とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
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「春夏が近所の呪霊を祓うようになったの、父親の教育方針の影響だったのな。私が言うのもアレだが変わった父親だな」
「まぁね」
(相変わらず真希さんはオブラートに包まないな)
前半部分──百鬼夜行で父親を喪う所まで話した春夏、そしてそれを聞いていた真希、伏黒の手に、既に、アイスは無い。いつの間にか食べきっていたらしい。
「2本目、食べるかい?」
「いえ、俺は……」
「今度はハーゲン〇ッツだな。棒アイスは少しでも溶けたら落ちちまうだろ」
「贅沢だなぁ」
「真希さん、そこはせめてサ〇レでしょう」
「そこそこ重い話を聞かされてんだ、ハーゲンでもバチは当たらないだろ。ましてや、いつもだったら任務中か特訓中か、寝てる時間だぞ?」
「はぁ……。春夏先輩、真に受けないでくださいね。ていうか、流石にもうアイス持ってないでしょ」
「ん?」
「えぇ……」
伏黒の方を振り返った春夏の手には噂のアイスが4つ、握られていた。ご丁寧に、金属スプーンまでセットで備えられている。
「はははははっ、マジで持ってやがった! 何でも入ってんのか、そのバッグ!」
「何でもは入ってないよ。あるものだけ。アイスはハーゲン〇ッツ、ピ〇、アイス〇実、〇──それと森〇のアイス〇ックスくらいかな?」
「多い多い多い多い! どんだけ入ってんだよ!? しかも状態も良い──収納していると見せ掛けて、実はソレ、とりよ〇バッグじゃないよな!?」
「そんな、ドラ〇もんじゃないんですから。でも、本当に多すぎですよ……ピクニック気分ですか?」
「──
「「え」」
「それがあの子との縛りでもある。……気がする」
「…………おい、待てよ。それじゃ……」
「春夏先輩……もしかして……」
「さぁ、オイラの下らない過去話、パート2だぜ。ホラ、希望のハーゲン。サク〇は無くてすまんな。羅喜もハーゲン食べるだろ?」
『あら、いいの? ありがと♡』
「元々、俺と羅喜の2人で2回食べれるように4個入れてたからな。1つだけ残っても、意味ねえよ」
『じゃ、後で2人で分けて食べましょう♡』
「……そうすっか」
((やっぱ付き合ってるだろ、この2人……))
◆
あの百鬼夜行からしばらくして、春夏と秋冬は、表向きには2人暮らしを始めていた。実際の所は、茨木童子も含めての3人暮らしであったが……。
因みに、茨木童子と春夏の契約については、例の百鬼夜行後に、改めて結ばれた。
というのも──使役している術者と呪霊の間に、何かしらの呪術的な繋がりが無ければ、呪術師から見つかった時に、色々と厄介だから──と彼女から春夏に教えたのが原因だった。
春夏としては、父親が死亡した時点で、自動的に妹または己に「渡辺綱と茨木童子が結んだ縛り」が受け継がれている──という解釈の仕方だったので自分の解釈間違いに大きなショックを受けていた。
「──にしても、自由になれたってのに、どうしてわざわざ俺らん所に来たんだよ? 逃げていれば、祓われたんだろうと勝手に解釈して──俺と秋冬の2人だけが残ったのにさ」
『そうね。でもあの時、呪霊が沢山湧いてたしね。今の私が1人で逃げても、特級術師に見つかれば、ホントに祓われたかもしれないし……何より……』
「?」
『言わせるんじゃないわよ、バカッ♡』
「何そのベタな反応。俺が原因って言いたいの?」
『そうでしょう? そうじゃなきゃ逃げてるわよ、空高く飛べば呪術師なんて追って来れないんだし』
「ふ、ふーん……」
『だから、ね? 本物の子作り、シ・ま・しょ♡』
「呪胎九相図を再現するつもりは無いよ……」
『ヤダもうッ、あんなゴミみたいな忌み物と一緒にしないでくれるかしら?」
