とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「何してるんだ?」
「ん? あぁいや、ただ大統領に連絡をね」
「? また他国へ渡るのか?」
「行かないよ、その必要も無いし。ただ、そろそろ投入するべき時期かな……ってね」
「予定より随分と早いんだな」
「あくまで京都結界だけさ。あそこは仙台結界より展開が早かった。儀式として全く機能していない。ダメ押しに軍人でもブチ込んで活性化させないと」
「どうして京都結界だけそんなに展開が早いんだ? まさか、日本三大呪霊──酒呑童子が居たからか? あの
裏梅は、ふむと考え込む。羂索はしばらく彼女を放置していたが、思いつく様子が無さげと見るや、彼の口から解説を始める。
「京都結界の展開の早さには、幾つか理由がある。まず大きな理由としては、強者が少なかったこと。呪霊側は酒呑童子、人間側は渡辺春夏、渡辺大和の3強。だけど彼ら────酒呑童子と渡辺大和は、仙台結界のヤツらと違って『見』に回るってことをまるでしないんだよ。お陰で、等級の低い呪霊は、かなり早い段階でサクサクと狩られてしまったね」
「ん? 点の変動を見るに、呪霊を狩ったのは主に漏瑚と茨木童子と、それ以外の人間共ではないか? 渡辺大和の得点など30点にすら届いていないぞ」
「渡辺大和は『無料』をエサに武器を欲する人間を集め、そいつらに呪具を与えることで、自分の点は殆ど増やさずに呪霊を減らし続けたのさ。術師からすれば、呪霊なんて、何をするのにも邪魔だしね。呪霊が見えないヤツも見えるヤツも等しく集まる、まさに玉石混淆な状態だったろうし──恐らくだが人間達の選別の意味もあるんじゃないかな」
「理屈は分かるがな。確かに渡辺大和より点が多い人間の方が多いくらいだ。しかし、点を増やさないメリットが分からんな。目を付けられる事を恐れるほど、其奴は弱くないのだろう? 貴様をして京都結界の『3強』に数える程なのだから……」
「うん。呪霊操術を持たない渡辺春夏に『野心』を上乗せしたような存在と思ってもらっていい。一度彼と戦った事あるんだけど、私でさえ、領域勝負に持ち込まれてね。簡易領域とかも使えないクセに、よくやるよねぇ」
「
「やだなぁ、勝つのはそりゃ私だよ。領域の性能が違うし。──けど、
「……単独での国家転覆? 式神使いが……?」
「式神なんだけどね。式神としての形式を取ってるだけで、彼の作る式神って、呪術的に見れば、ほぼ分身のようなものなんだ。ただでさえ強力なのを、数を増やさない縛りによって更に練り上げた──。しかも『浴』を経て呪具化している。それを更に、霊装呪法で強化してる。限りなく手数が少ないから単独での国家転覆は無理だと、当時の総監部は判断したんだろう。死ぬまで1級止まりだったしね」
「式神を操る術式を持っているのではなくあくまで霊装呪法なのか?」
「そ。霊装呪法での成長が伸び悩んだらしくてね。その代わり、式神術と結界術を極める方向にシフトしたんだ。あと10年も研鑽を重ねていれば、私、いや宿儺に次ぐ結界術の使い手になっていたろう」
「宿儺様に次ぐ……? 貴様、世迷い言を……!」
「いやいやマジマジ! 天元、私、宿儺──そこに渡辺大和が滑り込んでくるだろうって話さ。まぁ〜あの時代の人間にしてはかなりの長生きだからね。術を研鑽する時間は、かなりあったろうし……」
「……五条悟以前に、そんな人間が居たのだな」
「だけど、彼の式神術は、彼の執念があってやっとそこまでの段階に進められた。子々孫々に式神術の継承はできなかった。──本家は霊装呪法、分家は結界術を継承するよう、掟のようなものがあるのはその為なんだ。全ては彼、大和から始まった……」
「というか……何故、渡辺の事情に詳しいのだ?」
「あの茨木童子と当主の『契約』が切れる瞬間を、虎視眈々と狙っていたんだよ。けど、渡辺春夏より1代か2代前の当主の頃かな──急激に、その力が弱まった。祓われたから、代替の呪霊を飼うようになったのかな──と思ってね、監視を辞めたんだ。大和も呪霊なんか使役していなかったし。今にして思えば、大和は、自分で戦いたい欲が強かっただけだったんだろう。……惜しい事をしたよ」
百鬼夜行当時、羂索は茨木童子ではなく夏油傑の方を注視していた。それにより契約が切れた瞬間を目撃する事は無く、先祖代々の契約が切れた所を、春夏が新たに個人的な契約を茨木童子と結んだとは知らないのである。
「……お。軍、突入するって。何人かなぁ」
「しかし解せぬな。そもそも軍隊を投入するのは、呪霊に軍人を捧げ死に際に呪力を放出させる為──だろう? 呪霊も大体祓われてしまった今の京都に軍隊を入れる意味は薄いのではないか?」
