とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「この気配……秋冬か?」
『あの子ってば、何やってるのよ……ッ!!』
その呪力の立ち上り方は、まるで、あの時の──秋冬が絶命の縛りを以て呪具を作っていた時に似たような、凄まじい呪力の立ち上り方だった。
今は
秋冬を少しでも現世に留めておきたい彼、そして茨木童子としては、この溢れるような呪力の気配を感じ取ると、ブワッと全身に冷や汗のようなものが流れ出していた。
「おにーちゃん」
「『ッ!?』」
次の瞬間、突き抜けるような突風と共に、秋冬は目の前にやってきた。その手には、槍型の呪具が。凄まじいその呪力から、春夏は、これこそ高祖父の大和が言っていた、生前の両面宿儺が使用していた呪具「飛天」であると直感。
どういう理屈か、それともそういう効果なのか、空中に陣取る春夏達の目の前にやってきたのだ──秋冬もまた、空を飛んでいた。
「おまっ……どーしてそれ持ち出してんだよ……」
「……」
『……秋冬?』
ザワリと呪力が沸き立つ。
「おにーちゃん、大好き。……死んで」
「しゅ」
ドパンッ──水の入った革袋が弾けるかのように春夏の腹が弾けた。すんでのところで致命傷こそは回避したものの、左脇腹は、抉れて弾け飛んだ。
「ごふっ……しゅ゙ー、と……なん゙、で……ッ」
『ご主人っ!』
『クソッ、間に合わなかったッ!』
『春夏ッ! 気をしっかり! 逃げるわよ!!』
マコラとマコが影から身体を出すより早く、その
「突き」は繰り出されていた。お陰でマコラ達は、春夏の回復に回るしかなくなる。槍を構える秋冬のその姿はまさしく歴戦の猛者のよう。……しかし。
「お前、槍より刀派だったろ……!」
「……次は外さない」
「秋冬、まさか……
さっきまで、秋冬を取り巻く呪力の気配は合計で2つあった。まず器である命が有する呪力。そして降霊された秋冬が有する呪力だ。前者は、降霊術の稼働源になっており、後者は、何かしらの術などを使用する時に消費される。
しかし今は、この2つの呪力の他に「飛天」から発せられる凄まじい密度の呪力まで、秋冬の身体を取り巻いていた。
「どうして? どうしておにーちゃんは私のものになってくれないの……?」
「? よく分からんが倫理的にマズイって……!」
「羅喜とはエッチしてるのに、兄弟だからって私はダメなの? 女の子の身体になっても、ダメなの? そんなのってアリなの……?」
「そッ、そもそもそれは、命の身体だからだろっ! 秋冬の本人の肉体だったらまだしも……!」
「そんなのって、ないよ。ズルい。ズル過ぎるよ。私だっておにーちゃんの役に立ちたいし、大好きなおにーちゃんとエッチだってしたいしっ!! 私がやりたい事、生きてる時も今も、何にもできない! そんなのってないよッ!!」
甲高い声で泣き叫ぶように声を上げると、飛天を構え、鋭い突きを放つ。まるで空間が歪んだように見えた。
ボボボッ、と新撰組の沖田総司のような三連撃。春夏を抱える茨木童子は急上昇し、どうにか回避。しかし……。
『ぐっっ……!!』
「羅喜っ!?」
まるで、飛ぶ「突き」だ。ギリギリで回避を失敗したのだろう、春夏本人は無事であるものの、彼を抱える茨木童子はまるでかつての秋冬の如く両足を吹っ飛ばされてしまった。
もちろん、呪力に満ち溢れる特級呪霊であるので即座に回復はできるものの。特級の呪具によるその一撃は、久しぶりに明確に彼女の体力を減らした。
「あ〜あ、呪霊っていいなぁ。人間と違ってすぐに治っちゃうから。私なんて
『秋冬……』
「秋冬、もうやめてくれ! それを手放せ!!」
「ヤダ。おにーちゃんが私のモノにならないなら、羅喜も、ちっちゃい式神2人も、私が破壊し尽くすだけだから」
「秋冬……!」
『春夏、迂闊に「お前のモノになる」とか言ってはダメよ! 秋冬は既に、この世の者じゃないのよ! 生者のあなたのその発言は絶命の縛りと同義よ!』
「分かってるよ……分かってんだよッ……!!」
