とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「……ったく、何やってんだよ、酒呑童子は」
『動く気配が無いわね』
『ルールを加える気が無かったのか?』
春夏が死滅回游に参加して数日後。
酒呑童子が総則を追加する前に、東京第2結界の泳者・鹿紫雲一が総則を追加。これにより、泳者は他の泳者の名前、得点、総則追加回数、滞留
それに半日と少し遅れて、東京第1結界の泳者・日車寛見が、「泳者は他の泳者に任意の得点を譲渡することができる」という総則を追加。
東京第1・第2結界の泳者による総則の追加は、京都結界でもそれなりのザワつきが見られた。
そしてこの時、彼の持ち点は42点。茨木童子の持ち点は80点。漏瑚の持ち点は159点だった。
『途中から点数を数えるのを忘れていたが、案外、こんなものか』
「漏瑚、張り切ってたもんなぁ……」
『この点数は、非術師共を巻き込み過ぎただけだ。春夏は、呪具を作る事に集中し過ぎなのだ。儂らが貴様に点をくれてやる前提で考えていて、己は点を稼ぐ必要は無いと甘えていたろう?』
「あう……」
『いいじゃない漏瑚、その甘ちゃんなところもまた春夏の良いところなのよ?』
『貴様が甘やかすから甘ちゃんに育つのだろうが! 誰の為にこんな無駄に点を稼いだと思っとるのだ! 余計な手間を掛けさせおって!』
「ご、ごめん……」
『フン、儂の点はやらんぞ! 茨木童子から貰え! 儂は儂で思いつき次第、勝手に総則を追加する!! いや、相手はあの羂索だ、総則を追加せずとも点は多いに越したことはあるまい……!』
『コガネ。私の80点のうち60点を春夏に』
『かしこまりました』
『茨木童子から60点を譲渡されました』
これにより、春夏の持ち点は102点となった。総則の追加権限を得た春夏は、したり顔でコガネに宣言する。
「それじゃあコガネ、総則追加だ。『術式を有する泳者は、戦闘を行う場合必ず術式を使用しなくてはならず、違反すれば術式を剥奪する』──当然だが領域展開などによる術式の焼き切れはノーカンだ」
常に使う必要はない。一度、一瞬だけ使用すれば総則に違反したと判定されることはない。ただし、術式を使用する前に相手が死亡、または両者が解散した場合、この総則に殺されることになる。
『承認できません。戦闘の定義が曖昧です』
「は? おまッ……お前……そういう事言う?」
『あらら……考え直さなきゃダメね』
「いやいや、そんなんズルいよ。死滅回游側だって定義が曖昧なワード使ってるだろ。『術式を剥奪』とかいう、最近まで非術師だった人間達にはまるで伝わらない、解釈が分かれそうな言葉! なのに、泳者側が追加する総則にだけ曖昧な言葉を使うのはダメなんて、そんなん無いだろ。不公平だ。そこは公平にしなきゃダメなとこじゃないか?」
『……承認されました。総則11「術式を有する泳者は戦闘を行う場合必ず術式を使用しなくてはならず、違反すれば術式を剥奪する」』
「ハハッ。ゴネてみるもんだな」
春夏に憑いているコガネは、どこか、ショボンと口を尖らせている。
コガネは死滅回游という儀式の管理者ではない。あくまでも泳者と儀式を繋ぐ「窓口」に過ぎない。可能な限りゲームに公平性を齎す為とはいえど──簡単に言いくるめられては、面白くはないだろう。
『コガネ、儂も総則追加だ。「呪具を有する泳者は戦闘を行う場合必ず呪具を使用しなくてはならず、違反すれば術式を剥奪する」! なお、破壊や紛失した場合は「有する」に含まれないものとする』
『……承認されました。総則12「呪具を有する泳者は戦闘を行う場合必ず呪具を使用しなくてはならず、違反すれば術式を剥奪する。なお、破壊や紛失した場合はこの限りではない」』
「漏瑚……!」
