とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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来年の今頃は、死滅回游編が終わる頃です。



第4話:強欲蒐集家vs最強蒐集家

 

 シャアアアアッと軽快に自転車を走らせる春夏(はるか)。高専から出て、はや2時間が経過しようという頃。乗用車と変わらぬ速度で走る春夏の額には汗の玉がジワリと滲んでいた。

 自転車──特に、ロードバイクは良い。運転手の力量によって、如何様にも力を発揮する。プロならここから更に何段階も加速するというから驚きだ。

 春夏は術式で己の脚力を強化し、その上でおよそ時速60〜80キロの間で運転していた。しかしプロのレーサーになると、呪力(術式)強化などせずにこの程度、いやそれ以上の速度を出すというから、人間とは、本当に恐ろしいものだ。

 まさか、プロの上位層が揃いも揃って天与呪縛のフィジカルギフテッドなワケでもあるまいし。

 

(コッチだ……コッチから、呪物の山みたいな……。まるで、呪力のサラダみたいな、ゴチャゴチャした妙ちくりんな気配がするな……)

 

 春夏は、特殊な呪力感覚を有していた。

 普通、呪力の気配というものは、気配が強ければ強いほど敏感に感じ取る事ができる。それ自体は、春夏も有している感覚だ。

 しかし春夏の場合、4級呪霊やそれ未満のような微弱な呪力ですら、それなりに敏感に感じ取る事ができる。

 故に、呪術高専に居ながらも、遠く離れた場所に唐突に出現した「弱い呪力の群れ」を感じ取る事ができた。

 そして今回の場合は、更におかしい事があった。

 

(特級呪霊──だよな。この感じは……)

 

 春夏の向かう先に、特級呪霊らしき巨大な呪力の気配も混ざっている。しかしそんな中でも、微弱な呪物、または呪具の気配が隠されたりはしない。

 まるで、真っ白いキャンパスに赤や青、黒など、色とりどりの絵の具をポタポタと不規則に垂らしたように。気配の大小を問わず塗りつぶされる事なくその全ての気配を感じ取れる。

 それが渡辺春夏という青年の、ちょっとした特技なのであった。

 その特技を利用して、幼少期などは、虎杖悠仁に貸し与えた例のメリケンサック等を用いて、身近な雑魚呪霊を無差別に狩っていたのだ。

 

「……100m以内、ってとこか。どこだろ……」

 

 だがそんな春夏の特技にも、ある弱点があった。

 遠くでなら気配の大小を問わず個別に感じ取れるハズの「呪力の気配」──しかし、そこに近付くにつれて、感じ取れる気配が混ざってしまうのだ。

 電波が混線するような感覚に近いかもしれない。

 それなりに離れていれば、幾つもの種類の電波が飛び交っていようとも、ある程度は区別がつく。

 しかし、その幾つもの電波が飛び交っている中に自ら飛び込んでしまうと、今度は区別をつけるのが難しくなり、自らを苦しめる事になる。

 発電所や変電所内では、往々にして、スマホ等を用いた無線での遠距離通信が難しくなる事がある。屋外であろうとも。だからそういう時には、近距離無線通信、もっと言うなら、有線通信の方が早い。

 要するに、それと似たような状況が現在の春夏の身に起きていた。

 つまり──その「呪物の山」と「特級呪霊」が、春夏のすぐ近くに────。

 

「ヒャアッ!!!」

 

「ッ────!?」

 

 老人が歓喜したような妙な甲高い声と共に、何か大きなものが隕石の如く道路に落下してきた。

 春夏は咄嗟にブレーキを掛けつつ自転車を前方に蹴り飛ばすことで、その反動で自身は後方に回避。例のバッグが、初めて明確に邪魔だと思えたかもしれない瞬間だった。

 

『ほぅ……今の攻撃を避けるか。そうでなくては』

 

「お、おまっ……」

 

 妖怪・一つ目小僧を老人化させた上で火山っぽい要素を足したら、こんな感じになるのだろうか。

 一つ目で、頭頂部が富士山のような形状、両耳があるべき場所には悪の帝王フリーザのような小さい山のような形の突起があり、そこの穴には何故だかワインのコルク栓のようなモノがまるで耳栓の如く突っ込まれていて、口を開けば、お歯黒べったりのように歯が真っ黒なのが見て取れる。

 そんな奇妙奇天烈で摩訶不思議な呪霊が、道路に作られた深いクレーターの中心に立っていた。

 腰は曲がっていて、如何にも老人のよう。しかし背筋をピンと伸ばせば意外と身長が高く見えそう、そんな奇妙な印象を受けた。

 

「お前っ、と、特級か……!?」

 

『特級──あぁ、そういえば、五条悟(アイツ)もそんな事を言っていたな。だがそんな事はどうでもいい』

 

「アイツ……?」

 

『小童。無惨に焼かれたくなくばその呪具、呪物を置いて儂の前から消えろ。儂の蒐集に加えてやる』

 

「……あ゙?」

 

