とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
第41話:死滅回游① 京都
死滅回游の結界は、侵入した泳者を、設定された9つの地点にランダムで転送する。それによって、結界の中に足を踏み入れた春夏、茨木童子、漏瑚はそれぞれ別の地点に転送されてしまった。
結界のサイズは、およそ半径5キロほど。春夏の異常な呪力感知能力からすれば目と鼻の先なので、探すまでもない距離である。
そう──バラバラに転送される事自体は、大して不都合は無いのだが。
「うおおぉあぁあああっ!?」
春夏は上空から落下する形で結界内に侵入した。全力で呪力強化しようとも、それなりにダメージを受けそうなそこそこの高さだ。
「ウッソだろ、オイ! 羅喜も漏瑚も居ねぇっ!? マコラ!! マコ!!」
『居るよっ!』
『泳者だけバラけさせられたんじゃん?』
「そーゆー事か、クソッ! 顕現させたまま結界に入ったのはミスだったか……!」
着地予定地点を、目視で確認。するとそこには、狙い済ましたように大柄な、ツキノワグマのような呪霊が居た。
『グッヒッヒッ……来た来た、獲物だぁ♪』
死滅回游の総則には無い、結界の法則。より早く死滅回游に参加した泳者はその法則を見抜き、各々待機するようになった。
総則にない現象に動揺した者を狙う
春夏の落下地点には、それが居た。
言語を介する呪霊。明らかに準1級以上。空中は不安定だ、単独では空を飛べない春夏では明らかにこの状況は不利に働く。
ここは業龍剡月刀で一気に焼き払おうとするが。運の悪い事に彼が放り出されたのは市街地だった。建物を壊さずに済むのであれば、それが一番だ──そう思った春夏は、別の呪具を手に取り。
熊のような丸い耳を頭頂部から生やした呪霊は、地に迫る春夏を切り裂かんと腕を振るう。
しかし彼は焦らず、業龍剡月刀の代わりに裏梅の術式を呪具に融合させた、大太刀のような、極太の刀身を持つ呪具をギラつかせ。
「懸氷槍破ッ!!!」
氷の槍を、敵の真上から、雨のように降らせる。その反動で身体が浮いた彼は、着地の衝撃を幾分か和らげる事にも成功。
『ぐおぉっ!? お、オレの熊耳がぁ!?』
「チャームポイント、
『許さん、許さんぞぉぉぉぉ!! この熊童子様の熊耳をよくもォォッ!!!』
「熊童子──お前、四天王だろう? 四天王がさ、着地狩りなんてみみっちぃことやるんじゃないよ」
『し、仕方ないだろうッ! あの方に点を献上する為にはこうするのがコーリツテキ……なんだよ!』
「点を献上なんて、できるのか? 人を殺さずとも生き残れそうだけど。そんな総則は無かったろ」
『ヒヒ、ヒヒハハハハッ! これからソレをできるようにするのさ、我らが酒呑様がな!!』
点を100点消費すれば、ルールを追加できる。
熊童子があの方と呼び従うボス──酒呑童子は、それを目論んでいるらしい。
「酒呑童子が、居るのか? この結界に……!!」
『そうさ! 他の結界はどうか分からんが、ここは人間より呪霊が多い! 俺ら鬼呪霊は一早く徒党を組み、人間は術師も非術師も見付けた傍から殺して殺して殺しまくっているのさ!』
「……そうなるとお前らの仲間だけが最後に残る事になるだろ。同士討ちしたいんか?」
『だからそうならないよう仲間内で点のやり取りができるようにするのさ』
「……ふん、成程な」
人間を殺すのを控える考えは微塵も無いらしい。本能に従うまま人間を殺し尽くして、最後に自分達だけが残る事になろうと、それでよいとしている。
しかしそうなった場合、点の変動が無くなれば、自分達が死ぬ事になる。だから、点の
鬼呪霊一派の頭領と思われる酒呑童子の考えは、おおよそこんな所らしいと春夏は予測し、熊童子に凍て付く刃を向ける。
「パンダくんほど可愛くねーが取り込んでやるよ」
『? やってみろ!』
呪霊操術を発動すると、シュルシュルと、包帯が解けるように熊童子の肉体が解け始めた。
言語は極めて流暢だが、春夏との実力差はかなりあるらしく、わざわざ弱らせるまでもなく強制的に焦げ茶色の球体にしてしまった。
「えー……四天王がこのザマでいいの……?」
否。茨木童子と羂索の話を聞くに茨木童子以外の鬼呪霊は当時、祓われてしまっている。つまり今回春夏が取り込んだ熊童子は、一応熊童子ではあるが本物の熊童子ではない。
熊童子を名乗る紛い物でしかない。徒党を組んでいるのも形式だけのもので、本物のように本格的な徒党ではない。
まるで英雄の失墜のような、どこか寂しい思いを抱きながら、熊童子だった球体を飲み込む。
「……うぇっ。水でも飲も……」
近くに川がある。飲料水はしっかり持っているが綺麗な川があるのに、わざわざ飲料水のストックを減らす必要は無いだろう。そう思い立った春夏は、河原に降りる階段がある向こう岸に渡ろうと、橋に足を踏み入れるが。
『──「簪」ッ!!』
「うおっ!?」