『これで少しはやる気も出るか?』
非術師は、わざわざ総則で指定するまでもなく、どちらにせよ呪具を武器にするしかない。だから、非術師については罰則を指定しないのだろう。
「────おうッ!! どんな敵だろうと、奪って奪って奪い尽くしてやる……!!」
「フンッ」
『あらあら。漏瑚も何だかんだで甘いわねぇ』
『勘違いするなよ。儂の蒐集を増やしたいだけだ。強制的に使うように仕向ければ蒐集も増やしやすいだろう? 春夏の為ではない』
「漏瑚ってツンデレだったのな。不覚にも萌えた」
『焼き殺すぞ貴様ァッ!!!』
◆
春夏が総則を追加した頃、東京第2
「なッ!? だ、誰だ、こんなふざけた総則を追加したのはッ!? おいコガネ、さっき点を消費した泳者を表示しろ!!」
『1分以内に点を消費した泳者を表示します』
「京都
「あ〜最近編入してきたっていう
「呪具屋の息子でな、色んな呪具を持ってるんだ。詳しくは知らないが、真希や伏黒と同じく禪院家の血筋らしい。だからなのか、2年の中では真希と、1年の中では伏黒とよく話してるようだし、呪具のやりとりもよくしているらしいぞ」
「そんな事はどうでもいいんだよ! こんな総則、認められるのか!? 俺の術式は1回きりなんだ、まだ宿儺と戦えてすらいないというのに、使っても使わなくても死ぬとかそんなの無しだろう……!」
「つまり
「だな」
「ふざけるな渡辺春夏!! 殺されたいのか!?」
「──にしても確かに変な総則だな。敵に『術式を使ってほしい』──そう言っているようなもんだ。一体、コイツは何を考えてるんだ?」
「春夏、何考えてるか分からない所があるからな。全く、こんな変な総則まで足すなんてな。これからどうなる事やら……」
戦闘狂の雷神、鹿紫雲一。
一度しか使えず、使えば死が確定する術式を持つ彼は、呪術高専3年生・秤金次との戦闘を最後に、戦闘行為そのものを実質的に封じられてしまった。
──こうして、強者との戦闘が好きな鹿紫雲は、京都結界在中の春夏を恨むようになってしまった。
◆
そして仙台
(京都で渡辺……もしかして渡辺綱の子孫……?)
(渡辺……京都……まさか、
(春夏先輩!? なんて総則を追加しているんだ、敵がドンドン術式を使うようになるじゃないか!! いや違う──それが狙いなのか? それにしたってもう少し他の結界の事も考慮してくれても……!)
烏鷺と石流、乙骨では春夏を知るかどうかという違いがあるので、思い浮かべる人物に多少の違いがあるものの。京都で渡辺と言えば、渡辺綱及びその子孫を指すというのは、呪術界では常識であった。
なお「渡辺」から派生して渡邉、渡邊、渡部など多くの「ワタナベ」氏が存在するものの、渡辺綱に由来する呪術に目覚めるのは何故か「渡辺」の姓を持つ血族のみであり、その中でも本家筋の者だけとされている。
これを渡辺家の一部の者は「茨木童子の呪い」と呼んでいる。また別の者は呪いではなく「祝福」と呼びもするが……。
◆
そして場所は戻って、京都
自身が追加した総則、更に漏瑚が追加した総則が春夏の殺る気を引き出した。
相手は羂索。総則を追加しなくとも、点は多いに越したことはない──漏瑚のその言葉に、春夏は、頬を殴り飛ばされたような強い衝撃を覚えていた。
五条悟に対しては、獄門疆での封印のみならず、医学・呪術的な毒を幾重にも重ね掛けするほどの、とてつもなく慎重な羂索だ。この死滅回游にだって沢山の「保険」を用意しているに違いない。
後出しでルールを追加してくる輩にも対抗できるように、点は多いに越したことは無いのだ。
だというのに春夏は、呪具や呪物を作るだけで、殆ど満足してしまっていた。そんな自分が、どこか情けなく思えた。
「────よし! ドンドン呪霊、狩るか!!」
