とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「おいおい……マジかコレ」
「大盛況……!」
分店に到着した春夏一行。そこでは人間の泳者が行列を作っていた。酒呑童子の追加した総則により春夏に(労働として)身を捧げている人間の顔も、チラホラとだが見受けられる。
「あっ、春夏さん!」
「あ……っと、田中さん。これ、何の行列です?」
田中権八郎だったか又之助だったか──田中某が春夏を見付け、目を輝かせながらやってくる。
「なんでも、一時的に閉業していた店を開店して、泳者に呪具を配ってるそうなんです! 無料で!」
「ほ、ほほー、無料で……」
「そういえば、春夏さんも『渡辺』さんですよね? このお店の血縁の方だったりするんですか!?」
「ま、まぁ……そうスね、ハハ……」
「バカ野郎この野郎田中野郎! 春夏さんは本家の跡を継がれた方だぞ! ここは分店だ、分家ってか支店みたいなもんだ! アホな事を言うな!」
「そうなんですか!? すみません春夏さんっ!」
「い、いや、そんなの地元の人以外は知らないから仕方ないですよ……ハハッ……」
田中某はこの辺の人間ではないらしいが、田中とつるんでいるらしい鈴木某はこの辺の人間らしい。
春夏は、酒呑童子の追加した総則により人間達を従えるようになったが、己がそういう名のある家の出身である事は誰にも伝えていなかったのだ。
虎の威を借る狐のようで居心地が悪い──それもあるにはあるが、何より、箔付けの為に人間に命を狙われる事を恐れたのである。
五条悟ほど飛び抜けた強さならどれだけ良かっただろうか。あれ程に飛び抜けた強さなら、力の差を理解できぬボンクラしか、襲い掛からないだろう。
けれども、春夏はそうではない。強いは強いが、一般呪術師に比べれば頭1つ抜けているだけで──例えば、遠距離から狙撃してみたり、与える食事に毒を盛ったりなどで、一時的に殺す事なら可能だ。マコラやマコを控えているので余程の事が無ければ蘇生はできるが……。
何にせよ、そういう「余計な敵」を作らない為に春夏はそれを黙っていた。鈴木某がこうしてそれをバラしたとしても、ここに大勢の人間が居たとて、本来ならば、大した問題にはならなかったろう。
──店先に、店員が出て来てさえいなければ。
「おや、おやおやァ、どこの誰かと思えば。本家の当主様じゃあ〜ないですかァ。うちの妹連れて──なにやってンすか?」
「……
自転車と弓道の腕を自己流で鍛えていた帰宅部の春夏と違って、健は陸上部一本でやってきている。素の身体能力は健が上。彼の呪力による身体強化も春夏より上かもしれない。春夏が健に勝てるのは、年季の差と、霊装呪法の有無によるものだ、としか言いようがない。
「……お前、受肉体になったんだな」
虎杖悠仁と同じだった。虎杖の場合は、彼の気配のみならず宿儺の──呪物の気配が滲み出ている。
目の前に立つ健も、同様に。表にこそ出ていないものの、「気配」は口ほどにものを言うのである。
「質問に答えろよ春夏ァ。こんな時に
ドンッ、と春夏の胸元を掌底で突き飛ばす。が、動かない。まるで壁に掌底をぶつけたように、健の手はその凄まじい痛みを彼の脳に伝えていた。
「健よぅ。本家の忌庫から盗んだ呪具で人集めて、良い気になってんじゃねーぞ、クソガキが」
「は、はぁ? 俺が? 本家の忌庫から盗んだァ? 何の話だよオイ? ダセェ事に呪霊に家を潰されて商売できなくなって顧客が離れていったからって、僻んでんのか!? つーか俺は術式持ちじゃねーしあの忌庫には入れねーんだよッ! バーカッ!!」
「忌庫に入ったのは親父、倭だろーが?」
「ッ!?」
「だがあの量の呪具をお前の親父1人で運べるか。どーせお前も、その運搬を手伝ったんだろうがよ。共犯だ共犯。窃盗だ。お前も盗んだんだよ。しかもそれを知ってこうして配布してやがる。舐めるのも大概にしろ。──年下の親戚だからと思って笑って見過ごしてりゃ、どこまでも付け上がりやがって」
「なんっ、だよ、急にオラ付きやがって! 命っ、お前も何か言ってやれよ、コイツに!」
「健──お前は本当に、何も見えていないんだな。目の前の妹……本当にお前の妹か?」
「あァ!? 何ワケ分かんねーこと言ってんだ!? 命は命だろーがッ!! オイ命ッ、そんなヤツには近付くなっつってんだろーが、早くこっち来い!」
「っ……」
「それならどうして命は俺の後ろに隠れてんだよ。見覚え無いか?
