とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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第37話:特級vs特級

 

「……は? 俺が特級……? お家取り潰し……?」

 

「呪霊操術を手に入れたとされているが──渡辺、それは本当か?」

 

「本当、ですけど……でも」

 

「無論、分かっている。呪霊操術を手に入れたから死刑など、そんな事はおかしい。夏油傑もかつては俺の教え子だった。学生のうちに、特級になった。だが死刑宣告をされたのは離反してからのことだ。渡辺──悟に毒を打ち込んだのは、夏油傑の肉体を操る『羂索』なんだな?」

 

「まさか……俺を疑ってるんすか? 学長……!」

 

「メカ丸の、監視映像が残っていた。だから、俺はお前を疑ってはいない。だが『上』は、メカ丸も、同様に裏切り者と──処罰するとしている。しかし既に殺されているようだからと、通達は無かった。よってメカ丸の提出した『夏油傑が獄門疆で動きを封じた五条悟に毒を打ち込む映像』には証拠能力が無いと判断されてしまったんだ」

 

「なっ! ──あっでも、俺と羂索が敵対してんの少なくとも東京校のヤツは見ていたハズだッ!!」

 

「だから。──それすらも、ただのポーズだと──もしくは何らかの理由で仲違いしているのだ、と。そう、理屈を捏ねているらしいのだ」

 

「……ふざけてる! どうして、俺が死刑に……俺の家が取り潰しになんてッ!!」

 

「渡辺。幸いと言うべきか死刑執行人に任命された乙骨はこの東京校の生徒だ。乙骨もまた、一度は、虎杖と同じように秘匿死刑が決まった身だ。きっと話せば分かるだろう」

 

「だとしても、呪術的な縛りを結ばずに、口約束で死刑執行人に任命するとは思えない……!」

 

「!!」

 

「そうだとすれば乙骨ってヤツは俺を殺しに来る。虎杖も俺も、身を隠さねえと……!」

 

「虎杖は既に高専を出ている」

 

「えっ」

 

「この通達が出る前の事だ。──虎杖の中の宿儺は伏黒恵を利用して何かを企んでいるらしい。自ら、俺に申し出た。伏黒から離れようとしたんだろう。七海達への見舞いを最後に、高専を出たんだ」

 

「待って……じゃあ虎杖は、死刑執行されるっての、知らないんじゃ……?」

 

「通達が出て、遅れて脹相が虎杖を追っていった。術式の副次的効果で、おおよその位置や状態などは分かるらしい。本人への通達、及び警護は、脹相に任せる事にした。実力だけならば1級程度はある、というのを抜いても、下手をすれば、渡辺と脹相が現時点の東京校の最高戦力かもしれん。乙骨がどう立ち回るのか、俺には読めん……」

 

「ッッッ……そんな事になってたのかよ……!!」

 

「その、アレだ。こういう事もあるから、すぐ伝達できるよう、寮内では……その……自粛してくれると助かるんだがな……」

 

「クッソ……どーして俺が死刑になんて……っ!」

 

 春夏はずっと高専に居た。ならば何故、春夏への伝達が遅れてしまったのか。

 全ては春夏と茨木童子の「交わり」によるもの。それにより全ての伝達が遅れてしまったのである。緊急時ではあるものの、流石の夜蛾正道も、男女の交わりを中断させる事はできなかったらしい。

 そしてこの夜蛾正道もまた──五条悟の庇護下に置かれていた呪術師の1人である。彼が意思能力を喪失した事で、夜蛾の身にも、危機が迫っていた。

 

「渡辺」

 

「……はい」

 

「乙骨憂太という術師に関するヒントを1つやる。肝に銘じておけ」

 

「ッ!」

 

「乙骨は、反転術式をアウトプットできる。家入、そして虎杖の話を聞くに、宿儺もできるそうだが。これが何を意味するか……お前なら、分かるな?」

 

「────ッ!!」

 

「高専を出る方が良いと判断するなら、止めない。お前が、より確実に生き残れると思った道を選べ。済まない……渡辺……」

 

(そうだ、なんで忘れてたんだ? 家入さんも前に言ってた事だろうが! 反転術式をアウトプット、それってつまり……!)