突如、橋が爆発するように弾け飛んだ。春夏は、慌てて橋から飛び降り川に落ちてしまう。秋の川はそれなりに冷たく、目の前──同じく川の中に立つ鬼の形相をした呪霊に睨まれずともブルリと大きく震えてしまっていただろう。
「川……釘……まさか、お前……!!」
特級過呪怨霊──宇治の橋姫。
頼光四天王・渡辺綱、つまり春夏の祖先によって腕を斬られた事で鎮まり、後に宇治橋の袂の神社に御霊奉神された逸話を持つ、嫉妬に身を焼かれた、貴族の子女。
彼女の呪術は、現代で言う「丑の刻参り」の原型であるとされている。
「芻霊呪法かッ! まさかとは思うが、釘崎の先祖だったり……しねーよな……?」
『何を、言ってるの? 子孫、残せなかった……』
「あ」
『あの下衆女のせいで私は! 私は私はあの人との子孫を残せなかったの私は!!!』
「踏んだか、地雷……」
『だから私はッ!! 鬼になって!! アイツらを呪い殺してやった!! お前も呪ってやるッ!!』
春夏は知っている。芻霊呪法の恐ろしさを。
呪霊として見れば特級相当であろう壊相、血塗を殺す直前まで追い込んだ、呪術と言えばコレ──と断言すらできてしまいかねない、由緒正しい術式。
渡辺道具店の商品にも「五寸釘シリーズ」なんてモノがある時点で、察せる人も多少居るだろうが。
春夏は、釘崎野薔薇以外の芻霊呪法の使い手を、高専入学前から知っている。渡辺道具店の客にも、同じ術式の使い手が居たからだ。
だからこそ、釘崎の横暴とも思える「無料でそれ寄越せ」という声に答えたのだ。全ては芻霊呪法の恐ろしさを知っているからである。
────それ故に。
歴史が長く、恐ろしいその術式に、畏怖と敬意を表して。茨木童子の補助も無いまま、一度目の領域展開に臨んだ。
「領域展開──月下霧消之理」
領域に付与する術式は、やはり霊装呪法。これで橋姫の動きは封じられ、領域を展開し返すことすらままならず。春夏は身一つで橋姫を「処理」した。
『領、域……!?』
「悪いな。アンタのその術式を知っているだけに、マトモに戦おうとは思えねーんだわ」
『妬ましいわ。幾ら知っているからって、そこまで振り切れる強さ……妬ましい……羨ましい……』
「パルパルしてんじゃねーよ……」
『パルパル……?』
「どーする? このまま祓われるか? それとも、契約する? 呪霊操術で従わされるのが好み?」
『……どうでもいい。如何様にも……』
「んじゃ、呪霊操術で」
春夏の領域内において、呪力の出力などは極めて抑えられる。それにより、擬似的にではあるものの今の橋姫と春夏の間には、等級にして2級以上もの大きな差がある。
そこに、呪霊操術の特性「2級以上の差があると問答無用で取り込める」が効き、橋姫は水色に輝く球体に収まってしまった。
本来、特級クラスであれば、単純に取り込むより契約という形にしてある程度は自由が効く形で使役したい──というのが、春夏の考え方である。
しかし橋姫は、渡辺綱に処理された逸話を持つ。もし春夏自身がその綱の子孫であると知られれば、契約を反故にされ、不意の反逆によって、己の身を滅ぼしかねない。
よって、春夏は橋姫を呪霊操術で取り込むことに決めた。
「──成程ね。霊装呪法と呪霊操術のコンボって、特級クラスでも問答無用で取り込めるのな」
しかもだ。呪霊操術で取り込んだ呪霊は、春夏の所有物という判定になる。つまり、呪霊操術により呪霊を使役する時、呪力による強化だけではなく、霊装呪法によっても強化できる──という事。
そして、何より無法なのは。
霊装呪法は、領域などで効力を底上げしなくとも等級にして2級程度はランクアップさせられる。
それの意味する所──もしも春夏が準1級以上の呪霊を呪霊操術で取り込んだとすれば、霊装呪法で2段階強化してやることにより、特級呪霊の軍勢を生み出せるのだ。
夏油傑とは違い、呪霊操術を手に入れた時点で、春夏は問答無用で特級に認定された──その理由がまさにこの「霊装呪法と呪霊操術の合わせ技」だ。
春夏は「特級術師の条件」を知らない。
しかし霊装呪法と呪霊操術の合わせ技の無法さを知った今、特級認定されたのも多少は納得がいった春夏であった。
このvs橋姫戦で、春夏は、とある「とんでもないこと」をやっています。
原作においては、主に羂索が見せています。
オマケの第13話目は「春夏が芻霊呪法を怖がってる理由」です。
あの怖い祖母か、それとも軽い説教のあの人か。
春夏が高専に来る前から知っている「野薔薇以外の芻霊呪法の術者」とは誰なのか?
本編完結後をお楽しみに!
C108、落選しました。残念。
夏コミ落ちたの初めてですわよ。オホホ。
冬コミ当選したとしてもその頃にはオマケの1話が投稿されてるから、つまりこのメインストーリーは終わってるワケで……。
表紙や挿絵のイラストがあって、多少なりとも加筆されてること以外にあまり変化ないかもしれん。
でも、もし当選したら告知するので来てね。