とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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第11話:呪霊に育てられた少年

 

「────山の上で天体観測ですか?」

 

「この辺は東京でも田舎だからな。空気もいいし、星もよく見える。落ち着きたい時には良いかもな」

 

「伏黒……真希さん……」

 

 その日の夜。寮にも帰らず、近くの山の上で星を眺めている春夏のもとに、伏黒恵と禪院真希が──遠縁とはいえ親戚筋である2人が、やってきた。

 伏黒の傍には黒い犬の式神、玉犬が居る。成程、春夏か茨木童子の匂いを追ってきたのだろうことが見て取れる。

 

『あら、なぁに? デートのお邪魔するのかしら』

 

羅喜(らき)、一旦『待ってろ』」

 

『……んもぅ、いけず』

 

 2人の雰囲気から察した春夏に諭され、ズズズと春夏の中に溶けるように消えていく。特級特有とも言えるであろう、茨木童子の凄まじい呪力の気配が消えてから、春夏は、ふぅ、と短く息を吐くと。

 

「……俺を呪詛師として処理しに来たのか?」

 

「はい?」

 

「どーしてそんな投げやりになってんだ、バカか」

 

「いやそのだって逃げ出したんですし……」

 

「つーか私にだけ敬語はやめろ。気色悪い。悟にもタメ口なんだったら、私にもそうしろよ。年下ならともかく、私より年上だろ、お前」

 

「そういう刺々しい雰囲気が原因なのでは……?」

 

「何言ってんだよ恵、コイツがナヨナヨしてるのが悪いんだろ。1級のクセに、ガキみたいにウジウジしてやがる」

 

「──まぁ、それはそれとして。春夏先輩。無理に話せとは言いません。けど、無理に抱え込まずに、気楽にいきましょう。1人で抱えるのがキツイなら皆で分割しましょう」

 

 このままでは本筋に戻れなくなると察したのか、真希の言葉をガン無視して、春夏に向き直る伏黒。流石の切り替えだ。そして真希も、彼が「手放しで尊敬できない先輩」と評するだけある。

 

「五条先生には、デリカシーなんて欠片も無いし、先輩を指して危険分子とか何とか言ってましたが。要は『呪詛師堕ちしてほしくないだけ』ですから」

 

「だな。バカなりに、お前を気遣ってるんじゃね? もっと肩の力を抜いて気楽に行こう、ってよ」

 

「……気楽に、ね」

 

 フン、と鼻で笑う春夏。今の彼には、というより1人になってからの春夏には「気楽にいこう」とはとてもじゃないが思えなかった。

 

「私については言うまでもないが、恵も禪院で──お前もだろ、春夏?」

 

「俺は渡辺の家の人間だよ。禪院の血が入ってる、なんてのは話でしか聞いた事ないし」

 

「その辺のことはどうでもいいとして、私ら3人は親戚って話だ。血の繋がりってのは、中々どうして割と強いモノで。他人には話せない事も、親戚には話せるんじゃねーか? と思ったんだ」

 

「五条悟が、そう提案した?」

 

「真希さんと俺の考えです。五条先生は、寧ろ否定してましたよ。『グレートティーチャー五条こと、この僕にすら話せないのに、敬語なんて使われてる真希や年下の恵になんて、余計に話せないよ』と」

 

「じゃ、2人には話しとくか。五条悟の思い通りになるのは腹立つ。──それとも君が五条悟の考えを敢えて俺に伝える事で、逆張りして2人に話すのも五条悟の思い通りなのかな?」

 

「……それは、何とも……言えませんけど」

 

「あのバカはバカだしお調子者だが、見てるとこは見てるからな。春夏がどういう選択をするにしろ、悟の読み通りなんじゃねーか」

 

「ちょ、真希さん……!」

 

「だよね。そんな気ィする。……じゃ、呪詛師として君らを『処理』したら、どんな顔するだろうね?」

 

「先輩にはできませんよ、そんな事」

 

「そうかな?」

 

「考えてもねーこと口にしてる。ブラフにしたって下手すぎだ。致命的なまでにな」

 

 確かにブラフだった。五条悟の意表を突けるなら実際にそうする可能性だって無くはないだろうに。しかし、それにしたって全く動じない2人を見て、春夏は大きな溜め息をつく。

