とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》   作:サマーオイル悟

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第5話:蒐集家から略奪するのが最高効率なのだ

 

「領ォ域展開ィッ!!!」

 

『やめろおおおおおおおおおおおおおっっ!!!』

 

 春夏(はるか)は、大人気なかった。大人気なく子供っぽい性根の持ち主であった。

 突き付けた条件を漏瑚に飲んでもらえず、反対に漏瑚から提示された条件は、極めて度し難い、緩い条件。今の春夏にしてみれば「生殺与奪の権を俺に握られているのに、そんな余裕があるのかよ?」と言える程、今だけは、春夏が優位に立っていた。

 それでも尚、漏瑚から提示されたのは「特級なら全部あげるから、全部を持っていくのはやめて」と全てを捨て去る事ができない、甘い条件だった。

 春夏は、ほんのり緩めていた智拳印(ちけんいん)に力を込め、領域を展開した。

 

「────『月下霧消之理(げっかむしょうのことわり)』」

 

『……なん、だ? 何が……起きて……』

 

「何も起きてないよ」

 

『ッ!?』

 

「言ったろ? 俺の術式は無害なんだ。領域もまた同様に。だから『必中の領域』を展開したところでアンタには何のダメージも与えないよ」

 

『……分からん。ならば何故、領域を展開した?』

 

「んなの、決まってんだろ?」

 

『……?』

 

「呪具・呪物を、根こそぎ頂く為……だよん♡」

 

『なッッ……』

 

 ビリリッ、と漏瑚の首の後ろから布が破れる音が響く。彼が首に巻いていた風呂敷が破れ、中にある彼の蒐集物──呪具やら呪物やらが、フワフワリと重力に逆らい、宙を舞い踊り始めたのだ。

 仮面を外して、開けた視界にそれを納め、春夏は目を爛々と輝かせる。

 

『ぬわぁぁぁっ!? なんっだとォォォッッ!?』

 

「うはっ、スゲェ! ひぃふぅみぃ──いやはや、思ったより収穫になったね、あざす! 見た目よか多く入ってたみたいだね。さぁおいで呪物達、俺のバッグに飛び込んでくるといい」

 

『貴様ァァァァッッ!!!』

 

「!」

 

 炎を纏った漏瑚の拳が、仮面を外した事で完全な無防備となった春夏の腹を、強かに打ち付ける。

 しかし彼の炎が春夏を焼く事はなかった。むしろ炎は、ポシュッ、と情けない音を立てて消え失せ、春夏は漏瑚の手を優しく握り、腹から離した。

 

『な……ッ!?』

 

「俺の領域内ではね。呪具や呪物だけじゃあない、アンタのような呪霊だろうと、五条悟のような術師だろうと──平等に俺の所有物なんだよ♡」

 

『なにィィ……ッ!?』

 

「『飼い犬に手を噛まれる』って言葉あるでしょ。今のアンタと俺の関係は、まさにそれと同じでさ。如何に敵対していようと、俺の領域内に居る限り、アンタの攻撃は俺にとって、飼い犬に手を噛まれる程度の、ほんの少しのダメージでしかないのさ」

 

『この儂が……犬だとォォッ!?』

 

「例え話だよ、キレないでくれ。──さて、と」

 

 背中の黒いバッグに手を入れ、刀身を剥き出しにした状態で、スラリと日本刀を取った。それもまた何かしらの呪具で、何かしら術式が付与されているというのを、漏瑚は肌で感じていた。

 

「火山頭。アンタ、どうやって(ころ)されたい?」

 

『……ただで殺されると思うなよ』

 

「領域でも展開するのかな?」

 

『そうだ、貴様の領域など即座に塗り潰せる』

 

「だろうね。五条悟くらい強くないと、正攻法ではアンタのこと倒せなさそうだ。けど、ここは領域。俺の領域内だ。あらゆるアドバンテージは俺にありアンタは既にデバフを受けまくっている。攻撃力も防御力も────てか、呪力出力(・・・・)だな」

 

『……っ!?』

 

「あれ。もしや、気付いてなかった? 本人の素の膂力は、俺の領域内だと殆どデバフ掛けられない。けど、呪力強化や呪力出力に頼ってる攻撃だと俺のデバフの対象になる。アンタの攻撃が弱ってんの、呪力出力がゴミみてぇになってるからだよ」

 

 春夏の領域展開は、主に呪力を対象にしている。だからこそ、領域内での術式対象が、呪具、呪物、呪霊、術師など「呪力を帯びたもの」になるのだ。

 そして呪霊の肉体は呪力そのものでできている。それ故に、春夏の領域内における「デバフ」の幅は術師の場合と比べて極めて大きく──春夏が漏瑚に伝えた「飼い犬に手を噛まれる」という言葉が比喩ではなく現実のものと化してしまっていた。

 

 そう──春夏の領域は、対呪霊に(・・・・)特化している(・・・・・・)

