とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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第21話:「死ぬほど準備します」「それ死ぬ」

 

「……春夏先輩。ちょっといいですか?」

 

「ん……おやぁ伏黒くん……どしたのこんな夜に」

 

 ある日の晩。春夏がスポドリを買いに、着崩した寝間着のままで廊下を彷徨いていると。任務の帰りなのか、または特訓を終えたところらしい、制服のままの伏黒が居た。真面目な彼のことだ、特訓でもしていたんだろうナ──と勝手に結論付けた。

 

「以前、先輩が言っていたアレです。──勝てないヤツが居るので、手を貸して頂けないかと」

 

「あー、アレね。いーよ、何処に行くん?」

 

「明日のこの時間に野球場で、お願いできますか? 明日は任務が入っているので、今日はもう寝ないといけないので……」

 

「ん? 明日の任務がヤバそうな任務だから、俺の手を貸してほしいとか……そういうんじゃなく?」

 

「違います。呪霊でも術師でもなく……式神です」

 

「式神と戦うの?? よく分からんけど、いーよ。春夏パイセンにまっかせなさ〜い」

 

「ありがとうございます。詳細な説明は明日、現地でさせてください。明日、よろしくお願いします」

 

「はいよ。任務、気を付けるんだよ。おやすみ」

 

「勿論。……おやすみなさい」

 

 春夏が眠そうな顔をしているからだろう。詳細な説明は現地で、という優しい配慮を見せて、2人は解散する。実際、春夏は眠い──というより運動で汗を流し過ぎて疲労困憊であるので、それによって眠気に襲われているのは間違いない。

 深夜にスポーツドリンクなんぞを買いに来たのも全てはそのせいである。

 

 ◆

 

 翌日、深夜。京都校との野球試合が行われた例の野球場に、伏黒恵と渡辺春夏は、居た。

 

「あれ、待たせちまったかな」

 

「いえ。俺が早すぎただけなのでお気になさらず」

 

「そいつは良かった。で、誰に勝てないの?」

 

「──その前に、俺の術式──十種影法術について軽く説明させてください」

 

「十種影法術──禪院家相伝の術式の1つ。自身の影を媒介に、十種類の式神を召喚する。顕現の際は動物を模した手影絵を作ることでその動物に応じた姿の式神が顕現する。呪霊操術などに比べて手数は劣るが、式神の強度やら汎用性は凄まじい。式神は玉犬以外は調伏する必要があり、組み合わせる事も可能……だっけ?」

 

「……!? どうして……」

 

「ほら、禪院家って渡辺道具店(ウチ)のお得意様だから」

 

 一部の浅慮な輩は、得意気になって話さなくてもよいことを話してしまうのだ。情報を引き出す為に春夏が客を(おだ)てる事も一因だが。

 

「あぁ……そういえば言ってましたね」

 

「それくらいしか知らないから、それ以外のことで必要な情報があれば」

 

「……調伏の儀については、ご存知ですか?」

 

「んー。術者が1人で行うのが原則だよね。あれ? 調伏を2人以上でやるとどうなんの?」

 

「調伏の儀を行うこと自体は、可能です。ただし、複数人で儀式を始めた場合、倒せたとしても調伏になりません」

 

「損した気分だな。予行練習みたいになるのか」

 

「そうです。そして使役するには調伏済みの式神を召喚する必要がありますが、調伏する為であれば、どの式神でも召喚可能です」

 

 当然だ。自分で召喚して倒す事で調伏するのだ、調伏する為という名目なら未調伏の式神でも召喚ができなくては意味が無い。

 そして伏黒は、その「調伏する為という名目で、強力な式神を召喚して自分諸共相手を倒す、つまり自爆のような使い方をする事も可能」と伝える。

 

「まさかとは思うけど、伏黒が調伏できないくらいヤバイヤツなの? 十種影法術の式神って?」

 

「そういうヤツも居ます。俺だけじゃない、歴代の十種影法術使いでも調伏できなかったとされている式神が、俺が言った『自爆のような使い方』が主な用途になっているヤツです」

 

「ん? 2人でヤッても調伏できないんだよな?」

 