 

「そんなら、アイスでも食べながら聞いてくれよ。溶ける前には話し終わる。大した過去でもねえし」

 

 常に背負っているバッグからガリ〇リ君ソーダ味アイスを取り出して、真希と伏黒に渡す。伏黒は、彼のバッグについて既に知っているからか、冷たいアイスを手にしても何とも思っていない様子だが、真希は眉をひそめる。

 

「……なんだ、これ。買いたてか? けど、この辺にコンビニなんて無いだろ」

 

「先輩のあのバッグ、呪具なんですよ。状態保存もできるんじゃないですかね」

 

「あのゴルフバッグが呪具??」

 

「ご、ゴルフバッグ……」

 

 ゴルフバッグのように縦長で背負うタイプだが、モロにそう言われてしまうとショックが隠せない。この形を選んだのは「春夏たち」であるとはいえ、後悔が全く無いと言えば嘘になるかもしれない。

 

「──えぇと、どこから話そう。まぁいい。軽く、生い立ちから話すよ」

 

 ◆

 

 渡辺春夏。性別、男。

 生まれは不明、東京の某施設育ち。

 物心が付くか付かないかのギリギリの頃、春夏が暮らしている施設に「迎え」が来た。

 春夏の縁者を名乗る、謎の男。

 当然ながら施設は、春夏を引き取ろうとする男の身辺を調査した。その正体は、春夏の伯父だった。要は──春夏の実の両親のどちらかの兄が、施設で暮らす彼を迎えに来た、という事だった。

 血液検査も行い、血縁関係が証明され、男は彼を引き取った。しばらくは春夏に馴染みのある東京で暮らし、程なくして、京都に渡った。

 

 男の正体は、京都に居を構える千年の歴史を持つ古道具店「渡辺道具店」の店主だった。

 古道具店を名乗る割りには中古品のみならず新品なども扱うし、古道具店らしく、壊れた道具などを引き取って、修理して商品にしたりもするが。

 ただし、この「古道具店」というのは表向きで、本業は呪いが込められた道具──呪具そして呪物を扱う店であった。

 

「おーっす、今日こそやってる? やってるねぇ」

 

「おー、五条の坊! デカくなったなぁ!」

 

「デカくなっても俺は俺って分かりやすいっしょ」

 

「そりゃ若くして白い髪でその目だぜ? どれだけ身長がデカくなろうが横に大きくなろうが、お前がお前だと分からない方がおかしいってモンだ」

 

「へっへっへ。横には大きくなんないけど、縦にはまだまだ伸びるよ〜。──ん? オヤジさん、子供居たっけ?」

 

「それがな、中々デキなくてなぁ。甥っ子が東京に居るって分かったから、養子に迎えたんだ」

 

「そーか、店の休業はこの子を迎える為の準備期間だったワケね。跡継ぎは大事だよな、やっぱりさ」

 

「そういう事だ。息子の『春夏』だ。ほれ、春夏。五条悟くんにご挨拶しなさい」

 

「……よ、よぉしく……」

 

「うん、よろしくね、春夏」

 

「結構な照れ屋だが、将来は店を、この店の歴史を継ぐことになるだろう。術式の有無に関係なくな。どうか、春夏と仲良くしてやってくれ、五条坊」

 

「へっ、任せてよ。オヤジさんとこの呪具には散々世話になってるからね。主に五条家(うち)のモンが」

 

「ハッハッハ、無下限と六眼の抱き合わせに呪具は不要だもんなぁ!」

 

「そうでもないさ。今は不要かもしれないけれど、いつか必要になる時が来るかもしれない。だから、呪具屋と繋がりがあるに越したことはないからね」

 

「それでウチを選ぶか。流石、お目が高い」

 

「眼がイイもので。──春夏が術式持ちにしても、あと2、3年は発現しないんだろうけど──まぁ、どちらにせよ、オヤジさんだったら大丈夫っしょ。特別1級に昇格したって最近、風の噂で聞いたよ。おめでとう」

 

「まさか五条悟に祝ってもらえるとは、有難いね。にしても流石は五条家、耳が早いな。春夏を迎える直前の話だったってのに……」

 

