カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
ダンジョン 10戦目――開始前
「ご主人様、闘志ビンビンだねぇ~」
「これだから、男の子ってかわいいんだよね~」
ルミナが、いつものようにふざけた声で囁いてくる。
ぴたりと耳元で言われて、少しだけ肩が震えた。
「……がんばって~」
相変わらずのマイペース。
だけど、その軽口が不思議と気を抜かせてくれる。
肩に入っていた余計な力が、ふっと抜けたのが分かった。
(こいつ……ちゃんとわかってるんだな)
普段はエッチなことばかり言って、嫉妬深くて、面倒な精霊――
……だけど、俺がダンジョンの中で仲間たちと過ごしているときは、
距離をとるように、そっとしてくれている。
今みたいに、絶妙なタイミングで声をかけてくるのも、その一環だろう。
エッチで、嫉妬深くて、ちょっとおバカで……
でも、
ナイス相棒だと思う。
さあ、集中しよう。
ダンジョン10戦目――
俺の全てをぶつけるバトルが、始まる。
~~~
ゲームが開始された。
俺は序盤から攻め手を練る。
まずは自傷ギミックでリソースを稼ぎ、ファイヤーボーイをフィールドに展開。
続けて、ファイヤー・アタックで確実にライフを焼いていく。
このデッキの基本は、「回復バーン」。
自分のライフを回復するたびにバーンダメージが発生する構成だ。
そこで俺は、光の玉手箱・ライフチャージを使い、ライフを回復すると同時にマナゾーンを肥やしていく。
このカードは、回復と展開の両立を叶える優良カード。
回復=攻撃という構造を生み出す、回復バーンには欠かせない1枚だ。
ファイヤーボーイの攻撃で、相手モンスターを削ったりライフを減らしている。
ジリジリと、確実に削っていく――まるで火がじわじわと薪を焦がすように。
現在、相手のライフは12点。
まだ余裕はあるが、削り切れない距離ではない。
「悪くない展開だな。手札もまだ余裕あるし、《光の玉手箱》で手札を維持できてるのは大きい」
「うん、今のところは順調だね」
ミコトが頷く。
「墓地は5枚か……」
岩石族の墓地を眺めており、先の展開をクロは考えている。
「悲観することはないよ。岩石族の攻撃力はゼロだ。だから、ファイヤーボーイが今も生き残ってる」
「そいつが地味に効いてるな。毎ターン確実にリソースを減らしている」
リュウが目を細める。
「……もう5ターン目だってのに、コストが8も溜まってる。これ、相当早いぞ」
「うん。あいつの得意な、中~小型モンスターの連続展開がそろそろ始まるかもね」
ミコトがわずかに笑う。
「回復しながらバーンする……まるで火の雨だな」
クロがぽつりとつぶやいた。
コストはすでに9に達していた。
まずは、《火炎地獄》を発動――コスト3。
「っぐ……!」
自分に3点のダメージ。その代わり、相手には4点の直撃。
ライフは12から8へ、そして《ライフチャージ》でさらに追撃――2コスト。ライフを1点回復しつつ、カードをマナゾーンへ送り込む。
相手のライフ:8 → 7
自分のライフ:11 → 12
そして、余剰分で得た追加1コストもあわせ、5コストで次のカードを発動。
《セレスの清浄》。
ライフを2点回復しつつ、相手の墓地からカードを2枚除外する。
これは……リュウとの戦いを見て、急遽入れた“対策カード”だ。
相手のライフ:7→6(バーン効果にて)
相手の墓地は5 → 3に減少。
そして、ライフはさらに14まで回復していた。
ファイヤーボーイで攻撃を狙うも――
相手の場には、相変わらず攻撃力0の岩石族たちが立ち並んでいた。
手を出せば、自滅するだけだ。無理はしない。
「ターンエンド」
「これは勝てる……!」
クロが小さく口にする。
「あいつの手札はたった1枚。それが何かヤバいカードじゃなければ、どうってことない」
「墓地も今は3枚。条件達成まで最低4ターンは必要だ」
「ライフも残り6。雀の涙だ。あと2ターン……それだけあれば、削り切れる」
リュウが、口元に微かに笑みを浮かべる。
「……あいつのデッキって、この岩石デッキのメタになってるよな」
ミコトが頷きながら視線を移す。
「確かに。こっちがガンガン攻撃して墓地を肥やすタイプだったら、逆に相手の思うツボだけど……あいつ、自傷とバーン主体だから」
「そう。岩石族を攻撃して倒す必要がないんだよな。場に並んでても関係ない。削りたいのは、ライフだけ」
リュウが腕を組み、低く笑う。
