とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
第57話:宿儺と羂索はお客様!?
「──ごちそーさまッ!!」
「お粗末様でした♪ 味はどうでしたか?」
「…………精が付けられるモノを混ぜすぎかな」
「
「こ……個性的だったよ。流石は分店の看板娘」
大和撫子に必要な技能は大抵備えている。それが渡辺
かなりのオールラウンダーである。
だからなのか、本来、料理の腕は平均的な主婦を超える程度のものであるが、今回ばかりは、様子が違っていた。
「……お口に合いませんでしたか?」
「合う合わないというか、初めて食べるジャンルの味だから評価がちょっと難しいってのが正直な感想だけど。まぁ、その、完食できてるということは、そういう事だよ。……大丈夫、だよ……うん」
「なら、よろしいのですけど……」
正直、マズイ。それが春夏の正直な感想だった。メシマズ属性持ちではないが和食に特化しており、それ以外が壊滅的なのであった。
今回「彼に精力を付けさせる為に作った料理」は芸術的な迄に、冒涜的な迄に、臭みと苦味が強く、春夏は完食するので精一杯であった。
子孫繁栄の為、と言ってしまえばそれまでだが、この類の料理を今後も食べさせられるのかと思うと春夏は命との結婚が憂鬱に思えてきたので──。
「──それと。俺は別に精力を付ける必要は無い。元から
「ッ……!?」
「それじゃ、行ってきます。本店は任せたよ」
「かしこまりました。お気を付けて……春夏さん」
本店を出るなり、春夏は「飛天」を取り出した。まだ未熟な秋冬は呪具に乗っ取られてしまったが、春夏ほど満足に術式を扱えるようになると、呪具に自我を持っていかれる事はなくなる。
呪具に呪力を流し込むと、茨木童子の呪力を探しながら飛行を開始する。
彼の呪力探知能力と飛天の飛行能力を以てすれば茨木童子の捜索はものの数秒で終わり……。
「羅喜」
『あ、お疲れ様。長々とお楽しみだったわねぇ♪』
「お楽しみ?」
『命とヤッてきたんでしょう?』
「幾ら俺が学生に戻ったからって19歳と14歳はちょっとダメじゃね? ギリセーフなのか……?」
大人になれば、5歳差など誤差の範囲と言える。しかし子供間の5歳差は、かなり大きい差である。しかも彼は、一度は「高校生」を終えて店長として店先に立った、言わば社会人経験者。
社会人と中学生による性行為──こう聞けば誰が聞いてもアウトと答えるだろう。しかし茨木童子の答えは違っていた。
『結婚前提だし、別にいいんじゃないの?』
「……え? なんで知ってるの?」
『? そういう掟だからでしょ? 命に霊装術式が宿ったという事は、秋冬が居ない以上、命は春夏と結婚しなくちゃいけないしね』
「なんで当たり前に知ってんのさ? いや違うか、俺が自分の家の事を知らなさすぎなのか……」
『
「さっき命に聞いて初めて知ったよ。逆プロポーズされちまった」
『あら♡ よかった、伴侶が決まって安心したわ』
「どーせなら、羅喜と結婚したいんだけどな?」
『冗談でしょう? 流石に理想と現実を混同しちゃダメよ?』
「は!? 羅喜もそのつもりだったんじゃ……ッ」
『バカ、そんなの側室としてに決まってるでしょ? 呪霊の要素が強くなるであろう私と春夏の子供を、どうやって当主にするのよ? 普通に考えて人間の嫁との間にも子供が必要だって、分かるでしょう? 私と知り合ったのが家族ができた後とはいえ、綱もそうしてたのよ?』
「……」
『そういう子供っぽい所も魅力ではあるけれどね。もう少し、理想と現実の乖離っていうのに気付けるようになるといいわね』
茨木童子が事ある毎に「正妻」と自らアピールをしていたのは、自分はそれになれないということを知っていたから──その裏返しなのかもしれない。
「……うーん。納得いかねぇ……俺が悪いのか?」
『先代が悪いのよ』
「そんなら仕方ないか」