「ほら、あそこには漏瑚と茨木童子が居るだろう。それに、どうせ、後から私が自ら泳者を狩る必要があるからね。軍人達の手で人間の泳者をテキトーに狩ってくれるなら、私の手間も少しは省けるのさ」
「……どこまでもちゃっかりしているな、お前は」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
◆
その頃、京都結界にて。
大隊規模の軍人が投入されるとは露知らず──。
渡辺大和の遺体を処理し、人の手によって散った呪具の回収に手分けして向かおうなどと話していた春夏達は。
「ん……?」
「なんか……変な感じするね」
『地面が、鳴いておるな……。大型トラックか何かがこの近くを走っているかのような……』
そう遠くない所から、エンジンの駆動音に、妙な殺気のようなものを感じ取っていた。渡辺道具店の分店は、京都結界の北端のそばにある。そこには、本店前もそうだが大通りが一本通っていて、普段は大勢の人や物が行き来していた。
──そこに、装甲車のような戦車のようなモノが結界を貫通して出現したのである。
「なんだ、ありゃあ……!?」
『自衛隊じゃない……
『転送も無く普通に入ってきているだと!?』
その装甲車のようなものの運転手が、大通り上にポツンと立ちながら呆気にとられている春夏達を、見付けたのだろう。キッと甲高いブレーキ音と共に何台ものその車は停止し、中から銃を持った軍人がバラバラと降りてきた。
「お、おにーちゃん……これって……」
「おいおいおいおい待て待て待て待て……!!」
『この感じ……保護、じゃない……!!』
『逃げるのだ春夏ァ!! 秋冬ォッ!!!』
漏瑚の叫びを合図に、春夏と秋冬は走り出した。その軍人達は銃を持っている──否、構えている。いつでも発射できると、彼らの態度が示している。
先頭の軍人が発砲──漏瑚の頭を掠めて、春夏の肩を貫く。
「あぐぁっ……!?」
「あああっ! おにーちゃん、おにーちゃぁんっ! なんでっ、なんでこんなっ……」
「結界だけ展開して頭ァ抱えてろ! 後ろは羅喜と漏瑚に任せる!! とりあえず逃げるぞ!!」
春夏達が背中を向けたのを合図に、凄まじい数の銃声が、大通りに響き渡る。耳栓をしていないと、耳が壊れてしまいそうだ。
恐らく、肉体を呪力で強化しようと銃弾クラスのエネルギーを持つ兵器となると、通用してしまう。軽く強化していて貫通したのだから、全力で強化を施したところで結果は察せる。恐らく、通常兵器を呪力強化した身体で受け止める事は、不可能だ。
春夏は、秋冬の手を引き退避しつつ、マコによる反転術式を受けて銃弾による傷を癒す。けれども、その間も軍人からの攻撃は続く。
遮蔽物がまるで無い大通りでは、格好の標的だ。
「結界が通じないっ……壊されちゃうっ……!」
「クソ、弾幕がヤベェ! 数の利が圧倒的だ!!」
『『コイツら
「いや待て、せめて手足へし折って目的とかを軽く尋問しねぇと話が見え────」
「ぎゃうっ……」
ターン────と、遅れて銃声が響き渡る。
倒れるように蹲る、隣を走っていたハズの秋冬。その背中には赤黒い血が広がっていて、口からは、ゲホゴホと痰が絡んだような咳と共に、ドロドロの血を吐き出している。
「おに……ちゃ……」
『ちょ、子供から狙うとか何事!? まさにザコの思考じゃん! 何考えてるワケ!?』
「ッッ……ふー……ありがと、マコちゃん……」
「……ブッ殺せッッッ!!!」
どこかにスナイパーが居るようだった。撃たれた方角からして、つい今さっき侵入してきた軍人達の仲間ではない。恐らく別ルートでも軍人が侵入して結界の中の人間を襲っているようだった。
それなら、情報は、目の前の軍人達から聞き出す必要は無い────そう思い至った春夏は、秋冬を守れなかった悔しさを発散するように、茨木童子と漏瑚に、軍人達の殺害命令を下した。
「熊童子、虎熊童子、星熊童子、橋姫──結界内の軍人共を、1匹残らずブチ殺してこい。なんなら、そのまま喰っていい」
『『『御意!!』』』
『……本当に、加減しなくて宜しいのですね?』
「アイツらを殺せるならなんでもいい」
『承知しましたわ。火山のお方、童子の皆様、一度お下がりになって。────領域展開ッッ!!!』
「ひぇっ、芻霊呪法の領域とか考えたくもねえや。宇治の橋姫……ゲットしといて良かったぜ」
呪霊に通常兵器は通用しない。茨木童子も漏瑚も本能のままに暴れている──今が逃走のチャンス。遮蔽物と遮蔽物の距離が大きいので、なるべく速く全力で向かわなくてはならないが……しかし。
「ぐッッ……!!」
「おにーちゃ……あぐっ!! 痛いぃっ……!!」
『ご主人っ!』
『秋冬ちゃん!』
不運な事に、北側から侵入してきた軍隊から退避したことによって、逆に、また別の軍隊の方へと、自ら近付いてしまっていた。春夏も秋冬も、腹部を撃ち抜かれ、治癒が完了するまでは呪力を練るのが厳しくなっていた。