死者のモノになる、それはつまり春夏もこの世を離れる事になるという事だ。命を懸けた縛りだ──死後に反転術式を使用しても恐らく無意味だろう。
その縛りは、肉体だけではなく魂をも縛る行為。そうなると反転術式で傷だけは治せても蘇生までは叶わない。
そう──真人の「無為転変」による改造人間を、反転術式にて治癒させるのが不可能であるように。死者との縛りを結んだその魂は絶対に反転術式では呼び戻す事はできない。
「大好きだよ、おにーちゃん。一緒に死のう?」
「俺はまだ、こっちの世界に用があるんだ。お前と同じ所には、まだ、逝ってやれない……!!」
「なら──強引にでも。まずは羅喜から」
『!!』
「『金剛拳』ッッ……ぐあっ!?」
「おにーちゃん、邪魔しないで……!!」
金童子の術式「金剛拳」を発動した上で、秋冬の突きを茨木童子の代わりに受け止める春夏。しかしいまいち効力を発揮せず、春夏の左腕は飛ぶ。
マコラとマコの2人による反転術式が無ければ、どこかの赤髪の海賊のように片腕になる所だった。
「そうか、腹が抉れた時に服が破れたから……」
防御に特化した金童子の術式は、あくまで春夏の制服の「上」にのみ込められている。上半身には、心臓をはじめとする大事な器官が詰まっているのでそれを防御する事を目的としての事だ。
しかし先程の攻撃により腹が抉れた際、その服は破れてしまった。これが「呪具の破損」と見なされ効果は半減以上してしまい……今回の被弾に至る。
何故、飛天の「突き」がここまで強力なのか。
それは恐らく──飛天が両面宿儺の使用していた特級呪具であるという事に起因しているのだろう。宿儺の残虐な殺戮本能が、飛天という呪具に宿り、呪詛のように秋冬を取り巻いている。
そこに秋冬もまた霊装呪法の使い手であるという事実が上乗せされているのだろう、と春夏は推測。
霊装呪法──領域や極ノ番だのを使用できずともこの術式を普通に使用するだけで、最低でも呪具の等級を2段階は引き上げる事ができる。*1
そんな術式が、
秋冬はまだ霊装呪法の使い手としては未熟だし、強化倍率も大した事はない。しかし、春夏の半分に満たない強化倍率だとしても。そもそもその呪具が特級を冠する呪具なのだ。僅かな強化でも、絶大な効果を齎すのは明白である。
「しゃーねぇな……!!」
「!」
「領域展開────
智拳印の手印にて、領域を展開する。
呪具を問答無用で春夏の支配下に置ける、術式が付与された結界が構築される。しかし、結界が完成した時、その純白の世界に、秋冬の姿は無かった。
「……………………は?」
『まさか、逃げたというの? 領域の結界の構築を振り切って……?』
「いやいや……は? 直哉でも無理だろ……!?」
あまりに現実味が無いその現象に、春夏はもはや目眩がしそうだった。失血による目眩なのか、己の技量の無さを嘆いての目眩なのか、それとも飛天に取り憑かれた愛すべき妹の暴走を嘆いての目眩か。それすらも、もはや微塵も区別がつかなかった。
領域を解除────術式が焼き切れるこの期間は防御に徹するしかない。あらゆる術式の中できっとトップクラスと言える程に領域の燃費がいい術式、しかしそれでもやはり
「あ、出てきた。私に領域は通じないよ。だって、逃げるもん」
「逃げようと思って逃げられるモンじゃねぇから。くだらんマジレスさせんな」
「でもコレを使ったら逃げられるし。だから──」
ス──と流れるように飛天を構える。焼き切れの時間をお喋りでやり過ごそうとしたが無理らしい。春夏はギリッと歯を食いしばり、呪力での防御に、全神経を集中させる。
「──死んで? そしたら、私も死ぬね」
ドドド、と放たれる三連撃。しかし今度の攻撃は春夏も茨木童子も被弾する事は無く。恐る恐る目を開けるとマコラとマコの2人が恐るべき飛天による攻撃を受け止めていた。
『ご主人が好きなら、怪我させちゃダメっ……!』
『そんなザコザコ攻撃、マコ達に通じないしィ〜? ご主人に攻撃したければ、マコ達を倒してみな!』
「マコラ……マコ……」
『マコラ達のことっ、単なる回復要員って思っちゃダメだからねっ……!』