「やっぱそうだったんだ? お祝いしよーと思って店に来たら休業してんだもん、大怪我したのかって心配したんだぜ?」

 

「心配とかホントかよ〜!? 心配の『し』の字も無く、開口一番アレじゃねーか!」

 

「だっはっはっはっは!」

 

「……」

 

 そんなありきたりな幼少期を過ごし、数年後には養父──いや、父親と同じ「霊装呪法」が発現。

 血の繋がりをここでも発揮したらしい。術式持ちだけでも喜ぶべきことなのに、よりにもよって同じ術式だったものだから、父親の喜びようは凄まじいものがあった。

 術式が発現してからというもの、術式を扱う訓練だったり知識を叩き込まれた。その成果は、父親が契約している「特級叛霊・茨木童子」を相手に──そして近所で呪霊が湧いたらそいつらを相手にして確認していた。

 手加減されていたとはいえ幼少期から特級呪霊と戦っていた。専門的な訓練を経ていなくとも春夏が最低限の戦う力を持つのは、その為であった。

 

 ◆

 

 それから数年後──春夏に「弟」が生まれた。

 実の兄ではない春夏との繋がりを弟にもしっかり感じさせる事ができるように、と願いを込められ、弟は「秋冬(しゅうと)」と名付けられた。

 しかしその際、高齢出産が仇となり春夏の養母、つまり渡辺道具店の店主の妻は死亡してしまった。それにより4人家族となるハズが、養母と弟が交代するかのように、春夏は3人家族のままであった。

 店主からすれば、彼が初めての実の子供だった。所詮は甥っ子でしかない春夏を差し置いて実の子を溺愛するようになったのは、言うまでもない。

 

 しかしその分だけ、成長期の彼に溢れんばかりの愛情を注いだのは、春夏の育成役を担当していた、茨木童子だった。

 ただでさえ、茨木童子を師匠と仰いでいたのに、実の母親のように甘やかしてくれるとなれば、彼が茨木童子に深く懐くようになるのは、必然だった。

 けれど茨木童子の知能が如何に高くても、如何に人間界に馴染んでいても。やはりとも言うべきか、呪霊は呪霊でしかなかったのだ。

 ほんのくだらない悪戯心で春夏を誘惑し、それを真に受けてしまった春夏をそのまま受け入れて──茨木童子は、春夏を「男」にしてしまった。

 

 それが原因で父親との折り合いが更に悪くなり、かつての円満な家族図が嘘のように、まるで家庭内別居の如く、酷く疎遠になっていった。

 彼の「霊装呪法」についての知識を得る手段も、既に父親ではなく、父親やその先代をずっとずっと見てきた茨木童子の知識を伝授してもらっていた。

 自分の術式への理解が、特別1級術師の父親より深まったのも。領域や、別の奥義を会得したのも。その全ては──春夏を傍で見守って、育て続けた、特級呪霊である茨木童子のお陰だった。

 こうして3人家族は、2人と1人+1体になる。

 

 ────それから、更に数年後。弟の秋冬が遂に小学生になり、通常よりは少し遅いものの、無事、術式が自分にもある事を自覚する。

 術式は「構築術式」。禪院本家に同じ術式を持つ女児が居ると禪院家の客人から聞いていた店主は、どのような術式か、禪院本家に問い合わせる。

 これまで渡辺の家には、構築術式を有した術者が1人も居なかったからだ。

 

 しかし、禪院本家から返ってきた答えは、酷く、無慈悲なものだった。

 曰く「子供の小指の爪より小さな小石程度の物を創り出す程度でも鼻血を出し、酷い時には吐血し、気を失う」事も決して少なくない。

 曰く「呪力の消費は『燃費が悪い』の域を遥かに超えており、もはやまともに使える術式ではない。

 

 それを聞いた店主は、頭を抱えた。更に、それと同時に「それはきっと、その子の呪力が少ないせいだろう」とも考えた。

 目の前の息子・秋冬の呪力量は極めて多かった。そんな負の感情を抱えているようには見えない程、朗らかで、誰の目から見ても「良い子」で。なのにそんな様子からは信じられない程に、呪力だけは、破裂寸前の風船のように大量に抱えていた。

