とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
五条悟と和解してから数日後。生徒達は、憂憂の術式によって魂と肉体を入れ替え、それぞれ修行を開始しようとしていた。
しかし春夏は、茨木童子との縛りなどの関係から肉体を留守にすることができずに、憂憂の入れ替え修行ができずに居た。
その代わり、春夏は手持ちの式神や呪霊達と修行するしか無く、その為の修行場所として春夏個人に埼玉県の木呂子鉱山──「呪術高専第四修練場」を与えられていた。
というのも、話は遡って数時間前────。
◆
「決戦前の修行、か。俺はどーしよっかな。新たな呪具、呪霊、術式を揃えておくくらいしか……」
「春夏、反転術式は使えるようになった?」
「いやーそれが……呪具やマコラ達に任せきりで」
「今の特級で反転が使えないの、春夏だけだよ〜? 傑の肉体を操ってる、羂索だっけ? アイツも反転使えるって脹相が言ってたし。それと僕と憂太も。由基さんも使えた。そんな中で春夏だけ魔虚羅達に頼るのはねぇ?」
「くっ……!」
ワシワシと春夏の頭を撫で回す五条。反論したい春夏だったが、あまりにご尤もな指摘過ぎて、反論なんて、微塵もできそうになかった。
「……って。ん? 待って? 魔虚羅
「?」
「他者に反転術式を使えるの、あの女の子みたいな魔虚羅の他に、誰か居るの?」
「あ、そっか。先生が知ってんの、1人目のマコラだけだったっけ」
「2人目が居るの? 子供みたいな魔虚羅が??」
「うん。1人目と違って、妙に生意気なんだけど。だから俺にはあの魔虚羅が2人居る感じかな……」
ポカーン、と目も口も開きっぱなしになる五条。あの「マコラ」は、十種影法術の魔虚羅の能力を、殆どそっくりそのまま引き継いでいる。それが倍。2人も居るとなれば……。
因みに、これができたのは、バグを起こした事の他に召喚者と春夏の力量に差があった事も一因だ。つまり、今の伏黒恵には宿儺が受肉しているので、仮に宿儺が魔虚羅を召喚して、その魔虚羅に春夏が極ノ番を使用したとしても、これまでのようには、都合よく「マコラバグ」は起こせない。
正確に言えばバグ自体は起こせるものの、宿儺の圧倒的な呪力量と出力で、起きたバグをもキレイにカバーし、塗り潰して無効化してしまうのだろう。
「えっ。どうして2人目? まさかとは思うけど、恵、僕が呪いで寝込んでる間に、あの魔虚羅を調伏しようとしたの? それで春夏がその後始末を?」
「いや、渋谷事変での事だよ。呪詛師に襲われて、自分諸共、その呪詛師を殺そうとしたんだろうさ。虎杖とか、九相図三兄弟のことを襲い始めたから、俺が後始末した。2人目はその時の副産物だよ」
「だからって、何でまた魔虚羅なんだよ。
「うん。説教してやってよ。宿儺をブッ倒してさ」
「だね。あーあ、尚更勝たなくちゃな〜」
という会話に始まって、次いで、呪霊操術の話に発展する。
「そういえば、春夏はもう呪霊、ゲットしてるの? 高専内で呪霊を出すのなら登録しなくちゃだから、修行前に登録しておいてね」
「雑魚は多数。これは数えてない。ネームド呪霊は大江山四天王と酒呑童子、それと宇治の橋姫かな。あと、渋谷で火山頭……漏瑚と契約したよ」
「……えっ? 火山頭って……お歯黒で単眼の?」
「そうそう。宿儺にボコられて、瀕死でさ。何度も遭遇した事があるからかな、見捨てられなくてさ」
「うーん。アイツ、僕からしたら弱いけど、呪霊の枠組みで言うなら普通に強い方だから、アイツこそ呪霊操術で取り込んでおいた方がいいんじゃない? って思うんだけど……ま、今の春夏なら大丈夫か」
「どういう事?」
「魔虚羅を2体も従えた術師なんてのは、これまで1人たりとも存在していないからね。万が一の時は魔虚羅に祓ってもらおうか」
「縁起でもねぇ」
「ところで、酒呑童子って──
「? どっち、ってのは?」
「
「酒呑童子は酒呑童子なのでは??? 酒呑童子を略して酒呑って呼ぶことはあるけど……???」
「あー。羅喜さーん? 春夏に教えてないのー?」
『特に教えてないわよ。私が負けた過去ですもの、教えたくないと言った方が正しいわね。あなたで、適当に掻い摘んで教えてあげてくださる?』
「ははっ、その辺は人も呪霊も同じか」
顔だけニュッと出した茨木童子は、五条に端的にそう伝えると、すぐに引っ込んでしまう。何の事か話が見えていない春夏は茨木童子に問い掛けるも、答えは返ってこない。