「はい。ですから、予行練習をさせてほしいと」

 

「うげぇ。マニュアルがある御三家相伝の術式で、それでも調伏された歴史が無い式神って。いやぁ、よく分からないが厄ネタというか、ヤバい匂いしかしないんだけど……」

 

 伏黒が場所を野球場に指定したのも、こういった広い所でないとマズイ程に激しい戦いになることが想定できるから、という可能性も考えられる。

 そしてその式神とは、既に2級術師という等級と確かな手腕を持つ伏黒でさえも自爆を選択する──つまり死を覚悟するしかない程に、超強力な式神。

 春夏の呪具屋としての「勘」が彼に告げている。

 ──触らぬ式神(かみ)に祟りなし、と。

 

「……ガチでやるつもり?」

 

「予行練習を、です。先輩と俺で倒し、その方法や立ち回り方などを覚えて、あとで俺が調伏します」

 

「うーん……そ、そう、かぁ……」

 

「……」

 

「最強の式神……誰も調伏できてない……マジか」

 

「『手っ取り早く、一番強い式神を』──と思っていましたが、今は時期尚早だと分かっているので、まずそれ以外全ての式神を調伏したいと思います」

 

「いや待て、今のはその最強の式神を召喚する流れじゃねーか! それ以外かい!」

 

「だって先輩、渋ってるじゃないですか」

 

「あ!? べべべべ別に渋ってないが!? お前がそうしたいんならそうすりゃいいじゃん!?」

 

 否、全力で渋っていた。

 伏黒恵は天才児である。自身より年下でありつつ少し前の自身と同レベルの等級である時点で、彼は伏黒恵に対して畏敬の念を抱いていた。

 が、その伏黒が調伏できないと断言するのなら、その最強の式神というのは、とてつもないバケモノであろうことが想定できるからだ。

 

「……いいんですか?」

 

「いざとなりゃ、強制終了させる手段もあるから。万が一の保険があると思って大船に乗ったつもりで召喚しなよ」

 

「その船、泥舟じゃない事を祈りますよ」

 

「いいぜ。けど、約束したとはいえ先輩でしかない俺に命を懸けさせるんだ。お前も命を賭けろ(全ベットしろ)よな。俺にな」

 

「分かっています。こんな所で死ぬ気は、サラサラありませんから」

 

 ファイテングポーズのように拳を構えて、大きく息を吸い、呼吸を整える伏黒。

 春夏も、己の身を守る勘を裏切ってまで好奇心と虚栄心に己を委ねた手前、この局面はどうにかして乗り越えなくてはならないと強く覚悟していた。

 呼吸を整えた両者は、強い覚悟をその瞳に込め、アイコンタクト。

 

「────布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)

 

 どこからともなく、犬の遠吠えが聞こえてくる。夜の田園地帯のようにカエルの鳴き声も聞こえる。するとまるでミイラ男のように包帯のようなもので全身をグルグルに巻かれ繭のようになった、金色の何かが出現。

 ガボッと口が開かれ、繭が破れる。すると純白の肉体を持ち、人で言う目のある部分から左右2対の翼が生えた、伏黒の倍以上の身長の妙に筋骨隆々な人型の式神が出現。右手には剣のような物を備え、その凄まじい攻撃性能を予感させる。

 そして天使の輪のように頭上には操舵輪のようなものを備えており、某聖書がモチーフのソシャゲに登場する女子キャラクターを春夏に想起させる。

 

八握剣(やつかのつるぎ)異戒神将(いかいしんしょう)魔虚羅(まこら)……!!」

 

「魔虚羅……コレが十種影法術最強の式神……」

 

 春夏の呪力センサーが反応する。右手に備わった剣には何故か、この場に不似合いな反転術式らしき正のエネルギーが集っているように感じられた。

 それを感じ取った春夏は、静かに舌打ちをする。茨木童子にとって致命的な毒になりうる以上、もし何かイレギュラーが発生した際、奥の手として茨木童子に頼る事ができないからだ。

 

「ッ、先輩!」

 

「!!」

 

