とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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第29話:渋谷事変④ 抜牙

 

『その額の縫い目、もしかしてとは思ってたけど。まさかアナタ……羂索(けんじゃく)?』

 

「誰だ……?」

 

「羅喜?」

 

 スゥ、と不完全に顕現する羅喜。その眉間には、決して浅くはない皺が刻まれている。深紅の着物で豊満な胸を覆い隠し。汚物を見るような目で夏油を見ている。

 そんな人型の女呪霊──茨木童子を見た夏油は、眉を曲げ、困惑を露わにする。

 

「いや、本当に誰だい、君は。渡辺春夏の式神──違うな。まさか、契約しているのか? 呪霊と?」

 

「へっ。相伝の術式を教えてもらえるくらいに昔の当主と仲良くしてた、とか何とか言ってたクセに、契約呪霊は教えてもらえなかったようだな。そう、コイツは俺の契約呪霊。特級叛霊・茨木童子だよ。俺の家で代々受け継がれる契約呪霊さ」

 

「なん、だって……?」

 

『鎌倉──いや室町くらいの頃かしらね。今で言う南北朝時代だから室町か。それくらいぶりねぇ?』

 

 どうやら、茨木童子と夏油は、顔見知りらしい。いや、縫い目しか共通点が無いらしい所を見るに、顔見知り──と表現するのは違うかもしれないが。

 彼女は夏油を「けんじゃく」と呼んだ。それが、夏油の姿をした呪詛師の正体なのかもしれない──いよいよ敵の正体が露見しそうだと、春夏は緊張に喉を震わせていた。

 

コレ(・・)が茨木童子だと……?」

 

「?」

 

「違う、そんなハズは無い。私の知る茨木童子は、今で言う(・・・・)酒呑童子に並ぶ最強格の呪霊だ。こんな、並の特級に毛が生えた程度の呪霊なワケは無いね。それとも、何か? 時代が移ろい『鬼』への恐怖が弱まった事で弱体化した、とでも言うつもりかな? その、萌えキャラのような男に媚びた姿は何だ?」

 

「あ? テメェッ……!!」

 

「おいおい、呪霊の外見なんかどうでもいいだろ。それを貶されて怒るって、まさか惚れてるのかい? 冗談だろう?」

 

「冗談かどうか決めんのはテメェじゃねぇだろ!」

 

「はは、何マジになってんだよ。面白い奴だなぁ。今の君、推しキャラを貶すアンチ発言を見て勝手にブチギレてるオタクそのものだよ?」

 

「殺す!!」

 

『黙って言わせときなさい、春夏』

 

「でもよ、アイツ、羅喜んこと……!」

 

 春夏の肩を掴み、今にも夏油──羂索を倒さんと向かおうとする彼を止める。止めるんだ、と挑発を繰り出した本人はニヤニヤしている。

 そして、汚物を見るようなその視線は変えずに、淡々と、どうでもいい事のように返す言葉を紡ぐ。

 

『時代の流れってヤツよ。かつては、鬼の姿の方が恐怖も得られたし、私もあの姿が気に入っていた。でも今はダメなのよねぇ。寧ろ、こういう姿なのにガッツリ強い方が、ギャップでより多くの恐怖心が得られるの。──私を襲おうとしたバカな男達の、恐怖に引き攣ったあの顔──忘れられないわぁ♪』

 

「低俗だな。そこまで堕ちたというのか」

 

『人に飼われ続けてれば、嫌でも牙は抜けるわよ。それは自覚してる。でも、それで良かったと思う』

 

「……どうしてだい?」

 

『私を手に入れ、利用しようとするあなたの下品な視線を浴びなくて済むからよ。それ以外にある?』

 

「下品とは、心外だね。──茨木童子──都を震撼させた鬼呪霊一派の副首領。首領の酒呑童子は討伐されてしまうが、酒呑童子に従っていた呪霊達は、散り散りになってしまいやがて討伐されてしまう。そんな中、頼光四天王の1人たる渡辺綱に飼われることにより唯一生き残ったのが茨木童子──君だ」

 

『そうね。それが私よ』

 

「酒呑童子を含め、星熊童子などの他の鬼呪霊は、やはりそれでも特級クラスとはいえ、別の存在へと成り下がった。茨木童子だけだった! 討伐されず生き残った、時代を生き抜いた呪霊はッ! そんな君を欲しいと思うのは当然だろう!?」

 

『そうね、自覚してる。私だけよ。あの時の仲間はもう、私の知る仲間じゃない。だから、綱や子孫に牙を抜かれたのをいい事にのうのうと生きてきた。平和に、どこまでも平和に。──そんな私の平和を乱すというのかしら? あなたが?』

 

「いいや? 牙を抜かれ丸くなった君になど、もう興味は無いよ。室町の頃に見た君は、生涯現役だと言わんばかりに輝いていた。けれど、今は違うね。無駄に歳を重ねただけの引きこもりだ。天元と何が違うって言うんだい?」

 

『あっそ、それでいいわ。私は春夏と出会ったの。だから幸せに過ごす。渡辺の家に私の血も混ぜて、新たな種族を生み出しちゃいましょうね♡』

 

