カードゲームで回復するたびに、バディー精霊が耳元で囁いてくる 作:銀層
「光の墓の守り手」
コスト10、光属性、マッドネス持ち。
効果は単純で強力。相手の闇属性カードは墓地に送られず、すべてそのまま除外される。
クロのようなハンデスデッキにとって、致命的なメタになるカードだ。
その一枚を手に入れるために、バイトと学園生活を同時にこなす日々が始まった。
昼は対戦、夕方はカードショップで接客とファイト。
疲れていないわけじゃない。むしろ、体はずっと重い。
けれど、心は……不思議と軽かった。
今までの人生で、一番充実している。
汗をかいて、恥をかいて、負けて、学んで、前に進む。
ミコトは教室のベンチにぐったりと寝転がっていた。制服の襟も少し崩れ、疲れ切った顔で、でもこちらにはちゃんと笑いかけてくる。
「クロの対策、進んでる?」
「めちゃくちゃ強いメタカードがあったんだ。それに向けて、今バイトしながら準備してるところ」
「よかった~。私は回復系だから、ずっとクロのデッキとやり合ってるよ」
少しだけ笑って、でも目の奥はどこか焦りと疲労がにじんでいた。
「クロもダンジョンで強くなってるよね。…っていうか、私たちもちゃんと強くなってるのにさ」
「私の勝率、3割くらい。たぶん、あんたと同じくらいなんじゃない?」
そう言って、ミコトは身体を起こす。クロに呼ばれているのだろう。カードケースを腰に留め、髪をかき上げてから一言。
「メタカード、向こうも対策してくると思うよ。頑張ってね~」
そして、手をひらひらと振って、廊下の向こうへと消えていった。
残った俺の隣で、ルミナがぽつりと呟いた。
「あのぺちゃぱい、クロとずっと一緒にいればいいのにね」
「……やきもちか?」
「そりゃあ、焼いちゃう~。ご主人様は私だけのものだもん♪」
相変わらずテンションの高い精霊だ。けど、ちゃんと核心も突いてくる。
「でもさ、ご主人様~。あのカードだけじゃ、たぶん足りないよ」
「……わかってる。『光の墓の守り手』だけじゃ、クロのすべては止められない」
「クロのやつ、もう本気出してるし~。こっちもメタカードをもう一枚、用意しないとね」
ルミナは、軽く笑いながらも、いつも以上に真剣な目をしていた。
~~
店のカウンター横、試遊スペースでお客のデッキ調整を手伝っていたときのこと。
ふと、そのプレイヤーのカード束の中に、見慣れないカードが目に入った。
《深海の観察者》
水属性/コスト8/3/3/マッドネス持ち
召喚時:2枚ドロー
(……これ、クロに強いカードじゃん。めちゃくちゃ強いじゃないか)
俺はすぐに声をかけた。
「すみません。このカード、すごく良いですね。周囲にハンデス使いはいらっしゃいますか?」
「いえ、うちの地域では見かけませんね。どっちかというと速攻型ばっかりです」
「なるほど……それなら、ぜひトレードしませんか? このカード、今の僕のデッキにぴったりなんです」
「えっ、いいんですか?」
俺は、常に持ち歩いている交換用のカードポーチを開いた。
クラスメイトたちのように“質”では勝てないが、数をこなしている分、“こういう奇跡”の場面にも出くわす。
俺が差し出したのは――
《墓穿ちの儀式》
コスト4:相手の山札を上から4枚削る呪文。
自分の岩石族が破壊した場合、たったのコスト1で発動可能。
ダンジョンで死ぬほど見たカード。このカードの印象が強かったためか。
俺のパックに入り込んでしまっている。
「あなたのデッキ、岩石族多いですよね? 防御が高くて、盤面が耐久寄りだから、最終的に相手をデッキアウトで倒す感じになってると思うんです」
「うっ……確かにそういう展開が多いです」
「だったら、このカードがきっと活躍します。何なら、2枚までなら出せます」
「わかりました。じゃあ、この《深海の観察者》、1枚と交換しましょう」
「兄ちゃんが損する交換だけど……いいのかい?」
店長が、珍しく真剣な顔で確認してくる。
俺は笑って首を横に振った。
「いいんですよ。僕たちの世界では……“マッドネス”を持つカードは、どんなに弱くても、持っているだけで意味があるんです」
そう。
いつ、誰がハンデスを使ってくるかわからない。
少なくともアストラルカード学園のクラスメイトたちは、ハンデスを警戒して誰もマッドネス持ちを出さなくなっている。特にクロという強いハンデス使いがいるし
でも、それこそがチャンスだ。
「だからこそ、こういうカードは、大事なんです」
静かに、けれど確かな決意を持って、俺はカードを差し出した。