 そんな秋冬なら──と、店主は、ある呪具を店の奥から引っ張り出す。

 

 特級呪具・万里ノ鎖。数年前に、高専生であった五条悟によって持ち込まれた、鎖がちぎれて壊れた呪具である。

 店主が修復、復元したことで、今はプレミア値が付けられた状態で店の奥で眠っていた。

 それを秋冬に見せ、複製するよう指示を出した。それが難しければ、鎖だけでも構わない──と。

 律儀な少年であった秋冬は、言われるがままに、万里ノ鎖……の鎖を1つだけ複製した……しかし。

 

「がふっ……」

 

 呆気なく吐血し、数日間、寝込んでしまった。

 店主は理解した。構築術式とは、そもそも燃費が極めて悪く、素の呪力量などは大して関係ないと。

 秋冬が数日間寝込んでいたのは「数日分の呪力を前借りする」という、ある種の縛りによるものだと後に秋冬の口から説明された。

 店主は絶望した。待ち望んだ嫡男が、コレ(・・)だと。

 素で呪力が多い術者が、呪力を数日分前借りして構築できたのが「鎖1つ」だけ。禪院本家の女児に比べたら、これでさえマシではあったが、そんなの店主にはまるで関係なかった。

 何故、よりによってこんなハズレを引いたのか。店主の嘆きは深かった。

 霊装呪法でなくとも、相伝と言える術式は他にも幾つかあった。それだけ歴史が長い家だからだ。

 それなのに全く知らない術式で──しかも極めて燃費が悪い、まるで使い物にならないハズレ術式。

 

 そこで彼は、春夏に目を付けた。

 関わりが薄くなって久しい春夏だったが、春夏は相伝の術式を有している。しかも、どういう訳か(・・・・・・)、春夏の術式への理解は凄まじく──店主には到達の可能性も無かった「領域」をも会得している。

 今の春夏には、素のフィジカルでしか勝てない。いや、なんなら、それすらも現役高校生の春夏には呪力強化無しでは負けるかもしれない。

 店主は再び、見放した春夏に関わろうとした。

 

『久しぶりに稽古つけてやろう……ねぇ』

 

「……どう思う、羅喜?」

 

『どう考えても、あなたの術式が目当てでしょう? 秋冬くんだっけ? あの子の術式、相伝じゃないし何なら使い物にならないらしいじゃない』

 

「らしいけど……」

 

店主(アイツ)は、昔からそうよ。俗物的なの。だから私、アイツのことキライ。優しい所も無くはないけど、その裏には「利用する」がある。記憶の中からも、アイツの名前すら消してるわ。あんなヤツはモブでいいのよ、モブで。名無しの権兵衛で十分なのよ』

 

「モブって……でも、そんなんでも俺の親父だし」

 

『あぁ──春夏は知らなかったのね。アイツとは、血の繋がりがあるってだけで、親子じゃないわよ。甥っ子だったかしら。だから、秋冬くんはあなたの弟じゃなく、従兄弟よ。家系図的に見ればね』

 

「……薄々、そんな気はしてた。この家に迎えられた記憶とかも、無いんだけどね」

 

『んふ、さっすが私の春夏。察しがいい男は好き、大好きよ♡』

 

「いや、わかりやす過ぎだろ。弟が生まれた途端、兄を放置ってさ。『下の子を可愛がるのは兄弟姉妹あるあるだよ』ってクラスメイトに教えてもらったけど、それを込みでもあからさまだ。相伝の術式を持ってるのは俺なのに」

 

『ましてや、まだ術式を発現してもいない頃から、ああだったものねぇ?』

 

「そーだよ。それなら、俺は親父の実の子じゃなく同じ術式を持ってるだけの養子、または親戚縁者。そう考えるのが自然だろ?」

 

『子供の頃から、名探偵コ〇ンと金田〇を読ませた甲斐があったわぁ。推理漫画の影響で、考える力が思ったより備わってるみたい。お母さん嬉しい♡』

 

「誰がお母さんだよ。バカ言わないでくれ」

 

『あ、そうね。私がお母さんならいつも当たり前に近親〇姦してる事になっちゃうものね?』

 

「そういう話じゃねぇ」

 