「ご、ゴミとか言うなよ、加茂家の人に失礼だろ。ていうか一応、1〜3番は特級呪物なんだが……」
『呪胎九相図がどうして不完全な子供だったか──分かる?』
「え? 堕胎させられたからだろ? それが無きゃちゃんと生まれてたんだろうし……」
『そうね、生まれる事自体は、できるでしょうね。でも、そう上手くいくものかしらね? ふふっ♪』
「もったいぶるなよ、つまりどういう事なの?」
『これは、平安から現在まで人間の世で過ごす内に学んだことなんだけれどね。妊娠出産には、大きな要因が関わってるの。──即ち、
「主体……?」
『妊娠出産の主体は母親よ。呪胎九相図の場合は、母親が人間だったと聞いているわ。つまり、人間と呪霊の混血児ではあるものの──産まれてくる子、つまり九相図の主体は、所詮は「人間」なのよね。簡単に言えば「呪霊要素を持った人間」かしら?』
「なるほど……でも、それが何なの?」
『私と春夏が本気で子作りする場合、主体が私──つまり呪霊になるワケよね。九相図と同じく人間と呪霊の混血だとしても、主体が違うワケだから──私の予想では「人間要素を持った呪霊」がこの世に生まれてくると思うの♡』
「……ッ!!」
『子供くらい何人でも産めるわよ♡ 勿論、人間と呪霊のハーフとかいう、めちゃくちゃヤバイ出生になるけれど♡ 呪胎九相図とかいう「未完成品」とまるで違う、スゴイ子が作れちゃうでしょうね♡』
そう言って、するりと腕を絡め、頬を寄せる茨木童子。普段であれば頭を撫でるなりキスをするなり何かしらのアクションを起こす春夏だったが……。
「それを聞くと、流石に興奮できないな……」
『えっ』
「今の発言を俺が忘れるまで、セックスは無しね」
『えええっ!? そんなご無体な!?』
「
『こんな時ばかり難聴系主人公みたいにならないでちょうだい! 難聴系は女の子からも読者や視聴者からも嫌われるのよ!? 大体あなたね、呪力強化無しでも目も耳も感度もビンビンでしょうが!』
「俺もオナ禁するから、一緒に我慢しよう。抜いた精子とか使って勝手に孕まれても困るしさ……」
『我慢なんてしなくていいわよっ、勝手に妊娠とかしないからさぁっ!?』
「ホントごめんね、少しだけ信用度落ちた。やたら俺と一緒に呪物の勉強してくれるなと思ったら──まさかそこまでマッドサイエンティスト的な思考に辿り着くなんて思わなかったよ。ついでに加茂家に頭を下げたくなってきた……」
『あぁんもうっ! ごめんって! じゃあ縛りよ、新たに「縛り」を結ぶわよ! それで手っ取り早く嫌な記憶とさよならバイバイするわよ!』
「どんな縛り?」
『即ち──「これまでの人生の中で最高のドスケベセックスする代わりに、その日1日の記憶を全て、綺麗さっぱり忘れる」って縛りよ! 今日限りの、即席の縛りよ! 今日の最高なセックスは忘れてもまた「これまでの中で最高」を更新すればいいわ! それで万事解決!』
ふんす、ふんすと凄まじい鼻息を漏らして春夏に詰め寄る茨木童子。その勢いに押され、春夏はすぐ首を縦に振りそうになるが。
「し、縛りってのはそんな簡単に記憶を消去できるモノなの……?」
『ええ、あなたが私に同意さえしてくれればね?』
「同意──」
縛りを結ぶ上で、縛りだと明確にしておく事と、互いの同意は極めて重要な要素となっている。故に多少の無茶はできてしまうし、都合の悪い事も全て有耶無耶に流せてしまう。そんなご都合主義すらも割と可能にしてくれるのが「縛り」という概念だ。
そしてこの「同意」とは、例えば「いいぜ」等の軽い言葉・ノリであろうとも、同意と見なされる。頭のいい術者ほど慎重に言葉を選ぶし、そう迂闊に縛りを結ばない。
春夏もバカではない。それは分かっていた。
────しかし春夏は、思春期の男子高校生だ。例え相手が呪霊だろうと、見た目がドスケベなら、そんな相手に迫られて断れる程、真っ当な人間性を有してはいないのであった。