 

 ────反転術式。

 人体に対しては、ほぼ唯一の呪術的な回復手段。されど呪霊に対してはこれが特効となってしまう。春夏は、反転メリケンサックを使用する事でそれを誰よりよく知っている。

 故に、この絶望的な事実を夜蛾の口から知らされ春夏は脳髄に雷が落ちたような衝撃を覚えていた。

 これから起きるであろう乙骨との戦いにおいて、春夏にとって最大の戦力である茨木童子と漏瑚は、戦場に出せないのだと。

 

 ◆

 

「────悠仁! こんな所に居たのか!」

 

「脹相……どうして!」

 

「呪術総監部から通達が出たんだ。お前と春夏に、死刑が宣告された。執行人も派遣されるそうだ」

 

「な……んで……!?」

 

「五条悟が意思能力を喪失したからだろう。お前は五条悟のワガママで執行猶予を設けられていたが、五条悟という大きな後ろ盾が消えた今、執行猶予を認める理由も無くなったという事だ」

 

「それは分かる。渋谷で猪野さんも言ってたから。だけど春夏先輩も死刑はおかしいだろ……!」

 

「どうやら春夏は、夏油傑の『呪霊操術』を得たとされているらしい。俺は本人から聞けなかったから真偽の程は分からん。だが、これだけでは死刑にはならない」

 

「まさか……なんか、罪を着せられてんのか?」

 

「……あの渋谷事変の……共同正犯という罪だ」

 

「なッ!? そんなワケねェだろ!? あの人が、そんな事するかよ!?」

 

「そうだ、そんなワケは無い。だが呪術界は、相当腐っているらしい。春夏は夏油傑と共に渋谷事変を起こし、その夏油傑と同じ術式を会得し、そして、仲違いして今は敵同士、とでも思ってるんだろう。今頃、夜蛾学長から春夏に伝達されているハズだ。だから、春夏もまた何かしら行動を起こすだろう」

 

「……先輩……」

 

「だが、春夏は大丈夫だ。茨木童子も居るし魔虚羅という式神もついている。今はとにかく、春夏より悠仁だ。お前の方が身を守る手段が少ないのだからまずは自分の事を考えろ。春夏のことについては、事実の共有という意味で伝えたかっただけだ」

 

「ッ……」

 

「大丈夫だと言っても心配するのはわかる。お前は優しい子だからな。だが春夏は大丈夫だ。春夏も、お兄ちゃんだからだ」

 

「……ああ。分かった……!」

 

 ◆

 

 その日の晩──東京某所にて。

 渋谷事変以降、東京の都市部は軒並み荒れ果て、都市としての機能を喪失していた。身を隠しながら野営するには、ある意味、都合がいいと言える。

 今はまだ食品のストックがあるからいいものの、これも尽きてしまったなら、いつかは火事場泥棒のような悪事にも手を染めるしかないのだろう。

 春夏は、乙骨憂太からの逃亡を図りつつも適当に呪霊を狩っては呪霊操術で取り込む事で、地道に、茨木童子と漏瑚以外の戦力を拡充していた。

 

「廃墟と化したビル群でキャンプとはねェ。全く、風情もクソも無いね。終末世界が舞台の漫画かよ」

 

 焼きマシュマロは、焦げ目が付き始めたくらいが丁度いい。春夏の持論である。

 死刑執行人から逃げている彼は、やはり、状況が状況だからか、食欲が無かった。それでも、多少は無理をしてでも、カロリーを摂取せねばならない。そこでお菓子である。やはりお菓子は全てを救う。何より、その甘さ故なのか春夏に少しばかりの心の平穏を取り戻してくれた。

 

『……あら。見て、春夏。星が綺麗よ』

 

