とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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第46話:死滅回游⑥ 酔酒雌童(スイシュメスガキ)

 

『熊、虎熊、星熊に続き……金を手篭めにしたか』

 

「うお、デカブツ……」

 

 金童子が3mとすれば、この巨大な屋敷の最奥に鎮座する酒呑童子は、5〜6mはあるだろうか。

 棘付きの巨大な金棒を近くの太い柱に立て掛け、人間からすれば巨大に見える(かめ)を、御猪口のように指で摘んで酒を呑んでいる。酒呑童子の名の通り、酒が大の好物らしく、彼の近くには空となった甕が所狭しと散らかっている。どうやらコイツには整頓という概念が存在しないらしい。

 

『我が配下は、取るに足らぬ雑魚であったろう』

 

「……? あぁ……?」

 

『しかしそれも詮方なき事。この天下において我を除くあらゆる者が、そう(・・)だ。生まれ落ちる前の我を打倒せしあの男──渡辺綱を除いてな』

 

「騙し討ちしたヤツが、強いかぁ……?」

 

『黙れッ。渡辺綱の血を引き、我が配下を祓除した貴様とて、奴を侮辱する事は許さん』

 

「第1部終盤のディオみたいなこと言ってやがる。つまり、お前が言ってるのって『俺は凄い。だからそんな俺を倒したアイツはもっと凄い』だろうが? そうやって、相手をアゲる考え方をしなくちゃあ、自分が雑魚ってことになる。要するに、自分の心を守ってるだけだろ?」

 

 ビキッ、と酒呑童子の手の中の甕にヒビが入る。隙間から酒が零れ、指を伝ってビチャビチャと床を濡らしていく。かなり度数が高いらしく、高濃度のアルコールの匂いが広がる。

 

『フン、世迷い言を。奴を貶すという事は、当然、貴様は我に勝てるのだろうな?』

 

「勝てるさ」

 

『ちょっと春夏、それ思いっ切り死亡フラグよ……? マコちゃんだけじゃ心許ないし、もうマコラちゃん呼び戻しましょう?』

 

「死んだところでな。あと、今回の戦いにマコラとマコは投入しねー。そうでもしないと、俺の成長にならない。俺は、コイツを自力でモノにする事で、これまでより成長してみせるさ」

 

『春夏!?』

 

 新たな甕を手に取り、一息に飲み干す。すると、酒臭い溜め息をつく。

 

『貴様如き童とこの我──戦闘が成り立つかすらも分からぬがな……』

 

「舐めすぎだろお前」

 

『グッハッハ、それは貴様の方だろう。──我は、卑怯な手を嫌う。しかしその選択をする事(・・・・・・・・)自体は、寧ろ好感が持てるのだ。何故ならば──それ即ち、己の非力を認めたという事に過ぎぬ故にな。童──貴様に、それが分かるか……?』

 

「つまり『君達は弱いからイヤらしい手を使うのも仕方ないよね。真正面からでは、まともに太刀打ちなんてできないしね。分かるよ仕方ないよね』って意味だろ? 上位存在ぶってるなよ」

 

『事実なり』

 

「あっそう。それじゃあ俺がお前を倒したら、俺はお前より上位存在って事でイイのか? 今のお前と同じ目線で、過去のお前を哀れんでやる」

 

『ぐははっ。ははははははっ!! 面白いなァ童。よほど大海を知らぬと見えるぞ? 井の中で大将を気取るのにも、限度があるぞ?』

 

「都で幅を利かせて人を攫い酒を呑むしかできないデカブツは、俺より大海を知ってるって?」

 

『──フン。無知な者ほど、口だけは達者なのだ。綱の血を引く童よ。愚かしく、醜く、踊るがいい』

 

 スッ、と短く息を吸ったかと思うと、そんな短い時間で吸えたとは思えない大量の空気を吐き出す。気化した酒とすら形容できる程に凄まじく高濃度のアルコールが含まれた「酒臭い」という言葉などは表現としては到底足りていない凄まじい臭気を放つ呼気を、春夏にぶつけた。

 

「……うぃ……///」

 

『春夏ァッ!? 秒で千鳥足になっておるぞ!!』

 

『……ああ……春夏……』

 

『ぐぁっはっはっはっはっはっはっ!! 貴様──未成年だろう? 捕らえた人間共から、現代の童は酒が飲めぬと聞いたぞ。初めての「酔い」の感覚を覚えた貴様はどう踊るか? この我に見せてみよ、貴様の「酔いの舞」をッ!!』

 

