とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「────ッ! 知らない呪物の気配だ……!」
改造人間を祓っていた春夏が、ある呪物の気配を察知。隠されていたモノが表に出たかのような──封を解かれたような、そんな感覚だった。
それが春夏の足元の方、地下から、感じられた。
「まさか、マジで封印なんかされたりしないよな? 五条悟ともあろう者が……」
決して、五条悟が心配になったワケではない。
ただただ、知らぬ呪物の気配を辿ってみようと、春夏はそう思ったのだ。だからもう、チマチマと、改造人間を殺している暇は無い。
「またまたお前の術式借りるぜ、漏瑚」
────特級呪具・業龍剡月刀。特級呪霊である漏瑚の術式が呪具化したものとも言える春夏特製のこの呪具は、彼が想像しうる限りの「漏瑚の術式で出来そうなこと」を具現化してしまう。
まずは手始めに、アスファルトを溶かしマグマの海とする。次いで、熱さに喘ぐ改造人間を落とし、焼き殺す。
多少苦しいだろうが、死ぬ前の最後の苦しみだ。人外のような化け物と化し、人を襲うよりは幾分かマシだろう、と春夏は肉が焼けるようなニオイから逃げるように、再び地に業龍剡月刀を突き立てた。
◆
「獄門疆──開門」
「……ッ!!」
現代最強の呪術師は、副都心線B5Fに放たれた改造人間およそ1000体を領域解除後299秒で鏖殺。
しかし息付く暇も無く、そんな彼の元に音も無く現れた小さな立方体のような、特級の呪物は。
上記の短い言葉と共に中央に巨大な眼球を備えた薄い皮膜のような、その実体を表した。
脹相から話は聞いていた。特級呪物「獄門疆」を使用すれば、五条悟でさえ、封印は可能だろうと。それは1000年以上続く呪具屋の春夏のお墨付きだった。封印の条件は脹相も知らなかった。だから五条はただひたすら、備えておくしかなかった。
そう、備えていた────つもりだった。
開門したことで封印準備を整えた獄門疆を前に、破壊を企むのではなく、即座に場を離れようと踵を返そうとした五条悟の判断は、正しかった。
考えるより先に足が動いたと、そう表現するべき判断速度。
しかし、そんな神速の初動をも無に帰すような、ダメ押しの魔の手が、彼の背後に忍び寄っていた。
「や、悟」
「……は?」
「久しいね」
気さくな声。聞き覚えのある声。親しみのある、懐かしい声。──親友の、声。
背後から聞こえたその声は、五条悟の回避行動の一切を自然と封じてしまう。彼の足は獄門疆からの退避ではなく、声の主を視認する為に振り返った。
──そこに居たのは、去年、自らの手で殺した、唯一の親友。
(偽物? 変身の術式? いや……本物……!)
全ての可能性を六眼が否定する。そして五条悟の脳内に溢れ出す3年間の青い春────。
獄門疆の封印条件──それは、獄門疆の開門後、封印有効範囲半径約4m以内に、対象の脳内時間で1分間、留めておくこと。
そしてその最も重い条件は、親友である夏油傑の姿を晒した事により、自動的に達成される。
「ダメじゃないか悟、戦闘中に考え事なんて」
(呪力が感じられない。体に力も入らん。詰みか)
夏油傑の姿を視認していた彼の全身から獄門疆が生える。この時点で、既に五条悟に呪力は使えず、身体の力も入らない状態。あとは使用者・夏油傑が閉門を唱えるだけで、封印は完了してしまう。
「で、誰だよお前」
「夏油傑だよ。忘れたのかい? 悲しいね」
「知ってるよ、脹相達から聞いてたからな。血塗の絵、中々上手かった。確かに夏油傑だと、一目見て思ったよ」
「なら……」
「肉体も呪力も──この六眼に映る情報は、お前が夏油傑だと言っている! だが
「──キッショ、なんで分かるんだよ」