「……
『……あはぁ♡ サイコーよ、あなた♡』
こうして、春夏は、この日1日の記憶を失った。茨木童子が、最悪の呪術師・加茂憲倫と似た思想を抱いているという重大な事実と共に、茨木童子への信用を落としたという春夏にとって最悪な記憶を、綺麗に忘れてしまったのであった……。
◆
それからも暫くは、春夏と秋冬、更に茨木童子の3人による生活は、平和に進んでいた。
しかし、春夏の高校卒業間際になった辺りから、少々、彼の頭を悩ませる自体に発展しつつあった。
「おにーちゃんっ、今日も呪霊狩りに行こっ!」
「それなんだけどな……」
「?」
春になると虫が湧くように、最近は呪霊が多い。しかも何故か、春夏の身近に現れる呪霊のレベルが上がり始めたのだ。恐らくは2級相当がデフォで、準1級もそこそこ。1級相当であろう呪霊すらも、時にはエンカウントするようになった。この辺りになってくると、専門的な訓練を経ていない春夏には対処が厳しくなってくる。
故に、ここ最近は茨木童子を家で留守番させての呪霊狩りではなく、数年ぶりに、茨木童子を一緒に連れての呪霊狩りになっていた。
そして一度、どうせ呪術師が来るだろうと準1級程度の呪霊を放置していたことがあった。それでもやはり、一般人に被害が出ても、京都校の呪術師もフリーランスの呪術師も、来なかった。
春夏の中で呪術師、特に京都校の者への信頼は、もはや地の底だった。とはいえ、春夏も分別がつく年頃だ。彼の恨みの矛先は、京都校の「生徒」よりどちらかと言うと教師、更に「上層部」の方へと、向けられていた。
────そんなある日の事だ。
「今日は……この感じは雑魚かもな。行くか?」
「うんっ!」
『3級とか、その程度かしらね。呪術も持たない、正真正銘の雑魚でしょう』
「ああ、多分ね。羅喜は留守番してていいよ」
『そうさせてもらうわね。今日のお夕飯は?』
「ハンバーグ! あとね、ポテト食べたいなっ!」
「ったく、相変わらずジャンクフードみたいなのが好きだな」
「おとーさんが居た頃は食べれなかったから……」
「まぁ、な。……んじゃ、俺もそれで」
『はぁ〜い。気を付けて行くのよ』
「「いってきまーす」」
────この判断が、誤りだった。最近はずっとそうしていたように、茨木童子にも来てもらえば、あの悲劇は防げたのかもしれない。
「あぐっ……う……」
「そん、なっ……ウソだろ……ッ!?」
「おにー、ちゃ……たす、け…………ッ」
結論から述べるなら、その3級呪霊は呪胎で──春夏達が到着してから間も無く、1級上位クラス、または特級呪霊へと、変異した。
こんな事、春夏は未経験だった。
弾けるように放たれた呪力は、2人分の呪力にて張られた結界すら貫き、呪力での強化が未熟だった秋冬の両足が吹き飛んだ。
足という支えが無くなり身体が地に倒れた事で、日本人形よりも美しく艶がかっていた長い黒髪は、不規則に焼け焦げて、見るも無惨な姿に。
どんな回復系の呪具でも、足のような欠損部位を生やすなんて芸当はできなかった。
恐らくは、茨木童子クラスの呪力出力なら、可能だったかもしれない。しかし茨木童子は呪霊で──反転術式に変換してくれる呪具や、回復系の呪具は死んでも使わせられなかった。
◆
秋冬の両足が失われて、数日後。
春夏は自分の卒業式を欠席し、常に秋冬のそばについていた。無遅刻無欠席を常に貫いていた春夏が学校を欠席したのは、秋冬が両足を欠損して以降が初めてだった。
「お兄ちゃん……」
「……あぁ」
「卒業おめでとう。ごめんね、私のせいで卒業式、行けなくって……」
「お前より優先するべき卒業式なんか無い。だから気にすんな。まぁ、後日、卒業証書だけ受け取りに行く事になるけどな……」
郵送を希望した春夏だったが、教師から「せめて一言でもいいから挨拶に来なさい」と言われては、流石の春夏も、イエスと答えざるを得なかった。
