カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
ダンジョン攻略の翌日。
教室に入ると、ざわつきと視線が一斉に集まった。
――いや、俺じゃない。
脚光を浴びていたのは、リュウだった。
9連勝の記録。そして、あの冷静な采配。
最後のダンジョンで見せた、的確すぎる判断。
クラスの連中が彼を囲み、次々と質問を投げかけていた。
俺はと言えば、ただ静かに席に着いた。
(最後の一勝を取ったのは、俺だったけどな)
重みを知っているミコトが、ちらりとこちらを見て、申し訳なさそうに微笑む。
その優しさすら、今はちょっとだけ胸に刺さる。
~~
自宅に帰り、いつものようにルミナにいじられている。
「ご主人様~♡♡ ちょっとは目立つと思ったぁ?♡♡」
ソファにぐったり寝転んでいた俺の上に、ぽふっと乗ってくる影。
赤みがかった髪を揺らして、俺の顔を覗き込む精霊。
「ざんね~~ん♡♡」
「でもね? ご主人様のことをちゃんと見てるのは……この私だけだから♡♡」
指先でつん、と頬を突いてくる。
その時の実感はないけど、視覚的なエッチな気分になる。
「世界で一番、愛してる♡♡」
にやにやと笑いながら、頬をすり寄せてくる声。
それは完全に馬鹿にした、煽りそのもの。
「……お前、まじでむずがゆいんだよ」
「え~? なにがぁ~?♡♡ ねぇねぇ、まさか照れてるぅ?」
こいつ、絶対わかってやってる。
顔が熱くなっていくのを感じながら、俺は目を逸らした。
俺のことを、もうこれでもかってくらい茶化してくる。
膝の上で揺れながら、くすくすと笑う精霊は、全身から「ご主人様、いじってもいい存在♡♡」ってオーラを出していた。
本当に、自由な精霊だ。
俺が落ち込んでようが、すねてようが、おかまいなし。
どこまでもマイペースで、どこまでも俺の感情をかきまわしてくる。
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ――
(こいつがいるなら、少しくらい目立たなくたって、いいかもな)
「結構バトルしたから、パワーストーン溜まってるだろ」
「そろそろ、パック引きたいんだよな。引かせてくれ」
「了解~~っ!!」
いつものように、精霊がパワーストーンを手渡ししてくる。
でも――そのとき。
俺の指先が、ふいに彼女の手に触れた。
……柔らかい。
まるで人間の女の子みたいな、あたたかさと、しなやかさ。
今まではすり抜けるような感覚だったのに、今回は――確かに触れた。
「えっ……今、触れた……よな?」
「……うん。触れた……よね……?」
ルミナも戸惑っていた。
頬が、ほんのり赤く染まっている気がした。
「なんで、だ……?」
「私にも分からないよ……でも、なんか……不思議」
もしかして、ダンジョンで強化された影響かもしれない。
バディの絆が、何かの領域を超えた――とか、そういうやつなのか。
……って、色々考えそうになったけど。
(なんか、ズレた方向にいきそうだ……)
やめた。
ただ、触れたという事実だけが、胸の中に、妙に強く残った。
~~
「ねぇねぇ♡♡ 今のバーン♡♡で、2点飛ぶって思った~~~?♡♡」
わざとらしく首を傾げ、俺の顔を覗き込む精霊。
表情は完全に“してやったり”のドヤ顔だった。
「残念でした~~♡♡ 1点でした~~♡♡」
「うるさい……分かってる」
この精霊、バーン効果がランダムになったことで、煽りのレパートリーが爆発的に増えた。
ダンジョンで強化されて以降、“回復するたびに1~2点のバーン”という能力を手に入れたせいだ。
体感3割くらいでしか2点飛ばないんだが、相手視点だと毎回飛んでくる気がしてるらしい。