『じゃあどういう話? 私がお母さんなら、春夏と結婚できなくなっちゃうって話?』

 

「だからそういう話じゃねぇって。お母さんなんかじゃなくて──年上のお姉ちゃん(・・・・・・・・)だよ、羅喜はさ」

 

『あぁ、子供の時に私とエッチしたせいで、春夏、おねショタ系でしか抜けなくなったのよね。だから私には「お姉ちゃん」であってほしいのね。性癖を壊してごめんなさいね? 罪なお姉ちゃんだわ♡』

 

「罪なお姉ちゃんだと自覚してるんなら、胸を顔に押し付けるのやめてくれるかな」

 

『いやん、膝枕シテたら自然とこうなるわよ♡♡』

 

「そこまで爆乳じゃないだろ。屈んで押し付けてるだけでしょ」

 

『やめてほしい?』

 

「やめてほしい」

 

『でも、ソコを膨らませながら言われてもねぇ?』

 

「誰のせいだと……」

 

『んふふっ♡ 大丈夫、楽にしてあ・げ・る♡』

 

「……ッ」

 

 そして茨木童子から助言を受けた春夏は。父親と仲直りをする前に、まず、ずっと疎遠であった弟と対話をすることにした。

 

「お、おにーちゃんっ……!」

 

「ん……」

 

「おとーさんがね、おにーちゃんとお喋りしても、いいよって……ゆってくれたの!」

 

「……そか」

 

 どうやら秋冬は、父親により春夏との会話を制限されていたらしい。いつも、春夏が1人──または茨木童子としか一緒に居られなかったのは、偏に、父親のせいであると。

 秋冬はそのように言っているつもりは無かった、しかし春夏がその事実を推測するには十分だった。

 春夏はギリッと歯を鳴らした。

 秋冬のこの反応を見るに、秋冬自身は、兄である春夏と関わりたいと思っていたようだった。

 

「……マンガでも、読むか? お兄ちゃんの部屋に、いっぱいあるぞ」

 

「っ! うんっ!」

 

 どこか、少女のような少年であった。

 ジャンプのような少年マンガよりかは、例えば、ちゃ〇、り〇ん、なか〇し──などなど少女漫画が好みらしく、春夏はバイト代から多くの少女漫画を買い与えてやることに。

 話していくうちに、秋冬はどこか女性的な感性を有している事も判明した。小学校のクラスメイトと話していても、男子よりも女子の方が気が合うし、遊んでいても楽しいのだとか。

 それだけなら「そういう子も居るよな」と、軽く流しただろう。春夏も──そして、父親も。

 しかしある時、それは起きた。

 

「おにーちゃん、好き……」

 

「……え?」

 

「コイビトに、なって……?」

 

『あらあらまぁまぁ……』

 

 ある時から、秋冬は「自分は女だ」と言うようになってしまった。そして「女だから、お兄ちゃんと付き合うの!」とまで言うようになってしまう。

 父親に色々と問い詰められた春夏だったが、当然何が何だか分かっていないのは春夏も同じ。

 様々な医者に秋冬を連れていく父親だったが──何か異常があるワケではなく、強いて言うなら心と身体の性別が噛み合っていない、という話だった。

 そういうのをトランスなんとかと呼ぶらしいが、春夏にとっては、その名前も覚えられないくらい、実にどうでもよかった。

 春夏にとって秋冬は、可愛い弟。その可愛い弟が自らを女と名乗るのなら、彼が望むように女として扱おう。

 弟・渡辺秋冬など、はじめから(・・・・・)存在しなかった(・・・・・・・)。存在するのは、妹・渡辺秋冬なのだから。

 

「クソッ、どうしてこんな事に……ッ!!」

 

 まだ若く、思考も柔軟な春夏とは違って、店主は実の息子の言葉をも素直に受け入れられなかった。

 確かに、春夏とは違い、棒切れを剣などのように振り回したりせず、ままごとで遊ぶ子供だった。

 テレビ番組も、仮面ラ〇ダーやスーパ〇戦隊よりプリ〇ュアなどが好きな子供だった。しかしそれはあくまでも趣味、個人の好き嫌いの問題だろう、と思っていた。

 