「大丈夫、私のことは気にしないで」
「あぁ……」
「ところで────近くに、呪霊……湧いてない?」
「──大丈夫。俺の呪力感知に引っ掛からない呪霊なんか居ないんだ、秋冬は安心して寝てろ」
「だよね……私の気のせい、だよね……」
「どうせ羅喜の悪戯さ。気のせいじゃなくっても、何も気にするな」
「うん……そーするね……」
春夏と、同じような環境で育ったからだろうか。それとも彼より多くの呪力を有するからだろうか。秋冬の呪力探知能力も、春夏と同等かそれ以上の、凄まじい感度を誇っていた。
それでもこうして「羅喜の悪戯だろう」と適当に誤魔化していた春夏だったが──誤魔化しに限界が来るのは、春夏が思っていたよりずっと早かった。
「だからっ、絶対に呪霊だって!」
「羅喜の悪戯だっての!」
「嘘だッ! 羅喜の呪力、こんな薄くないもん!」
「────ッ! 秋冬、お前……まさか、呪力で識別できるくらいにまで……?」
「そんなの、もっと前からできてたんだ! でも、おにーちゃんは私のことばっか気にして! 最近は呪霊が全然出てこないなんて、そんな都合いい事、あるわけないじゃん! 買い物に行かせるフリして羅喜に行かせてるんでしょ!?」
「っ!!」
「おにーちゃんはバカだ! 呪霊が、どうやって、どこに買い物に行くってのさ!」
「それはその……ウチじゃない呪具屋とか……」
「京都イチおっきなウチに無いような呪具なんか、その辺の呪具屋に置いてるワケないでしょッ!?」
「ふ、フリーランスの術師とか……」
「おにーちゃんがイチバン嫌ってるヤツでしょ!? 式神じゃなくて、わざわざ羅喜に行かせるのっ!? 独占欲が強いおにーちゃんが!!」
的確に春夏の言い訳の穴を突いていく秋冬。流石同じ環境で育った兄妹である。お互いの言いそうなセリフを事前に把握しているかのような反射速度をこれでもかと発揮していた。
「もう嘘つくのやめてよ! 私っ、おにーちゃんが戦ってるのが好きなの! 戦ってるおにーちゃん、世界で一番カッコイイから……!」
「……やめてくれ、お前1人守れなかったのに……」
「だけどあの時、ちっちゃいのから進化した呪霊、1発で倒してたでしょ!?」
「キレてトリガーが外れてただけだ。あんなのは、俺の強さじゃない……」
「そんなのどうでもいいんだよ! 色んな呪具とか使いこなしてさ、バタバタ倒してくおにーちゃんがカッコよくてっ……好きなのっ……!」
「秋冬……」
「そんなおにーちゃんの隣で、呪具を持って戦いのサポートするのが私の仕事なのに! こんなダメな足じゃ、それもできない……ッ!!」
「……秋冬が応援してくれるだけでも、立派に、俺のサポートになってる。だから気にすんな」
「気にするよ! いつだっておにーちゃんの隣には私が居て、たまに羅喜も居て! それなのに最近のおにーちゃんの隣には、私だけ居なくて……!」
「……ごめん……」
まだ幼い秋冬から、笑顔が失われつつあった。
ずっと家に籠ってばかりいては、イヤでも、鬱のように暗くなってしまうのかもしれない。春夏は、ふと思い立ち、今更ながら、車椅子を用意する事を決意した。やはりどこに移動するにしても、おんぶだけでは、限界があった。
「おにーちゃん……お、おしっこ行きたい……」
「今、羅喜が掃除中。ほれ尿瓶」
「んっ……」
「…………拭くぞ」
「い、いいよ、手は使えるんだから!」
「そうか?」
「……こういう時だけ、男の身体で良かったなぁって思うなぁ……」
「どうして?」
「おしっこ、しやすいから……」
「ははっ、確かにな。拭くのも楽だしな」
「ん……」
朝から晩まで、それこそ秋冬の世話など、何から何まで自分と茨木童子の2人だけでこなしていた。高校を卒業した春夏をもう縛るものは、何も無い。実家の貯蓄ならまだある。家族経営だったので他の従業員に給料を払わなくてはならない──という、金銭関係のしがらみも殆ど無い。