「それに……」
と、続ける。
「お客さんが強くなってくれた方が、店も繁盛するでしょう?」
「勝てないカードゲームって、やっぱり楽しくないじゃないですか」
「――まいったな。あんた、やっぱりプロになる器だよ」
店長は数秒沈黙してから、ふっと口角を上げた。
本当に――カードが集まった。
この4日間で、100人以上と接待バトルをこなした結果だ。
オリパから出たカードが中心らしく、効果は強いけどデッキに入らないカードが多いらしい。
(みんな、オリパ好きだな……)
思わず苦笑してしまう。
カードゲーマーって、なんだかんだで“運試し”に弱い。
……正直、精霊持ちの身でなければ、俺もオリパ中毒になってたかもしれない。
今回手に入ったカードの一部:
《焔刃の浄化》:火光、3コスト。相手の設置魔法を破壊し、自分を1回復。
《燃え尽きる決意》:火、3コスト。自分に3ダメージを与え、3枚ドロー。
《光の輪廻律》:光、4コスト設置魔法。回復するたびに、回復系カードをランダム生成し手札へ加える。
《原初の脈動獣》:自然、9コスト、3/3、マッドネス持ち。登場時、2コストチャージ。
クロのメタカードだけじゃなく、俺のデッキ全体を底上げしてくれるパーツも混ざっていた。
(マジでラッキー……)
人との縁、会話の積み重ね、たった1枚のカードの可能性――
カードゲームってのは、結局人間の手で生まれる“奇跡”の集まりなんだなと思った。
~~
「とりあえず、今日で6日。休みも1日中、接待してくれてありがとうな」
店長がそう言って、俺の目の前にカードを差し出す。
「6万──それに今回のバイト代、4万を合わせて……このカードを売ってやるよ」
『光の墓の守り手』。
やっと、俺の手に渡った。
あの日、目標に定めたカード。
あのときから、毎日が全力だった。
「たぶん、兄ちゃん。金欠だろう。ボーナスで1万だ」
店長がさらに札束を俺に差し出した。
「……え?」
「いいんですか!?」
「もちろんだ。兄ちゃんのおかげで、売り上げも上がったしな。店の“レベル”が上がってるって感じだよ」
少し照れくさそうに、でも誇らしげに笑う店長。
「それにな──あの岩石族使いのお客さん。
なんと、ドラキンが主催している大会で優勝したんだよ!」
ドラキン。知る人ぞ知る、有名配信者。
非公式であるが、有名配信者の大会で優勝するのはすごい。
あの人の名が出るなんて思ってもみなかった。
「どうやらな、あの人。うちの店の宣伝もしてくれたみたいなんだよ」
「ついでに、兄ちゃんのことも話してくれてたぞ」
驚いてツブヤイッターを開いてみると、フォロワーが200人に。
1日1つぶやきのアカウントにしては、信じられない数字だった。
(店の人ばかり……でも、それでもうれしい)
「店長のおかげで……プロっていうか、“カードで生きる”ってことの、難しさも楽しさもわかった気がします」
俺は一礼する。
「……よかったら、時間が空いたとき、またバイトさせてもらってもいいですか?」
「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ。うちの看板プレイヤーなんだからな」
~~
家に帰ると、ルミナがいつものように話しかけた。
「ご主人様、クロに勝てそう?」
「……分からない。
本当はさ、自分のバディーには“絶対に勝つ”って言うべきなんだろうけど──自信はないんだ」
素直な気持ちだった。
勝ちたいけど、それ以上に、彼女も全力で向かってきているのが分かる。
「いいよ。どんな結果でも──私はきっと、満足になると思う」
ルミナの声は、まるで温もりを含んだ風みたいに、静かに心に触れてくる。
「ありがとうな」
「ずっと頑張ってるご主人様を見てたよ。それだけで、もうえらいんだから」
俺は目を閉じた。
本当にそう思ってくれる存在が、ここにいる。
「でもさ、クロも、すごく努力してる」
学校ではミコトと“回復デッキ”で練習。
それ以外は、プロの“バーンデッキ”使いと、毎日ボロボロになりながら何度も戦っているらしい。
ミコトがそう話していた。
──プロに頭を下げてまで練習相手になってもらってる。
「あの陰キャを、本気にさせたってことだよ」
ルミナが、少し誇らしげに笑う。
「……なでなでしてあげるね~」
ふわっと、頭に何かが触れた気がした。
本当は、何も感じていないはずなのに──
不思議と、あたたかい気持ちが胸の奥に広がっていった。
(……あの時みたいに。一瞬でもいいから、ちゃんと“実感”が欲しいな……)