とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「──なに? 『呪具を作らせてほしい』……?」
「そうだ。足元を見るようで申し訳ないとは思う。だけど、俺は家入さんみたいに校医じゃない。俺は商人なんだ。無償で協力しろってのはちょっとね」
「ふむ……」
春夏は腕を失った天使──来栖華に、腕を生やす事に協力する条件として「天使の術式を利用して、呪具を作らせてほしい」と願い出た。これを縛りで確約すれば、領域を展開して、家入の反転術式にて腕を再生しよう、と。
天使は彼の申し出を聞き考え込む様子を見せる。しかし器の来栖は、少々不機嫌そうに口を開いた。
「でもそもそも私が彼らに協力を求められたのは、あなたが五条悟の解呪に非協力的かもしれないからという話があったからですよ? 最初からあなたが五条悟の解呪に協力的な態度を見せていれば、私はそもそも右腕を失うことなんか無かったでしょう」
「……回りくどいね。何が言いたい?」
「行間を読めないんですね。なら直球で言います。図々しいですよ、あなた。そもそもあなたのせいで私は腕を失ったんです。なら、無償で協力するのが筋というものだろうと言っているんです」
「俺のせいで腕を失ったって、そりゃ暴論だろう」
「はい?」
「お前の話は結果論でしかないと言ってるんだよ。じゃ、お前に倣って
「それ、は──でも! 自分の所有物で、五条悟の解呪が可能だと知らなかったなんて有り得ますか? 恵から聞きましたが、道具屋の当主なんでしょう? あなた、本当に知らなかったんです? 知っていて協力するフリをしていただけじゃないんですか?」
「天逆鉾の欠片については『術式効果を解除する』効果を持つ物だ、と認識していた。そして五条悟の肉体を蝕んでたのは『呪術的な毒』と聞いていた。術式とか関係なく、呪術ってのはそういうものだ。他者を呪い殺すとか、フィクションでも有名だろ? その類のものだと認識していた。まさか天逆鉾が、そういうモノまで解除できる程に無法な能力を持つなんて、思いもしなかった……」
「自分が所有するモノへの認識もその程度なのに、よく道具屋の当主だなんて名乗れますね。私なら、到底恥ずかしくて言えませんよ」
「知らない事を知らないと正直に告げて何が悪い? 寧ろ、己の無知を認めようとしないのは間抜けだ。というよりお前は──自分が所有するモノについてキチンと『全てにおいて』把握できているのか?」
「私はあなたと違って道具屋ではないので。自分の所有物について『全て』を把握などしなくたって、構わないんですけど?」
「そうか。ならお前は、バイトにも正社員と同等の働きぶりを求めるクソ社員と似た思考なんだな」
「……はい? 急に何ですか?」
「伏黒や虎杖から聞いてなかったかな? 引き継ぎされる前に親父が死んじまったから、店の運営とかこれっぽっちも引き継ぎされてないんだ。だから、伏黒達に出会った時にすぐに伝えた。『俺が君達に教えられる事は無い。俺もまだ勉強中の身だ』と」
「っ!」
「分かるか? まだまだ勉強中の身である人間に、100点満点を求めているんだよ」
「じゃ、じゃあ! どうして、道具屋の当主などと名乗るんですか? 勉強中と自覚していながら!」
「界隈の人間や、顧客や、顧客になるかもしれない人間に向けて名乗るなら『己の立場』を告げるのは常識だろ。社会人で言う名刺交換と変わんないよ。名刺には役職が書いてあるからね。口にせずとも、そうやって、文字で相手に伝えるのさ。俺は名刺が無いから口で伝えるが──何かおかしい所でも?」
「ッ、ですが……あなたが非協力的だと……天元が、言ったと……聞いて……」
「天元ってのは、人の心も読めるんか? 読めないだろう。脹相から聞いたが不死の術式を持ってるんだろ、そいつは。なら、人の心も読めないクセに、勝手に断言するほどの大バカなのか、そいつは?」
「!!」