死ぬまで貯金を切り崩して生活する、というのは流石に無理があった。それでも秋冬の車椅子などを用意し、そして彼女がある程度成長するまでなら、何とか生活できるだろう──という見立てだった。
◆
「今日の呪霊はホントのホントに弱いヤツだよね! 久しぶりに一緒に行こっ!」
「うーん……」
車椅子という移動手段を得ると、兄や茨木童子の手を煩わせる事なく、思い通りに移動できるようになるからだろう。しばらくすると、秋冬には笑顔が舞い戻っていた。
しかしそれと同時に、久しぶりに兄と共に呪霊を祓いに行こうと言い出す。もう、おんぶでの移動をしなくて済む──家族の手を煩わせる事も無い。
2級以上ならまだしも、3級、ましてやたった今感知した4級程度の呪霊なら、車椅子状態でさえ、対応は可能。
春夏は、弟に甘かった。雑魚であろうとも絶対に油断せず、全力で臨むことにした。
「呪具、持たなくていいぞ? 俺が守るとはいえ、念の為、緊急回避用に両手はフリーにしとけ」
「ううん、これが仕事だからっ……!」
「ったく。いつからこんなにワガママな聞かん坊になったんだか……」
「えへへっ♪」
どうやら春夏が購入した最新式の車椅子は、体重移動だけで移動が可能らしい。それでも手は、緊急回避や緊急脱出用にフリーにしておいてほしかった春夏だが、秋冬は呪具を運搬することで兄の補助をするのだと言って聞かない。
どうにも頑固な妹を前に、春夏は頭を搔く。
「4級くらいかと思ったら
「おにーちゃん、おんぶ!」
「へっ?」
「アレならおんぶした状態でも祓えるでしょ!」
「……3級以上ではやらねーぞ、そんなの」
「分かってる!」
────こうして、4級やそれ未満の正真正銘の弱い呪霊の場合には、秋冬をおんぶしながら呪霊を祓うようになった春夏。
こうしている間だけ、生を実感しているような、それこそ両足を失う前の笑顔を見せてくれていた。だから春夏も、秋冬を甘やかしてしまっていた。
幸いな事に、1級や特級呪霊との戦闘経験もある春夏なので、低級呪霊が相手ならば、小柄な秋冬をおんぶしながらの戦闘もさほど苦にならなかった。
秋冬も、ワガママを言っている自覚はあったが、片手サイズだろうとも、呪具の受け渡しという兄のサポートができることに喜びを感じていた。
──しかし、人間の欲望というのは果てしなく、1つ欲求が満たされればまた1つ、また1つ追加で湧いて出てくるものである。
まだ9歳の秋冬の中に渦巻くその欲望は、もはや留まるところを知らなかった。
「──今日は1級か準1級くらいか。まだちょっと遠いけど、行ってくる。すぐ戻ってくるよ」
「……うん」
「そう、しょげた顔すんな。大きくなりゃあ、足が無くともまた、あの頃のように祓えるようになる。俺のサポートもできるようになるさ」
「……うん」
「あと何日かで春休みも終わりだ。学校始まったらちゃんと行くんだぞ。俺もそろそろ、店の方、再開させないとだしな。貯金もそろそろヤベェし」
「……ねぇ、おにーちゃん」
「ん?」
「早く帰ってきて。羅喜と行けば、空飛べるから、すぐに行けるし……すぐに帰って来れるでしょ?」
「いやでも……羅喜は秋冬の面倒を……」
「もう、4年生だよ? 大丈夫だよ、おにーちゃん帰ってくるまで漫画読んで待ってるから……ね?」
「……そうか? そんじゃあ……羅喜、行くか」
『……ええ、行きましょ。──秋冬、気を付けて』
「えへへっ……おにーちゃんと羅喜こそ!」
春休みも終わりを告げ、秋冬の小学校への復帰の目処が立った頃に、それは起きた。
その日は、1級か準1級程度の少々強めの呪霊が春夏の呪力探知の範囲ギリギリの辺りに出現した。数キロ先だし、如何に自転車で急ごうともご近所で呪霊を祓うのとはワケが違う。
しかし春夏達の家の近くには商店街が、住宅地がある。もしそんな呪霊がその範囲内に入られたら、どれだけ被害が出ることか。