『式神使いだったら式神使いらしく、もっと色んなアレコレ、マコ達に任せなよね? ザコご主人♪』
「……俺も式神使いに入るのかぁ……」
『『当たり前っ!!』』
伏黒恵から魔虚羅を奪ったようなカタチなのに、それでも、形式的には「式神使い」に入るらしい。確かに「式神を使役するんだから式神使いだろ」と言われればそれまでであるが、春夏はこれまで己を式神使いとして考えた事は微塵も無かった。
──それはそれとして。春夏は、戦闘を一時的にマコラとマコに任せ、術式の回復を狙う。
『春夏……どうすれば……』
「羅喜。『縛り』だ。飛行速度を上げるぞ」
『……仕方ないわね。急いでキスしましょ』
彼女の能力を解放させるには、即席の「縛り」を結ぶ必要がある。春夏を愛する茨木童子にとって、有利になる──つまり快楽を与えるという縛りを。
普段なら、茨木童子の方から春夏に迫って縛りを結ぶ。忌庫から呪物を盗んだ真人を追い掛けた時はまさにそうだった。しかし今回ばかりは、春夏から申し出るしかないようだった。
舌を絡め──唾液を交換し。およそ戦闘中だとは思えぬ方法で、前払い形式で「縛り」を結ぶ。
『術式は?』
「回復した」
『呪力は?』
「次ダメだったらくれ」
『いちにのさん、で突っ込むわよ』
「了解」
智拳印の手印を予め用意しておく。あとは「領域展開」と宣言してしまえばいい。どこかの呪霊は、腹に紋様を浮かべただけで領域展開したと直毘人が語っていたがそんな芸当は春夏には不可能である。
『いちにの、さんッ!!』
『『──ッ!』』
「!」
「────領域展開ッッ!!!」
とにかく捕らえる。結界の強度は無視していい。秋冬を、最悪でも飛天を結界に捉える。必中効果を付与できて内部からは破壊できない最低限の強度があれば、結界についてはそれでいい。
そんな少しだけ緩めの条件で展開された領域は、春夏が思うよりも早く、結界を構築し。その純白の世界に、遂に、飛天を持つ秋冬を捕らえた。
「『…………は?』」
確実に秋冬を捕らえた、春夏も茨木童子も揃ってそう思った。秋冬のそばで、領域を展開したから。しかしそこには、春夏と茨木童子の他に、マコラとマコの2人しか存在していなかった。
「嘘……? だって……めっちゃ早く結界……は?」
『今のは春夏史上最速だった、間違いないわ。私が断言する。でも、まさか……』
『に、逃げられちゃったのっ……?』
『ウソでしょ、そんな事あるの!? 領域展開から飛んで逃げるだなんて、そんな無法な……!!』
姿を隠しているとか、そういう事は無い。秋冬の巨大な呪力の気配は、確かに、結界の向こう側から仄かに感じられるからだ。
そしてそれと同時に、ある異変が起きる。
「……待て、なんの音だ?」
『さっきの軍隊が、爆弾でも投下し始めた……?』
『こんな時にっ!?』
『激ヤバじゃんっ!!』
結界の構築速度を重視する為に、強度を落とした弊害だろうか。領域に阻害されて視認できないが、結界の向こうから、ドドドドドドドドド──という爆撃に似た凄まじい音と、爆発音が聞こえ始めた。
「…………うそ」
領域を解除すると、眼下には、あちこちから火の手が上がっているのが見て取れた。火がある箇所は小型の隕石でも落ちたようにクレーターがあった。
春夏は初め酒呑童子の落雷による攻撃か、漏瑚が噴石を模した攻撃をしたのかと思っていた。しかし落雷も溶岩の波も、春夏と秋冬が対峙している地点よりも離れた所で起きている。……これはつまり。
「なんかね、私の方に向かって砲撃してきたから。生でロケットランチャーとか初めて見た。思ってたよりはカッコイイね! ……でも、仕方ないよね」
「……秋冬……」
春夏が空中で領域を展開している内に、軍人達は空中に控える秋冬に向かって、攻撃をしたらしい。そして上空から「突き」を飛ばして、彼らを綺麗に返り討ちに……。
「
「……あぁ」
「ホントに? おにーちゃんと呪霊狩り行ける!? また一緒に呪霊狩りに行けるのっ!?」
「あぁ、行ける。だから一旦、
「ヤダね」
「秋冬!」
「コレはもう、私のだもん」