店について、家について、ろくな引き継ぎも無く呪霊に殺されてしまった先代当主。そして春夏は、秋冬が生まれてからは当主からは遠ざけられながら茨木童子に育てられてきた。家の事で知らない事が多いのはある意味で仕方ない事なのかもしれない。
そして漏瑚とも合流を果たした春夏は、東京での総則追加に関する違和感や、軍人を殺した際の点の付与が無い事などの「謎」を共有。
それで判明したことだが、漏瑚は、増えない点の謎について既に気付いていたらしい。そして春夏が眠っていた間に、非術師の泳者達に紛れてどうにか生き残っていた軍人──ガイド役であろう日本人に尋問をしたらしい。
──それによると、結界に踏み込む際のコガネの問い掛けを無視すると、転送は起きなくなるそう。
これは死滅回游の総則には無い、結界のルール。それを「夏油傑」は大統領や軍の上層部に説明し、彼らもまたこの「呪術師狩り」に必要な情報として末端の軍人達に説明していたのだそう。
つまるところ──この軍隊の侵攻もまた、羂索の仕込みであるということだ。
「……ふざけてんな〜……」
『とりあえず、分店の連中に盗まれた呪具は、回収して分店に置いてきたわ。本店では春夏が命と色々お楽しみだと思ったから。これからどうするの?』
「死滅回游を離脱しよう。漏瑚も羅喜も足りなきゃ俺の点を使ってくれ。伏黒姉の追加した総則でな、泳者も結界の外に出られるようになったらしいし。申し訳ないが適当にその辺の人間を捕まえて泳者にしようか。妙な総則に縛られるのはもうゴメンだ。少なからず興味がある人間は近辺に居るだろうし」
『うむ』
『そうね、そうしましょうか』
「待て」
春夏が茨木童子と漏瑚に点を譲渡しようとした、その時。背後から聞き覚えのある声が飛んでくる。全く気配が無い謎の存在、されど聞き覚えはある。振り向くとそこには、傷の痕が酷く残る禪院真希が鍔の無い刀──のようなものを備えて立っていた。
「真希さん!」
「緊急事態だ。東京に戻るぞ」
「何があったの?」
「恵の姉貴は覚醒タイプじゃなく受肉タイプの泳者だった。お陰で姉貴を離脱させよう作戦は御破算。宿儺が悠仁から恵の肉体に移った。宿儺に襲われた天使の腕がモゲた事で、天使は戦闘不能になった。他に質問は?」
「情報量パネェし天使とか分からんけどとりあえず理解はできた。東京に戻ったら作戦会議だね」
「ああ。すぐ近くに憂憂──瞬間移動の術者が待機しているから、すぐに東京に戻れる。もしかしたら春夏のその点が必要になるかもしれない。だから、春夏は離脱せずそのまま点を保持していてほしい」
「分かった。それでも、羅喜と漏瑚と命だけは離脱させてくれないかな? 点も、500点は余るし」
「どんだけ稼いでるんだよ。てか羅喜以外、誰だ?しかも、あの単眼の呪霊……!」
『……』
「漏瑚は特級呪霊、命は許嫁。正式な方ね」
「チッ。色々と聞きたいことはあるが、それは今度聞かせろ。というか、アイツら離脱させるにしても代わりの人はどうするんだ?」
「その辺で拾うよ」
「私が言うのも変だが倫理観どうなってんだお前。無関係の人をデスゲームに巻き込むってことだぞ」
「術師に倫理観を求めたら負けだと思うよ」
「……そうだな」
どこかバツが悪そうに目を逸らす真希。
そのまま春夏は、茨木童子と漏瑚に、持ち点との合計が100点になるように点を譲渡。2人は次の生贄もとい代わりの人間を探しに結界から一時的に出る。伏黒姉の追加した総則を上手く利用できた。
そして春夏は、一時本店に舞い戻り、命に事情を説明すると……。
「他者を犠牲にするくらいならば、私は泳者のままこの店であなたを待ちますわ」
「店を覆う結界が誰かに破られて、襲われないとも限らないだろ。一緒に行こう」
「あら? あなたと酒呑童子が有力者を潰した今、私が、その辺の余り物の泳者に負けると思って?」
「そうは言うけどな……」
「問題はありません。私は特別準2級です。結界術だけで言うならば、兄どころか、特別準1級である父にも勝ります。縛りによる底上げを除いた純粋な結界術の腕で言うのなら、あなたにも勝てると自負していますよ」