『儂は人も狩るぞ。文句は言うまい?』
『私もね』
「別にいいよ。見たところ、この結界には知り合いほとんど居ねえし。俺も本気出すから」
確かに倫理的に見れば、人間は殺さない方がいいだろう。しかし殺し合いが強制される世界において倫理がどうとか言えるのは脳内お花畑だけだ。
点の移動が可能になったから、強制ではない──確かにそうかもしれないが、依然として点が必要で尚且つ点を譲りたくないと考える連中がいるのは、まず間違いない。そうなれば戦闘に発展するし──殺し合いになるのはほぼ間違いない。
「星熊童子は昨日ゲットしたけど、まだ金童子だけゲットしてない。泳者リストを見るに生き残ってるハズだから、コイツは確実に取り込んでおきたい」
『金熊童子じゃなくて金童子なのね』
「御伽草子準拠なんだ、知らんけど。──マコラ、マコ。どっちか呪霊狩りに行ってくれ」
『ご主人から離れるのは、ちょっと、ねっ……』
『うぇ〜ヤダァ〜ダルぅ〜』
「……ジャンケンして負けた方に行ってもらうぞ」
『『
『はぁ〜い、マコの勝ち♡』
『あぁっ負けたぁ……』
マコは思い切り後出ししていたが、マコラ的には後出しでも構わないらしく、負けたことに対して、しくしくと嘆いていた。
見るからに後出しだ──春夏も茨木童子も漏瑚もそんなツッコミを入れたい衝動に駆られていたが、他でもないマコラもそれに気付いているだろうし、そのマコラが敗北を受け入れているならいいか、と諦めにも似た境地に至っていた。
マコラもマコも相変わらずよく分からない生態をしている。
戦闘においては、まさに最強の後出し虫拳である凄まじい「適応」を魅せてくれる魔虚羅だったが、それで本当に
『呪霊を倒してくればいいんだよねっ?』
「ああ。俺が『戻れ』と念じるまでな。大丈夫だ、マコラならやれる。俺の最強の式神なんだから」
『最強の……うんっ! マコラ、頑張るっ!』
「ただし、山の方には行くなよ。そっちには、俺の獲物がいるからな。山以外なら好きに動いていい。コイツは悪い人間と思ったら、人間も殺していい。マコラに触ろうとする人間もだ。それ以外は無視。逃げろ。できるな?」
『わかったっ! 行ってきますっ!』
ジャンケンに負けたマコラに自律行動を促して、呪霊狩りに行かせる。マコラは掛け値なしに最強と言える式神だ、こうしておけば春夏はドンドン点が増える。
────と、その時。
リンゴンリンゴンと、コガネが叫び出す。総則が追加された事をアナウンスする時特有の声だ。
鹿紫雲、日車が総則を追加した時には3人同時、先程、春夏が追加した時には茨木童子と漏瑚の──漏瑚が追加する時には春夏と茨木童子のコガネが、このように声を発していた
つまり。再び、死滅回游に総則が追加された。
『──泳者による、死滅回游への総則追加が行われました! 総則13「泳者は、より高得点の泳者に、4日以内に身を捧げなくてはならない。総則の追加回数1回につき100点と換算するものとする」』
「は?」
『……酒呑童子……ッ!』
コガネに頼んで、この総則を追加した人物を確認すると。茨木童子の言う通り酒呑童子が総則を追加していた。
「ワケが分かんねェ……何がしたいんだ?」
『犯したいんでしょ、女を』
『しかしこの総則には性別の指定が無い。男も女も変わらん。そもそも儂ら呪霊に男や女などの概念は無く「その身を捧げる」の定義も不明だぞ。労働に対し「身を捧げる」という言葉を使うこともある。察しろなどと言うのか?』
『女なら犯す、男なら来るなり殺すんでしょうね。術師も非術師も関係なくそのように対応していけばより上位の者は楽しめるだけじゃなく点も溜まる。ほぼほぼ、半自動的にね』
京都結界において、最も得点を持っているのは、酒呑童子。総則を1つ追加しても尚、256点もの点数を有している。つまり356点分となる。