「違う! 渡辺道具店当主の──俺の物だ!!」
「私のったら私のなのっ!」
忌庫に保管されていた呪具なので所有権は確かに春夏が有している。本来ならば術式対象にもなる。しかし忌庫から外に出て、更に秋冬が「欲しい」と思った時点で春夏の術式の対象からは外れており、同時に、秋冬の術式対象になっていた。
春夏も「欲しい」と強く念じてはいるものの──霊装呪法同士の「所有権の綱引き」は実際に呪具を手にしている方が絶対的に有利。つまり、春夏でも術式の練度が極めて低い秋冬に負けてしまう。
これは、霊装呪法という術式における絶対の理。領域に巻き込まない限り──もしくは、領域勝負に打ち勝つまでは絶対に覆せない、生物はいつか必ず死ぬのと同レベルの「絶対」のルールである。
「秋冬……お前の手は、汚させたくはなかった」
「大丈夫っ! だって私、もう死んでるもんっ!」
「────っっ」
無邪気に笑う秋冬を見て、春夏は顔を曇らせる。術式の焼き切れ中は、マコラ達が前に出て、春夏を守ろうとする。けれども、今回はどうも少し秋冬の様子がおかしい。
「だから心配しなっ……い、で……」
「……秋冬?」
「えへへ……マズイなぁ〜……
「ッ!? 秋冬、飛天を早く寄越せ!! 飛天が、秋冬の呪力を喰ってるんだッ!!」
「だとしても! せめて、私達の邪魔をする奴らを片付けるまでは絶対に手放せない!!」
「!?」
「呪霊狩りの前に、軍人狩りだよっ……!!」
「待って……待ってくれ、秋冬ぉぉッ……!!」
初めは「兄を殺して自分も死ぬ」という目的にて行動していた秋冬。しかしそれを妨害した軍人達に標的をすり替え、空から凄まじい槍の連撃を降らせ車も戦車も人そのものも、破壊し尽くしていく。
それにより命の呪力はもちろん、秋冬の呪力も、ドンドン、ガリガリと消費されていく。
呪力の流れをよく「視」たことで春夏にもそれが分かってしまった。もう──秋冬に残された時間は決して長くないのだと。
『──春夏。どうする? 最期の戯れだし、秋冬と一緒に軍人を狩る? 私はそれでも構わないわよ』
『最初に攻撃してきたのはあっちだもんっ……!』
『ぶっちゃけ正当防衛でしょ。法的には知らんけどそもそも法的な考えが当て嵌められる状況でもないワケだしさ。命令してくれたら……殺るよ?』
「──ダメだ。最期だろうと、これ以上、あの子の手を汚させたくない。死人だろうとも、関係ない。軍人を守る為じゃない。秋冬の名誉を、守る為だ。もう遅いかもしれないけど……止めるしかないさ」
春夏の言葉に、3人は顔を見合わせ──頷く。
『と言っても、どうやって止めるのよ? ここから先は私じゃなくって火礫蟲に引っ張ってもらうの? 速度上昇させた私と大して変わらないと思うわよ』
「考えがある。できるかは、分からないけど」
『マコラ、何ができるかなっ……?』
「マコラとマコは、秋冬の相手をしてくれ。もしも俺の方に攻撃が来たら、守ってほしい」
『『了解っ!!』』
「羅喜、呪力──は、もうくれたのな。相変わらず仕事が早いね」
『これが正妻たる者の余裕よ』
「ははっ。確かにな」
術式──復活。呪力──満タン。
マコラとマコを秋冬の方に向かわせ、秋冬の気を地上の軍人から空中のマコラ達の方へ引きつける。後は、速度を上げて最接近して、領域を展開する。
『……さっきと同じ手は通用しないわよ』
「分かってるさ。行ってくれ、羅喜」
『あなたの鼓動が、荒れた呪力が、ほんの少しでも落ち着いたら……ね』
「…………フーッ……」
──愛すべき妹、秋冬。守れなかった妹、秋冬。
守れなかった事を悔やまなかった日など、無い。彼女を連れて、遊び感覚で呪霊と相対した事を後悔しなかった事も無い。
自分を慕ってくれる妹の目の前で、
それなのに、足を失うという「酷い怪我」という言葉などでは到底足りない大怪我をさせてしまい、彼女の笑顔を奪ってしまった。
それがキッカケで酷く秋冬を思い詰めさせて──絶命の縛りによる呪具の構築までさせてしまった。