『あの夜、儂は迂闊にも蒐集物を背負ったまま奴に戦いを挑んだ。殺せはせずとも勝てるだろう──と踏んでの事だったが、そのせいであの夜、儂はッ! 蒐集の大半をこの身と共に失ったのだッ!!』

 

「この身と共に……って、あるじゃん、身体」

 

『舐めるなよ小童ぁ! 生きている限り再生くらいどうとでもなるのだっ!!』

 

「いや知らないよ、野良の呪霊(・・・・・)の生態とか……」

 

『今の儂はあの時の半分程度の力しか無い、しかしそれでも呪物、呪具の蒐集はやめられないのだ!』

 

「……まさか」

 

『そうだ。昨晩、貴様、この辺りを通っただろう。その時だ、儂が貴様に目を付けたのは。よもや貴様からこちらに来るとは思わなんだ。ククッ、これは予想外……僥倖であった』

 

 昨晩──京都から呪術高専東京校に向かっていたその道中の事である。しかしその時、伊地知が運転していた車には、五条悟の残穢が濃く残っていた。それ故に、五条悟本人が近くに居ない事を知りつつこの呪霊──漏瑚(じょうご)は、春夏を襲わなかったのだ。

 

「……」

 

『さぁ、死にたくなければ大人しくそれを寄越せ。中にどれだけ詰め込んでいる? 次はもう、先程のような奇跡的な回避は望めんぞ?』

 

「──優しいんだな、アンタ」

 

『……あぁ?』

 

「呪霊ってもっと話が通じねぇ化物だと思ってた。アンタほど喋る呪霊なんて、久しぶりに見るしさ。だから、ワンチャンに賭けて交渉したいんだけど」

 

『……言ってみろ』

 

「アンタが背負ってるその風呂敷みてーなヤツさ。その中身……ぜーんぶ、俺にちょーだいっ♡

 

『…………はあ?』

 

「へへっ♡」

 

『はあああああああああぁぁぁぁぁぁ?????』

 

「ずっと不思議だったんだ。特級呪霊と呪物の山が近くにあるなんて聞いた事もない。だが、アンタを見て、気付いたよ。アンタ、呪物とかをその風呂敷みたいなのに入れて、後生大事に持ち歩いてんだ。そうだろ?」

 

『……』

 

「俺もそうだから、何となく分かったんだ。俺も、こうして背負って、大事に、大事に持ち歩いてる」

 

『……』

 

「だからアンタの蒐集、ぜーんぶ俺にちょーだい♡ 俺が有効活用してやんよ♡」

 

『巫山戯るなよ小童ァッッッ!!! 儂が黙って聞いていれば舐めた口を利きおって、ジワジワと嬲り殺しにしてくれるわァッ!!』

 

「うはっ、あっちィ!」

 

 頭頂部と両耳の穴からポッポーッ! とマグマと煙が飛び出す。それはもう凄まじい熱量で、春夏は既に汗が止まらない様子だった。

 

「スゲーな、特級って……。五条悟が俺の前で殺した呪霊の、軽く3、4倍は強ぇ……」

 

『死ねェッ!!』

 

 目にもとまらぬ速さで彼に肉薄する漏瑚。すると春夏は慣れた手付きで背のバッグに手を入れ漆黒の仮面を取り出し、己の顔に被せる。

 その直後、漏瑚の手が春夏に触れ、彼を燃やす。

 

『フンッ……口程にも…………ッ!?』

 

 彼は見た。たった1つの目で、しかと見た。彼の大して呪力で強化されてもいない腹に触れ、殴ると同時に全身を燃やし尽くした。

 それなのに。

 漆黒の仮面を顔に被せている彼は、平然と漏瑚の前に立ち、腕を組んでいる。

 

『バカな……燃えない、だと……?』

 

「『耐呪(たいじゅ)ノ仮面』」

 

『!?』

 

「コレだったら完全に防げると思ったんだけどな。多分、少し火傷しちゃった。呪力での防御の練習、教わっとかないとだな……」

 

『貴様……何故……』

 

「1級呪具『耐呪ノ仮面』。戦闘中、視界の殆どを

仮面で覆い視覚的に圧倒的デバフを得る代わりに、呪いに対するほぼ完全な耐性を得る『縛り』を己に付与する。縛りに対して無知な子供でも使える──言わば、オートで結ばれる『縛り』ってワケさ」

 

『バカなッ! 初めて見る、聞く呪具だが! 幾ら今の儂の攻撃だろうと1級呪具程度で防げるワケがあるまいッ! 視界の殆どを塞ぐ不利を背負う事になろうとも『縛り』程度でそこまでなるものか!』

 

「ならないよ?」

 

『!?』

 

「アンタ、知りたがり屋なんだね。蒐集家らしくて俺は嫌いじゃないぜ。──そんなアンタに免じて、教えてあげてもいい。俺の術式について……!」

 

(探るだけ探っておくか? いやしかし、前回は、それで五条悟にいいようにやられた……。わざわざ、探りを入れる必要はあるまい。それに今の説明でも十分に此奴の術式については察しがついた……)

 

「……あれ、知りたくないの?」

 