「ご主人様~油断はしないでね」
「正直言って……不気味だよ。フィールドにずらっと並んだ、6体の攻撃力ゼロの岩石族。普通じゃないよ」
「たぶん……ここで勝負を仕掛けてくる」
いつもの甘ったるい声だけれど、その響きはどこか固く、耳の奥にピリつくようなものを残した。
ルミナがこんな風に真剣なトーンで話すのは、はじめてかもしれない。
確かに、どれも攻撃力はゼロ。
だが、ただの壁にしては配置が整いすぎている。
まるで何かを“待っている”かのように、静かに、不気味だ。
相手の手札が、静かに動いた。
7コストチャージ――そして、そのうちの4コストが払われる。
《大地の神殿》
あの設置呪文が、ふたたび立ちはだかる。
「マジか……!」
思わず声が漏れた。
確かに怖いカードだが、今は残り3コスト。それだけで墓地を一気に肥やすことなど、できるはずがない――そう思っていた。
だが。
「フィールドの岩石族6体を破壊――!」
ドン、と空気が震えた気がした。岩石族たちがまるで自ら崩れ落ちるようにして散り、同時に、呪文が起動する。
《石魂の崩落》
破壊した岩石族の数だけコスト軽減。6体破壊、つまり6コスト軽減。
破壊された岩石族1体につき手札を1枚ドロー
つまり、6枚ドローしてきた。
墓地の枚数:3枚 → 9枚。
時間をかけて削ってきた「墓地を肥やさせない」戦略が、一瞬で覆された。
しかも、場にはまだ岩石族がいる。まるで、次の連鎖の準備ができているかのように。
「このタイミングで……それを出してくるのか!」
破壊された岩石族たちは、ただの捨て石ではなかった。
そのうちの数体には、「破壊されたとき、デッキから岩石族を場に出す」という効果が宿っていた。
破壊と同時に、入れ替わるように現れる岩石族。フィールドに3体出現してしまう。
《墓穿ちの儀式》――コスト4:山札を4枚削り呪文。
ただし、岩石族を破壊していれば、たったの1コストで発動できる。
フィールドの岩石族が、自壊効果によって崩れ落ちていく。
そして、3枚の《墓穿ちの儀式》が、同時に発動された。
山札を、ゴリリと削る。
一瞬で、墓地が9枚 → 19枚へと跳ね上がる。
そして、ターン終了
ほぼ絶望的状況になってしまっており、次の1ターンでとどめを刺さないといけない。
「破壊してこない相手だと、自分で破壊してリソースを増やす……か」
「メタだと思っていたのに……すごいな。あの相手……」
ミコトの表情にも陰りが差す。
さっきまで余裕を見せていた彼女すら、声のトーンを落とすほどに――相手のプレイは鮮やかだった。
勝てると思っていた。だからこそ、その希望がひっくり返された時の落差は、大きい。
そんな中で、ただ一人、冷静なままの少年がいた。
「……まだ、勝負はつづいている」
「あいつの手札はたったの1枚。たぶん2~3コストの軽いやつだろう」
リュウは腕を組み、じっと盤面を見つめる。低く、落ち着いた声が響いた。
「私もそう思う。あいつのデッキ、軽量〜中級のカードばっかり。パワーカードで一発逆転って構成じゃない」
ミコトが強めの口調で言う。
自分に言い聞かせているのか、それとも不安をかき消そうとしているのか。
彼女の眉間には、いつもより深くシワが寄っていた。
「仮に、たった1点を削られたとしても……そこから5点を削れるようなカードなんて、持ってるはずがないでしょ!」
言葉を重ねて、思い込みを強化する。
だけど――
「……それはどうかな」
静かに、リュウが口を開いた。
この言葉はリュウだからこそ、話せる言葉である。
リュウはその逆転するカードを脳内にしっかりとイメージできている。
次の一枚で――俺の運命が決まる。
山札の上に置かれたカードが、まるで鉄板のように重たく感じられた。
「ねぇ~ご主人様、緊張してるでしょ?」
いつになく、精霊の声がやさしい。
「やっぱり緊張するよね。このバトル……今後の人生に響いてきそうだもんね」
茶化すでも、甘えるでもない。真剣な声。
胸の奥に染みてくる。
「でも、きっとご主人様なら引き当てるよ。納得できる答えを――いつもそうだったでしょ?」
……ああ、そうだな。
「私、知ってるよ。そのカード……リュウからトレードしてもらったファイヤーボーイだよね?」
「同じカードなのに、わざわざ入れたじゃん」
思い出す。
ファイヤーボーイ――
ステータスも効果も同じはずのカードを、俺は入れ替えた。
意味なんて、あるのか?
そんなことをする余裕があったのか?