それ故に春夏は、探知するのと同時に茨木童子と家を出て、呪霊を祓うことにした。
────ここで秋冬を1人にしたことを、春夏はきっと、死ぬまで後悔するだろう。
◆
多少の怪我はしたもののその呪霊を無事に祓い、早く帰ろうと再び茨木童子と空を飛ぼうとすると。店のある方から、春夏がよく見知った呪力の柱が、高く、濃く、立ち上っていた。
「──秋冬ッ!?」
「ぁ……おか、えり…………おにー、ちゃ……」
「何やってんだお前ッ!?」
帰宅するなり襖を壊しながら秋冬の部屋に入る。するとそこでは、春夏の出発前と同じように布団に入りながら、しかし赤黒い血を吐いている、最愛の家族、秋冬が居た。
「サポートに行けない、からさ? なら、せめて、サポートできる呪具、作ろうと思って……」
「なっ……」
「おにーちゃん、昔、言ってたでしょ? なんでも入れられる凄い道具、あればいいのになぁ、って」
「っ……」
春夏には、秋冬とそんな会話をした記憶が無い。縛りで忘れているとか、そういう話ではない。
春夏にとっては、ただの日常会話だった。しかし構築術式──物体を生み出せる能力を持つ秋冬にはただの世間話や日常会話だとは思えなかった。
彼にとっては何気ない言葉──それでも、秋冬にとっては、叶える事さえできれば確実に兄の助けとなる事ができる、まさに希望に等しい言葉だった。
「足、無くなってからね? なんか、呪力の出力、すごく上がったんだ……」
「!?」
(天与呪縛──ではないはずよね。後付けの縛り、みたいなものかしら……)
「この出力と、私の呪力量と、一生分の呪力と──何が何でもやってやるって気持ちを、全部、全部、縛り上げて……最高の呪具、作る、からね……!!」
「やめろ……やめろ秋冬、それは!」
「だい、じょぶ……もう、足でまといには、ならないようにする、から……ッ!!」
この瞬間の秋冬の呪力出力はまさに、怒りにより一時的に呪力量と出力が上がっていた春夏すら優に超えており、特別1級術師だった父親など、遥かに見下ろせる領域に至っていた。それこそまさに特級術師と遜色ないのではと、彼は手を震わせていた。
「ッッッ────はぁっ……はぁっ……」
「しゅう……と…………」
次の瞬間には、秋冬の身長と大差無いであろう、大きな黒いバッグ──まるでゴルフバッグのように縦長で、秋冬の長く艶のある黒髪のように美しく、秋冬のモッチリとした頬のような柔らかな手触りの呪具が、構築されていた。
春夏がそのバッグを装備したなら、まるで秋冬を背負っているように感じられるだろう。
「ッ……」
「秋冬ッ!!!」
力無く倒れる秋冬を慌てて抱き起こす春夏だが、脈は止まりかけていて、体温すら急速に下がりつつあった。
「お前っ、どーしてっ……どーしてこんな……!」
『どうあっても、春夏の助けになりたかったのよ。応援だけじゃなく──「戦うお兄ちゃん」の助けになりたかったのよ』
「だとしてももっとやり方があっただろうがっ!! 義足だって、世界最高の技師に、オーダーメイドで作ってもらおうって話したじゃないかッ……!!」
「えへへ……高すぎ、だよ…………」
「お前の命に比べりゃ安いだろうが!! 俺がっ、俺が、必死こいて稼ぐからっ! お前は、金の心配なんかしなくていいってのに……!」
『……そういう意味でも、あなたの負担になりたくはなかったんでしょう。分かってあげなさい、春夏』
「うるせぇよッ! ──お前が居なくなったら俺、どうすればいいんだ……何するか分かんないよ……」
「…………ら、き」
『なぁに?』
「おにーちゃんの、こと……お願いね……?」
『……そうね。ワガママだものね、この子。呪詛師に身を落として、呪術師に「処理」されるだなんて、まっぴらごめんだわ。よく世話してあげなくちゃ』
「…………おとーさんから、まもって、くれて……あ、ありがとー、ね………………だい、す……き…………」