「だな。前は空気も汚くて、ここまでくっきりとは見えなかったのに。星を見上げる人間達が消えて、初めてここまで綺麗に見えるようになるなんてな。皮肉なもんだよな」

 

『…………月が綺麗ね』

 

「死んでもいいわ……ってか?」

 

『そこは「羅喜と見るから綺麗なんだよ」でしょ? 執行人から逃げているこの状況でそのセリフって、ほんっとに、タチの悪いフラグだわ……』

 

「そのフラグ、僕が回収してあげますよ」

 

「何言ってん…………は?」

 

 ぬるりと会話に割り込んだ、どこか女性的な声。女性にしては低い──いや、男にしては高い声だ。ビルに囲まれていた春夏は声のした方を見上げる。

 そこには日本刀を一振りだけ携えた、白い制服の男が居た。その制服の造形は呪術高専の制服、だが色だけが違う。

 ──いつだったか、五条か伊地知から聞いた事がある。白い制服とは特級術師の証。かつて五条悟と夏油傑が特級に昇格した頃には無かった制度だが、その五条と夏油という「問題児2人」がキッカケで生まれた制度なのだそう。

 言わば、白の制服は、強者の証である。

 

 乙骨を見上げる春夏と──そんな春夏を見下ろす乙骨の目が合う。すると、トンッ、と小さな段差を飛び降りるような軽さで、乙骨は何十階もの高さのビルの屋上から飛び降りる。

 ドゴンッと轟音を立てて、アスファルトの地面はクレーターを作り、その中心に、瞳に殺意を込めた乙骨を据えている。

 

「オイオイオイオイマジかよ、まだ逃げ始めて1日経ってねえぞ!? ざっけんなよ……!!」

 

「呪霊騒動があった東京なら、まぁ身を隠しやすいですもんね。呪霊操術を会得したなら、呪霊という手駒もゲットしたいでしょうし。僕があなたの立場だったら、多分、僕もそうすると思いますよ」

 

「……いいのか? 呪霊、100体は手に入れたぞ。どいつもゲロ味さ。もし俺を殺せば、制御を失ったそいつらがドバ〜ッと溢れ返るかもなぁ?」

 

「構いませんよ、僕なら祓えます。ましてや、この短時間でのことだ。低級呪霊しか居ないでしょう。フォローは任せてください」

 

「嬉しくねえフォローサンキュ! 戻れ、羅喜!」

 

『ったく……死ぬんじゃないわよ!』

 

(式神、いや呪霊を戻した? どういうつもりだ? 僕が反転術式をアウトプットできる事を知ってる? いや、この人も同じく高専術師なんだから、誰かが教えていても不思議は無いか)

 

 この黒髪の、どこかナヨッとしていて、モヤシに見えなくもない少年────乙骨憂太。その呪力は文字通り目に見えて溢れ返っている。呪力を無駄に漏出する事を厭わぬ、その圧倒的なまでの呪力は、彼、いや彼らに、とある人物を想起させた。

 

「秋冬……」

 

「?」

 

「……お前、もしかして、なんかの天与呪縛持ちか? うちの妹と同レベルの呪力量とか、初めて見たよ」

 

「! 僕と同レベルの……? 凄いですね。でも僕に天与呪縛は無いですよ。菅原の血筋とか何とかで」

 

「だからかよ、バケモンめ! 俺の倍ってこたぁ、領域展開も1日に6回はデキるんかもしんねーな、押し合いで勝てても回数でゴリ押しされるか──」

 

「? いや、領域って、そう何度も展開できるものじゃないでしょう? 五条先生じゃあるまいし」

 

「は? 俺より呪力あるのにか……?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「「…………」」

 

「ハハッ、俺の勝ちィッ! 領域展開ッッ!!!」

 

 ────月下霧消之理。

 智拳印の手印にて、領域を展開。付与した術式はお馴染みの霊装呪法だ。春夏の領域に巻き込まれた乙骨は、初めてその無表情を焦燥に塗り替えた。

 

(いきなり領域!? まずい、僕はこの人の術式について何も知らないッ!! 僕も領域を展開して、塗り替えるか押し合いで必中効果を打ち消すしか! だけど虎杖くんの所にも行かなきゃダメだ、宿儺が出てくる可能性を考慮したらここであんまり過剰に呪力は使っていられない……!)