 業龍剡月刀を持つその手は、力無く垂れ下がり。真っ直ぐ歩けず、右に左に、前に後ろにふらつく。完全なる千鳥足。泥酔一歩手前だろう。

 漏瑚は、酔ってしまった春夏の代わりに、自分が酒呑童子と戦おうとするが──隣でそれを見ていた茨木童子は、それを止める。

 

『何故、儂を止める!? 春夏が死ぬぞ! 式神を使わんという、馬鹿げた誓いを破らせるのか!?』

 

『待って。聞きたい事があるのよ』

 

『な……?』

 

『酒呑童子。──あなた、自分より弱いと思ってる人間を戦場で酔わせるなんて、それこそ、あなたが嫌う「卑怯な手」だとは思わないの?』

 

『貴様は何か、思い違いをしているようだな、女。まず、ここは戦場などではない』

 

『「我の根城だ」って言いたいの?』

 

『それもあるが、そもそも、このような童と我で、戦闘が成り立つハズが無いのだ。渡辺綱より武芸に秀でているならばいざ知らず。構えから分かった、此奴は武器を手にしてから日が浅い。武芸の鍛錬も大して積んでおらん。そうであろう?』

 

『ッ……』

 

『その体たらくで、我と、どう戦闘ができるのか? 否、そもそも戦闘に至る事自体が有り得ないのだ。現に──童が呪具を構え戦闘態勢に入れども、我は術式を使わずとも術式を剥奪されなかった。これが何を意味するか、貴様に分かるか?』

 

『……これは戦闘ではない、と?』

 

『然り。これは戦闘ではないのだと、我のみならず総則を成立させる「縛り」が認めてしまっている。酔いどれの童に、わざわざ術式を使うまでもなし』

 

 フーッ、と更にアルコールまみれのブレスを吐く酒呑童子。それを浴びた春夏は更にフラつき片膝を地につけてしまう。

 

『女。見た所、貴様も我と同じ鬼呪霊のようだな。我の物になれ。決して殺さず生かしておいてやる。この童からは貴様の呪力を色濃く感じる────。鬼の身で、此奴を、好いておるのだろう?』

 

『……だったら何かしら?』

 

『グッハッハッ、そう身構えるな。この童を殺さぬように、幾つか都合のいい総則を追加してやっても構わん。我の物になれ、見目麗しい鬼の娘よ』

 

『あら、意外ね。あなたも分かるのね、このツラの良さ。私も気に入ってる顔なの。──でも、残念。一度死んだ事で、綺麗に忘れ去ってしまったのね。我ら鬼の誇りを……』

 

『……何だと?』

 

『望んだモノは、己の力で無理矢理に手に入れる。かつてのあんたは、過ぎる事もかなりあったけど、ガッツがあった。なのに、それを忘れたばかりか、あんたまで羂索みたいな下衆な交渉を────!』

 

 茨木童子の手に呪力が満ちる。戦う気だ──と、酒呑童子と漏瑚は瞬時に察知し。酒呑童子は全身に呪力を漲らせて、漏瑚は彼女を制止するように茨木童子の前にその細い腕を伸ばす。

 

『もうよいだろう、茨木童子よ。儂がヤツを殺る。半殺しに留めれば春夏も術式で取り込めるだろう。もう、それでよいな?』

 

『……ダメよ』

 

『殺されるぞ、春夏は。蘇生(回復)の為とはいえ、今回の戦いで式神に頼るのは理想とは違うのだろう?』

 

『……もう分かるわ。この木偶にも、ね』

 

 その時。屋敷全体を、大気そのものを震わせる、酒呑童子の大笑いが響き渡る。そのあまりの揺れに屋敷の梁は、柱はミシミシ音を立て、場所によって折れて落ちたり、倒れてきたりもする。

 

『誇り! 誇りだと!? 全く笑わせる! 折角の我からの「温情」だというにッ! 恥知らずにも、それを吐き捨てたばかりか誇りを忘れた「木偶」と我を罵るとは! 全く、片腹どころか両腹が痛い! 良かろう!! この童を全力で甚振り、貴様の事は全力で陵辱してやる! 我の子を孕ませてやるッ! 光栄に思うがいいぞ!!』

 

『なん……春夏ァッ!?』

 

『ふふ。そんなに両の腹が痛いのなら、苦しまないようにサクッと殺してあげましょ……春夏?』

 

「……ヒック……うぃ……」

 

『グァッハッハッハッ…………は?』

 