こっちとしては計算崩れるから、マジで心臓に悪い。
「ほらほら♡♡ ご主人様、2点くらうようにお願いしてみて~~♡♡」
「ね?“お願いバーン”してみて?♡♡」
※お願いバーン:ルミナ命名。プレイヤーが祈ることでダメージが増すという謎ジンクス。
「そんなのあるか!!」
煽りだけは一流だった。
さすが、俺の相棒……いや、煽り専用マスコット。
それでも、相手の顔が引きつってるのを見ると、
俺もちょっとだけ――笑ってしまう。
いつものように煽ってくれて――それが、妙にありがたかった。
ダンジョンを越えて、少しずつ変わっていく世界。
バディースキルが強化されて、触れる瞬間すら生まれた。
それでも、変わらずに俺を小馬鹿にするように煽ってくれる、その距離感が、正直ほっとする。
……どこかで怖かったのかもしれない。
関係が、変わってしまうことが。
あの時、指先が触れたことを意識してしまったからこそ――余計に。
でも、あいつは何も変わらず、今までどおりに笑って、からかってくれる。
それが、何よりうれしかった。
……ただ。
エッチな気分になるのだけは、未だにどうしていいかわからない。
~~
クロは、強くなっている彼を見て危機感を覚えていた。
ダンジョンの実質ラスボスを倒した瞬間、彼の強さに嫉妬してしまった。
リュウが注目していることに疑問に思っていた。しかし、ダンジョン以降はどうしても注目せざるを得ない。
そんなカードをじっと見つめていたクロは、どこかイライラしていた。
肩がぴくりと動くたびに、目の奥の棘がのぞく。
「……あいつより、強いか?」
『ぷに~』
ぽよん、と脈絡なく跳ねる悪魔系スライムの相棒。
それでも、その何気ない声に、クロの肩の力が少し抜けた。
「……そうだよな。俺の方が強いよな」
『ぷに~』
「バトったら……気持ちも軽くなるってか……」
口に出して、ようやく気づく。
自分が安心したいと思っていたことに。
張り合っているんじゃない。
「勝負しろ……」
クロの声は、まっすぐで重たかった。
逃げ道なんて最初からなかった――そんな目をしていた。
「いいよ」
俺は肩をすくめながら、いつもの調子で返す。
だけどその一言に、クロの表情が一瞬でこわばった。
「今ここで、証明する。俺が、お前より上だってことを……」
~~
最初に動いたのは、クロだった。
チャージを済ませると、すぐさま1枚を盤面に置く。
《暴走する自爆霊》
コスト:1 パワー:2/1
※攻撃後に自壊するモンスター。
小手調べにしては妙にキレがいい。
無駄のない動きが、逆に怖い。
俺はチャージだけして、静かにターンエンド。
初手が悪い。無理に展開しても潰されるのがオチだ。
そして、クロの2ターン目。
チャージのあと、手札からゆっくりカードを場に伏せる。
設置呪文《成長する墓場》
コスト:2
効果:自分の闇属性が破壊されるたびに、1ドロー。
「来たか……」
闇属性を“使い捨て”じゃなく“燃料”に変えるカード。
地味だけど、回ればとにかく厄介。
案の定、自爆霊がアタック。
敵プレイヤーに2点、そして即座に自壊――。
その瞬間、闇が蠢いた。
「バディスキル、発動」
クロの相棒、あの悪魔スライムが不気味に笑う。
バディスキル:闇属性が破壊されるたび、サイコロを振る。1~3が出たら、相手の手札をランダムに1枚破壊。
ダイスが転がる――コロコロ……「3」。
「……ッ!」
ヒット。
手札から1枚、無情に焼かれる。
しかもそれは、俺の切り札の1枚だった。
(くそ……強化されてる)
ダンジョン前は発動率が3割、今は5割。
たったそれだけの違いが、ここまで戦況を変えるとは――。
バディスキルで焼かれたのは――
俺が温めていた《ファイヤーボーイ》だった。
