とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「ひっ……ひぃぃあああっ!! あああ〜〜っ!!」
「いやだっ、いやだぁぁ!! ギャッ……」
「セルゲイッッ!! ユーリィィィィッッ!!」
──俺は軍人だ。誇り高き祖国を守る為、軍隊に入った。徴兵されなくとも、自分から志願したさ。
いつかテロリストの凶弾に倒れるかもしれない。
いつか何の思い入れもない砂漠で地雷を踏み抜くかもしれない。
いつか、いつか、いつか。
そんな、いつ訪れるかも分からない「いつか」を俺は覚悟していた。だって俺は、軍人なのだから。
安定した「明日」を俺が迎えられる保証は無い。軍人ではない一般人でさえそうなのだ。それなら、俺のような軍人ならば、尚更そうだろう。そんなの子供だって分かる。
…………でも。
『笑え! 神の雷霆を、その身に刻むがいいッ!! ぐぁっはっはっはははははぁっっ!!!』
────これは、違う。
俺は祖国を──慈しみ、愛すべき国民を守る為に軍人になった。それなのに。
「あががががごごごががががぁぁぁっ……!!!」
『……まだ生きておるか。フン、しぶといヤツめ』
『恐らく、アースってヤツではないか? 貴様との戦いでは、春夏もそれをしていただろう? 地面に電気を逃がすことで、電気系のダメージを軽減する効果があるようだ』
『フン、小賢しい真似を……。それならばその地面を敵にしてやろうではないか』
これは、違う。こんなのは嫌だ。
痺れる足を必死に動かし、逃げようとするが。
『空でも飛ばぬ限り、逃げ場など無い……!』
「うあああああああああああっ! 地面に穴がっ! こんなっ、こんなのって……い、嫌だ、潰され」
ガパリと口のように、落とし穴のように開かれた地面に落ち……閉じた穴に潰されてしまった。
◆
「……多人数が相手なら、酒呑童子、強すぎだろ」
『少人数でも同じ結果になるわよ』
茨木童子に抱えてもらい、春夏は上空から戦況を確認している。漏瑚は熱に溶岩にと防弾ベスト等が無意味となる武器を操る事で無双する。酒呑童子は落雷を発生させて感電死させたり、更には、地面を陥没させ装甲車などなどを地面に丸呑みにさせる。
軍人達も穴の中に引きずり込まれていき、グシャグシャと全身が押し潰される音と悲鳴が響き渡る。
言語はまるで分からないが、後悔したり、恐怖に怯えるような意味の言葉を吐いているのだろう──一方的な呪霊による虐殺に春夏は嘆息すると共に、よく自分があのバケモノに勝てたな、と苦笑する。
「もう1回バトルしたら勝てるのかなぁ……」
『酔った勢いに任せてでしか勝てないの? それはダメね、素のあなたでも勝てるようになりなさい』
「『酔った勢い』っつー言葉の使いどころ、全力で間違えてる気がする。俺があれに勝てたとしたら、結構な奇跡じゃねーのかな。とてもじゃないけど、再現性があるとは思えない……」
『まぁ……あなたって調子に乗ってる時の方が強い所あるものね。だから、素の春夏よりメスガキ春夏が強いのは自明の理というか』
「なんかスゲェ酷い事言われた気がする」
『性格が戦闘に向いてないのよ。もっと、こう──大和くらい野心があればね。もしくは、己の呪術を使う事に快楽を見出したりとか』
「野心はともかく、快楽ね。それは……あるけど」
『あなた、どちらかというと「呪術を使う事」より
「呪術を使った結果」に快楽を覚えてない?』
「……? どういう事?」
『極ノ番で呪具を作る時、何に興奮してる?』
「…………そういう事か」
茨木童子に逆質問されたことで、春夏は、彼女が言わんとすることを察した。
春夏は、呪具を作る事そのものには興奮しない。新たな呪具を生み出したという結果に対し興奮し、その呪具を行使する事で成果を確認する事にも興奮している。
『もっと、術を扱う事に──術を扱える事に快楽を見出せるようになれば、もっと強くなれるかもね』
「……つってもなぁ……」
春夏にとって術を扱える事は当たり前で、快楽を見出すのはそれこそ「未知」に触れる時くらいだ。それこそ新たな呪具を生み出した時──それを使い戦う時など──明らかに「未知」に触れる時にこそ彼は心を踊らせていた。
そんな性質だから春夏は早々に術を極められた。極ノ番に、先祖が開発した拡張術式「奪」に加え、オリジナルの拡張術式「呪い移し」まで会得した。領域展開もそうである。
そもそも「拡張術式」を複数パターン備えている時点で普通ではないと言える。それなのにまだ──これでもまだ
「──もしかしたら俺は、新しい術を会得したり、新しい呪具を作ったり──どういう形であれ、己が成長する事そのものを、楽しんでるのかもな」
『良い事に気付いたわね。なら、今こそ反転術式を鍛えるべき時じゃない?』
「家入さんに教わってみたけど、『ひゅーとやってひょい』とか言われて全くワケわからんかったわ。もはや教える気無いだろ、あの人」
『五条悟は?』
「アイツに頼りたくないね。乙骨くんにはそもそも聞くのを忘れてた。マコラとマコが居るから、別に俺自身は反転術式を使えなくてもな……。消費呪力も通常の呪力の使用量の倍だしさ」
