とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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第30話:渋谷事変⑤ 遁走

 

『春夏……私っ……春夏を守りたいの……』

 

「もがっ……ががぁあっっ、お゙あ゙あ゙ッ!!!」

 

「さっきからうるさいな。いい加減に黙りなよ」

 

「がっ……!!」

 

 呪霊操術にて、何かしら指令を送ったのだろう。スライムのような半液状だった呪霊は、岩のようにカチンと固まり春夏の声を完璧に遮断してしまう。

 

『春夏ぁっ!』

 

「そろそろ決断しなよ。もう、あと20秒もすれば、彼、本当に死んじゃうよ? 呪霊を使って殺すから死後に呪いに転ずる事も無い、完璧な死だ。さぁ、早く縛りを結ぶと言え。そうすれば渡辺春夏の命も茨木童子、君の命も助けると保証しよう」

 

『ッッ!!』

 

「まぁ、性交の際には、夏油傑の生殖器がしっかり勃起して射精できるように、私好みに、顔と身体を多少は作り替えてもらうけど。大好きな渡辺春夏の命と比べれば、安いものだろ? どうせ、また後で顔も身体も元に戻せるんだからさ」

 

『──あなたと縛りを結べば、本当に──春夏と、私の事は……助けてくれるのね……?』

 

「あぁ約束する。なにせ『縛り』だからね。破れば罰を受けるのは私だ。君が身体を差し出し私の子を9人だけ孕めばいい、それだけでいい。渡辺春夏、それとついでに五条悟──この2人の身の安全とのギブアンドテイクさ。さぁ言え、茨木童子……!」

 

「だが断るわ」

 

「ナニッ!!」

 

『この私が最も好きなコトの一つは、他人の恋路を阻む権利があると──そんな力があると思っているマヌケヤローに「NO」と断ってやるコトよ』

 

「正気か? もう死ぬよ? 痙攣も始まっている」

 

 ピクピクと震える春夏の手を、そっと握る。

 

『──ごめんなさい、春夏。こんな私の為に苦しい思いをさせてしまって。ほんの1ピコだろうとも、春夏の為にアイツに身体を捧げようとかバカな事を考えた自分を呪い殺したい! 昨日の夜もあんなにあなたと愛し合ったのに……私は……私は……!』

 

「縛りを結ばないなら、もういい。適当に弱らせて術式で取り込むよ。そうしたら嫌でも素直になる。適当に顔と身体を変えさせて、適当に股を開かせ、適当に犯し、適当に孕ませるだけさ」

 

『させない! 誰にも私達の邪魔はさせないわ!! 霊装呪法──』

 

「……は?」

 

『極ノ番「求」ッッ!!!』

 

 春夏が背負っている黒いバッグに手を入れたかと思うと、縦長のハンマーのような奇妙な形の物体を取り出す。そしてそれを岩のように変化した呪霊へ突き付ける。

 愛し合う春夏と同じ霊装呪法を──その極ノ番を発動して。

 

「ぶはっ……はっ……ハァッ……ハァッ……!!」

 

 極ノ番「求」の効果により、茨木童子が手にした触媒へと彼の顔を覆う呪霊は吸い込まれ、消えた。

 

「ら、き…………おま、え……縛り、を……!?」

 

『結んでないわよ。当然でしょう? 私はあなたの嫁になる女よ。他の男に股を──ましてや、子供を孕ませられるなんて、死んでもごめんだわ』

 

「じゃあ、どうして──!」

 

『説明は後で。とりあえず、この場は離れるわよ』

 

 岩のような呪霊に顔を覆われていたからか、彼は茨木童子が霊装呪法を使用した事が聞こえておらず理解もできていないようだった。

 春夏からすれば、酸欠で意識が落ちる前に唐突に視界が開けた──茨木童子が羂索との縛りを結び、春夏が解放されたようにしか、感じられなかった。

 

「茨木童子……お前、どうしてその術式を……!」

 

「その術式……?」

 

『私、アンタみたいなロクデナシに教えてやるほど親切じゃあないの。──強いて言うなら、そうね。そう──家族を思いやる人の心が、可能にしたの。心も身体も弄ぶ、アンタみたいなド級のクズには、きっと何万回死んでも理解できないでしょうねッ! おいで、マコラちゃんッ!!』

 

『マコラ、帰還後にすぐとーじょーっ!!』

 

「マコラ!? いつの間に……」

 

『今! 帰ってきたよっ!』

 

「逃がすか……!!」

 

『たあっ!!』

 

 茨木童子からの呼び掛けに応じて、春夏の影から飛び出したマコラは。羂索が呪霊操術にて召喚した大量のムカデ呪霊を、正のエネルギーを纏った右の剣にて一瞬で祓ってしまう。その消失反応を煙幕のように利用して、茨木童子と共に足に力が入らない様子の春夏を背負い、スタコラサッサとB5Fから逃げおおせてしまった。

 羂索に、ある1つの痛手を負わせて……。

 