『その必要は無い。貴様の術式、よく分かった』

 

「ッ……!?」

 

『察するところ、貴様の術式は──「呪具の性能を極限まで引き上げる」というものであろう』

 

「……」

 

『成程確かに、これなら貴様が呪具を持ち歩くのも頷ける。貴様は呪具が無くては戦闘も何もできん。一体幾つの呪具が軟弱な貴様の為に破壊されてきたというのだ? 蒐集家の風上にも置けんわ』

 

「…………腹立つなぁ」

 

『ほぅ?』

 

「当たらずとも遠からず。完全なハズレではないが正解とも言い難い。テストで言うなら赤点回避した程度かな」

 

『しかしどちらにせよ──』

 

「少しでも当てられて腹立つな。腹いせに領域でも展開しちまおうか」

 

『なッ……!? 貴様ァッ!!』

 

 五条悟により瀕死に追い込まれ首から下の再生を終えて間も無い現在──漏瑚は、領域を展開できるだけの呪力が無い。

 今の漏瑚の強さは宿儺の指4本分に届くかどうかという微妙なライン。甘く見積っても4本分という所だろう。しかも、呪力の量で言えばそれより更に少ないから絶望的だ。

 つまり現在、春夏が領域を展開すれば。漏瑚は、一方的に領域に(・・・・・・・)巻き込まれ(・・・・・)、祓われる事になる。

 肉体を回復させたばかりの、呪力が殆ど枯渇した今の状態で出てくるんじゃなかった──そのように歯噛みしても、時既に遅し。

 春夏を「領域持ちではないただの小僧」と侮った漏瑚の甘さが招いた事だった。

 

「安心しろよ、火山頭。俺の領域は無害(・・)さ。何しろ俺の術式ってば、戦闘には直接的に使えねェんだ。故に領域も無害。必殺を除いた『必中』だけの領域展開なのさ」

 

『──何故か分からんが猛烈に嫌な予感がするッ! やめろ小僧、やめてくれ!!』

 

 思っていたよりも数倍「五条悟」が強かったからだろうか。今の漏瑚には、命の危機を察知できる、ある種の第六感──「勘」とも呼べるようなものが備わっていた。

 領域を展開し返せない今の漏瑚には逃走の道しか残されていない。しかし今ここで逃走すれば、また何かしらの初見の妙ちくりんな呪具を後出しされ、地の果てまで追い掛けられる──そんな気がした。

 だからこそ漏瑚は負けが確定している領域展開に望むのではなく、領域展開をやめさせる為に春夏を説得しようとしているのである。

 そして幸いな事に、春夏に漏瑚を祓う気は無い。故に、漏瑚が懇願すると、領域を展開するのを少し躊躇してくれた。

 

「じゃあ……風呂敷の中身(それ)、くれるか……?」

 

 漆黒の仮面から漏れ出る声には、どこか嬉しさの色が滲んでいる。胸の前で左手の人差し指を立てて残りの指を握り込み、その人差し指を右手で包んだ智拳印(ちけんいん)の手印も、緩みつつある。

 

『お、おうっ、どれでも貴様の好きな物を1つだけ持っていくがよい。特級呪具も特級呪物もあるぞ! だからとりあえず、ここはそれで儂と貴様、互いに手打ちにしようではないか?』

 

「……」

 

『わ、わかった、ではこうしよう! 全ての呪物や呪具を賭けた勝負は後日、という事でどうだ!?』

 

「…………」

 

『湿っぽい目で見るなァ!! ええい、では特級を冠するモノは全て持っていくがよいッ!! 今回はそれで手を打とうではないかぁッ!!』

 

「……………………」

 

『……………………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領ォ域展開ィッッッ!!!!」

 

『やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!』

 

 山間部の国道にて、春夏の逆ギレの声と、漏瑚の悲痛な叫びが木霊する────。

 

 

 

 

 




オリジナル呪具紹介②
1級呪具・耐呪ノ仮面
視界の殆どを漆黒の仮面で覆い、視覚的なデバフを己に付与する縛りを結ぶことで呪いに対しあらゆる耐性をかなりの高レベルで得る事ができる。
本来ならば、かなり弱体化しているとはいえ、漏瑚クラスの攻撃を防げる強度は無い。
せいぜい「1級呪霊までに対しては無敵」程度。

なお、命を懸けた縛りを利用した攻撃に対しては、効力を殆ど発揮してくれない。その場合、呆気なく防御を貫通する。(冥冥の神風(バードストライク)など)
また、この呪具で得られる耐性は、あくまで呪力や呪術に対するモノ。バットで殴る、銃撃するなど、呪力や呪術が関与しない「普通の攻撃」に対しては完全に無力である。

ただし、呪具での攻撃や構築術式などで製作された物を使用した攻撃に関しては、呪力や呪術が多少は関わっているので、防御可能な範囲である。
1級呪具の中では極めて高価。店を継がなければ、春夏でも手にする事は叶わなかったであろう代物。そのあまりの性能の高さから、下手な特級呪具より高値を付ける者も居るとか居ないとか……。
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