それを見た五条は、彼女の恥にならない範囲で、適当に酒呑童子について話す事にした。
「何て言えばいいかな。簡単に言うと、酒呑童子は人間によって造られた存在なんだよ。歪められたと言ってもいいかな」
「呪霊は人間の負の感情……呪力から生まれる、とかそういう話ではなく?」
「うん、そうじゃなくて。あーそう、分かりやすく言うと、情報改竄されてんの。酒呑童子って元々は主天──『
「名は体を表す、ってヤツ?」
「まさにそれだ。で、春夏の先祖達でどうにか討伐したんだけど、そのまま記録を残すと、人の記憶や恐怖から、また、同じ『主天』が生まれかねない。だから、主天が酷く大酒豪だった事や、またはその討伐時のエピソードから引用して『
「先生がその『改変された歴史』を知ってんのは、やっぱり……察しの通り、御三家だから?」
「その通り。もう公式には、御三家と総監部にしかこの記録は残っていない。非公式には、羅喜さんをはじめ、当時を生きた呪霊や術師はそれを知ってるだろうけど……母数全体から見れば0に等しいね」
「そんなにレア情報なのか」
「そうさ。春夏が知らなかったのがその証拠だよ。それとも、こういう情報も親父さんからは引き継ぎされてなかったのかな? ──羅喜さん?」
『討伐の立役者である渡辺綱──渡辺家にも主天に関する記録は残されていないわ。全て改竄済みよ。だから、仮に引き継ぎされていたとしても、春夏の知識レベルは今と変わらないと思うわ』
「マジか」
「ま、そうだろうさ。帝の勅命にて、主天の討伐に向かったとされているからね。その緘口令もまた、その帝の勅命だ。だから、主天のことを知るのは、御三家の人間且つ昔の記録に興味を持ち閲覧した人だったり、総監部の人間、当時を生きた術師・呪霊だけなんだよね」
「もっと早く知りたかったな。羅喜以外の呪霊ってこれ知ってたりするのかな……」
「んー。平安を生きた呪霊って、そもそも世界最高レベルでレアだからさ。雑魚なら生き残れないし、どんな特級でも、絶対にどこかしらのタイミングで祓われるからね。だから平安の『リアル』は当時を生きた
「羅喜は人間に飼われ、契約は脈々と継がれてた。だからこその奇跡か」
「まさにそうだね。──って話が逸れまくったな。あー、そうそう、春夏が確保したのは酒呑童子か。色々と利用価値はありそうかい?」
「少なくとも、素面で勝てるようになるまでは俺の修行相手を務められそうなくらい、クソ強かった。暫くは、漏瑚と酒呑童子に相手してもらうかな」
「素面って……麻薬でもキメながら戦ったの?」
「酒だよ酒! アルコール臭い息で酔わされたの! 俺、酔った方が強いから……だから勝てただけで」
「ヤバい、渡辺春夏という人間の事が分からない。そんなの初めて知った……ヤバ……えっ、マジなの? 今度、僕と手合わせしてみようか」
「もうちょっと強くなったらオナシャス……」
「ははっ、いーよ! じゃ、呪霊登録するの色々と面倒だから、さっさと修行、始めちゃおっか!」
「?」
「暫く遠征するつもりで準備しておきな。頃合いを見て、迎えに行く。準備できたら、寮の部屋で待機してるんだよ」
「? わかった……」
そして部屋には、乙骨憂太とお揃いの白い制服が置いてあった。白い制服──特級術師の証。そして新たな学生証。春夏は少々遅れて、特級の証を手に入れたのであった。
◆
時は戻って現在。白い制服に身を包んだ春夏は、五条と共に木呂子鉱山にやってきていた。ここは、呪術高専の修練場その④である。ここなら、呪具と化していてもなお野球場を壊滅させてしまうような漏瑚の術式も、災害の具現化とも言える酒呑童子の術式も、好き放題に扱える。
呪霊の登録が面倒などの事情を抜きにして、一応そのように配慮してのことであった。
『……五条悟……!』
「うっわ、マジであの時の火山頭かよ! いやぁ、渋谷ぶりだなぁ?」
『……』
「春夏を裏切ったら即、祓う。分かってるな?」
『言われんでも裏切るものか。小童が』
「なら、いいんだ。羅喜さんと一緒に、春夏のこと守ってやってくれ。そうしている間だけ、渋谷でのアレコレも見逃してやる」
『儂が守るまでもないと思うがな……』
「ハハッ、そう言わずにさ」
漏瑚は五条に対して、決して少なくないトラウマらしきものを抱えているらしい。彼に対しての嫌な顔を隠そうともせず真正面から殺意を放っている。
「あと春夏、これね。お酒。酔いやすいよう9%のストゼ〇にしたけど、イイよね?」