「……本当に大丈夫だな?」
「無論です」
「分かった。行ってくる」
「お気を付けて。何かあれば、私も向かいますね。万が一の合流地点は、呪術高専東京校ということでよろしいですか?」
「それで構わないよ」
「承知しました」
命の説得を諦めた春夏は彼女を残して店を出る。そして真希達との合流地点に戻ると、死滅回游から離脱した茨木童子と漏瑚、真希と──水色の短髪の少年が居た。
「全く、遅いですよ」
「春夏、許嫁ってヤツはどうした?」
「離脱しないってさ。強情なヤツでね。あっさりと根負けしたよ」
「そうか。憂憂、頼む」
「呪霊のお2人は後回しでいいですね?」
「いいよ。てか、いつも通り俺の中に戻ればいい」
『『
茨木童子と漏瑚についてはいつも通り春夏の中へ潜り込ませておき、憂憂は真希と春夏の2人と共に東京へと転移し、合流を果たした────。
◆◆◆
「──よぅ、脹相。久しぶり。……やつれた?」
「春夏……。俺は……俺は、兄失格だ……ッ!」
「だからそれを言うなと。一体、何があったの?」
「薨星宮で……」
脹相から話を聞いた春夏は、表情を青くさせた。
薨星宮にて、特級術師・九十九由基と共に天元を護衛していた脹相は、天元を確保する為に薨星宮の直上に侵入してきた羂索と戦闘に突入。
その最中、脹相を心配した壊相、血塗まで、その戦闘に乱入し、九相図三兄弟vs羂索という構図に発展。一時は有利に進むも、3人の血による毒は、親である羂索には通用せず。そればかりか、羂索の呪力で強化された呪霊達によって撃破され、2人は現在、瀕死の重体らしい。
しかもその後、九十九由基と交代し戦闘になるも彼女は敗北……天元は奪われてしまったそうだ。
そして、壊相と血塗については。
幸か不幸か、受肉体であるが故に反転術式による回復の対象だが、家入の反転術式を以てしても現状維持がやっと。
定期的に点滴を交換するが如く、定期的に新たに反転術式を掛けなくては、生命すらも危うい状態に陥ってしまっているそうだ。
恐らくは、
これを解除するには、天使の術式に頼る他に手が無いだろう、というのが家入の見込みである。
「天使──そういや真希さんもなんか言ってたな。その天使ってのは?」
「なんでも、あらゆる術式を消滅させる術式を持つ1000年前の術者なのだそうだ。今はまだ家入の治療を受けていて、術式の行使が難しい状態にあるらしい。五条悟の解呪もまだだ」
「解呪……? 五条悟、毒でやられたんじゃ?」
「呪術的な毒──これは呪いだ。呪いに侵されたと家入と天元は見ているらしい。春夏──お前は既にその事を知っていて、黙ってたんじゃないのか?」
「え……?」
「天元が言っていた。春夏は五条悟に恨みがある、だから五条悟の解呪には非協力的ではないか、と。呪いならお前の持つ天逆鉾の欠片で解呪可能だと、それを根拠にしてな。──どうなんだ、春夏。もし恨みでも責めない。せめて本当の事を言ってくれ」
真っ直ぐに彼を見つめる脹相。なんの事だか全く話が見えていない春夏だが、しかし自分に五条悟を救える術があった事実に酷く衝撃を受けていた。
寧ろ春夏としては、彼への恨みよりも「五条悟に恩を売れるチャンス」を優先するべきだからだ。
だから、真っ直ぐに脹相の目を見返して、春夏は正直に答えた。
「助けられるなら助けるよ。その方が恩を売れる。俺の家の再興には、五条悟のワガママは大いに利用できるからな。そんなチャンスがあると気付けたのなら……俺の個人的な恨みなんて、無視するさ」
「ハハッ。流石、相変わらずお前は商人なんだな。わかった、信じる。疑ってすまない」
「いいんだ。五条悟、壊相、血塗、天使はどこだ? それと家入さんも。全員、すぐに治そう」
「五条悟は変わらず保健室、他の3人は治療室だ。急ごう春夏、時間が惜しい」
「おう」
3人も治療室に居るのなら、家入はそちらに居る可能性が高い。それを考慮しつつ2人は手分けして家入を探す。春夏はまず、家入が居る可能性が高い治療室。脹相は保健室にそれぞれ向かうと。