いや、違う。そうじゃない。
「ご主人様が願ってたカードはね、あいつの“願い”なんだよ」
「私の効果に合う大型モンスターなんていないじゃん。でも、あいつは引き当てた」
「それはね、ご主人様に強くなってほしいって……心の奥底で思ってたからなんだよ」
目を閉じる。
「ご主人様も、あのとき本当はわかってたんでしょ?」
「自分のために強くなってほしいって思ってた」
「その想いが、カードに宿ってるんだよ」
……手が震える。
けれど、迷いはない。
「どんな結果でも、その気持ちがあったって、私が認めてあげるよ」
「だから、遠慮なく引いて」
静かに、山札に指をかけた。
この1枚が、全てを決める。
だけど今――俺の中に恐れはなかった。
俺の相棒なのか。
いや、もう疑う余地なんてない。
甘えたときは、ちゃんと受け止めてくれて。
覚悟したときは、そっと背中を押してくれる。
……本当に、いい精霊だ。
「お前とリュウの期待に応えたい」
呟くように言った。けれど、それは確かな誓いだった。
俺のドローで――答える。
手が軽い。驚くほど、すっと山札に伸びていく。
さっきまでの重さが嘘みたいに。
それは、もう「引かされている」としか思えなかった。
スッ……
1枚のカードが、指先に舞い降りる。
「……やっぱり、引いてしまうんだね」
静かな、でもとびきりの笑顔を浮かべて、精霊が囁く。
『リュウの思いを、ちゃんと受け止めたじゃん』
『さすが、ご主人様』
カードを見つめた。
「ファイヤーボーイ、召喚!」
パチン、と火花が弾ける。
赤き小さな戦士が、情熱を宿した瞳でフィールドに現れる。
召喚と同時にその体から炎が爆ぜ――自分と相手に1ダメージ。
相手のライフ:6 → 5
「リュウ、やっぱり……お前はすごいよ」
俺は呟いた。
このカードが来た瞬間、そう確信した。
――お前の願いが、俺の手札に宿った。
「《回復天使副隊長 カリエル》、召喚!」
眩い光が、闘技場を照らす。
戦場に舞い降りたのは、純白の翼を持つ天使。
静かに微笑み、慈しむように光を解き放つ。
召喚時効果:ライフを1回復することを5回行う。
《ファイヤーボーイ》の効果で、回復時に1ダメージ。
5連続の回復 → 5連続のダメージ → 相手のライフ:5 → 0
「このカードって、5回復ってことは連続攻撃ってこと!?」
ミコトの声が震えている。
「そうだ。……あいつは引き当ててしまったんだよ」
「さすがだよ、あいつは――俺たちのヒーローだ」
静かに勝負が決まる。
歓声も音もなく、ただ、光だけがそこにあった。
「ほら、言ったとおりだったでしょう」
耳元に甘えるような、けれど誇らしげな声が響く。
「ご主人様、かっこいいよ~」
「世界で一番、かっこいいよ~」
――いつもなら、その声に照れてしまう。
でも、今は違う。
誇らしい。
こんなにも俺を信じてくれる存在がいることが、
そして――その期待に、ちゃんと応えることができたことが。
~~
俺は――
勝ってしまった。
喜びが一気に駆け上がってきて、
でもその反動で、足がふわふわしていた。
周りの景色がぼやける。音が遠い。
現実なのか、夢なのか、まだよくわからなかった。
「すげぇ~お前。あそこで引くか~!!」
声が響いた。リュウの声だ。
まっすぐな声。いつもの、あの熱量のこもった声。
「すごいね。」
「とうとう、大型モンスター手に入れたんだね。おめでとう」
静かに、けれど確かに響くミコトの声。
優しくて、少しだけ寂しそうで、でもとても誇らしげだった。
ダンジョンの奥、静まり返った空間に、ひときわ神々しい光を放つ宝箱が現れた。
まるで、勝者を称えるかのように、ゆっくりと自らの蓋を開けていく。
中にあったのは――4つの宝石。
赤、青、緑、白。それぞれが淡く、けれど力強く輝いていた。
「……これは、パワーストーン?」
俺が手を伸ばすより先に――
バディーカードたちが、まるで引き寄せられるように宝石へと浮かび上がった。
バディーカードが宝石の光を吸収していく。
ぶわっと、柔らかい風と光が辺りを包み込んだ。
「ご主人様~~っ! 私、強くなったよ~~♪」
頭の中に、あの甘い声が響く。
いつもの調子で、でも……どこか誇らしげだった。
バディースキル進化!
【回復時】に、敵ライフに1~2点(ダメージ量はランダム)。
「なにこれ~~!! バディースキルが強化されてるんだけどっ!?」
ミコトの驚きの声が、静まり返ったダンジョンに響く。
「こんな事例……聞いたことがないぞ……」
リュウの目は真剣だ。普段なら飄々としている彼も、今回は本気で驚いているらしい。
クロは唖然としており、だまりこんでしまった。
宝石の光に包まれた俺たちのバディ――
確かに、“進化”していた。
俺たちの、初めてのダンジョン攻略は幕を下ろした。
でも、ただの「初めて」じゃない。
きっと、何かが大きく動き出す“はじまり”なのだ。