 地を蹴り、グラウンドの土を飛ばし肉薄してくる魔虚羅。凄まじい風圧と共に彼の顔面を殴り抜くが春夏はビクともしない。

 例によって、いつも通り「耐呪ノ仮面」を事前に装備していたので、呪術的な攻撃は春夏には無効化される。

 一定以上の呪力を帯びている時点で、この仮面の攻撃無効化の足切りラインを超える事はできない。

 次いで、正のエネルギーを備えた右の剣で春夏を斬り伏せようとするも、それすら効かない。包丁で鉄塊を切るようなもの。そもそも通じすらしない。

 

ガコンッ

 

「何の音だ?」

 

「頭上の法陣が回った……!?」

 

「はは、ヘイローが回るのウケる。見えんけd」

 

 仮面で視界の殆どを塞いでいるので、春夏には、魔虚羅の頭上の法陣が回った事実が認識できない。伏黒の解説があって、ようやく認識できた。

 しかし「見えんけど──」という言葉は最後まで紡がれる事なく、春夏は今度こそ顔面を殴り抜かれ遥か後方まで吹っ飛ばされる。

 ここが野球場で良かった。でなければフェンスに身体をぶつける事なく、もっともっと遥か遠くまで飛ばされていただろうから。

 

「ゲハッ……オエッ……なん、だ……!?」

 

 仮面の中に血の匂い、口の中に血の味が広がる。ブン殴られた──春夏がその事実を認識するまで、大して時間は掛からなかった。

 未だに視界は覆われている、つまり耐呪ノ仮面は壊れていない。呪いを帯びたあらゆる攻撃は仮面を装備する事により無効化できるというのに。

 

「──理屈は分からん。だが耐呪ノ仮面が通じねェ事実だけ分かりゃいい」

 

 通じないなら、視界の殆どを塞ぐ仮面など不要。春夏は耐呪ノ仮面を外し、収納。

 その頃、伏黒は刀のような呪具を使って魔虚羅と切り合っていたが、程なくしてその呪具は壊され、伏黒も春夏と同じように吹っ飛ばされてしまう。

 ペッと血を吐きながら立ち上がると、ノシノシと重い足音と共に春夏の方へ歩いてくる魔虚羅が目に入る。マジかよ、と春夏は口元をヒクつかせるが。

 ヌッと部分的に顕現した茨木童子が、彼のそんな緊張を解きほぐす。

 

『あら、なぁに? 春夏が珍しくダメージ受けたと思ったら、とんだ厄ネタと遊んでるのねぇ』

 

「あぁ、魔虚羅調伏の予行練習さ」

 

『春夏ならまだしも、私には無理だわね、アレは』

 

「冗談だろ? 俺なら、アレに勝てるって?」

 

『無理でしょ。そんな火力、春夏には無いもの』

 

「は? じゃあ『春夏なら』ってのはどういう?」

 

『勝つのは無理でも、消すくらいはできるでしょ、あなたなら』

 

「……あー。奥の手ね」

 

『そ。だからまぁ、気を楽にね。安心なさい、もし春夏が死にそうになったら勝手に助けるからね』

 

「そいつは助かるかも。それじゃ、羅喜はそれまで引っ込んでてくれ。アイツの攻撃が羅喜に当たれば死んじまう」

 

『んふふっ、バカね春夏。よく()てみなさい。今のアイツに、正のエネルギーがあるかしら?』

 

「……え?」

 

 戦闘中はノイズにしかならないので、呪力探知は基本的に意図的にオフにしている。もし何かしらのイレギュラーがあれば、先程のように発動するが、それを春夏が認識すると同時に、再度オフにする。それを繰り返すのが春夏だ。

 しかし、だから気付けなかった。魔虚羅の剣に、正のエネルギーが集っていない。かといって、負のエネルギーの呪力を纏っているワケでもない。

 魔虚羅は、攻撃に込める呪力を(・・・・・・・・・)オフにしていた(・・・・・・・)

 

「そうか……ッ!!」

 

 呪いの込められていないパンチは、耐呪ノ仮面の防御判定の足切りラインを超えてくる。例えるならバットで殴ったり銃で撃たれるようなもの。春夏が愛用するこの仮面は、あくまで呪いを帯びた攻撃を防ぐ為の呪具だ。

 ならば──呪いが込められていない攻撃は? 