「え?」
「飲んだ方が強いんだったよね? 見せてよ、今の春夏の力。この火山頭を相手にさ。火山頭もそれでいいだろ?」
「19歳に酒を渡す教師とかヤベェ……」
「あっははは! ここ私有地だし、良くな〜い?」
「無免許運転じゃねーから!?」
『漏瑚だ、五条悟。儂の名は、漏瑚だ。漏刻の漏、珊瑚の瑚……漏瑚だ』
「……へぇ。初めて会った時から既に思ってたけど、やっぱ漏瑚って呪霊としてはかなり知能高いよね。人間と遜色ないレベルで会話できる呪霊なんてのは僕でも片手で数えられる程度しか見た事ないよ」
『フンッ……』
五条悟には、普通の攻撃は当たらない。よって、彼の事は一切気にせずに、この木呂子鉱山を舞台に戦闘を繰り広げる事ができる。
「あ、漏瑚。業龍剡月刀、まだ複製してないから、この後でいい?」
『構わん。もし既に複製されていたとしても、まだ使わんがな』
「え、何故? 使ってもらえないのは呪具屋として悲しいなぁ〜。酷いこと言ってくれるぜ全く……」
『白々しいぞ春夏ァッ!! お前の領域で強制的に所有権を持っていかれるからだろうが!? お陰で呪具を使っても使わんでも変わらん上に、なんなら使わない方がお前の武器が減る分、我が身の安全が確保できるのだぞ!?』
「あ、バレた?」
『当たり前だろうが! 単なる手合わせも含めれば何度貴様の領域に引き込まれたと思ってる……!』
「ははは、そう無駄に怒るなって。──頼むから、祓われないでくれよ。酔って調子に乗った俺に」
『……制御が効かぬというのも、考えものだな?』
「言えてる」
カシュッ、と開封。ツンとしたアルコール臭が、彼の鼻腔を刺激する。飲酒経験が何度もあるのは、五条家の当主である五条悟だからなのか、すんなり理解してくれた。やはり五条もまた、幼い頃から、他所の家の宴会に行ったり、対外的なイベント事に巻き込まれたりして未成年のうちに酒を飲んだ事があるのだろうか……。
「……そういや、先生って酒、飲むの?」
「僕、下戸なんだよね。学生時代に失敗してさぁ」
「五条悟も未成年飲酒してたんだな」
「そしたらもう大変も大変よ。頭おかしくなって、術式テキトーに使い始めるし? かと思えば普通にアルコールにやられて、オ゙ッエー」
「あぁ、もはや災害だわ」
「人を災害呼ばわりは酷いな。そうかもだけどね」
そんな過去があるから、早々に己は下戸であると認識できたようだ。だからそれ以降一切アルコールなどは口にしていない……とのこと。
なお、家入から「アルコールも毒の一種だから、反転術式で分解する事は可能」といった話はとうに聞いており、知識としては知っているようだった。その上で尚、酒を避けているらしい。
五条悟がアルコールによって暴れる姿──を想像しながら、春夏は500ml缶を一息に飲み干す。
喉が、胃が焼け付き、焼けるような熱を帯びる。
飲み干した缶は、五条が術式によって圧縮して、パチンコ玉サイズの球にしてしまった。なんという術式の無駄遣いなのか──でも便利だな、と春夏はボンヤリしてきた頭で考えていた。
「……♪」
『……来たな』
「へぇ、見て分かるの?」
『口角が、上がってきているであろう。酔い始めの春夏は、生意気な小娘のようになるのだ。思わず、焼き殺したくなるような笑顔を貼り付けてな』
「小僧じゃなく、小娘……?」
『アレだ。なんていうのだったか──茨木童子よ』
『メスガキよ』
『あぁソレだ。春夏はな、酔うとメスガキのようになるのだ。屋敷を破壊しながら暴れる酒呑童子を、メスガキのような春夏が圧倒していたぞ』
「呪霊がメスガキメスガキ言ってんの、面白いな。特に羅喜さん、人間の文化に馴染み過ぎっしょ」
『春夏を育てたの、私だからねぇ。呪霊史上、最も人間の文化に触れ合ってきたと自負しているわ?』
「マジでハンパねーわ。思った以上。僕、そういうサブカル的な事は詳しくないんだけど、羅喜さん、僕よりそういうの詳しいっしょ、絶対」
『そうね、100%間違いなく』
などと春夏の保護者達が話している中────。遂に、彼の中のメスガキの部分が、目を覚ました。
めっちゃどうでもいい余談。
春夏が東堂を見た時に「大男」という印象を抱いたことからも分かる通り、春夏は東堂よりかなり背が低いし、なんなら東京校の中でも小柄寄り。
渡辺綱受肉体の渡辺健に「チビガキ」と煽ったが、実際はかなりのブーメラン発言だったりする。
五条が春夏の頭を撫でても、兄妹に見えてしまう。