「新たな種族って……ただの混血児じゃねーの?」

 

『んふふ、そうかもしれないわね、春夏♡』

 

 つん、と春夏の頬を指でつつく茨木童子。しかしそんな様子を見て羂索は、手で腹を抑え、ガマンができないと言わんばかりに、笑い始めた。

 

「くくっ。クックックッ……!! それさぁ、本気で言ってるの? だとしたら可笑しすぎて……」

 

『何がおかしいのかしら?』

 

「君達が知らないハズが無いだろう。呪霊と人間の混血、つまりそれは私が試みたアレ(・・)の二番煎じだ。呪胎九相図──脹相、壊相、血塗の3人を人間側に引き入れた君達が、呪胎九相図を知らないワケないだろうに。それを知った上で、どうしてそんな事を言えるのか、やれやれ、理解に苦しむねぇ……」

 

「? それって加茂憲倫が作ったん──え、まさか加茂憲倫って……」

 

「そう、私だ。呪術界の歴史を遡れば、どこかには記録が残ってるんじゃないかな? 私が加茂憲倫の身体を乗っ取って以降──つまり、加茂憲倫の額に縫い目が現れてから、人体を弄ぶ悪辣な実験をするようになった……ってね」

 

『悪辣だと、自覚はあるのね。どうしてそんな事をするのかしら?』

 

「面白いと思ったから」

 

「……やっぱ狂ってるぜ、お前」

 

「そうかな? 傍から見れば、呪霊を愛して子作りするような君の方がよっぽどイカれているよ」

 

「知るか。俺と羅喜は、その、愛し合ってんだよ。お前、九相図は堕胎させたようだが俺はそんな事はしない。せいぜい俺が死ぬまで面倒は見るさ」

 

「ここを生きて出られたなら、でしょ。そうしたら好きにするといい。──どんな子供が出てくるとも知れないのによくやるよね。新たな種族とか何とか言ってるけど、普通に考えて失敗作になる(・・・・・・)ってのは目に見えてるのにさ」

 

『……どういう意味かしら?』

 

「人から生まれたものは人の可能性を出ないんだ。だから私の九相図は失敗だったの。呪霊の子を孕む特異体質の女だったからさ、期待してたんだけど」

 

「いや知らねーよ。人の可能性とやらを追求してるワケじゃないから、失敗作とかどうでもいいしさ」

 

「ええ? 実験的な意味でもなく、追求してるワケでもないのに、異種族の血を自分の家に招き入れるつもり? やっぱり、イカれてるの君じゃない?」

 

「その辺の事柄はどうでも良いかなって。どうせ、育てんの俺らだしな」

 

『そうねぇ……』

 

「というか君、渡辺春夏と子作りなんてできんの? いや、交尾自体はできるだろうけどさ、受精しないだろうし、普通に考えて無駄撃ちで終わらない?」

 

『バカね。私達、鬼呪霊ならではの特性よ。望めば姿形をも変幻自在に変えられるの。私の呪力がね、そういう特殊な性質を持っているの。だからそんな呪力で構成された私が望めば──人の子も、容易に孕めるわ♡』

 

「────ッ!!」

 

 春夏とは全く関係の無い出生である茨木童子が、人間である春夏へと多大な呪力を供給できるのも、その特殊な呪力の「質」が理由である。

 乙骨憂太が生み出した特級過呪怨霊・祈本里香、またはリカは、その誕生の経緯にも乙骨憂太が関連しているので、この場合とは話が少々異なる。

 

 呪霊の肉体は、呪力で構築されている。

 それならば、呪霊から人間への呪力の供給とは、果たして何を意味しているのか? 

 ──呪霊から人間への臓器移植と言ってもいい、それ程の蛮行である。普通の呪霊がそれを行えば、人間側で拒絶反応を起こして死亡するか、もしくはそもそも供給を受け付けてもらえないかの二択だ。

 しかし茨木童子は己の「変質可能な呪力」という特性を利用して、普段、彼に呪力を供給していた。

 

 言うなれば異なる血液型への輸血を強引に可能にしているようなもの。春夏はA型、茨木童子はB型だとすれば、茨木童子は己の血液型を変質させて、A型である春夏に輸血しているようなもの。それを呪力という形に置き換えて考えてもらいたい。

 どの血液型にも輸血可能なO型とは、そもそもの前提が異なる。

 

 そしてこの「呪力の変質」とは、かの両面宿儺も模倣が不可能な絶技である。

 

 もしかしたら、あの祈本里香ですら、茨木童子と同じパターンの可能性もある。それ程、外部からの呪力を行使するのではなく「供給する」というのは現実的に厳しいのだ。

 反転術式で他人を癒す難易度が高いのも、それと近いようなジャンルの問題だと言える。

 

 ────鬼呪霊の特性。茨木童子により語られたその話は、酷く、そして強烈に、羂索の気を引いたようだった。今この瞬間にも己が操る呪霊の大群を春夏にけしかけようとしていた手を、止めてしまうくらいに。