「渡辺……!」
「家入さん!」
治療室には、内側にカールするくせっ毛で頭上に輪を浮かべる隻腕の少女と、壊相、血塗がそれぞれ寝かされていた。脹相の見立て通り家入は治療室に居たらしい。
「お前、解呪できる道具を持ってるって本当か?」
「すみません、毒など分解できないとばかり……」
「本当か? いや本当でも嘘でもどっちでもいい、今すぐ治療だ、できるな?」
「もちろん! 五条悟を助けるなんて、デカイ恩を売れるチャンスだったってのに、やらかしました。マジで後悔してます。とりあえず試すべきでした」
「私に懺悔しても仕方ない。とりあえず試せ。話は聞いたかもしれんが、壊相と血塗もだ。来栖は一旦後回しでいい。ここに来たついでだ、壊相と血塗で試してみろ」
「了解!」
──特級呪物・天逆鉾の欠片。それを、苦しさに喘ぐ壊相と血塗の手に触れさせると。
パリッと、微弱な電気のようなものが迸ったかと思うと、苦しそうだった2人の顔は途端に楽そうに苦しさから来る強張りが薄れていった。家入が額に滲む汗を拭ってやると、2人は揃って目を覚ます。
「うっ……兄さ…………春夏……!」
「た……助かった、のか……?」
「待たせたね。遅くてごめん」
「そんな事はない……。こうして、生きている限り、遅いなんて事は無いと……私は思うんだ」
「全然間に合ったから、俺は大丈夫だぞっ……!」
「……すまん。ありがとう……」
「ゆっくり話すのは後だ。保健室に行くぞ、渡辺」
「はいっ!!」
壊相と血塗に試した事により呪術的な「毒」にも天逆鉾は有効であると判明。それを見届けた家入は春夏の肩を叩き、保健室へと急かす。
道中、保健室から治療室に移動しようとしていた脹相と鉢合わせた。壊相達が復活した事を告げると涙を流して治療室に走って行った。それを見送り、春夏達もまた保健室へ急ぐ。
数日ぶりに見る五条悟は──かなり痩せていた。恐らく春夏が不在にしていたことで臓器総取っ替え手術ができなくなり、反転術式のみで、彼の容態を維持していたのだろう。
「羂索は五条の『封印』を目論んでいた。だから、臓器の総取っ替えのオペなどしなくとも、この毒によって五条が死ぬ事は無かったんだろうな。死刑を宣告されて急いで高専を出たと学長に聞いた時は、流石に肝を冷やしたが……」
「すみません。俺も、五条悟封印が目的だったからそんな毒で死ぬ事は無いと予想はしてましたが……。それを伝えてから高専を出るべきでした」
「……いや。執行人は特級術師の乙骨だ。誰だって、死にたくはないだろう。焦るのも仕方ない。勿論、先に伝達できたのなら伝達して欲しかったがな?」
「ですね。ごめんなさい……」
「まぁそんな話はいいから、とりあえず
「了解です」
天逆鉾の欠片を五条悟の手に突き立てる。彼のは壊相達の毒に比べて強い。より強く天逆鉾の効力を発揮させるにはより深く対象に接する必要がある。故に、欠片を手の平にグサリと突き刺した。
するとほんの数秒で、五条悟は目を覚ました。
「はッ、はッ……ハァッ、ハァッ……!」
「おはよう五条。酷い寝坊だな」
「硝子……春夏も」
ぐいと手で汗を拭うと、シーツで手についた汗を拭き取る。家入は彼の汗を拭きはしないらしいが、彼が手で拭いた汗をシーツになすり付けたのを見てあからさまにゴミを見るような目にすり替わった。
五条が手をグーパーしながら力の入り具合を確認していると、コホンと小さく咳払いをして、解呪に至った経緯を明かす。
「渡辺が解呪してくれたんだぞ。感謝するんだな」
「やっぱりそうか……」
「えっ、いや俺は……初めから毒の解除なんかは無理だろうって、試そうともしてなかったし……。なのにそのまま憂太から逃げ始めるしそのまま死滅回游に参加しちまったし。だからその、ごめん、なさい……五条先生……」
「天逆鉾──そうか、そういえば
(獄門疆の事は脹相から聞いていたのに、それでも捕まったのか。獄門疆がやたら高性能なのか五条がアホなのか……どっちもか?)