 答えは、今回の春夏のように吹っ飛ばされる。

 

「俺の防御に『適応』したってワケか、式神が!」

 

 春夏は、魔虚羅から3種類の攻撃を受けている。まずは開始直後のパンチ。そして右手の剣。最後に春夏をフェンスまで吹っ飛ばした謎のパンチだ。

 しかし「適応」には何かしらのプロセスを要するハズだ。

 

 ①呪力を帯びたパンチが通じない。

 ↓

 ②正のエネルギーを帯びた剣の攻撃も通じない。

 ↓

 ③呪力も正のエネルギーもオフの攻撃を実行。

 

 ──何か違いがあるとすれば、それぞれの工程に移行するシーンで、一度目の移行時は攻撃する手を変え、二度目の移行時には……。

 

「頭上の法陣が回ったからか──!!」

 

 春夏は直接的に見ていないものの、伏黒の発言を信じるなら、魔虚羅の頭上に浮かぶ操舵輪のような法陣──アレが回ってから、春夏にも攻撃が当たるようになった。

 要するに、あれがガコンッと回転するのが適応の合図、春夏はそのように結論付けて、自身とは違う方向に飛ばされた伏黒の方へと、魔虚羅を引き付けながら向かう。

 

「伏黒、しっかりしろ! 起きろ、立て!」

 

「う……先輩、身体は……」

 

「お前よか無事だから早く立て! 男をおんぶする趣味はねェぞ! ほら、反転の矢! 呪力を込めて自分にブッ刺して、軽くでいいから回復しとけ!」

 

「ぐッ……すみません……!」

 

 ひとまず、ある程度回復するまでは伏黒を場から離し、春夏が1人で魔虚羅を引き受ける事にした。

 ジンジンと顔が痛む、酷く腫れている気がする。高熱を出しているように顔が熱いのが、春夏もよく分かっていた。それでも、春夏は、目の前の最強の式神が茨木童子を超えかねないとてつもない本物のバケモノであると認識し、それに興奮していた。

 コレを自力で調伏すれば、自分のモノになる──そんな伏黒の事が、羨ましいとすら感じていた。

 十種影法術を持たない春夏には満たせない欲だ。全く、なんて羨ましい──と、そんな八つ当たりを魔虚羅に全力でぶつけてやろうかと、舌をぺろりと出して唇を濡らす。

 

業龍剡月刀(ごうりゅうえんげつとう)で相手してやりますか、と」

 

 特級呪具・業龍剡月刀。特級呪霊・漏瑚の術式を呪具に込めて作った春夏特製の呪具である。等級は不明、しかし彼は勝手に特級呪具と指定している。それというのも……。

 

「暴れようぜ、漏瑚ッ!!」

 

 グラウンドに突き刺して術式を発動。すると場に小型火山が形成され、それと同時に噴火。噴石は、不規則に降り注ぐ事なく流星群のように群れとなり真っ直ぐ魔虚羅へと向かっていく。

 魔虚羅はそれを殴る、剣で斬るなりして対応し。

 

「消し飛べッ!!」

 

 狙いを定め、業龍剡月刀からマグマを放出する。ジュウッと焼けるような音と共に魔虚羅の右半分の頭部が消し飛ぶ。顔面を消さんと狙いを定めたが、紙一重で致命的な被弾を避けたらしい。

 

「でもコレで割と動きも鈍っ……てねぇな?」

 

 ふぅ、と一息つくと共に武器を下ろす春夏だが、そんな彼の期待に反しモコモコと再生してしまう。その速度たるや──茨木童子から呪力を譲渡された万全の状態で反転術式(同様の効果を持つ呪具)を使用した彼を遥かに凌ぐ彼がこれまで見た事のない再生速度だった。

 あんな回復力だったら秋冬の──妹の足の欠損も治癒させる事ができてしまいそうな。それ程までに凄まじい治癒力であった。

 それならばと、更に呪力を込め、マグマの太さを倍増させた状態で攻撃するが。

 

ガコンッ

 

「……!?」

 