 

「デバフ盛り盛りにしたらァ!! 乙骨憂太ァ!! 俺を殺しに来た事、あの世で後悔しやがれッッ!! マコッ! 反転封じだ、首チョンパ(・・・・・)にしたれ!!」

 

『────ざ〜こざこざこ、ざこおにーさんっ♡』

 

(式神ッ!? 式神使いだったのか!? それなら領域の必中効果は式神の攻撃? 面倒だな、領域を展開されてから呪力の巡りが悪いのに……ッ!!)

 

 メスガキ特有と言える、生意気で、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべたマコは。右手に生やした剣に呪力を纏わせ、乙骨のその首を断ち切らんと、手を振るうが。

 

『憂太に、何するのォ』

 

『ひゃあっ!?』

 

 マコの背後に現れた呪霊──のような「何か」がマコの両手を掴み、動きを止めてしまう。

 

ガコンッ

 

『……ざぁ〜〜〜こっ♡♡♡』

 

『ッ!?』

 

「リカちゃんッッ!!」

 

 動きを封じられていたマコの頭上の法陣が、その態度のように軽快な音を立てて回転すると。

 ニタリと、左右非対称に口を歪めたかと思うと、強引に「リカ」の腕を振り解き、顔と思しき箇所を思い切り殴り飛ばし、胴体部分を切り付ける。

 

『憂ッ太ぁ……力……はい、らなィ……』

 

(リカちゃんまで! この、まるで呪力の排出口が限界まで閉ざされたような感覚──参った、今なら領域を展開しても単純な呪力出力で負ける(・・・・・・・・)……!)

 

「俺を殺しに来たんだ、俺に殺される覚悟もあるんだろうな? 特級なりたてのザコだと思ってると、首、飛ぶぞ? 物理的にな、へへ……ッ!!」

 

 春夏の胸は、異様に高鳴っていた。クレーマーを打ちのめす時よりも、遥かに。けれども、負けたらそれまでというヒリつく感覚故なのか、自然と彼の口角はヒクヒクと痙攣のように動いている。

 強気な口調に反して、足も震えていた。

 もし、目の前の乙骨憂太の動きが万全であれば、春夏は既にこの世に居なかっただろう。やはり領域というものは基本的に先手必勝らしい。

 

「マコ! そのままそいつを追い込んでやれ!!」

 

『いちいち言われなくても分かってるってのっ!』

 

『憂太の邪魔はさせないィ!!』

 

『ふふん、遊んであげるわ、ざ〜こ♡』

 

 ──しかし、万全ではないとはいえ、乙骨憂太は動けている。宿儺の器である虎杖悠仁、特級呪物の受肉体の壊相、血塗でさえ動きが封じられる春夏の領域の中で。虎杖や九相図でも敵として設定すれば動けなくなるというのに、乙骨はぎこちないながら動けているのである。

 春夏と、拳と刀の勝負が成立しているのだ。

 それが、春夏にとって初めての事であるコレ(・・)が、彼に言い知れぬ恐怖を味わわせていた。

 

「お前のその刀、呪具じゃないのか。だが、中々に使い込まれてる。俺の極ノ番の触媒にしてやるよ。それはもう俺のモンだな。──刀狩り(・・・)だ!」

 

「ッ!? 動かな……」

 

 彼の領域内において、呪力を持つありとあらゆる物体は、彼の支配下に置かれる。

 乙骨の持つ刀は特に呪具ではないものの、乙骨の呪力を帯びているので呪力を持つ判定になり春夏の支配下に置かれていた。

 乙骨が領域内で動けている事の衝撃があまりにも大き過ぎたが故に、春夏本人もそれを思い出すのが遅れてしまったが。

 それでも、それを思い出した事によって、乙骨の刀の動きを完全に支配下に置いてしまう。

 

(今度は金縛り!? 刀が動かせない! この人、呪具・式神使いじゃないのか? なんだ、この人の術式……領域の必中効果は? まるで読めない!)