「別に礼なんて言われる事は……。寧ろ、遅れた事を責められても文句が言えないというか……」
「なに卑下してんだよ。遅れてでも何でも、助けてくれたんなら感謝するさ。人として当然だよ?」
「五条の口から『人として当然だ』とかいう殊勝なセリフを聞けるとはな。長い付き合いだが初めてに思える」
「硝子は僕をなんだと思ってんの?」
「掛け値なしのクズ」
「「……」」
「ま、それはいいや。寧ろ、感謝し足りないくらいだろ? 春夏、僕のこと、殺したいくらい恨んでるもんね。だからこそ、敢えて言う。助けてくれて、ありがとう」
真っ直ぐに春夏の目を見て、やんわりと、優しい微笑みを浮かべて感謝の意を伝える。春夏もまた、一瞬だけ目に光が灯るが──すぐに目を逸らして、恨み節っぽい言葉を零す。
「勘違いすんなよ。皆が、お前を助けたがってる。なら、俺は私情を殺してお前を助ける。家入さんが俺の領域を求めるなら、領域展開するさ。天逆鉾を試せと言うなら、素直に試すさ。他に理由は無い。それだけだ」
「やっぱ春夏ってツンデレ?」
「
「あははっ、冗談冗談。──っていうか、憂太から逃げ始めたって何の話?」
「総監部から死刑宣告されたんだ。夏油傑の肉体を利用してる羂索のクソ野郎と戦った時、呪霊操術をゲットしたんだけど……その影響で、特級術師に認定されちゃって、それで……」
「マジで!? 春夏が特級!?」
「うん。とりあえず1回は殺されて、蘇生されて、どうにか俺の死刑は執行済みって
「だよね〜! ──そっか。殺した上で蘇生させるなんて芸当もできるようになったか。それなりには成長しているんだね」
去年は自分の受け持ちの生徒だっただけあって、五条は乙骨に、並々ならぬ思い入れがあるらしい。生徒というだけでなく親戚という意味もあったり、または、同じ特級術師という「同僚」という意味もあったりするのだろうか……。
「それにしても……ははっ! 春夏が特級術師か! 親父さんの後ろに隠れてビクビクしながら僕に挨拶してたあの春夏が! イメージ湧かねぇ〜〜!!」
「う、うっさいな!! 俺は覚えてないからそれはノーカンだっての! あんまうるさいならこの俺の閉じない領域で殺すからな!? この領域だったら押し合いもクソもねェ、まさに最強だかんな!!」
「……閉じない領域って?」
「あっ、信じてないな!? 一発だけなんだけど、マジでできたからな!? 『飛天』持って暴れてる秋冬を捕まえるにはこれしか無かったんだ、マジのガチで本気出したらなんかできたんだかんな!」
「そうじゃなくって。閉じない領域って……何?」
五条は春夏がソレをできたと信じていない──のではなくて、そもそもその存在、その概念自体を、知らなかったらしい。
「漏瑚が言うには──
「……マジで? イマイチ分からないんだけどな……いやそんな意味わからん嘘を吐く意味は無いしな。それなら…………春夏、一緒に行こうか」
「何処に?」
「傑の肉体を弔いに」
◆◆◆
数秒後──春夏は、五条悟と共に羂索の目の前に立っていた。無下限呪術・術式順転「蒼」の応用の瞬間移動である。春夏は五条悟に抱えられるという情けない格好で羂索の前に来ていた。
ドスンと腹に肘を入れると、虚を突かれたからか五条は「ウッ」と小さく呻き、春夏を下ろした。
「……マジでどうなってんだよ、君は。あの毒を解析して、分解したのかい? 幾重にも呪いも重ね掛けしたのになぁ……呪いはどうした?」
「流石、凄く用意がいいんだな。酷い目に遭った。呪いは春夏に解呪してもらったよ」
「渡辺春夏か。ちょっとだけ驚いたよ。まさか君が五条悟を助けるなんてね」
「お前もか。勘違いするなよ。助けたつもりは全く無い。五条悟を痛めつけるのはこの俺なんだ。お前なんかが五条悟を苦しめるな」
「ライバルキャラ気取りかい? 面白いね。まぁ、本人の自認はどうあれ、面倒な事をしてくれたね」