(渡辺春夏、どこまでもふざけた男だな。しかし、茨木童子──アレは本物なのか? 大正(・・)頃の当主は呪霊なんか使役していなかった。祓われ、再誕した茨木童子ではないのか? しかし、呪力の質は昔となんらの変化も見受けられなかった。何が起きた? 外見云々の話じゃないな……何かがおかしい……)

 

 ◆

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」

 

『……大丈夫? 少しは落ち着いたかしら?』

 

『マコラが反転術式やったから、ご主人のおケガは治ってる……と、思うけど……』*1

 

 地上──渋谷駅からそう遠くない建物の陰にて、春夏は身体を休めていた。その左右には茨木童子と魔虚羅が居て、今に酸欠状態から復活しようという彼を全力で護衛していた。

 

「マコラ、どうして渋谷に? 五条悟は……?」

 

『あ、うん! あのね、家入さんが近くに居たの! ケガした人を治す為だって思ったから、あの細長い人はソッチに運んだの! サングラスのオジサンとぬいぐるみみたいな呪骸も居て、ここは安全だって家入さん言ってたっ!』

 

「家入さんと……夜蛾学長か!」

 

『うん! そっちに運んだら、すぐご主人のとこに戻れるって思って……。ダメ、だったかな……?』

 

「いや。よくやってくれた。機転を利かせてくれて助かったよ。ありがとう、マコラ」

 

『ふへへっ……えへへっ♪』

 

 わしゃわしゃと頭を撫でると、魔虚羅は頭の翼をパタつかせて喜びを表現する。そして春夏は、その柔和な笑みを消し、睨むにも近いような、真面目な顔を茨木童子へと向ける……。

 

「羅喜。どうして、俺は助かったんだ? 羅喜が、あの岩みたいな呪霊を殴り壊したような感覚は特に無かった。もし殴れば、俺は死んでただろうけど。どうしてだ?」

 

『……その前に。コレ、食べてくれるかしら?』

 

「あん? ……チョコアイス???」

 

 茨木童子が春夏に差し出したのは、黒光りした、高級そうなチョコアイス。ハロウィン当日の決して暑くない気候でも、何分か外気に晒したのだろう、ほんのりと溶けかけているようだった。

 こんな時だと言うのに、茨木童子は、春夏と殆ど変わらない真面目な顔で溶けかけのチョコアイスを差し出している。困惑しつつ彼はそれを手に取り。

 

「何だこれ? バッグに入れてたストックじゃん」

 

『そうよ。食べなさい、ここで。邪魔が来る前に。早く食べてしまいなさい』

 

「え、あ、うん……いやその、どうして俺が助」

 

『そんなのは食べながら聞きなさい! 話すから! 何も言わずソレを食べなさい、早く!』

 

「わ、分かったよ、変なヤツだな────ぐっ!? おえッ、なっ何だこれ、不良品かッ!?」

 

『食べなさい』

 

「食えるかよこんなモン! ゲロ味(・・・)じゃねーか!? 明日、朝イチで製造元にクレーム入れたる……!」

 

『そんなのはどうでもいいから、早く食べなさい! 口移ししてでも食べさせるわよ!?』

 

「おぉ〜いいぜやってみなよ! だがこのゲロ味を美食家の羅喜が耐えられるかな!?」

 

『耐えてみせるわよ、あなたの為だもの……!!』

 

「あっ。……もがっ!? ぼごがががががっ!?」

 

 そのチョコアイスを「ゲロ味」と酷評した彼は、一舐めして捨てようと諦めた。しかし茨木童子は、そんな溶けかけのチョコアイスを春夏の手から軽く奪い取ると、一息で己の口の中へ突っ込み──口の熱で一気に溶かし、木の棒だけを、ちゅるんっ、と引っこ抜くと。

 そのままの勢いで、ヒマワリの種を頬袋の中へと詰め込んだハムスターのように頬を膨らませたまま春夏へ、ブチュッ──と口付け。

 途端に春夏の口内に溢れ出す、茨木童子の唾液とゲロ味のチョコアイス。暴れる春夏を、茨木童子は決して離そうとせずに押さえ付けていて。

 春夏は涙を流しながら、溶けたゲロ味のアイスを飲み込んでしまった。

 そんな2人の様子を、幼い魔虚羅は、どこか妙に恥ずかしそうに両翼で目を覆いながら、チラチラと見ていた……。

 

「げほっ、げほっ……何なんだよ一体、ふざけんなよマジで……!!」

 

『おめでとう、春夏。コレで、呪霊操術はあなたのものよ』

 

「はぁ? ワケ分かんねぇ……何言ってんの??」

 

『今のチョコアイスはねェ。アイツの呪霊操術を、呪物化させたモノなのよ♡』

 

「……はっ? いや……えっ? なんで……」

 

 困惑に困惑を重ね過ぎた春夏は、ヒクヒクと頬を引き攣らせている。

 

『実は、私ね。春夏と同じ術式が使えるのよ』

 

「は……?」

 

『あなたの高祖父──禪院家の分家の女と結婚した当時の当主もね、春夏と同じ「霊装呪法」の使い手だったのよ。子供も多かったわ。──なのに、彼と同じ術式を持つ子供は1人として生まれなかった』