 そして、上記の春夏の発言からも分かるように、術師の素の膂力については彼の操作対象外である。つまり──己の領域内だろうとも、呪具を持たない春夏では、素の虎杖にすら勝てないであろう。

 あくまで「膂力だけで比較するなら」の話だが。

 

「そして、こうして開示していく毎にドンドン俺が有利になっていく。便利だよね、術式の開示」

 

『貴様……!』

 

「俺の術式霊装呪法(れいそうじゅほう)はウチの相伝の術式でさ。アンタの言う通り、呪具などの強化に特化してる、呪具屋にピッタリの術式さ。そして、相伝だから、マニュアルがある。だから専門的な訓練をあんまりこなしてない俺も、ある程度、満足に扱えるんだ」

 

『それ以上、口を開くなァ……ッ!』

 

「いーや、喋らせてもらう。お喋りが好きなんだ」

 

 術式開示により、漏瑚に掛けられた「デバフ」は春夏が口を開く毎に加速度的に強化されてしまう。漏瑚は、まるで己の身体を構成する呪力そのものが失われていくような、そんな錯覚に襲われていた。

 特級呪霊──いや「新たな人間」としての矜恃をお喋り一つで粉々に打ち砕かれたような、そんな、極めて屈辱的な状態にまで追い込まれていった。

 

 こんな事なら、五条悟に祓われていた方が、まだ気持ちとしては楽だった。蒐集品も強奪され身体の自由も殆ど奪われ。生きたまま心を殺されるような圧倒的敗北感。

 幾ら、身体を回復させたばかりで呪力も枯渇中の状態だからって、こんなの────あんまりだ。

 今の枯れた漏瑚に、五条悟と対峙した時のような活火山の如きパワフルさは、微塵も無かった。

 

「──てなワケで。ちょっと特殊な編入生とはいえ俺も呪術高専の学生だし、一応、呪霊を見掛けたら祓っといた方がいいのかもしれなくって」

 

『……もう……よい…………なんでも…………』

 

「あ、そう? アンタ思ったより潔いんだね。逆に祓いたくなくなったよ、天邪鬼でごめんな」

 

『……?』

 

「か〜いじょ、っと」

 

 春夏は領域を解く。よって漏瑚に掛けられていたデバフは瞬時に消え失せ、現在の漏瑚は春夏の前に現れた時のような──宿儺の指4本分程度の強さを十全に発揮できる状態になってしまった。

 

『……貴様、何を考えている?』

 

「────アンタ、呪霊だし、そんだけ強けりゃ、これまで多くの一般人や術師を殺してきたのはまず間違いないだろう。高専の術師としては、任務とかじゃなくてもここでアンタを祓っとくのが最適解。多分、そうなんだろうけど……」

 

『?』

 

「同じ『蒐集家』として。火山頭──アンタんこと見逃してやりたくなった」

 

『……貴様、イカれてるのか?』

 

「祓われたいなら素直にそう言えよ」

 

『いや、祓われたくはないのだが……』

 

「おっと、妙な動きもするなよ。俺は、あと1回は満足に領域を展開できる。お前がもしも戦う意思を見せれば、俺はまた領域を展開し、今度こそ祓う。いいから、お喋りに付き合えよ、火山頭」

 

『ッ』

 

 実際はまだ再展開できない。術式の焼き切れが、まだ回復しきっていないからだ。火山頭こと漏瑚もそれは分かっているだろうが、それでなくとも彼の手札はあまりにも未知数──迂闊には動けないなと漏瑚は春夏への反撃を諦めることにした。

 これもまた、相手の事を低く見積ったばかりに、満足に回復する前に動いてしまった自身の軽率さを呪うばかりである。

 

『…………漏瑚だ』

 

「ん?」

 

『火山頭ではない。儂の名は、漏瑚(じょうご)だ。漏刻(ろうこく)の漏、珊瑚(さんご)の瑚──漏瑚だ』

 

「…………渡辺春夏。春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)(はる)(なつ)で、春夏(はるか)だ」

 

『ほォ。季の巡り──風情を感じる名だ。親族に、秋と冬の字を持つ者も居そうだな』

 

「妹がまさに、秋と冬で『秋冬(しゅうと)』だ」

 

『妹が居るのか。そいつは何をしている?』

 

「死んじまった。まだ、子供だったのにな。俺達はまだまだ『呪術』について、詳しく知らなかった。軽率に、超えてはならない一線を超えちまった」

 

『……。過信、軽率、無知、油断……。まさに、身を滅ぼす要素だ。儂も、自戒せねばなるまい』

 

「そーだな……俺も気ィ付けねえと」

 

 それから暫く、漏瑚と春夏は、山間部ならではの山だらけの景色を見ながら雑談を楽しんだ。漏瑚は少々古臭い煙管(キセル)を吹かし、春夏はお菓子を食べて。

 人間と特級呪霊──その間に奇妙な友情のような何かが芽生えたように見えた。

 そして日没が近くなってから、伊地知との会話を思い出した春夏は。

 