 

「──自分の道具に裏切られるのって、嫌だよな」

 

「なっ……ぐっ!?」

 

 乙骨の刀は独りでに動き出す。彼の手を飛び出し空中を舞うようになると、透明な人間が刀を持って暴れているかのように、乙骨自身を襲い始めた。

 唐突に始まった謎の挙動に乙骨は虚を突かれて、脇腹を掠める。白い制服に、赤いシミが広がる。

 

「2年だっけ。俺より2個下。まだ子供なんだな。でも、俺を殺すつもりならそのまま死ねよ。いや、死んでしまえ。こ、殺してやるよ、乙骨……!」

 

 業龍剡月刀を取り出し、乙骨に狙いを定める。

 呪力の出力が一般的な2級術師やそれ未満にまで落ち込んでいる今の乙骨が、魔虚羅の頭すら溶かす熱線を喰らってしまえば。文字通りの死である。

 

(呪具! 凄まじい呪力が集束して……まずい!)

 

 いつものように、構えると同時に熱線を放てば、春夏は乙骨を殺すか、最低でも長時間の回復期間を要するノックダウン状態に追い込めていただろう。

 ──しかし、春夏は人間を己の手で殺した経験を持たない、殺人童貞。口ではどれだけ虚勢を張れど今から自分は人を殺すのだと──その未来を奪い、閉ざし、その人の人生を、強制終了させるのだと。まるで自分がそれをされるかのように感じていた。

 

 加えて、熱線で焼き殺せば死体はどうなるのか。まともな形を残しはしないハズ。そんな状態からは術式も奪いにくい。あくまで、心理的な意味でだ。

 そんな、幾つかの要因が重なったことによって。渡辺春夏は、生殺与奪の権を握ったその瞬間も尚、乙骨憂太の殺害を躊躇ってしまっていた。

 ────そして、春夏が乙骨の殺害を躊躇した、その刹那。特級術師・乙骨憂太は。

 

「はああぁぁ……!!」

 

 力んだ。力んで、呪力の出力を強引に上げた。

 今は春夏の領域によって、出力が強制的にかなり絞られている状態。春夏が操作権限を持つバルブを強制的に外付けされて、その開度を操作されているようなものである。

 乙骨は、それを強引に突破しようとするものの。

 

「領域展開──『真贋相愛』」

 

「ッ!?」

 

 やはり、領域の必中効果は強引に押し切れない。それがこの空間のルールだからである。

 それを今一度確認した乙骨は、指輪を装備して、式神「リカ」を完全顕現させ呪力供給を開始した。その上での領域展開である。

 しかし領域の押し合いはほぼほぼ互角。前線には出ていないが、春夏には、茨木童子の援護がある。ギリギリ春夏が優勢かどうか。それでも必中効果を薄める程度には、乙骨に有利に傾きつつあった。

 ならばそんな中途半端な状態で強制的に、そして超大量の呪力を流し込めば、乙骨に備え付けられた外付けのバルブは、どうなるのか? 

 ────圧力に負け、破壊されてしまうのみだ。

 

「なん……だと……!?」

 

 乙骨憂太は自身の領域と春夏の領域で押し合い、更には呪力の出力を底上げしてやることで、春夏の領域の必中効果を完全に(・・・)打ち消してしまった。

 押し合いだけの勝負は不利だ──と、押し合いと出力の勝負に強引に持ち込み、これでやっと両者の勝負は完全にイーブンになったという形になる。

 こうして、外付けのバルブの存在を無かった事にしてしまった乙骨憂太は制限前の出力を取り戻したことで、久しぶりに、彼の思い通りに呪力と身体を操作できるようになった。

 