面倒な事か──と春夏はくつくつと喉を鳴らして笑う。
大好きな茨木童子を手に入れようとした、五条悟以上に大嫌いな羂索が「面倒」と感じる事を自分は成し遂げたのだと、羂索を妨害できた事が何よりも面白く、悟からの礼と同じくらい達成感を得られ、五条悟救助が遅れた事で極めて低くなりかけていた自己肯定感を、再び高めてくれた。
「何がそんなに面白いんだい?」
「呪霊操術、反重力の術式は頂いた。後は、肉体を乗っ取る術式だ。ソイツも頂いちまおうか──って思ったのさ。そう思ったら、ワクワクしてきたよ」
「……やる気かい?」
「お望みとあらば。テメーは俺の羅喜を寝取ろうと画策した。万死に値する……ッ!!」
「──待てッ!!」
業龍剡月刀を取り出すと同時に、地を蹴り羂索の首を切り落とそうと迫るが。
眠っていた影響で多少鈍りはあるとはいえやはり真の最速の術師は違う。五条は、羂索に立ち向かう彼を横から突き飛ばすなり羂索との間に割り込み、その羂索を護衛する為に出てきた宿儺と対峙する。
一連の流れが速すぎたあまり、春夏の脳には一瞬遅れてでしか認識できていなかった。
「しばらく見ないうちに変わったね……恵」
「覚えているか? ──クックッ。こっちの小僧になってしまったが……殺す」
これまたどこからともなく裏梅が現れる。羂索も含めるなら、五条&春夏vs宿儺&裏梅&羂索だ。春夏は不意に、この人数差が不安になる。
「悠仁から逃げた奴が尻捲ってみっともねえなあ! 間抜け!!」
「貴様っ!!」
「てめえは誰だよ」
裏梅、五条にブン殴られ遥か後方へ吹っ飛ばされこの場から退場。それを見て、春夏は思い出した。人数差など関係ない、寧ろ自分が足手まといにしかなっていないのだと。
それなら自分は羂索を殺すか、と目を向けると、その羂索は今にも五条と戦いを開始しそうな宿儺のそばに立っていた。手が出せず、仕方なく、春夏も五条のそばに立つ。
「待て宿儺。彼と戦う前に、私との約束を果たしてもらう」
「宿儺様ともあろうお方がそんなお母さんに縫ってもらった雑巾の指図を聞くんですか〜?」
「ごっ……!?」
コイツマジか、マジかコイツ──と春夏は全身が冷や汗で濡れるのを感じた。まさか両面宿儺を煽るなんて、春夏には、全く想像できなかったからだ。
「……いいだろう」
「……ったく。春夏、今日って何日だっけ?」
「11月19日」
「じゃあ12月24日でいいだろ」
「はっはっ。ロマンチシズム?
「命日が2つもあったらややこしいだろ」
五条と羂索の話にイマイチピンと来ていなかった春夏だったが──彼の「命日」と、来る前の「傑の肉体を弔いに」の2つの発言のお陰で、何を言っているのかをようやく察する事ができた。
夏油傑の身体を利用している羂索をぶちのめし、そのまま殺す為に来たはいいものの、どうやらすぐそれができる状況ではないらしい。なので夏油傑の命日のイヴに予定を合わせようとしているのだと。
「……勝つ気かい?」
「勝つさ」
予定は合わせた。後は、来月の決戦までひたすら己を鍛え上げるのみ──そう思っていると、春夏は不意に自分に突き刺さる幾つもの視線を感じた。
宿儺が……その4つの目で春夏を見ていたのだ。
「小僧。俺の『飛天』を持っているな?」
「……!」
秋冬が命を懸けて製作したこのバッグは、内部に収めた呪具や呪物の呪力までは覆い隠せない。故にこのバッグそのものの呪力が掻き消されるワケだが今回はそれが裏目に出たようで、宿儺は、呪具から滲み出る「飛天」の呪力を感じ取っていた。
「……持ってたら、どうする?」
「返せ。それとも死ぬか?」
「飛天はもう俺の道具店の在庫なんだ。欲しければ俺から買うしかないよ。殺して奪った所で、効力は死ぬ事になるだろうけど。それで良ければ是非とも殺してみなよ」