「さっきアンタ、自分で言ってたよな。『非協力的かもしれないから、という話があった』と。
「………………」
「もっと言ってやろうか。交渉してるのは来栖華、アンタじゃあない。アンタと共生してる『天使』と交渉してるんだよ。なんせ、欲しいのは『天使』の術式なんだからな」
「……私の意思で術式を扱ってるので、ある意味で、私の術式とも言えると思いますけど?」
「へぇ、そうなのか? 虎杖は虎杖の意思で宿儺の術式を使えていなかったから、意識が異なる受肉体というのはそういうモノだと勝手に思っていたよ。勉強になるね」
「……」
「では天使ではなく来栖と交渉してた事にしよう。その上で、交渉は決裂だ。腕をも生やせるスゴ腕の反転術式使いでも探して、生やしてもらってね」
「ちょ、待って! それでいいんですか、商人が! そう簡単に諦めるんですか!?」
「商人だからこそだよ。時は金なり。無駄な時間は過ごしたくないから」
「〜〜〜〜〜ッッ、分かりましたよ! 私の術式で呪具を作ってもいいですから!! 腕を、私の腕を治してくださいっ……!」
「…………天使、アンタもそれでいいか?」
「構わないよ。そもそも、華の腕がこうなったのは華自身の過失が大きいと私は思っている」
「あ、そうなの」
「なっ……天使!? 何を言って……!?」
「──あの時、
「……あっ……う……」
「君は私の話を聞かなかった。あの時、もしも華が私の言う事を聞き、術式を継続していたなら──。この先は、言わずとも分かるだろう?」
「…………」
既に、宿儺を打倒して、伏黒を取り戻せていた。
その事実に気付かされた来栖の顔からは、およそ表情と呼べるものが消え去る。一筋の涙を流して、静かに声を上げて泣き始めた。
「すまない、渡辺春夏。余分に時間を使わせたね。呪具を先に作ってもいいし、治してくれてもいい。そこの順番は君に任せるよ」
「なら……家入さん、お願いしてもいいですか?」
「あ。話、やっと終わった? お前達を待っている間にタバコの山ができた。あんまり大人を待たせるものじゃないよ」
「すみません……」
「では、始めるとするか。渡辺、領域」
「はい。領域展開……月下霧消之理」
まるで「第一助手、メス」のノリで春夏に領域を求める家入。五条悟への手術で何度もやった事だ。家入も春夏も、慣れたものである。天使だけがそのノリの軽さに内心引いていた。
「……何も無い。息が詰まるような空間だな……」
「あっ! う、腕が! ニュルニュルって生えて! 腕が生えてきましたっ! あっあっ、指が!!」
「────完璧だな。もう解除していいぞ」
「押忍」
こうして来栖華の右腕は再生し、その報酬として春夏は天使の術式を込めた刀を取得した。
◆
「はぁ……ドッと疲れた」
『お疲れ様。同類と話すのはさぞ疲れるでしょう』
「あぁ? 同類? 俺と誰が? 天使? 来栖?」
『女の子の方……華ちゃんよ』
「羅喜、冗談キツイよ。なんで俺がアイツと同類になるんだよ。アイツとは、なんか、話してて無性にイライラしたんだ。理由は分かんないけどさ……」
『それ、同族嫌悪ってヤツよ』
「……幾ら羅喜でも怒るぞ?」
『あのね。私から見れば華ちゃんが「春夏のせいで腕を失った」って言うのと、春夏が「五条のせいで秋冬が死んだ」って言うの……全く同じだけど?』
「…………は?」
『多分、あなたも内心はそれに気付いているのよ。秋冬は自分が守れなかったせいで死んだ。五条悟のせいなんかじゃない──って。だけど、あなたは、それを認めたくなくて怒りの矛先を五条悟に向けてやり過ごしてる。さっきの華ちゃんと同じだわね。天使の制止を無視した結果、腕を失って──なのに春夏に因縁つけてきてさ。そういう、どこか自分に重なる所を無意識に感じ取っていたから、彼女との会話で無性にイライラした。……そうでしょ?』
「…………言語化が上手いね、羅喜」
『あなたの親代わりにして、誰より長く連れ添った側室ですもの。あなたの考え方は誰より分かるわ。1000年以上生きてますもの──呪霊にだって、心の機微を読み取れるようになるわ』