「ッ、死ねェェェッ!!!」

 

 まずい。春夏の本能が、そう告げていた。

 まだ春夏の領域内。春夏に絶対的に有利な空間。それなのに乙骨憂太は今、春夏に有利であるハズのこの空間のバランスを、完全に破壊してしまった。

 数秒後にはもう、押し合いに負ける。それを肌で感じ取った春夏は遂に、意を決して、乙骨に漏瑚の術式による熱線を放つが。

 

「……熱いですね」

 

「ッ!!」

 

「火傷、反転術式でも治せないのに……」

 

「っ……クソッ」

 

 領域を解除し、漏瑚の火礫蟲で逃走することは、可能と言えば可能だった。今はまだ押し合っている途中で、まだ完全に乙骨の領域に塗り替えられてはいないからだ。

 解除と同時に飛び出せば、恐らく逃走は可能だ。

 しかしそうすると、仮に乙骨に追い付かれた時、術式が焼き切れている春夏には対処不可能になる。

 

 その可能性を考慮するなら、焼き切れのリスクがあまりにも大きすぎる。領域で押し負けるならば、簡易領域などもアテにはできそうにない。

 春夏が今も押し合いに集中しているのは、乙骨の領域の必中効果を恐れているからではない。自分の術式が焼き切れるリスクを恐れているのだ。

 しかし、このままでは、どちらにせよ押し合いに負ける。

 もし仮に押し合いに負けなくとも、乙骨は既に、制限前の呪力出力を取り戻している。今に、春夏を殺しに来るだろう。

 そうなればもう、茨木童子や漏瑚を、呪霊操術の呪霊を出す以外に、春夏には、打つ手が無いのだ。

 

「────マコ!!」

 

『……ったく、自分で用意しなよ、このザコ!』

 

 リカを殴り飛ばして大きめの隙を作ったマコは、春夏に飛び乗り、背中のバッグに手を入れると。

 漆黒の仮面を取り出し、春夏に装備させる。

 

「ふー……」

 

 ────耐呪ノ仮面。春夏が強化してやるだけであとは装備すれば特級呪霊の攻撃すらも耐える事ができるシロモノだ。乙骨の領域、そして、攻撃への対策──のつもりだったが。

 

「──呪力で身体を強化しているなら、それすらも中和すればいい」

 

「え……」

 

「そしたら、刃物で生身の人体を刺すならそもそも呪力で強化する必要はありません」

 

「ッッッ」

 

 春夏は防御を固めた。まずは肉体を呪力で強化。単なる殴り、蹴り、切り付けなど、物理的な攻撃に耐える為に。

 その上で耐呪ノ仮面を装備することで、呪術的な攻撃にも耐えられるようにした。

 彼の防御はあらゆる面で万全──のハズだった。

 

 しかしそこは、五条悟の教え子であった乙骨。

 呪力で強化した刺突が通じないと知ると同時に、正のエネルギーを刀に纏わせて、春夏の身体強化を中和する方向にシフト。そして身体強化が弱まると同時に、正のエネルギーを消して刺突。

 呪力も何も帯びていないその刀は、耐呪ノ仮面の防御の対象外。乙骨の刀は、春夏の心臓を鋭く──綺麗に貫いていた。

 

「……クソッ。死ねよ、ポン(コツ)……!!」

 

「すみません、渡辺先輩」

 

 乙骨のその謝罪の言葉を最後に、春夏は、意識を手放した。




冷静に考えて、なんで春夏はこんなお気軽に領域を使えるのか?
もはや領域や極ノ番が当たり前になっている。
その理由は、次回。



Q.呪霊操術だけでも、1級相当の脹相をザコい呪霊だけでボコボコにできるくらい強化できるけど?

A.そこから更に強化できてしまう、って話です。
術式効果を持つ呪具を作るのと似た要領で、呪霊に術式を与える事もできるので。
夜蛾学長と同じで「本人がクソ強いワケではないが単独での国家転覆自体は割とできる」って事です。
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