 法陣が回転する。

 再び右手の剣に正のエネルギーを込めた魔虚羅はマグマのビームを──つまり術式効果を中和して、マグマビームそのものを無効化してしまっていた。

 中和するなら──と、中和しきれない程の勢いで呪力を込めてやり、もはやビームではなくマグマを押し流す勢いで攻撃を放つ。

 

ガコンッ

 

「また『適応』か……!」

 

 春夏の悪い予感は的中。なんと魔虚羅はマグマの波を剣で受けて中和する事すらやめてしまい、その白い全身で受け止めてしまう。

 もう、マグマビームもマグマの波も、通じない。

 

「ふざけやがって、コイツは俺の最高火力だぞ!? 俺、攻撃性能が皆無な術式なんだからさぁ……!」

 

 ここにきて、春夏の顔に焦りの色が浮かぶ。

 攻撃性能が無い術式だから、呪具を使いこなし、呪具を強化しながら、呪いと戦ってきた。そして、火力を有する武器が無い為に、漏瑚の術式を有する呪具を製作したというのに、それが通じないのでは春夏には打つ手は無い。

 

 領域を展開すれば、恐らく対処は可能だろう。

 しかし魔虚羅は呪霊でも呪具でもなく「式神」。春夏は今のところ、式神を領域に入れた事はなく、式神を領域内に入れた際の挙動はどういうものか、全く不明瞭であった。

 セオリー通りに行けば、呪力を帯びている時点で領域の必中効果の対象にできるし、意志を持たないモノであれば、問答無用で全て彼の支配下に入る。

 が、魔虚羅はどう見ても意志がある部類に入る。よって呪霊や術師と同じ扱いになるであろう事は、殆ど明白だった。

 

 しかも先程の耐呪ノ仮面への「適応」を見るに、己の呪力をオフにする事も可能であるとするなら。

 領域に魔虚羅を引き入れたところで、何も支配ができないどころか、領域の必中効果の対象外になる可能性の方が、圧倒的に高かった。

 そうなれば、特級呪霊を領域に引き入れるよりもずっと分が悪い。なんなら呪力を無駄に消費して、術式が焼き切れる分、彼を地獄へ叩き落とすまでの最短ルートになるかもしれない。

 そうなれば、春夏が「奥の手」を使う前に、彼は魔虚羅の手で殺される事になるだろう。

 

「マグマの攻撃は通じなくとも、これはどうだ!! 沈んで逝ってろ、魔虚羅ァッ!!」

 

 地面に業龍剡月刀を突き刺し、術式を発動──。深夜のグラウンドはマグマの海へと変貌を遂げて、足場を失った魔虚羅は、未だ土の地面を保つ春夏の足元へと泳ごうとするも、手に足に身体に、徐々に魔虚羅そのものの動きが鈍くなっていく。その際、マグマの飛沫が春夏にも掛かり、軽く火傷のような怪我をしてしまう。

 やがて、右手を掲げながらその場に沈んでいく。まるで「必ず戻ってくる」と言わんばかりの、強い意志をその右手から感じられた。

 

「春夏先輩ッ!」

 

「伏黒! 復活したか!」

 

「呪力はかなり削られましたが、助かりました」

 

「けど、まだ止血できたくらいだろ。朝んなったら家入さんって人のところで治療でも受けよう。俺、まだ会った事ねーんだよ。ここに来て、ケガなんて殆どしてないから」

 

「少しクセはありますが良い人ですよ。五条先生の同級生らしいです」

 

「少しどころじゃないくらいクセありそう……」

 

 ケガしたところで自前の呪具で回復できるので、春夏にとっての家入硝子とは「他人にも反転術式を使える、東京校の校医さん」でしかなかった。

 程度によっては今回ばかりは家入に頼るしかないだろうと、春夏は悔しさに似た想いを抱いていた。

 

「あの、魔虚羅は……」

 

「このマグマに沈んだよ。洋画みたいだったね」

 

「倒せたんですかね? 調伏の儀が終わった感じは特にしませんが……」

 

「同感だ。このマグマの術式が中和されてる感じは特にしないから、多分まだこのマグマの海の下で、ヤツはアレ(・・)を待ってるんだろう」

 