 現実は、店主の期待をどこまでも裏切ってくる。

 やっと生まれた己の血を引く嫡男は、愛する妻と引き替えにこの世に生を受けて。相伝の術式ならばそれで良し。相伝の術式じゃなくとも、なんなら、術式など無くとも、しっかり育て、後継にしようとしていたのに。

 術式はあったが、鎖を1つ作るだけで数日寝込むような、呪術師としても道具屋としても大ハズレもいいところの、最悪レベルに酷い術式で──。

 それだけでも頭を抱えたくなる程、店主にとって頭痛の種だったというのに。

 今度は、身体は男でも心が女だ──と騒ぐ始末。

 店主は、今度は秋冬を放置して、春夏を可愛がるようになった。

 

 しかし、春夏はこの時、既に高校生であった。

 秋冬を放置し、自分を嫡男として育てて。そして店を継がせようとしている魂胆が目に見えていた。

 当然、いつか家の店は継ぐし、親子関係に甘んじ衣食住を確保する為に、敢えて、父親の歪んだ愛を必要最低限、受け止めていた。

 

 そして、父親からの愛情を失った秋冬がかつての自分のように寂しがる事が無いように。

 春夏が幼い頃、茨木童子が自分にそうしてくれたように、今度は春夏が、まだ小学生で幼い「妹」を酷く溺愛するようになった。

 もちろん、茨木童子とは違って、性愛(・・)ではなく、普遍的な家族愛(・・・)として──という違いはあるが。

 これまで、茨木童子の勧めによって非常に多くのジャンルの漫画を読んでいた。そしてクラスメイトという一般社会で生きる友人もいる。だからこそ、兄という生き物が妹をどう可愛がるか。どのように愛するのか。それを、秋冬に向けて実践していた。

 

 ◆

 

「んじゃ、行ってきます」

 

「ますっ!」

 

「気ぃ付けてな」

 

 趣味、そして特訓の成果を発揮する為のご近所の呪霊狩りも、あの事件が起きる前頃になると、妹を連れての恒例行事になりつつあった。

 特訓中や店番の手伝いをしている最中だろうと、持ち前の呪力センサーで呪霊の発生を感知すると、まずは父親に報告。店には父親が出て、春夏には、呪霊を祓いに行かせる。

 もちろん、強大な呪霊に化けた場合に備え、特級呪霊である茨木童子も監督として同行している。

 

 しかし……そんな日々は、長くは続かなかった。

 

 2017年12月24日。新宿・京都の2箇所で呪詛師・夏油傑が呪霊を大量に解き放つ百鬼夜行が勃発。不運な事に、この「京都」は、渡辺道具店の近所であった。

 

「クソッ! 何だ、何なんだ!? どうして呪霊がこんなに湧いてやがる!?」

 

「おにーちゃんっ、あっちにおっきいのが……!」

 

「あっち、って──商店街じゃねーか! あそこが潰されたら、俺らの生活基盤が吹っ飛ぶぞ!」

 

 秋冬に予備の矢と幾つかの呪具を持たせて、弓と小刀の呪具を持った春夏は、大小様々な呪霊が今に店を潰さんと襲い掛かっている商店街へ向かうが。

 

「やめろ春夏、店を離れるな! じきにこの辺にも京都校の呪術師が来る! 俺達は自分達の領域だけ守っていればいい! 他所は呪術師に任せろ!!」

 

「ざけんな! 連中、いつも遅いじゃねぇかよ!! ド素人の俺より呪力探知もザルで、半径10キロ内に湧いた呪霊は等級問わず俺が祓ってるだろうが!? 一度でも現場で呪術師に会った事すらねえんだぞ! 車にすら乗れない、チャリ移動しかない俺がだ!! そんなどん亀が、今日は間に合うってのかよ!?」

 

「間に合う! 今日のコレは、予告されてたんだ! だから東京校でも京都校でも、上層部でも今日への対策が練られていたし、今日に備えて、住人を外に出さないようにしていた! 今日この店をそもそも開店しなかったのは、その為だ!! 今日は、客が来ないのが分かってたからだ!」

 

「なん、だって……」

 

「じゃあ! どうしておにーちゃんに言わないの! おにーちゃん、おとーさんに言われて『特別2級』昇格できたのに……!」

 