「んじゃ、そろそろ行くよ。もうすぐ夜だ」

 

『そうか、とっとと行け。──高専の術師と雑談、初めての事だ。妙な事もあったものだ……』

 

「同じ感想だよ。──次に会う時までに、呪物とか集めなおしとけよな。また、それ貰ってやるから」

 

『ほざけ、クソガキ。次こそは春夏──貴様のその呪具を、呪物を頂く。綺麗に保存して持っておけ。次は領域勝負だ、忘れるなよ』

 

「フンッ、望む所だよ、漏瑚。呪具・呪物を賭けて勝負だ。──誰にも祓われるんじゃねーぞ?」

 

『貴様こそ儂らの仲間に殺されるでないぞ。貴様を負かし、貴様の呪具、呪物は全て儂が貰い受ける。次は今回の逆の結果になる、覚えておくがいい』

 

 こうして特級呪霊・漏瑚と解散した春夏は、少し急いで高専に帰還。全力でペダルを漕いでも、到着したのは日没から数分後で、高専の門前で伊地知が慌てながらどこかに電話をしようとしているところだった。

 意図せず伊地知に迷惑掛けてしまったな、と少々反省した春夏であった。




漏瑚の戦意が急激に萎えてしまった理由についてはまた次の機会にでも。
そして次回から姉妹校交流会編。
4年生の春夏はどうするのか。

オリジナルキャラプロフィール②
術式:霊装呪法(れいそうじゅほう)
己の所有物の性能を底上げする事ができる。本来は2級呪具でも1級や特級に届きうる性能にアップ。1級なら特級にも届く性能にできるし、特級も更に強化される。
術式対象は主に呪具、呪物。ただし、他者がそれを手にしてソレを「欲しい」と考えてしまうと春夏の意思に関係なく所有権が自動的にその者に移動し、春夏の強化が解除されてしまう。

術式範囲は無限。
どこに居ても、春夏の所有物である限り強化可能。
ただし物を貸し与えられた者がソレを「欲しい」と思ってしまうだけで解除されてしまう。

春夏が虎杖達に「貸すだけだ」と念を押したのは、呪具が「春夏の所有物」でないと満足に効果を発揮してくれないからである。
渡辺道具店の先代は、この術式を用いて主に呪具を
貸し出す(レンタルする)」ことで店を経営していた。
渡辺家の相伝の術式であり、マニュアルがある為、呪術に関する専門的訓練を経ていなくても、春夏は自身の術式への理解がそこそこ深い。
その為、今回の漏瑚戦では出番が無かったものの、七海建人のように拡張術式も既に会得済みである。

また「自分の身体は自分のモノ」と定義する事で、自身の身体強化にも適用可能。それにより、春夏は常にこの方法で身体強化を施している。
これに頼っているので、呪力での身体強化は大抵の術師に比べれば少しだけ下手。


領域:月下霧消之理(げっかむしょうのことわり)
「必殺」の要素を除いた「必中」のみの領域展開。
領域内にある全ての「呪力を帯びた物」、つまり、呪具、呪物、呪霊、術師などなどは、全てが春夏の所有物となる。
呪具などの「意思の無いモノ」は領域に引き込んだ時点で強制的に彼の所有物とする事ができ、好きに支配、操作ができる。
呪物などの「意思あれども動けないモノ」は本人の意思に関わらず、呪具などと同様に強制的に春夏の所有物とする事ができる。操作までは、物による。

呪霊、術師などの「意思があり動ける者」の場合、領域内に居る間は、春夏の「強化」の対象であり、領域外に出たり解除された場合には彼の「強化」も同時に解除される。
敵対している呪霊や術師を引き込んだ場合は、今回漏瑚が屈辱的な目に遭ったように、デバフを盛りに盛られまくる。
だって彼の「所有物」だからね、仕方ないね。

提供する食事に密かに毒を盛るが如く。
所有する道具を丁寧に扱うか、雑に扱うかどうかを持ち主が決めるが如く。それら全ては、領域の主の思うがままなのである。
これのどこが「無害」なのか。
春夏は一度「無害」という言葉や類語を国語辞典で調べてみるといいと思う。

呪霊は呪力そのもので構成されている為に、春夏のデバフの幅は極めて大きい。
しかし術師に対しては、呪力出力くらいしか操作ができず、素の膂力に対しては、手出しは不可能だと見ていい。

少なくとも、春夏に敵対していない者達にとっては極めて「バフ」にしかならない、無害極まる領域。
領域展開によるバフは術者本人しか得られないのが通常である。他者にも領域展開の恩恵を与える事ができる領域は、そこそこ珍しいと言える。

なお領域内では「強化」の度合いも盛られている。
他者がモノを手にして「欲しい」と考えても、彼の領域内に居る時点で、強制的に「春夏の所有物」の判定になってしまう為、特に問題は無い。
(覚醒前の真希でも、膂力など全く関係なく甚爾と同レベル、またはそれ以上のレベルで游雲を扱えるような感じ)
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