ガコンッ

 

「……今の音は……」

 

「……魔虚羅、ヤバくね? こんなん倒せんの?」

 

「絶対に倒せない、絶対に自分も死ぬという縛りで超絶強化した式神……そうとしか思えませんね」

 

「絶命の縛りかよ、クソが。確かにそれなら無法な強さを有する式神になるのも、分かる気がするよ。本当にそんな縛りがあるんなら、万が一倒せた時にクッソ性能下がるだろうから、そんな縛りは無いんだろうけどな。さて、どこから出てくるか……」

 

ガコンッ

 

 再び「適応」の音が響く。同時に、マグマの海がモコモコと膨れ上がり、ザバッと飛沫を上げながら魔虚羅が出現。

 春夏が業龍剡月刀を使い始めてから、既に、4回適応している。マグマビーム、マグマの波に1回、そしてマグマの海に2回の適応。ここまで来ると、恐らく、マグマそのものへの適応を済ませていると見ていいだろう。マグマの海に沈まず出てきたのが証拠だ。

 ならば──漏瑚の術式で出来そうな事と言えば。春夏はチラリと周囲を見回し、伏黒へ声を飛ばす。

 

「頭、守って」

 

「!」

 

 再び地面に業龍剡月刀を突き刺す。すると今度はマグマの海と化した地帯から、超巨大な手が何本も飛び出す。その手で野球場特有の照明を抜き取り、蠅叩きで虫を潰すように、魔虚羅をグシャグシャと殴り付ける。

 その度に金属片やガラス片が飛び散っていく。

 

「潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せぇぇぇッ!! マグマの海に沈めたらァッ!!!」

 

「む、ムチャクチャだアンタ! 野球場が……」

 

「わざわざこんな野球場で調伏の儀を始めたんだ、伏黒にも責任の一端はあるぜ!!」

 

「クッソ、思ったより無茶する先輩だな……!!」

 

 鵺を召喚しようと影絵を作る伏黒。しかし春夏は伏黒の手を握り、その影絵を乱す事で、式神を召喚させまいと妨害する。

 

「伏黒は手ェ出すな。こんな予行練習で式神を破壊されちまえば……目も当てられないだろ」

 

「けど、これは俺の予行で……!」

 

「そうだな、そういう名目で始めたよな。だけど、実際にアイツを召喚して、どう? 勝てる見込み、ありそう?」

 

「……万に一つも……」

 

「じゃあ、予行練習って名目は捨てて、とりあえずアイツを『処理』する事を考えよう。ぶっちゃけ、このままじゃ俺も伏黒もお陀仏だろ?」

 

「だから俺も参戦しようと──!」

 

「気持ちは分かるが、待てってんだ。まだ、時間を稼いでるんだからさ」

 

「時間を……?」

 

「マグマはやがて、冷えて固まる。もしこの状態で固まれば、魔虚羅はどうなるかな?」

 

「────ッ!!」

 

 野球場の照明を使って魔虚羅を殴っているのは、魔虚羅を殴り殺す為ではない。マグマの海から奴を出さないようにする為。冷えたマグマにて魔虚羅を地面に拘束する為に、そうしているのだ。

 そのことに気が付いた伏黒は、尚も自身の影絵を邪魔する春夏の手を振りほどくと。

 

「『満象』ッ!!」

 

「伏黒!? な、何を……」

 

「冷えて固まるのを待つだなんて、気が長すぎる! こうすれば一気に固まるでしょう!!」

 

「あ……水か!」

 

「『満象』は水を放出できます。全体でなくとも、魔虚羅の周辺だけでも冷やして固めれば……!」

 

「さっすが伏黒、こんなクソ暑いのに冷静だな!」

 

「暑いのはアンタのせいだろ! ──それで、奴の動きを封じたらどうするつもりなんです!?」

 

「勝てないから消す!」

 

「は!?」

 

「無理だよ、マグマビームが頭にヒットしても謎の回復力で秒で復活するし、術式を中和してくるし、マグマの海からも這い上がってくる──悪いけど、マグマそのものに適応されちゃあ、俺にはもう殆ど打つ手が無くなる」