「うるさい黙れッ!! お前達はまだ俺の庇護下にあるんだ! 2級だろうが準1級だろうが、1級のこの俺の指示に従う義務があるんだ! 黙って俺に従え、春夏! 店からは絶対に離れるな、せいぜい矢の射程圏内の呪霊のみを祓えッ!!」

 

「──見える範囲が、知り合いの店が壊されてて。それでも、黙って見てろってか? ふざけんなよ。そんなの、付き合ってられるか……ッ!」

 

「やめろ春夏、やめるんだッ!」

 

 店主の指示を無視し、春夏は店の前から離れる。

 店主には店を守る考えはあっても、まだ小学生の秋冬の事を守る考えは無い──そう感じ取っていた春夏は、秋冬の手を取り店を離れ、目に付く限りの呪霊を矢でも刀剣でも何でも利用して、とにかく、祓いに祓いまくった。

 途中、呪術師らしき呪霊と戦っている連中とも、何度もすれ違った。アレが本物の呪術師か──と、春夏は他人事のように思っていた。

 そしてその頃、春夏が去った渡辺道具店前では。茨木童子を使役し、やはり店主が店を守っていた。

 

「────茨木童子! この店はいいから、春夏を連れ戻してこい! 確か貴様は空を飛べるはずだ。本業の呪術師連中に見付からないよう気を付けて、あのバカをここまで連れ戻してこい!」

 

『本気なの? こういう時でさえ、あまり戦えない秋冬くんよりも春夏を優先するあたり、アンタって子は、ホントに……』

 

「うるさい黙れ! 貴様、祓われたいかッ!?」

 

『アンタ如きに私は祓えないけど、まぁ、いいわ。最期の指示だから、聞いてあげるわ』

 

「……最期(・・)? 貴様、何を言っ」

 

『クェエエエ〜』

 

『うふふッ。言葉途中で雑魚に潰されて死ぬとか、カワイソ。父親としても術師としても、失格よ♡』

 

 店前に降ってきた特級レベルはありそうな呪霊を適当に祓い、店には結界を張る。

 そして──始祖・渡辺綱が発端となる例の縛りが次世代に受け継がれる前に主人が死んだ事により、不意に完全なる自由を得た特級叛霊・茨木童子は。

 

『ふぅ。千と数年ぶりに自由になったわ。コイツの世代まで、誰も「契約を継がせる前」に死なないんだもの。本当に、鬱陶しい契約だったわぁ……』

 

 海外からの侵攻、海外への侵攻。数度の世界大戦などを経ても、渡辺家は、脈々と家長または家長を継ぐ者に渡辺綱と茨木童子の契約を継がせていた。

 ある種の未来予知か──それとも単に先見の明が優れているのか。

 契約が途切れたなら、たちどころに自分達の手に負えない特級呪霊が世に放たれるプレッシャーが、これまでの歴代の家長にそうさせてきたのだろう。

 

 しかしながら今回、平安の世から数えて初めて(・・・)、渡辺家の家長は、次の世代に綱と茨木童子の契約を継がせる前に、没した。

 しかも最悪なことに、この家長は「養子」として春夏を迎え入れ、己の実の子であるはずの秋冬を、実の子として扱わず。よって、秋冬の存在によって渡辺家の家長の血の繋がりは未だに残っていても。

 渡辺綱と茨木童子が結んだ「縛り」から見ると、今代で「末代」という扱いになってしまったのだ。そのせいで、縛りは、弱まる(・・・)どころか解除(・・)された。

 よって、夏油傑が引き起こした百鬼夜行の混乱に乗じて「特級叛霊・茨木童子」は、平安時代ぶりの完全なる自由を得てしまった────。

 

『さようなら、渡辺綱。アナタは強くて、強かで、イイ男だった。けれど、アナタの子供や子孫達は、ヤな男ばかりだった。男共は、勝てもしないクセに性欲の捌け口として私を求めようとするし、女も、嫉妬に狂って醜いったらありゃしない……』

 

 雑魚呪霊に潰された、家長の遺体を蹴り飛ばす。

 

渡辺綱(アナタ)との繋がりは、これを以ておしまいよ』

 