「お前の後ろに隠れるっつったら、秋冬のヤツしか存在しねーだろが…………え?」
「……私、秋冬だよ……健おにーちゃん」
「………………は? まさか
「安心しろ、
「ワケ分かんねェッ、何なんだよそれ!?」
「教える義理は無いね」
「なら何しに来やがったんだよ、クソが取り憑いておかしくなった命を見せ付けに来ッ……!?」
顎を掠めるように殴って、脳震盪を起こさせる。春夏は別に、ボクシングができるワケではない──だが脳を揺らすにはこうすればいいと知っている。
「秋冬がな? どこか古風な話し方をするお前と、会ってんだってよ。その言いっぷりから察するに、その時の記憶は残ってないみたいだな?」
「なに、を……言っ……」
目を回して、その場に倒れ込んでしまった。一応意識はあるようだったが。
そして、唐突に訪れた春夏と、さっきまでお客の対応をしていた健の店外乱闘を見て並んでいた客はザワザワと騒ぎ始める。
秋冬はそれらのざわめきを恐れ、より酷く春夏の後ろに隠れるようになってしまう。
「聞けッ、お客人! 俺は渡辺道具店
「えっえっ……」
「いや、そんな急に言われてもな……」
「まだチラホラ呪霊は居るし、護身道具がな……」
「また!! 俺の指示に従う事は、総則13『身を捧げる』に含まれるものとする! 逆に言えば俺に逆らう事は総則に逆らう事になり! 最悪の場合、その場で死ぬ事になるだろう!!」
「ちょっ……!」
「それは流石にヤバイ……!」
「そして! 正当な手段で呪具を手にしたければ、この場は一旦、俺の指示に従え!! 貸与も譲渡も申告さえすれば許可する!! この場はとりあえず避難することだけを考えろ! ここはもう間もなく戦場になるッ!!」
言うなり、呪霊操術により金童子を出現させる。呪霊操術を知らない彼ら一般泳者の目には、巨大な呪霊が唐突に出現したように映り……。
「「「「「「うわああああああああああああああああああああああああ出たああああああああああああああああああッッッ!!!」」」」」」
並んでいた人間はそのまま、呪具を手にしていた人間は呪具を放り出して、蜘蛛の子を散らすようにあちこちに逃げていってしまった。
「おにーちゃん……」
「はぁ……クソみたいな物言いでござんした……」
当主らしい事なんて、何一つ、してこなかった。教わるばっかりで、教える立場に回る事なんかも、殆ど有りはしなかった。当主らしい事といえば──せいぜい、先代の葬式で喪主を務めた事くらい。
だからなのか、人の上に立つというのが、春夏は不慣れだった。そしてそれと共に、幾ら急を要するとはいえ、客に対してこのように指示を出すのも、同様に不慣れであった。
「てめ、ぇ……! 何して……ッ!!」
「金童子。……
『御意』
中の呪物ごと、健を「処理」してもいい──と、暗に金童子に伝えると。その巨体を揺らして、健に手を伸ばすが。
『ぐぬっ……!!』
「!?」
「ほっほっ。若人同士の対決、実に結構。しかし、呪霊の力を借りるのは──見過ごせんなぁ?」
「じいちゃん!!」
ズシン、と地を揺らして、金童子の腕が落ちた。純白のツバメのような式神が、何度かそのまま空を旋回して──キィキィと金属が軋む音と共に店先に現れた、車椅子に乗った老年の男の手元に戻った。
「
「如何にも。幾分か若い肉体は──実に良かった。だが長年、こうして不自由な生活を送っておった。そのせいか、逆に、
「その肉体……アンタの曾孫なんだぞ?」
「当然、知っておるよ。我が子孫に受肉させる──というのが、羂索との契約じゃからの」
「何の為にそんな事を……?」
「知れた事。我が霊装呪法をより多く、より広く、この国に広め──我が一族で、国を支配する為だ」
「……ッ!?」
「子孫が、儂と同じ思想に至るとは思えぬ。故に。儂自らが受肉し──我が子種を、世界にバラ撒く。その為に、まずは、シンパを募ろうと思ってのぅ。莫迦な大衆は『無料』の言葉に弱い。人を釣るのに再建工事が停止中の本店の存在は最適であったな、フッフッフ……」