 

「な……」

 

「だから、次の攻撃でダメだったら、魔虚羅んこと消しちゃうよ。無理だ。次の攻撃でダメだったら、俺には勝てるビジョンが見えない……!」

 

ガコンッ

 

 ああ──と、春夏は空を仰ぐ。マグマを冷やして固めても、それにすら適応し、魔虚羅を囲むマグマだったモノには既にビキビキとヒビが入り始めて、魔虚羅はその左手を地の下から解放してしまった。

 数秒後には全身で飛び出し、数十秒ぶりの自由を得る事になるだろう。故に、その前に決着をつける必要がある。

 

「羅喜、呪力(ちから)を貸してくれッ!」

 

『……しょうがないわねぇ。ちょっとだけよ?』

 

「極ノ番──『(いん)』ッッ!!!」

 

 魔虚羅を固定するのに使用していない分の全ての砂、土、照明だったモノの欠片やマグマを利用し、空へ巻き上げると同時にマグマで包み込み、1つの巨大な隕石に形成する。

 それを魔虚羅の頭上へと落とす。今ならばまだ、術式を中和できてしまう右手の剣は地の下にある。やっと解放できた左手で受け止めるしかない。

 春夏は全霊をもって「隕」を落とさんとする。

 

「──『満象』ッ!!」

 

「おっ?」

 

「こうなったらヤケだ。満象の重さもプラスして、アイツを押し潰してやりましょう……!」

 

「へっ。そーだな、そうしよう!!」

 

 春夏の「隕」の上に「満象」を再び顕現させる。落下速度が遅めの隕は、満象を迎えた事によって、少しばかりではあるものの、落下が速くなる。

 ビキビキと、地面にヒビが広がる。この分なら、右手が出てくる前にぶつけられる──と、そこまで考えて、ある事に気が付いた。

 

「コレ……俺らも潰れね?」

 

「あ」

 

 ────特級呪具・万里ノ鎖。際限なく伸びる、呪いの鎖の一端を取り出し、野球場の外へと投げ、樹木に巻き付ける。

 

「羅喜、頼んだ!!」

 

『このバカッ、少しは後先考えなさいよねっ!?』

 

 茨木童子を部分的に顕現させ、茨木童子の力で、全力で万里ノ鎖を引っ張る。見た目は女子、しかし茨木童子は「鬼」がモチーフとなっている呪霊だ。その怪力はその辺の特級呪霊を遥かに凌いでいる。下手をすれば、呪力で強化している特級術師よりも素の力だけで言えば強力だと言える程だ。

 そんな力で引っ張られれば伏黒と春夏の2人分の重さでさえも、ほぼ水平の軌道を描いて吹っ飛ぶ。凄まじいGで気絶しそうになるが、そこはやはり、茨木童子の慈愛に満ちた胸で受け止められ、春夏は気絶を免れる。伏黒は伏黒で春夏に抱き止められ、同じく気絶は免れたようだ。

 

「なんつー無茶な脱出ですか……」

 

「へへ、立体機〇装置みたいだったな!」

 

 そして春夏の「隕」は、彼らの脱出と同時に落下していたらしい。魔虚羅が埋まっていた辺りでは、巨大隕石がジュウジュウと白い湯気を上げていた。パオーンと一鳴きして満象はパシャッと影に戻る。

 これで倒せていればいいんだが────と、空に溜め息を吐いた春夏であった。




マコーラ「I’ll be back……」

マグマ攻撃は無下限ほど難解な攻撃ではないので、アッサリと適応できてしまいますし、簡単に更なる解析を進められちゃいますね。
宿儺の「解」がアッサリと適応されて、すぐに斬撃そのものに適応されたせいで初見のハズの「捌」も通じなくなり、結果として伏魔御廚子でも魔虚羅を倒せなくなったのと、流れとしては同じです。



新年会で一発芸やる事になったので、(ジャンプ系漫画知ってる人が多いからって)脹相お兄ちゃんのどけおに、お兄ちゃん遂行やってみたらウケた。
お酒の力って怖いですわね。
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