 呪力放出によって、家長の遺体を消し飛ばす。

 

羅喜(わたし)のアバンチュールな恋は、これから……♡』

 

 轟、と凄まじい音を立てて飛び立った茨木童子は商店街の呪霊を祓いにきた春夏・秋冬兄妹を発見。着地と同時に周囲の呪霊を消し飛ばし、一時的ではあるが、静かな空間を作り。

 

『お父さんが、殺られちゃったわ……』

 

「えっ……」

 

「……そうか」

 

『あら? 2人共、あまり驚かないのね』

 

「わ、私は、おにーちゃんが居ればいいかなって……おとーさん、最近は、何も買ってくれないし……」

 

「子を求めて俺を迎え入れ、術式があると分かれば熱心に育て上げ。秋冬が生まれれば、俺を放置してそちらに熱を注ぎ。術式やら何やらで、思い通りにならないと分かれば俺に戻ってくる。──そんな、クソみたいな親父なんて、こっちから願い下げだ。殺人罪にさえならなきゃ、俺が殺してただろうさ」

 

『私が殺してきた、とは思わないの?』

 

「綱との縛りによって、あらゆる意味で(・・・・・・・)、契約主に加害する事はできない──俺は、そう教わったぜ? 例えば、ピコピコハンマーで殴るのも加害だよな。デコピン程度でも。性的な意味で襲う事も含めて」

 

(せーてき……?)

 

『ええ、そうよ。でも、呪霊をけしかけることは、加害には含まれない。何故なら「結果的に契約主に加害する事になるのは私じゃないから」……よ』

 

(???)

 

「ヘェ。それは知らなかったな。誰かと『縛り』を結ぶ時の穴になりかねないかもな。覚えておくよ」

 

『私を疑わないの? お父さんを殺したのが私だと思わないの?』

 

「羅喜は、親父のことも赤ん坊の頃から見てきた。そんな羅喜が、親父を殺すよう呪霊をけしかけると思えないんだ。親父が呪霊に襲われて死んだなら、羅喜が呪霊をけしかけたとかじゃなくって、単純に不意討ちされたとか、そういうのだ」

 

 事実である。実際、茨木童子は店主に襲い掛かる呪霊を見て見ぬふりした(・・・・・・・・)。というのも、渡辺綱との縛りに「契約主を守る」という内容は全く含まれていないからだ。あくまで「末代まで仕える」だけ。

 言わば「車が来ている事に気付きつつ、ボールを追い掛ける子供を止めなかっただけ」なのだ。

 ────さて、この「子供を止めなかった人」は何の罪に問われるのだろう? 

 全く、考える価値も無い程に愚問である。現実にそんな事が起きようとも、何の罪にも問われない。せいぜいが、監督責任を追求される程度だろう。

 呪術的に見て、縛りを結ぶ上での穴だと言える。

 

『ふふ、随分と信じてるのね、私のこと』

 

「教育係で、姉代わりで、母代わりで、ハジメテの相手で……初恋の人だから。信じるに値するだろ」

 

『そうかしらね? これでも私は「呪い」なのよ? 如何にセクシーで、キス上手で、お口だけで春夏をビクンビクンさせられるくらい上手で、吐息だけで春夏をイかせられる私でも──人間じゃないのよ? 怖くないの?』

 

「怖がってるヤツとどうやってセックスすんだよ。バカみたいなこと言うな。──それに、仮に羅喜が親父を殺してても……何とも思わねえよ」

 

『どうして?』

 

「親父は殺しても、俺のことは殺さないだろ」

 

「多分、私のことも殺さないよねっ! 絵本とか、色々読んでくれたもん!」

 

 2人の返答を聞いて、驚きに目を丸くさせて──そして、母のような姉のような、恋人のような──慈しむような優しい視線を、2人に向けて。

 

『……2人共、イイ具合に歪んでるわね』

 

「えへへっ♪」

 

「薄情だと思うか?」

 

『いいえ、ちっとも』

 

 こうして、百鬼夜行により遂に唯一の親を失った春夏と秋冬は。今度は、高校生と小学生──そして茨木童子の、3人家族になった。

 どこまでも歪な兄妹、呪霊だった。

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