額の縫い目を形作る糸を抜いた夏油──を名乗る呪詛師は、パカッと、頭蓋骨上部──額の半分から上を炊飯器の蓋を開けるかのように開いて見せる。
ダラダラと脳の汁が溢れ出て、彼の顔を濡らす。
「『そういう術式』でね。脳を入れ替えれば肉体を転々とできるんだよ。勿論、肉体に刻まれた術式も使える。夏油の呪霊操術とこの状況が欲しくてね。────君さぁ、夏油傑の遺体の処理を家入硝子にさせなかったろ。変な所で気を使うね。おかげで、楽にこの身体が手に入った」
「……ッ」
「心配しなくても封印はその内解くさ。100年、いや1000年後かな。君、強すぎるんだよ。私の計画に邪魔なの」
五条悟の封印が確定事項となった呪詛師に、もう怖いものは無い。安心したように、雑談するように封印がほぼ完了した五条悟に笑いかける。
そんな様子を、親友の遺体を利用された五条悟が不快に思わないハズも無い。痛くもないのに苦痛に顔を歪め、目の前の敵を無言で睨み上げていた。
「あ、そうだ。念には念を入れないといけないね」
「!? な……んだ、ソレは……!?」
五条袈裟の中から取り出したのは、1本の注射。極太──間違っても医療の現場では見ないような、人間ではなく象のような大型の動物に注射するのを目的とするような極太の注射針を備えた、大きな、それはもう大きな注射器を握る。
「なに、ただの注射さ。筋弛緩剤とその他諸々──端的に言えば、ただの『毒』さ」
「!?」
「あぁ、大丈夫。別に死にはしないから。獄門疆は定員一名、中の人が自死しない限り使えないから、死んでくれると助かるんだけど──でもそうすると色々と不都合があるんだ。ま、要するに、封印中は君の『自死』すらも封じさせてもらうよって話だ。退屈で死にそうになるかな? まぁ死ねないけど」
「ぐ……ッ!?」
「効いてくるまで、数分は掛かるだろう。獄門疆の中では物理的時間は流れないらしい。だから、君の全身に毒が回るまで、もう少しお喋りに付き合ってもらおうかな?」
「誰がオマエなんかと……!」
「ハハッ、つれないね」
その時、五条悟の領域展開「無量空処」を受けた漏瑚、真人が目を覚ます。封印状態の五条を前に、ニヤニヤと、悪辣な笑みを浮かべている。
「おーい、やるならさっさとしてくれ。ムサ苦しい上、眺めも……わゅ、い……ッ」
「ははっ。まだ中途半端だが呂律が回らなくなってきているね。こちらとしては、もう少し観察して、弱った五条悟というモノを見ていたいが……」
「ッ……はー……はー…………」
「ふむ。ちょっと、配分を間違えたかな? そんな顔が青くなるほどだとは思わなかったけど。いや、相手が五条悟だからね。毒を仕込むなら、ちょっと強すぎるくらいが丁度いいだろう」
「ゲホッ……ぐ……ぅ…………ッ」
「────うん、そうだね。何かあっても嫌だし。おやすみ五条悟。新しい世界でまた会おう。閉門」
夏油の合図によって獄門疆は閉じ、封印は完了。
しかし、今後の行動について改めて確認と認識のすり合わせを行おうとしたその時──彼の手の中の獄門疆は突如、その重量を増し、その場に落としてしまう。
「────なんて奴!!」
『何コレどういう事?』
「封印は完了している。だが獄門疆が五条悟という情報を処理しきれていないんだ。暫くは、ここから動かせないね」
そして特級呪霊達が去り、呪詛師の協力者2人もこの場を去り──B5Fには、五条悟の情報を処理している最中の獄門疆を見守る夏油だけが残った。
しかし、その時。
「見付けたぞ、夏油ッ!!」
「────ッ!?」
どぷんっ、といった重い音と共に、天井を溶かし崩したマグマと共に、紅く煌めく青龍偃月刀を肩に担いだ青年が1人、ホームに現れた。
夏油はマグマに呑まれる事を予感し飛び退くが。
(アレは……渡辺春夏ッ!!)
