたはずだった。
だが、勝利は奪われた。静かに、確実に――盤面ではなく、墓地という名の伏線に。
10連勝。
それを阻んだのは、力ではなく、策略と蓄積だった。
そして俺たちは気づく。
ダンジョンは、プレイヤーを育てている。
ただのCPUではない。学習し、適応し、進化している。
次に戦うときは、もっと賢く、もっと残酷な敵が待っているのかもしれない。
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「次は俺が出る。俺が負けたらミコト。最後はクロで頼む」
そう言いながら、立ち上がった俺の声は少しだけ震えていた。
リュウは少し目を細めて言った。
「相手はメタを学習してきている。ドラゴン+回復系の動きは、すでにプログラムに取り込まれてる可能性が高い。無理にぶつけるより、対抗できる型で攻めた方がいい」
「ミコトも回復系だから、相手がそれに対応するのは時間がかかるだろう。学習させるだけなら、それもアリだ」
「そうだな。そっちの方が勝つ確率は高い」
リュウは腕を組みながら、納得したように頷いた。
……ダンジョンを本気で攻略したいという気持ちが強いリュウだからこそ、感情ではなく理屈で動く。
でも――。
そんな合理的な判断とは裏腹に、俺の中に渦巻いていたのは、まったく別の感情だった。
(くそっ……)
悔しかった。
怖さなんて、とっくに捨ててきたはずだったのに。
あの圧倒的な連ドラがメタられ、沈黙したとき。
相手の狡猾さに――心のどこかが、ぞくりとした。
(それでも……俺は今すぐ戦いたい)
逃げるのが怖いんじゃない。
勝ちたいからでもない。
ただ、今、このタイミングで――このヤバい相手に、自分がどこまで通じるのか試したい。
そういう衝動が、熱く、胸の奥で燃えていた。