 フラつく春夏を肴に酒を飲もうと、新たな甕へと手を伸ばす──が、その手が甕を掴む事は無く。

 手首から先が存在せず、その断面から紫色の血がドクドクドクと溢れてきていた。

 

『なん、だと……?』

 

「うひひっ……サックリ斬れてやんの〜♡」

 

『ッッッ!? 貴様っ……』

 

 ケラケラと笑う春夏が指差す先には、ゴロリと、酒呑童子の丸太のような右腕が転がっていた。

 先の漏瑚による「春夏ァッ!?」の悲鳴のような声──それは「お前が殺されれば、茨木童子が酒呑童子に持っていかれてしまう、目を覚ませ!」等の意味ではなく。

 酒呑童子の腕を斬り落とした春夏に驚愕した──その声だったのだ。

 

「酒呑童子もこの程度ぉ〜? うひひっ、春くんに負けちゃうなんて、ザコザコなんらねぇ♡」

 

『き、貴様! アルコール慣れしているなァッ!? 現代日本においてそれは絶対の禁忌なのだろう!? 捕らえた若い人間は、どいつもこいつもそう言って我と酒を酌み交わす事を、宴会を断ったのだぞッ! だのに貴様はァァッ! 幾つだ!! 答えろ!!』

 

「『答えろ』の『エロ』の部分。ギャハハハハ!」

 

『いいから答えんかァァッ!!!』

 

『春夏は19歳。日本の法律においては未成年で、酒もタバコも禁止されている年齢よ』

 

『ほら見ろ貴様ァッ! 禁忌を犯すとはいい度胸をしてい……あぁ!?』

 

 右腕は再生中。左腕で春夏を指差そうとするも、今度は、左腕がゾンッと斬り落とされてしまった。

 

「あは♡ デカイだけの無能♡ ざーこ、ざーこ♡ 19歳の童も倒せない木偶の坊っ♡」

 

『き、さ、まぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!』

 

 ガシャン、ドガシャ、バリン、と、柱や梁や甕が尽く破壊されるのも厭わず、再生を終えた右腕で、春夏を叩き潰そうとする酒呑童子。それを春夏は、投射呪法も使わず、独特の歩法で回避していく。

 それを見た漏瑚は呆気にとられ、春夏の保護者の立場であり伴侶である茨木童子に、問うた。

 

『アレは……どういう事だ? 酔って……?』

 

『そう。春夏ってば、昔からそうなの。昔から──ムチャクチャに酒癖が悪いのよっっ!!』

 

『そういう話ではないだろうッ!?』

 

『仕方ない部分もあるのよ。あの子、渡辺道具店の次期当主って事で、幼い頃から義父と一緒に色んな家に行って、宴会だの何だの色々経験していてね。ほら、呪術界は一般社会とは違うでしょ。だから、日本の法律とかガン無視で、子供でも飲酒は割かし当たり前なのよね。真希ちゃんならそういう事情も分かるかもしれないけど』

 

『それで、こんな事になるものなのか……?』

 

『でもやっぱり大きいのは、禪院直毘人さんだわ。あの人との関わりが、春夏を、ああ(・・)したのよ』

 

『禪院直毘人──あぁ、渋谷事変においてビールを飲んでいたとかいう、尖った髭の飲んだくれ爺か。アルコールのお陰なのか、無駄によく燃えたぞ?』

 

『禪院家に行く度にね。親同士の会合の時以外は、稽古をつけてくれていたのよ。……酔ったままで』

 

『────まさか、酔拳かッ!!』

 

『しかも、フィクションでよく見るタイプの、ね。まぁ「酔拳」と呼べるほど高尚なものでもないわ。だけど「酔った時特有」のモノは……確かにある』

 

 酒呑童子と春夏の戦いに視線を戻す2人。既に、酒呑童子は呪具であろう例の巨大金棒を使っており春夏と武器のやり取りをしていた。

 

「あっはははぁ♡ ザッコ過ぎィ♡ 鬼のクセに、人間なんかに押し負けてや〜んの♡ 鬼の誇りィ? 吹けば吹っ飛びそうだしィ〜、プライドの『誇り』じゃなくて、ゴミの『埃』じゃなーい?♡」

 

『貴様アアアアアッ!!! 禁忌を犯すばかりか、鬼の誇りをッ!! 愚弄する気かァァッッ!!!』

 

 今にも崩れそうな屋敷の中で2人は暴れている。

 春夏は、崩れて落ちてきた梁や柱などを駆使して身を隠したり、それを投げて目を突いたりなど身の回りのあらゆる物を利用して戦っている。

 それを見守りつつ、ただの観客と化した2人は。

 