「……そっか。五条悟から見たら、俺も、あんな風に見えていたんだな」
『ええ、きっと。だけどまだあなたは子供だから、適当に流してくれていたんでしょう』
「…………………………」
◆
「おっ。どーしたの? 春夏から僕に用があるとか珍しいね」
「…………ごめんなさい」
「? 何? 解呪が遅れたのは別にいいって……」
「そうじゃなくてっ。五条先生のせいで秋冬が──妹が死を選ぶ原因を作ったんだって、責任転嫁して憎んでた。でも、違うんだ。アイツが傷ついたのは俺が弱くて、守りきれなかったせい。アイツが死を選んだのは、俺との呪霊狩り以上に楽しい事を提示してやれなかったから……!」
「……」
「全部、俺が悪かったんだ。俺のせいだったんだ。それなのに俺は、現実を見れた気になって、全然、見れてなかった。恨む相手を、怒りを向ける矛先を完全に間違えてた。五条先生は何にも悪くないハズなのに……ずっと、恨みをぶつけてた……ッ!!」
情けなさのあまり、春夏の両目から涙が溢れる。ずっとずっと、五条悟から「推薦した」という話を聞いてからずっと抱えていた憎しみは、その全てが間違っていたものなのだと、心底理解できたから。
春夏の懺悔を聞き、五条は大きめに息を吐く。
「前にさ、こんなやり取りをしたの、覚えてる?」
「?」
「『そうやって死ぬまで目を背け続けるの?』って春夏に聞いたよね。なんて答えたか覚えてる?」
「『限界まで直視した』って……言ったと思う……」
「直視できていたかな?」
涙を拭いながら、黙って首を横に振る。
「……そっか。ようやく、理解したんだね」
「……羅喜に、教えてもらってだけど……。来栖に、変に恨まれて……なんか、話しててイラついて……」
「同族嫌悪みたいな? 春夏も同じ事してたから、あの子に自分と同じものを感じ取ってたんでしょ。だからイラついたんだと思うよ」
「羅喜も、そう言ってた……」
「本当なら、自分で気付くのが一番なんだけどね。でも、ちゃんと理解したのなら、僕はそれでいいと思うんだ」
「っ……五条、せんせ……」
「宿題と同じさ。分からない問題に当たった時に、ただ答えを丸写しするのか、解答例をしっかり理解した上で書き写すのか。──コレって、結構な差があるんだ。僕としては『理解してればいい』から、春夏がちゃんとそこに気付けたなら、もう僕からは何も言わないよ」
「ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……!!」
「あ〜あ〜、一家の当主が土下座なんてすんなよ、気にしてないってば! 責任感じるのはいいけど、重く受け止めすぎなんだよ春夏は! もっと気楽に考えていいから! てか、僕のことは気にしなくていいから! ほら早く立って、こんなところ誰かに見られでも……したら…………」
唐突に言葉を切る五条。誰かに見られたのか、と春夏は恐る恐る頭を上げ、振り返ると。遠巻きに、2年生3人組がこちらを見ている事に気が付いた。
「オイ、見ろよパンダ……何だ、ありゃ?」
「あぁ……悟が春夏に土下座させて泣かせてるな」
「おかか……」
「ちょっ違……春夏! 春夏からも何か言って!」
「グスッ…………五条せんせーに泣かされたぁぁ!」
「春夏ぁぁぁっっ!?!?」
「流石に泣き土下座はライン超えてるだろ。しかも相手は渡辺家当主。御三家の五条家当主とはいえ、やらかしたな……あのバカ目隠し」
「あ〜あ、やったなぁ。まさみちに言ってやろ〜」
「おかかおかか!」
「ちょっと待って、違うの! 違うんだってば!! コレは冗談だよ、春夏のほんのジョークだからっ! 真に受けないで、いやマジで真に受けないで!!」
この後めちゃくちゃ2年生と追いかけっこして、単なる冗談だと、誤解を解いた。
その後、きちんと和解し、これまで五条が春夏に言い続けてきたように、教師と生徒ではあるもののやっと「旧友」のような関係に戻る事ができた……。