全く予期していなかった事だが、降霊術によって再び秋冬に会えたのは何よりの幸運だった。まさか親族の肉体を乗っ取っているとは、春夏も予想などしていなかったが。
だから、死滅回游が終わったら、久しぶりに兄妹2人で家族団欒を──楽しい時間を過ごそうなどと温かな夢を見ていた。
けれど、兄の役に立ちたいと願うばかり、秋冬は呪われに呪われた呪具を手にしてしまった。
その結果がコレだ。
この「飛天」という名の呪われに呪われた呪具は秋冬の呪力を、命の呪力を強欲に吸い上げており、その類稀なる飛行能力や攻撃に変換しているのだ。
あの呪具を奪う他に、打てる手は無い。
『──行くわよ!』
「おおッ!!」
覚悟を決めた春夏の鼓動は、静まり返っていた。まるで温かな日光の下で日向ぼっこをするように、静かに、優しく、彼の全身に熱い血を送っていた。
「おにーちゃ……だから、私なら逃げれるって!」
「……」
『──なるほどね。結界構築より速く動けるなんておかしいと思っていたけれど、ようやく分かった。主導権はもはや、秋冬にはない。
「だと思ったよ。そうでもないと、金童子の術式を込めた呪具を使ってる俺に一撃を与えられるほど、有効に使いこなせるハズがないしな。これこそ特級呪具って感じの……呪われた武器だな」
術式の副次的効果を、捨てる。領域展開としては極めて呪力効率がいい、霊装呪法ならではの特異なこの利点をかなぐり捨てる。
更に──逃がしたくないから結界で囲むという、至極当然、至極当たり前の発想を、捨てる。逆転の発想というものだ。
結界とはバリアのようなもの。普通、術者を囲うものだ。しかし例の渋谷事変では術者が外に出て、尚且つ目立つ位置に居ることによって、帳の強度を著しく向上させた──という報告があった。
まさにコロンブスの卵。まさに逆転の発想だ。
この逆転の発想を、領域の構成要件に組み込む。
絶対に逃がしたくない標的。だからこそ、敢えて対象に逃げ道を与える事によって、逃がしたくない標的に逃げられる可能性という──嫌で、絶望的に不利になる要素を、自分自身に与え、縛りとする。
領域展開「3回分」の呪力、逃がしたくない者に逃げ道を与えるという矛盾と、自分にとって極めて不利に働く「縛り」──そこに、愛すべき妹を敵に指定するという苦渋の決断と、隠し味に兄としての意地を混ぜ込み、全てを縛り上げる。
全てを懸けて、領域を構築する。
「────領域展開……ッ!!」
瞬間。既に100mは離れていたであろう秋冬はビタリと動きを止めた。普段の春夏の領域だったらとっくの昔に射程圏外だったであろうその距離で。
「う、そ……おにー、ちゃん……?」
結界も無く、攻撃という害になるものすら無い。宇宙のように広がった、「必中効果」だけの波は。彼に背を向けている秋冬を、容易く飲み込み。
飛天の「秋冬の所有物」という設定をも、強引に塗り替えてしまい。
まるで飛天に引っ張られるようにして、ふよふよ漂ってきた秋冬は、春夏の前に立たされた。
「大和おじーちゃんが言ってたの、これかぁ……」
「お兄ちゃんも、中々やるだろ?」
「うん……流石、私のおにーちゃん……敵わないや」
「
「きゃっ……お、おにーちゃんっ……!」
秋冬をお姫様抱っこするなり、必中効果によって操作された飛天は、彼が常に背負う秋冬のバッグに格納された。
「えへへ……。私の呪具、便利……?」
「死ぬまで俺の相棒だ」
「よかっ、た……私……役に立ってたんだね……」
「ああ。だから……無理に俺の役に立とうとなんて、しなくて良かったんだ。生前のお前は、命を懸けて役に立とうとしてくれてた。どういう形であれ──折角生き返ったんだからさ。折角の第2の人生を、純粋に楽しめばよかったんだ」
「でもね? おにーちゃんと一緒に戦うのが、私の
『楽しむ』なんだ。あんまり、できなかったけど。でもね……最後の最後に、おにーちゃんと戦うの……色々複雑だけど、なんか、楽しかった……!」
「……そうか……」
秋冬の呪力が、薄れていく。……時間が来る。
「おにーちゃん、羅喜。傷付けて、ごめんね……」
「治りゃいいんだよ、気にすんな。もう治ったし、謝る必要は微塵も無いぜ」