『でも反転術式を習得したら術式反転もできるわ。回復はマコラちゃん頼りにするとしても、コッチはあなたから見ても魅力的でしょう?』
「それはまぁそうだけど──霊装呪法や呪霊操術の術式反転って何だ……?」
『霊装呪法は……所有物の弱体化?』
「意味ねェ〜〜〜!! そんなら拡張術式を新たに開発する方がまだ可能性あるだろ。術式対象の拡張なんて、まだやった事ねェから試してみようかな」
『……サラッととんでもない事言ってるわよ、それ。普通、既存の技術を会得する方が簡単なのよ?』
「だろうね。俺がここまで早く成長できたのだってセンスの問題よりは霊装呪法のマニュアルがあったお陰だもんな。あとマニュアルを作っていく過程をリアタイしていた羅喜という存在が何より大きい。今思えば、かなり恵まれた環境に居るな。先祖にも恵まれた気がするよ」
『さっきの大和の遺言……も、あるしね』
「……あぁ」
────閉じない領域展開。通常の結界術では、まず有り得ないこの神業。ただの領域展開ですら、現代では「できるだけでも凄い」扱いだというのにそこから更に上の段階があるだなんて。
スーパーサイヤ人1、2よりも更に上にスーパーサイヤ人3があると判明したのはいいものの、その習得が絶望的に難しいような。春夏はそんな感覚に陥っていた。
『平安時代を知る私に言わせれば──多分、春夏はその段階に行けると思うけどね』
「褒めて伸ばすタイプだからって、褒めすぎだろ」
『春夏の領域って「必中」しか存在してないから、領域展開を会得する難易度自体がまず低いのよね。なら、そこからの発展技も、比較的会得しやすいと思わない?』
「そうかな、そうかも……いやそうはならんだろ」
『やっぱり、そうはならないかしらねぇ?』
「コンニャロ、テキトー言いやがって」
『うふふっ♡』
「全く……」
(でもまぁ……空気の「面」を捉えられる春夏なら、或いは……♡)
────などと、下らない話に花を咲かせていたその時。
秋冬に留守番を任せたハズの渡辺道具店の本店の方から、凄まじい呪力の柱が立ち上り始めた。
手持ちの呪霊が暴れているからとオフにしていた呪力感知を、再びオンにする。
「……秋冬?」
その呪力の発生源は、やはり、秋冬であった。
◆
「留守番って言っても、暇だなぁ……あんまりお菓子食べちゃったら、命おねーちゃん、怒りそうだし。あーあ、どうしよ……」
地下は安全だ。もはや防空壕にも等しい。そんな忌庫の中で春夏の手持ちの漫画を読み耽る秋冬だがそれらの漫画は生前に読んだ事があるものだった。
読み終えられなかった漫画は、渋谷での復活後の帰宅から春夏との合流までに読んでいる。秋冬は、同じ漫画を何度でも繰り返し読めるようなタイプの人間ではなかった。
暇を持て余した秋冬は、伽藍堂となってしまった忌庫の中をぐるりと見渡す。その最奥には鈍く光る槍が1本。生前の両面宿儺が使用していた呪具──飛天であった。
「大和おじーちゃんは『忌庫から持ち出すな』って言ってたんだっけ。じゃ、
せめて薙刀や刀の類があれば、兄と同じ武器種を使えるよう、この時間で鍛えられるのにな──と、少々物足りないと感じながらも。
かつて呪いの王が使用していたというその呪具にどこか心惹かれ──というより、単に暇潰しの為、最奥に安置されていた「飛天」に手を伸ばす。
「うわ……なんか飛べる……うわぁ、すごいっ!」
風を操る呪具なのだろう。天高く飛べるような、そんな気がした秋冬は、槍を手にして空を飛ぶ己の姿をイメージする。すると、秋冬の肉体はふわりと簡単に浮き上がってしまう。
更に、呪力を込め、敵を突くように振れば。
「うわっ……あっあっ、ど、どーしよ……」
空気砲よりも破壊力のある何か──まるで、存在そのものを突き崩すような凄まじい攻撃が飛び出し忌庫の壁を破壊してしまった。
それはまるで、飛ぶ斬撃ならぬ、飛ぶ刺撃。
そして最悪な事に、忌庫に掛けられていた呪いは忌庫が無事であってようやく効力を発揮するもの。秋冬がうっかり忌庫の壁を破壊したことによって、掛けられていた呪いは、効力を喪失してしまう。
尤も──忌庫に掛けられていたのは「霊装呪法の術者しか入れない」という泥棒を防ぐ為のもので、呪具が飛天しか格納されていない今、大した意味は持たない。
──少なくとも秋冬本人はそんな認識だったし、彼女のその認識は、何も間違ってはいなかったが。
この「飛天」は封印されていたのだ。呪いの王が愛用していたこの呪具は、特級呪具。後付けの霊装呪法で、全く術式を鍛えていない現在の秋冬では、呪いの王・両面宿儺という過度な呪いに浸された、曰く付きの特級呪具を扱うことは、まるで叶わず。
「うあ、あぁあッ……ああぁ゙ああああっっ!!」
秋冬は特級呪具「飛天」に取り憑かれてしまい、呪具「を」扱うどころか──呪具「に」扱われる、そんな状態になってしまった。
「おにー、ちゃ……おにー、ちゃん……っ!!」
壊れた機械のようにそう言葉を繰り返す秋冬は、霊装呪法の術者しか通さない、五条家専属大工団の結界をも通過し。
軍隊を相手に呪霊を使役しながら戦っている兄の元へ、ミサイルのような速度で向かい始めた……。