 

「まぁ、それは、普通に有り得るんじゃないのか? 遺伝しやすいとはいえ、絶対じゃないしさ……」

 

『そうよ。でも彼は焦ったの。だってそうでしょ? 渡辺道具店の商品の大半は──霊装呪法の術者が、術式で作ったモノなんだから。もし術者が絶えれば商品の絶対数が減る。商品が無くなったら、自然と儲けも無くなり、渡辺道具店は廃れる……』

 

「けど、それこそ禪院家から援助とか……」

 

『もし春夏が彼の立場だとして、頼める?』

 

「…………スマン、無理だわそりゃ」

 

『そうよね。彼もそうだった。──そんな焦りが、彼を突き動かしたんでしょうね。彼の曾孫、つまりあなたの──ううん、正確には秋冬のお父さんが、数代ぶりに、霊装呪法を持っていたの』

 

「親父、そんなに珍しかったのか」

 

『ええ。当時はかなり喜ばれていたわよ。あなたの実の父──秋冬の叔父は、術式を持ってなかった。だから、余計に喜ばれていたわね』

 

「……」

 

『そこで、彼は思ったの。「極ノ番を使って術式を抽出して呪物化しておけば、相伝の術式が安定して次の世代に受け継がれるだろう」──ってね』

 

「なッ……!?」

 

『そう思った彼は、まだ幼かった先代を利用して、彼の術式を抽出したの。先代はそれをずっとずっと保管して、秋冬が成人すると同時に食べさせようとしていたのよ

 

「はぁ!?」

 

『ほら、秋冬って、呪力の量が凄かったでしょう? だからなのかもね。あの子が「自分は女だ」なんて言い出さなければ、そうしていたわ。そして家督も秋冬が継ぐハズだった。……この私の事もね……』

 

「──けど、秋冬の性別の自認が女だったせいで、養子ではあるが、相伝の術式を持つ俺が家督を継ぐという話になったので、高祖父が親父の術式を抽出した事により生成されたその呪物を使用する機会は無くなった……。それを、羅喜が食ったのか?」

 

『そうよ。秋冬が死んで春夏1人になった後にね、パクッと食べといたわ』

 

「何でそんな事……」

 

『私と春夏が、同じ術式を持っておけば。こうして助け合えるでしょう? 本当の夫婦みたいにね』

 

「羅喜……」

 

 呪霊とて、複数の術式を持つのは容易ではない。しかし茨木童子のその変幻自在な呪力が故なのか、はたまた愛のなせる技なのか──茨木童子は、己の生得術式の他に、霊装呪法を得る事になったのだ。

 そして一連の話を聞き終えた春夏は。口直しにとリンゴ味の飴を口に含み、舌で転がし──彼女に、そっと口移ししてやると。

 

『春夏……?』

 

「みたいに、じゃねーだろ? なるんだろ、本当の夫婦によ。……違うのか?」

 

『……んもうっ、春夏ってばぁ♡♡ そーよっ♡』

 

「ったく……」

 

 ────こうして、渡辺春夏の肉体に呪霊操術が刻まれた。それにより、彼の本領は、これから更に発揮される事になる……。

 

「にしても俺、ホントに死にかけたんだなぁ」

 

『悪かったと思ってるわ……決断が遅くて』

 

『ごめんね、ご主人。マコラがもっともっと早く、あそこに戻ってこれてたら……』

 

「いや、いい。秋冬に会えた気がしたからさ」

 

『三途の川を渡りかけてるじゃないの……』

 

「それな。なんか間近に感じたよ。呪力の気配すら感知した気がした。まるで渋谷に来てるみたい」

 

『……本当にごめんなさい……』

 

「いーんだよ。懐かしい感じがしたから。──さ、もうちょい休んだら改造人間と生き残りの一般人を探しにでも行こうか」

 

『わかったわ』

 

『護衛は任せてねっ!』

*1
春夏に適応しているマコラは、春夏に対してのみ高精度な反転術式を使える。春夏以外には家入未満。




◆次回、存在しない記憶────!

NTRの気配を感じた読者さん。ご安心召されよ。
タグにもある通り、本作は(一応)純愛モノです。
NTRなどIFでも書きません。

「純愛(笑)ならマコラとヤるのは何なの?」って?
恋人が居ても、恋人以外をオカズに性欲発散くらいするし、オカズやオナホを「愛する」ことは無い。
そういう事です。

というか、1000歳を優に超えてるのに19歳のガキを束縛するとしたら、茨木童子が小物すぎるかと。
こう、上位存在としての余裕ってヤツがあるので。
ラオウが「最後にこのラオウの横におればよい」と言っているようなアレです。

今、本作とは別作品としてモジュロ編を書いています。「本編が終わったら、オマケを挟んでモジュロ編に」と思っていたのですが、オマケの話数が思ったより増えちゃった(18話もある)ので、アンケートに投票頂けますと幸いです。

  • 本編→オマケ→モジュロ編の流れ
  • 本編→オマケとモジュロ編は並行で
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