『そうよ。そもそも殺意も籠ってなかったしね』
「そ、そう? おにーちゃんのことは、割と本気で殺そうとしてたんだけどなぁ……」
「おいコラ」
「だって……あの世でなら、兄弟でエッチしたって、邪魔する人なんて、誰も居ないよ……?」
「…………ッ。……そうかもしれないけど、な」
「……お父さんから守ってくれて、ありがと。これは前にも言ったか、えへへ。──ワガママばっかり、だったよね。手が掛かる弟だよね……ごめんね」
「妹だ」
「へ?」
「秋冬は女の子。そうだろ?」
「……うん。そうだね。ちんちんあるけどね」
「ワガママとか言ってるけどよ。小学3年生だろ? 3年生なんざそんなもんだ。寧ろ秋冬は達観してる方だよ、どっちかというと。自覚は無いだろうが」
「そう、なの? だって、お父さんが死んでから、お菓子とかいっぱい食べたし……ポテトとか……」
「マク〇のポテトは美味しいからな。仕方ないさ。もはや麻薬だろアレ。中毒性ハンパねぇもんな?」
「あははっ! ほんとにそう! ──こんなことになってなきゃ……またマ〇ドに行けたのかな……」
「行けただろうさ。命には、ほんのちょ〜っとだけ怒られちまうかもしんねぇけどな?」
「だ、だよね、命おねーちゃん、美容とかにかなり気を使ってるもんねっ……」
「…………生まれ変わってこいよ。待ってるから」
「おにーちゃんの子に生まれてくるね。──あぁ、ダメか……それだとエッチできない……でも、他人は嫌だなぁ……こういうのジレンマっていうの?」
「ワガママ過ぎだよ、お前は」
こつん、と額を指でつつく。
「えへへ……。…………じゃーね、おにーちゃん」
「また今度な。おやすみ」
「うん……おやすみ」
そっと、唇を重ねる。親が子供に無償の愛を注ぐような、何の欲にもまみれていない、純白のキス。
春夏からのキスに秋冬は驚き目を見開く。そして照れるように優しく微笑むと、涙を流し……その目を閉じた。
「ッ、秋冬…………秋冬っ……うあぁ……っ!!」
腕の中の妹──否、再従兄妹を抱き締め、逝ったばかりの妹の名を呼ぶ。すると、そんな彼の頭に、コツンと手刀が当たる。
「っ……な、何すんだよ羅喜……!」
『え、私じゃないけど』
『マコラ達でもないよっ!』
『人が死んで泣いてる人にチョップかませるほど、非情じゃないし』
なら他に誰が居るんだよ──と、春夏は涙に目を濡らしながら、腕の中の再従兄妹を見やると。頬を紅く染めて、上目遣いで彼を見る命と目が合った。
「うわぁっ!? 秋冬っ!?」
「あのぅ……
「うおあっ!? 命ぉッッッ!?!?」
「事情は、秋冬ちゃんの中から見ていましたので、把握してますわ」
「!?」
「責任……取ってくださいね、お兄さんっ♡」
ツン、と春夏の唇に人差し指で触れて、命は再び彼の胸に顔を埋めるように眠りについてしまった。
「ったく……。最後の最後まで、バカな妹だよ……。とんでもねぇ土産を置いて逝きやがった……」
『今回の場合はあなた自身のせいだと思うけどね』
『『右に同じ〜!』』
「はは、ひでぇな。ちょっとは庇ってくれよ」
涙を滲ませる春夏。けれども彼の顔には、既に、普段通りの笑顔が戻っていた。
前からチラチラと描写していましたが、宿儺や完全フィジギフほどではないものの、春夏は空気の面を捉えられる技能を有しています。
その事も、今回の閉じない領域を成功させた要因の1つです。
春夏の認識は「領域3回分という膨大な量の呪力を消費した上に、縛りをめっちゃ結んだから」です。実際は「逃げ道を与える縛りと、空気の面を捉える技能」だけでいいんですが。
というか、春夏の場合は「閉じない領域」ではなく
「空気の面を外殻とする領域展開」と表現した方が正しいかもしれません。
どちらにせよ、結界で閉じない領域ではあるので、閉じない領域として表現しましたが。
ですので、もしランク付けするとしたら
tier1、閉じない領域の宿儺&羂索
tier2、空気の面を外殻とする春夏
tier3、建物を外殻とする伏黒
みたいな感じになりそうですね。
春夏の「閉じない領域」にある