『しかし、春夏のあの様子は……まるで……』

 

『ええ。酔いどれ春夏は、メスガキ風になるのよ』

 

『どういう理屈だ!?』

 

『義父が実の子を可愛がって、春夏が1人ぼっちになっていた頃。あの頃──私は、私のせいで春夏の性癖が歪んでしまった事を感じていたの……』

 

『おい待て何の話だ? 何の話が始まった!?』

 

『だから私は、性癖の矯正の意味も込めて、春夏にロリが登場するエロ本を渡していたの。当時の彼は幼い少年──同年代の少女、即ち「ロリ系」なら、お姉さん系でしか勃起できなくなってしまった彼を矯正できるかな──と、淡い期待を抱いていたの』

 

『もう儂は何も言わんぞ……』

 

『それでね。私が渡した本の中には、メスガキ系の話が収録されていたらしいの。それが春夏の性癖をグッサグサと刺激した。そして春夏は、メスガキが大好きになった……』

 

『……』

 

『──それからというもの、春夏は、その話でしか抜かなくなったの』

 

『幼い頃から両極端だったのだな、アイツは』

 

『そうね。でもね、それによって今度は私が寂しくなってしまった。だから私は、適当に縛りを結んで春夏から「メスガキ系が好き」な記憶を消したの』

 

『おい何をやっているのだ貴様は!?』

 

『だけど、記憶は消せても、春夏の深層心理には、メスガキが根付いてしまっていたの。もう何もかも遅かった……遅かったのよ……!』

 

(メスガキが根付くとはなんだ……)

 

『それ以降よ。春夏は、酔うと、メスガキムーブをするようになった。深層心理に根付いたメスガキが表に顔を出すようになったの……』

 

(深層心理に根付いたメスガキ……)

 

『そして何より最悪な事に、春夏は酔っている時の記憶が残るタイプなのよ……!!』

 

『一番最悪なヤツではないか!!!』

 

『春夏が、メスガキ風のマコちゃんを苦手だな〜と感じているのはね。酔った自分を(・・・・・・)思い出すからよ(・・・・・・・)。好きでもなんでもなくって、なんなら知りもしないハズの「謎のメスガキムーブ」をする自分が嫌い。だから、それを目の前で見せ付けられるみたいで、メスガキ風のマコちゃんのことが苦手なの……』

 

『マコが苦手とか何話前に用意した伏線だそれは! 忘れた頃に回収するでないわ! ふざけおって!! もはやそんな設定もキレイに忘れてたわッッ!!』

 

『ヤダもう漏瑚ってば、趣味嗜好を「設定」なんて言わないの』

 

『やかましい!! 真人と話すより疲れる……!』

 

『あらあらうふふ、ごめんあそばせ♪』

 

 ────その時、屋敷の中にも関わらず、ゴッと風が吹き荒れる。そしてその風下には、壁に全身を叩き付けられたであろう春夏が、大の字になって、壁にへばり付いていた。

 

『春夏ぁっ!?』

 

『フンッ。幾ら生意気を言おうと、この我の術式の前にはこの程度よ。──興が醒めたな。鬼娘、我に酒を持ってこい。その身を以て我に酌をしろ』

 

『……断る、と言ったら?』

 

『────我が術式「神通力(じんつうりき)」は、まさに、天下を好きに操る事ができるものである。地水火風空(ちすいかふうくう)を、己の欲しいままにできるのだ。童を叩き付けたのは術式のほんの一部の力によるものに過ぎん』

 

『『術式の開示……!!』』

 

『そう、開示だ。これより我は本気を出すという、意思表示だ。さぁ、逆らうならば早く来るがいい。くれぐれも……我が今よりも荒れぬうちに、な?』

 

『……春夏……!』

 

 ピクピクと、痙攣するようにしか動けない春夏の頭を、茨木童子は静かに撫でた。




マコラとマコは、どちらも春夏の領域内で極ノ番を受けたことで、春夏の心にまで適応しています。
例の「適応バグ」のせいです。

マコラは、春夏の「男の娘好き」に適応しました。ただし、春夏がよく知る男の娘は秋冬であるため、マコラの性格はほぼ(春夏視点での)秋冬です。
マコは、春夏の深層心理の「メスガキ春夏」に適応した結果、メスガキ風味を帯びることに。

春夏自身が男の娘なんですけどね。
女っぽく見られるのが嫌で、店員として働いてる時以外は強気・荒っぽい言葉遣いを心掛けています。
直哉が春夏を虐めた理由の1つでもあります。
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