特に春夏は、金童子の術式が融合した事で呪具化した服に呪力を流して、金童子の術式「金剛拳」を発動していた。それでもこの有様だ。
恐らく「呪霊に通常兵器が効かない」というのはあくまで「当たっても特に意味を成さない」という意味なのだ。当たっても弾き返すとか、そういった意味ではないらしい。
春夏は、身をもってそれを思い知らされた。
腹がやられては足にも力が入らなくなる。秋冬を抱き抱えるようにして地面に倒れ行動不能になったフリをしながら、マコラとマコに回復してもらい、守ってもらう。
「〜〜〜?」
「〜〜〜〜〜〜! 〜〜〜、〜〜〜〜!!」
「〜〜、〜〜〜〜ッッ!」
「英語かな……?」
「この巻き舌の多さはロシア語かな。ロシア語の発音は曲で覚えた」
「おにーちゃん、色んな国の歌えるもんね」
「特定の曲だけだぞ。……てか何を話し合ってんだコイツらは」
銃を構えるのをやめた軍人達は、何やら仲間内でやんややんやと騒ぎ始めた。そうしているうちに、軍人達の1人が遂に、行動不能になったフリをする春夏達へと手を伸ばすが。
それを見て、殺すつもりは無さそうだと直感した春夏は、秋冬を抱き抱えたままバネのような勢いで立ち上がり。
「Союз нерушимый республик свободных Сплотила навеки Великая Русь」
「「「「!?」」」」
「おにーちゃん……?」
「よくも秋冬を傷付けてくれたな、領域展開!!」
非術師だろうと、人間である限り、呪力は完全な0ではない。武器を携えた軍人さえ、春夏の領域の必中効果の対象である事実は、決して揺るがない。
身動きを封じられた軍人達は目を血走らせながら春夏を凝視している。指さえ動けば撃てるのに、と言わんばかりの必死の形相だ。
「これが……おにーちゃんの領域……? 白くって、何も無い……」
「秋冬……耳塞いで、目ぇ閉じてな」
業龍剡月刀を取り出しかけるが、下手に燃やすと火薬により銃が暴発しかねない。そういった余計な危険を排除する為、紅蓮氷牙を取り出して身動きを封じた軍人達を切り付け、全身を凍結させる。
「ーーっ!?」
「〜〜〜!!」
「な〜に喋ってんのかまるで分かんねぇよ。日本に来たなら日本語を喋れよ。……『咲け』ッ!!」
凍結した軍人達は爆発四散。死体は赤いかき氷のようになり、氷は解け、小さな肉片だけが残る。
「──さっきのおにーちゃんも、何を言ってるのか分かんなかったけどね」
「ある程度ネット文化に浸かった人間は歌えるぞ、多分だけど。有名だから。デェェェェンで検索だ」
「命おねーちゃんは知ってるかなぁ……」
「いや〜命は知らんだろ。健なら知ってそうだが」
苦笑混じりに領域を解除すると、そこには戦いを終えた呪霊一同が、待ち構えていた。領域の結界が解除されたと見るや、春夏達を守る為か、呪霊達は揃って彼らを囲むように周囲に立つ。鬼呪霊3体はいずれも巨体なので良い具合の壁になってくれる。
『春夏、秋冬、怪我は大丈夫なのっ!?』
「問題ない、マコラ達に癒してもらった」
「大丈夫だよ!」
『皆殺しにしておいたが、構わないのだろう?』
「おう、サンキュ。でもスナイパーも居るんだよ、しかも少なくとも2人。ほぼ同時に撃たれたから、早く見付けないと。こうして囲んでもらってないといつ撃たれるか分かんねぇ……マジで怖すぎる」
『其奴らも、此方で「処理」致しました。漏瑚殿の火礫蟲によるものですが……』
『何て事はない。2人組が左右に2組、屋根の上に隠れていた。装備も脳天も炸裂させておいたぞ』
「つくづく思うけど、漏瑚って色んな事できるし、フツーに呪霊としては上澄みだよなー……」
『褒めても呪物はやらんぞ』
『春夏ぁ? 私の事は褒めてくれないのかしら?』
「羅喜は……いつか全力を見せてほしいかなって」
『やだもう、そしたら春夏が死んじゃう♡』
今の春夏の実力を知っても、そう言うのである。茨木童子の底は、未だに知れない。
一先ず、北側はこれで片付いたものの。マコラとマコの偵察によると、北側に侵入してきた軍人の、およそ10倍以上の人数が、既に、結界の中に侵入してきては日本人狩りを開始しているらしい。
しかも、その日本人達が持っていた武器は、回収したりしなかったり。恐らくは渡辺道具店の在庫。それも泳者を通して軍に押収されてしまっている。
それを受けて、春夏は本格的に、軍との戦いへと赴く事にした。
戦う術を持たない秋冬を、本店の地下──忌庫で留守番させておいて、当面の食料だけ渡しておき、春夏は呪霊の一軍を率いて軍人狩りに出立した。
明日は、私の誕生日にして、本作の連載が始まってピッタリ1年なのです。いぇい。めでたいね。
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