「……くっ」
「現当主。渡辺春夏。お前も霊装呪法の術者なら、領域を会得しているのであれば、既に気付いておるだろうよ。この術式は、所有物の強化のみならず、一度でも何者かを領域に入れてしまえば、以降は、人心掌握すらも容易であると────!」
「!!」
「ふ、気付いておったろう。
「……あぁ」
「ならば、より多くの子を成せ。儂には出来ぬが、お前にはそれができる。お前ほど優秀な子ならば、優秀な子が生まれるであろう。適当な女を領域にて捕らえその脳を洗え。心身を掌握するのだ……!」
「──待て。じゃあまさか、アンタが禪院家の女と結婚したのって……領域で、その女をッ……!?」
「ホゥ。それなりには、頭も切れるようじゃのぅ。まこと、本店に相応しい男だ。健とは大違いじゃ」
「じー、ちゃ……!?」
「健や。お前には勝てんよ。この呪霊にも、本家の現当主にも、のぅ」
「ぐ……っ!」
「今一度、御先祖様に代わって頂きなさい。お前がこの場で死にたくなくば、な」
「く、そ……しゃーねぇ、か……!」
健は目を瞑り、飲み込んだ呪物に──御先祖様に人格を交代。グッとより鋭い目付きになった彼は、しかし見た目よりは荒々しくない口調で、春夏達を一瞥し、名乗りを上げる。
「我が名は──頼光四天王が1人、渡辺綱である! 我が子孫であろうと邪魔をする者はたたっ斬る!」
『綱!? あなた何を言ってッ……』
「既知の呪力──茨木童子か! 久しぶりである! しかし、今は敵同士! 逆らえばお前であろうとも斬り捨てるのみである!!」
『!?』
「洗脳……したのか?」
嫌な予感がした春夏は金童子の顕現を解除する。一度取り込んでしまえば、毎度飲み込む必要が無いというのは割と大きいかもしれない。
「如何にも。流石、平安時代とはいえど、誇り高き武士道精神の持ち主であると言うべきかの。非常に根強かったぞい」
子孫の肉体に受肉し、先祖を洗脳し支配する──目的もさることながら、目的に至るまでの手段や、その前準備すら、春夏にとって吐き気を催す邪悪と言わざるを得ない。
この分なら、健のことも洗脳済みであると見て、まず間違いない。渡辺綱に交代させられた健を見て春夏は小さく溜め息をついた。
「どうじゃ、春夏。儂とお主ならできる。この国を支配してみようではないか」
「してみよう、って。国は、サンドボックスゲームじゃないんだから……」
「失敗しても良いのだ。洗脳なり再度の受肉なり、縛りを結ぶなり、他にも幾らでもやりようはある。失敗した所で、また何度でもやり直せるのだ」
失敗してもいい。また何度でもやり直せばいい。他にも幾らでもやりようはある。──ああ、なんて前向きな言葉だろう。きっと、この言葉に救われる人の数は、少なくない。励まされるとすら思える。
しかしその言葉が示しているのが「国の支配」と知れば、途端に、ふざけた言葉に聞こえるだろう。
春夏は、この目の前の高祖父──大和の思想が、呪詛師そのものであると認定し、彼を狩る事を暗に決意した。
『……聞いてはおれんな』
「漏瑚……」
『春夏。呪詛師は、殺しても構わんのだろう?』
「……おう」
『ならば此方は儂にやらせろ。春夏、貴様は渡辺の始祖とやり合うがいい。それがいいだろう』
「けど……」
『春夏よ。儂は──貴様に洗脳などされておらん』
「!」
『儂の術式を気に入った。共通の話題があった──共通の敵が居た。儂と貴様の繋がりはそんなもの。しかしそれでいい。
「…………ッ」
『ヤツの戯言など、気に留めるな。この儂が全てを燃やし尽くしてくれる』
「……気を付けろ。相手は俺と同等かそれ以上だ」
『何、その程度。宿儺と五条悟に比べればこの世の誰もが雑魚同然だ』
「くはっ。両方と戦ったヤツは言うことが違ぇわ」
「フン。呪霊の分際で、儂に敵うと思うてか……?」
こうして──自然と、漏瑚は大和と、春夏は綱と戦う事になり。渡辺道具店分店前は、先程の春夏の宣言通り、戦場になったのであった────。