(くそ……やっと引けたのに)
次のターン、なんとか体勢を立て直すべく、《薬売りのグリム》を召喚。
召喚時効果でライフを1回復。
そのたびに発動する、バディスキルのバーン。
「……残念~♡♡ 今回は1点でした~♡♡」
■バーン効果:回復時、ランダムで1~2点ダメージ
→ 今回は1点ヒット。
それでも、クロのライフは少しずつ削れていく。
(チクチク削っていけば……)
そう思っていたが、冷静にカードを回すクロの手は止まらない。
――成長する墓場の効果で、破壊されるたびに1ドロー。
――バディスキルで、またしても手札破壊のチャンス。
俺は回復しながら、バーンを当て続ける。
一方で、クロは毎ターン“手札”という武器を削ってくる。
手札差はどんどん広がっていき、回復リソースはなくなっていた。
(……このままだと、押し切られる)
6ターン目。
クロの手札は5枚。俺は0。
盤面差だけじゃない。コストゾーンにも差がついている。
クロ:コスト6、フィールドに《ヘドロゾンビ》2体(2/2)、《幽霊犬》(1/2)
俺:コスト5、フィールド無し
ライフは13対13――一見互角。でも、それは数字だけの話だ。
俺は手札を何度も割られ、カードを「捨てる」ことさえできない。
コストに送る余裕すらなくなっていた。
そしてクロのターン――
「召喚、《出来損ないネクロマンサー デク》」
フィールドに現れたのは、ボロボロのフード姿の死霊術師。
コスト4、2/2。だが、真価はここから。
「効果発動――墓地の闇属性を2体除外。召喚、《瘴気まみれの死霊兵》、3/3」
盤面に、さらに重苦しい空気がのしかかる。
「続けて――2コスト、《首吊りゾンビ》、1/2」
これで計5体の闇属性が並んだ。
ただし、今出したやつらは召喚酔いで動けない。
攻撃できるのは、既に場にいた3体だけ。
《ヘドロゾンビ》×2がそれぞれ攻撃。
2点、2点。さらに《幽霊犬》で1点。
合計 5点ダメージ。
俺のライフ:13 → 8
(くそ……! 圧が違う。数で押されてる……!)
場も、手札も、リソースも――全部負けてる。
俺は静かに、1枚ドローした――
……そして、何もせずに手札を伏せた。
「……降参だ」
目の前に並ぶ闇属性のモンスターたち。
もう、どう足掻いても届かない。
あの盤面に一矢報いるカードは、今の俺にはなかった。
「やはり、俺の方が強い」
クロが呟く。
その顔は――安心したようで、不満げにも見えた。
どっちとも取れる。だからこそ、気に障った。
そんな空気を切り裂くように、リュウが後ろから口を開いた。
「クロ、6コスト・墓地5枚以上だったら、《幽霊将軍 マギア》で即リーサルだよな」
「4ターン目から、ずっと握ってたんじゃないか? どうして出さなかった」
クロの返答は、鼻で笑うような一言だった。
「……弱いやつに出す意味ある? プロの世界なら、“切り札”は隠すのが基本でしょ?」
「へぇ。……リュウ、その効果、なんだよ」
俺が問うと、リュウとクロの視線が交差した。
言葉じゃなく、何かを読み合ってるようだった。
「……なるほどな」
「そのカードを使わせるほどの力がないってことか……」
リュウがポツリと漏らす。
「それはつまり――俺が強くなってきたってことだな。だから、お前は“あのカード”を使わせたくなってる」
静かな怒りが込み上げる。
悔しいのは、負けたことじゃない。
“使うまでもない”――そう思われたことだった。
「……わかった。一週間後。俺は強くなってやる」
「その時は、その《幽霊将軍 マギア》ってやつを、俺にぶつけさせてやる」
クロは少し目を見開いたあと、口角をわずかに上げた。
「……むかつく野郎だ」
「――いいよ。再戦しよう。次は、本気で」