 何かするつもりだ──と彼は余計に警戒を強め。

 

「──よし。なら、こうしようか」

 

「『?』」

 

「渡辺春夏、茨木童子。私と『縛り』を結ぼう」

 

「あ……!?」

 

『何を言うかと思えば……』

 

 胡散臭い笑みを顔に貼り付けて、けしかけようとしていた呪霊を一旦解除し、その身一つでその場に胡座をかく。

 戦う気は無いよ、対話で決着をつけよう──と、態度で、全身で示していた。

 

「……内容によるな」

 

『まずは聞かせなさい』

 

「そうだね。とりあえずは、話を聞く姿勢を見せてくれた事に感謝しよう。──では本題に入ろうか」

 

 わざとらしい笑みを消し真面目な顔付きになる。その視線は春夏──次いで、茨木童子へ向けられ。

 

「五条悟からは、手を引くよ。渡辺春夏も、殺さずこの場から逃がすと約束しよう。──その代わり、茨木童子──君は、私の子を孕め

 

「あ゙ぁッ!?」

 

『何を言うかと思えば……呆れるわね。そんな取引が成り立つとでも思っているの?』

 

「思ってるさ。呪術界の至宝たる五条悟と、ただの呪具屋に過ぎない渡辺春夏──この両者と、ただの特級叛霊に成り下がった今の君を等価交換しようと言っているんだよ? どんなバカだろうと、これが等価交換になっていないなんて分かるハズだろう? これでも、かなり譲歩しているんだよ。それとも、それすら分からなくなるほどバカになったかな?」

 

「黙れ夏油、いや羂索! テメーいきなり何を!」

 

「君の意見は聞いていない」

 

「もがっ!? ぐ、ぐむっ……!?」

 

『春夏っ!! ──羂索! やめなさいッ!!』

 

 スライムのような呪霊が、春夏の顔を包み込む。彼は瞬間的に窒息状態に陥り、溺死しそうになる。すぐに酸欠で気を失いそうになるが、泡を吐きつつどうにか肌をつねることでギリギリ耐えていた。

 

「なら答えなよ。君が言うべき言葉は1つだろ?」

 

『…………ッ!!』

 

「愛し合っているんだろう? 種族の壁を越えて。まだ青臭い渡辺春夏と、子孫繁栄する事をも視野に入れてしまう程に、どうしようもなく……!!」

 

『そうよ! だから──』

 

「だからこそ、彼を守りたい。そうだろう?」

 

『ッ!!』

 

 羂索は知っている。特級呪霊である漏瑚を何度もわざと見逃したり、呪霊の祓除よりも呪物の奪取を図るような渡辺春夏は、およそ「呪術師」としてはまともではない。

 そんなまともとは言えない春夏、そして茨木童子だからこそ、呪詛師との間に結ばれる「縛り」にも同意してくれる可能性が、僅かながらもある、と。

 

「なら渡辺春夏を助ける為に私に身体を差し出せ。大丈夫。渡辺春夏のことは、生きて渋谷から帰すと約束する。五体満足で。仲間にも伝達して、決して彼を殺させないから。守るとすら断言してあげる。破格の条件だろう?」

 

『でも……わ、私はッ……!』

 

「ふふ、呪霊の分際で彼に操を立てるつもりかい? 殊勝な心掛けだね。でも──いいのかい?」

 

「ががぁっ、もがっ、があ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!」

 

「──そうやって迷っているうちに、彼、死ぬよ」

 

『〜〜〜〜〜〜〜ッッ……!!』

 

「永遠に私の孕み袋になれ、とまでは言わないさ。そうだな──『呪胎九相図』に準えて、9人の子を孕めば解放してあげる。出産じゃない。胎児くらい育てば、それだけで1人とカウントしてあげよう。呪霊の君なら、人間みたいに数週間、数ヶ月と待つ必要も無い──と私は予想しているけれどね」

 

『…………っ、春夏ぁ……!!』

 

「早ければ、1年もあれば自由の身になれるだろ? すぐにまた、渡辺春夏と愛し合えるようになるさ」

 

「があぁぁっ! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!!」

 

「さぁ……真に彼を守りたいなら、早く答えなよ」

 

『……春夏……私……っ』

 

 茨木童子の答えは──如何に。




Q.春夏は何故あのタイミングでB5Fに来たの?
A.開門した獄門疆の気配を感じたからです。

開門した獄門疆(呪物)の気配を感じ取る

「階段より早いから」という理由で、漏瑚の術式で駅を溶かしながら地上から直接B5Fまで降りる
という流れでこうなるので、どう足掻いても春夏は獄門疆の閉門には間に合わず、天逆鉾の欠片で解除という展開になりますね。

今、本作とは別作品としてモジュロ編を書いています。「本編が終わったら、オマケを挟んでモジュロ編に」と思っていたのですが、オマケの話数が思ったより増えちゃった(18話もある)ので、アンケートに投票頂けますと幸いです。

  • 本編→オマケ→モジュロ編の流れ
  • 本編→オマケとモジュロ編は並行で
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