恐らく、日車が「点の譲渡」を可能にした時点で配下から点を献上してもらったのだろう。
そうなると、春夏は102点。漏瑚は159点。茨木童子が20点。
──酒呑童子の点数には、全く及ばない。
『おい、どうする。このままでは儂らも酒呑童子に身を捧げなくてはならんぞ』
『悪い冗談だわ。本当にふざけてる』
「まだ金童子は手に入れてないけど──殺るかぁ、酒呑童子……」
『どうせ酒呑童子の警護とかそんなのをしてるわ。私の知る金童子は、防御に特化したヤツだからね。生まれ変わっても、そこは変わらないと思うわよ。点稼ぎは熊、虎熊、星熊やその他の雑魚に任せて、金は手元に。昔と大して変わらないやり方だわ』
コガネに頼んで、四天王の点数を確認してみる。すると、熊童子は24点、虎熊童子は95点、星熊童子は166点。この3体については日車が総則を追加する前に呪霊操術で確保する事ができたので、酒呑童子に点が渡る事が無かったらしい。
『……あら? これ、まさか……』
「どした?」
『ねぇ春夏? 点の総数、酒呑童子に勝てるわよ? 点、もう四天王から受け取ったら?』
「ッ!! そーだ、その手があった!」
『待つのだ春夏。それで貴様が一番の点の
「ん……もう少し準備を整えてからにするか……」
『「身を捧げる」っていうのは、なにも、セックスだけを指す言葉ではないわ。漏瑚も言っていた通り寄ってきた泳者には「労働」を強いてみましょう。きっとそれも「身を捧げた」判定になるわ』
『労働を──しかし、施設も何も持たぬのに、何をどう労働させるのだ?』
『人間なら酒呑童子討伐の仲間に加わってもらう。もしくは、点数を稼いできてもらうのよ。呪霊なら呪霊操術でモノにしてしまえばいいわ』
「……まぁ、酒呑童子に殺されたり、慰み物にされるよりかは、俺の方に従ってくれる可能性は高いか。そうだな、そうしてみるか」
そうして春夏は、呪霊操術で熊童子、虎熊童子、星熊童子を召喚して、20点、90点、160点を強制的に譲ってもらう。すると、春夏の102点と合わせて372点に到達。356点の酒呑童子と、ほんの少しだけ差をつけた。
────その時。
大江山のある方から、雄叫びとも慟哭とも取れる凄まじい声が聞こえてきた。ビリビリと大気は震えメラメラと炎のような呪力が立ち上る……。
「……酒呑童子か」
『春夏に抜かれてブチギレ──ってところかしら。ふふ、いい気味だわ』
『日本三大呪霊と名高い酒呑童子。如何程のものかこの目で見てくれよう』
「多分、伝承通りならクソデカイ赤鬼だぜ?」
『フンッ、そいつは楽しみだな』
(そう、
こうして、遂に春夏と茨木童子、漏瑚は大江山に向かい始めた。
道中で様々な呪霊などを引き込みながら……。
この総則の穴。
点が低い泳者は、高い泳者にその身を捧げなくてはならない。でも「持ち点がトップなら必ず全員から身を捧げてもらえるとは限らない」という所です。
そこで公平性を保とうとしています。
例えば、A〜Dの4人が居たとして。
それぞれ70点、50点、30点、10点として。
一番点数が低いDは、A〜Cの誰に身を捧げるかを選択する事ができ、その次に点が低いCはAとBの2つの選択肢があります。
もしもCとDの2人がBに身を捧げると決めたら、Aは結果的にBしか手に入れる事ができません。
(それでもBを介して間接的にCとDを手に入れることはできますが、それで満足できるような性格の酒呑童子ではないので……)
その上、二番目に点数が多いBには、トップであるAしか身を捧げる選択肢がありません。
自身が最上である限り「誰かに身を捧げる」義務は発生しません。それを覆しやがった春夏に対して、酒呑童子はキレているようです。
自分が最高だと思い込んだアホの寿命は短いです。