「秋冬ッ、秋冬ォ! おい目ぇ開けろしっかりしろ秋冬、オイ!!」
『しゃんとしなさい、春夏! こういう時は笑顔で見送るって決まってんの! ──この子にとって、それが一番の手向けだと……分かってるでしょ?』
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ…………」
もう、春夏の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。もはや、高校を卒業したばかりのいい歳の男には見えない。
それでも、呼吸が止まりかけている最愛の妹に、唇を震わせながらも、無理矢理に笑顔を作って──彼女にとっては人生の最後に聞く事になる言葉を、赤ん坊を寝かしつけるような優しい声で、贈った。
「────ありがとう。大事にするよ……」
「……っ」
最後に笑みを浮かべ、涙を零し、秋冬は逝った。
──お菓子、お腹いっぱい食べたいなぁ。
最後の最後に、そんな子供っぽい声を聞いた──そんな気がした春夏であった。
オリジナルキャラプロフィール⑤
氏名:渡辺
性別:男
年齢:享年9歳
術式:構築術式
高齢出産に臨んだ実母の命と引き換えに、この世に生を受けた。
渡辺道具店、及び「茨木童子」の正当なる後継者。
術式を自覚するまでは、五条悟に紹介するほど酷く可愛がっていた春夏の事すら放置するほど、先代にとても可愛がられていた。
しかし、相伝の術式ではない事、本人が男ではなく女を自称したりなど、父親にとって不都合な事実が浮き彫りになり、それから間も無く放置される。
父親からは殆ど居ないものとして扱われるように。
父親は、今度は反対に、一度は放置した春夏の方を可愛がるようになった。それにより、一時期は親の寵愛を一身に受けている春夏に対し、凄まじく嫉妬していた。
しかしその春夏が親の寵愛をテキトーに受け流し、秋冬に家族愛を注ぐようになった事で、絆される。
兄と呪霊狩りに行くのが好きだった。
戦う兄を間近で見守り、自分がそんな兄をサポートして、数々の戦果を上げる。
いつも、そんな未来を夢想していた。
そんな気持ちはいつの間にか淡い恋心に変換され、兄をちょっぴり困らせるようになっていた。
寝ている春夏にキスしたり、布団に潜り込むなどは日常茶飯事。羅喜はそれを見て見ぬふりしていた。
時折、羅喜の真似をして春夏のズボンに手を掛けてその先に進もうとしていたが、そういう時は羅喜がさりげなく止めていた。
正確には「憧れ」だったのかもしれない。それでも秋冬は、死ぬまで「恋愛的に」春夏を愛していた。
父親の存命中はお菓子やジャンクフードなども制限されており、春夏と2人暮らしするようになって、よくそれらを食べるようになった。
アイスやスナック菓子が大好き。アイスは、季節を問わず食べる。(そもそも生まれて初めてアイスを食べたのが12月24日の百鬼夜行より後であり、夏を迎える前に死亡しているので、季節を問わずという表現は語弊があるかもしれない)
心と身体の性別が一致しないトランスジェンダー。
それが天与呪縛として作用しており、生まれつき、呪力量と出力は父親や春夏を大きく上回っていた。
元から、3日分の呪力を前借りすれば「鎖1個」をその場で構築できる程度には、術式を扱えていた。
両足を失った事で、後天的ではあるが、これもまた縛りとして機能し、出力が更に上がった。
春夏の従兄弟にあたる存在。渡辺家本家の末代。
春夏は秋冬が従兄弟にあたる存在だと知っていたが秋冬は死ぬまで彼が実の兄だと思ったままだった。
奇しくも、父親が「春夏が兄ではないと知られないように」と思いを込めて「秋冬」と名付けたのが、上手く機能していたらしい。
「春夏秋冬兄妹」として呪術界で成り上がっていく未来もあったのかもしれない。
イメージソング:truth(嵐)