「買え、だと? 何を言うかと思えば。元より俺の持ち物だ。かつての俺の呪物化後に愚かにもそれを掠め取った道具屋風情が……調子に乗るな」
ぶっちゃけ飛天の入手経路は依然として不明だ。春夏の遠い先祖が、宿儺の呪物化後に盗んだのかもしれないし、全く関係ない赤の他人が盗み出して、それを渡辺道具店が買い取ったのかもしれない。
呪具はあちこち転々とするのが当たり前なのだ、そもそも死後にまで所有権を主張するのが珍しいと言えなくもない。
それなのに、死ではなく呪物化だったからなのか宿儺は今も飛天は自分の物であると認識している。それがどうも、春夏にとっては許せなかったのだ。
春夏視点では、何も謂れの無い難癖をつけられているという状況──育ちも性格も口も悪い春夏には何か言い返さずには居られなかった。
「呪いの王・両面宿儺ともあろうお方でも、高性能呪具が自分の手元に無いと不安なのか? なんだか俺が思ってたよりずっと庶民的だなぁ」
「……ガキが」
「怒るってことは図星? そうじゃないなら堂々と構えてろ呪いの王。料金踏み倒すつもりのクセに。何億円だと思ってる? 5億円、いや、
「あ、そういう事なら私が払うよ」
「……は?」
などとにこやかに提案した羂索。その声を聞き、その顔を見て、春夏の額に青筋が浮かぶ。
「加茂家の当主になったものでね。金銭には余裕があるんだ。15億円でいいかい? 代金は明日には耳揃えてしっかり払うから、渡してやってくれる? せいぜい死ぬ前にその金で豪遊するといいよ」
「……フッ」
羂索はそう言ってカラカラ笑う。宿儺も三日月のように目を細め、フッと笑う。読心能力を持った、どこかのピンク髪の幼女のようなその舐めた表情に春夏は宿儺と羂索に対し一気に苛立ちが爆発した。
「前払いかその場での決済が基本だろうがッッ!! 後払いとか舐めてんのか寝取り腐れ脳ミソがッ!! どこまで腐りきってやがる!!」
「──そういえば、渡辺道具店はその場での決済が基本だったね。すっかり失念していたよ」
「宿儺! 料金も払えないクセにワガママばかり! 腐れ脳ミソに立て替えてもらおうとしてる分際で、なぁ〜にが『呪いの王』だよバカバカしいッ!!」
「……」
「よって、お前らには何も売ってやらん!!!」
「貴重な太客を手放す気か? 15億円一括だよ。君が提示した5〜10億円より割増料金だってのに何を考えてるんだい?」
「客だぁ〜?? お客様は神様とか言うつもりか? 違うからな? 客に店を選ぶ権利があるのと同じく店にも客を選ぶ権利がある。だから俺はお前らには売らん、以上! というより今の滅茶苦茶になったこの日本の通貨にどんだけの価値があるんだよ!」
「それは私も知らないけど」
「『お客様は神様ではない』んだ、勘違いするな! 絶対に売らん!! もう帰ろう、五条先生よう」
「ホントに良いの? たかだか呪具1つで15億円なんて、かなり高値を付けられてるけど」
「金より大事なモノがある。俺はそれを守りたい。ヤツらはそれを金で踏み躙ろうとしている。俺にはそれが許せない。……それだけだ」
「ふぅん? ……じゃ、帰ろっか」
こうして、またもや瞬間移動にて東京校に戻る。
その後、再び家入と合流して、天使こと来栖華の治療をする事に。家入の反転術式では千切れた腕を生やすなんて芸当は不可能であるが、これも恐らく春夏の領域があれば可能だという見立てだった。
そこで、春夏は「天使」とある縛りを結ぶ事で、来栖の治療に踏み切ることになった────。
春夏の影には魔虚羅が2人も居るので、春夏に手を出せば五条先生が反応するって事を抜きにしても、宿儺でも一旦様子見するしかなかったようです。
彼が魔虚羅を2人も備えているのは、伏黒の記憶を読むまでもなく虎杖ボディの頃から知ってるので。
しかし当のマコラとマコは春夏がブチギレたことで宿儺との戦闘が始まるのかとヒヤヒヤしてました。