「解除っと。……あれ? 五条先生は……?」
マグマの術式を解除したのだろう。赤く煮え滾るマグマは瞬時に白い煙と化して消え去り、熱い蒸気だけがマグマがあった事を克明に告げていた。
「無謀だな。誰を巻き込むとも知れないのに……」
「マトモな人間は、もう居ない。改造人間だけだ。そして、術師なら色々と察知して逃げるだろうさ。さっきのお前みたいにな」
「……。何にせよ残念だね。五条悟は封印済みさ」
「その目玉サイコロ……やっぱり、獄門疆か」
「流石は渡辺道具店の跡継ぎだ。それとも脹相から聞いていたかな?」
「脹相から聞いた。だが存在自体は知ってたから、その両方かな?」
「クク、成程。いやぁそれにしても残念だったね。すんでのところで、ってヤツだ。あと3分早ければ間に合ったかもしれないね。実にギリギリだった」
「……? 何がだよ?」
「そう強がらなくていいんだよ? 五条悟の救出に間に合わなくて──に、決まっているだろ?」
「え、何? 五条悟、ここに居るんじゃねーの? その獄門疆の中に封じられてるんじゃないのか?」
「そうだよ? 焦り過ぎて話が理解できなくなっているのかな? 封印完了したから、間に合わなくて残念だね、と言っているのが分からないのかな?」
「──あぁ、そういう。イマイチ噛み合わねえなと思ったら、そういう事か。もう封印は完了したから残念だったね〜って煽りをくれてンのかコレ」
「他に何がある?」
「生憎だったな。五条悟が封印されようとも、俺は別にどーでもいいんだワ」
「……何?」
「ここに居るのなら、それだけでいいのさ」
「君は……何を言っているんだ?」
「ま、見てなよ」
「残念ながら持ち出せないよ。今は、五条悟という名の『情報』を、獄門疆が処理している所なんだ。なんなら持ち上げてみるかい? 無理だろうけど」
「黙って見てろっての」
(何をするつもりだ? 何もできないハズだが)
コンクリートであろう地面が小さなクレーターになっており、その中央に、獄門疆は埋まっていた。重いモノを落としたような様子に、春夏は、事態をなんとなく把握する。
夏油傑は、春夏が獄門疆に近付くのを、殆ど警戒せずに見ていた。自分でさえ持ち出せないのだ──渡辺春夏が何かできるハズもあるまい、と、春夏を軽視していた。
(……? なんだ、あの金属片は……?)
「呪物の封印なら、コレで解除できるだろ」
「は?」
あらゆる術式を解除する天逆鉾の能力は、欠片と化した今でも健在である。その「欠片」は、かつて渡辺道具店に流れてきていた。男児故か、その妙な金属片に言い知れぬ魅力を感じていた春夏は、木の棒を剣だと言い張る子供の如く、その謎の金属片を大事に保管していた。
その効力を知ったのは、それから数年後の事だ。調べに調べて、金属片の正体が「天逆鉾」の欠片と判明したのだ。
──そしてこれは以前、呪胎九相図と宿儺の指を盗みに高専に侵入した真人に対して使用している。少し久しぶりの活躍である。
「ゲホッ…………ハーッ……ハーッ……」
「はい、五条悟解放っと。うん、生きてる。無事で良かったよ」
しかし獄門疆から吐き出されたように現れた当の五条悟は、顔を青くさせて、息も酷く荒い状態だ。明らかに何かしらの異常を来たしている。
恐らくは毒物。解毒には高度な反転術式を要するという話は、脹相から聞いていたので、反転術式を使えない春夏でもそれだけは知っていた。
それ故に、封印から解放されたばかりの五条悟が満身創痍になっているのも、毒物を摂取していると仮定すれば、何も有り得ない話ではなかった。
と、そんな五条悟から目を離して、彼を封印した本人……夏油傑を見ると。
「キッッッショ……なんで秒でメタ張るんだよ……」
夏油傑の姿をしたその呪詛師は半笑いで、しかし今にも泣きそうな顔で、春夏を見ていた。
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羂索「獄門疆は閉門してます!」
春夏「獄門疆は開門してます!」
羂索・春夏「獄門疆は、
五条「コントかよ」
今、本作とは別作品としてモジュロ編を書いています。「本編が終わったら、オマケを挟んでモジュロ編に」と思っていたのですが、オマケの話数が思ったより増えちゃった(18話もある)ので、アンケートに投票頂けますと幸いです。
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本編→オマケ→モジュロ編の流れ
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本編→オマケとモジュロ編は並行で