とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
『武器を取れ、春夏。少々待たされたが手合わせの時間だ』
「え〜ホントに春くんとやり合うのぉ? 大丈夫? 漏瑚、死んじゃわなーい?」
『フンッ、やれるものならやってみるがいい』
漏瑚は素手。春夏は業龍剡月刀を片手に、身体を左右にユラユラと揺らしている。今回、茨木童子は春夏の中に控えており、直接的な参戦は無し。
「……こないのぉ?」
『よかろう、では此方から行くぞッ!!』
禪院直毘人には劣るが、漏瑚は、凄まじい速度を有する呪霊である。春夏のゆったりした瞬きの間に距離を詰め、腹を殴り抜こうとするが。
『がっ……!?』
「ンフー……♡」
べちゃりと、彼の白い制服は紫色の血に濡れた。彼の腕は半分あたりで切断されていた。それにすら気付かず、漏瑚は、切断面を突き付けていたのだ。
『チッ』
舌打ちと共に飛び退き腕を再生させるが。春夏はそこから一歩も動かず、業龍剡月刀を真っ直ぐ彼に向けて、呪力を充填させ──熱線を放つ。
『舐めるな春夏ァ! 儂の十八番を儂に向けても! 届くと思うかッ!?』
呪力の出力は、春夏よりも漏瑚が上回っている。熱線の押し合いともなれば、春夏は不利であるが。彼はそのニヤけた口元を正そうとはしない。
「……『
『なっ!?』
同質の熱線同士で押し合っていたハズが、春夏が技を発動させた事により、春夏の熱線のみ先端から曲線を描くように変化して、漏瑚の熱線の流れを、脇道へ逸らしてしまう。
加えて、春夏が業龍剡月刀を振れば、リング状に纏まった熱線は凄まじい熱量にて空間を歪めながら漏瑚の方へ向かい始める。
『途中からもリング状にできるとは予想外──だがこれしきの速度で、儂が被弾するとでも!?』
漏瑚は、小刻みに自分を追尾してくる業輪火車を回避しながら、業輪火車の操作に注力している彼に追加で熱線を放とうと、両手に呪力を充填する。
今度は2本の熱線を放つつもりだ。しかし春夏は熱線を1本しか放てない。彼に対抗するには太さを極太にして、出力を上げる必要がある。が、春夏にそれは難しい。
春夏は、口を三日月のように細く歪めたままで、酒臭い息を吐き。業龍剡月刀を右手に持ったまま、左手に新たな薙刀を取り出す。
(あれは…………初見の武器だな。何かしらの呪いが込められている……呪具か)
回避を中断し、春夏が用意した新たな呪具を注視する。自分に迫る灼熱の輪は、熱線を断続的に射出する事による弾幕で破壊してしまった。
「……当ててみなよ、ざぁこ♡」
同質の攻撃であるが故に熱線を受け止めることができるハズの業龍剡月刀を収納。新たに取り出したその呪具だけを、春夏は手に持つようになった。
そして放たれた「ザコ」の言葉。
漏瑚は頭の火山から溶岩を噴き出し、キレた。
『舐めるなよ小童!! そのニヤケ面ごと焼き切ってくれるわァァッ!!!』
ここは鉱山。平地ではなく立体感のある土地だ。高くない壁に囲まれている状態であるとも言える。
目を血走らせ、頭から溶岩を噴出させた漏瑚は、その周囲一帯の壁にモコモコと小型火山を出現させ一斉に灼熱の炎と金属をも断ち切る熱線を織り交ぜながら発射した。
今の春夏に空を飛び回避する手段は無い。彼は、領域を展開し全てを支配下に置くしかないと漏瑚は考えている。そしてそんな彼の攻撃の速度は春夏が領域を展開する速度よりも、速いかと思われたが。
「どこ狙ってんのさ、ザコの火山♡」
『な』
漏瑚の頭を掠めるように、春夏は熱線を放った。見れば春夏は、焦土と化した地面には既におらず、その上空に居た。飛天は持っていない──何か薄い膜のようなものに立っている。
『結界か! しかしどうやってそこまで……!』
「術式じゃなくても開示すれば効果上がんだっけ? 呪具だから……あぁ、効果は上がるか。どーするー? 開示、聞いとくー?」
『……3行で端的に済ませろ』
「コレねぇ、羂索の反重力の術式を込めてんの!! だから霊装呪法で効果を上げりゃー、羂索よか出力上げた状態で使えるし、真上・真下だけなんだけど立体的な移動もできんの! 空飛ぶよか便利ィ♡」
『4行ではないかクソガキがァ!!』
ボボボボボボボッ、と上空の結界に立つ春夏に、凄まじい密度の弾幕を浴びせる。けれども、春夏は相変わらずケラケラと笑っているばかりで、どうも被弾した様子を見せない。
……結界で防御している様子すらも見られない。
『おおおおおおおっっ……潰れろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!』
巨大なマグマの手を2本出現させ、蚊を叩き潰すように、上空に立つ春夏を叩き潰す。……しかし。
「
『!?』
「でやああああぁぁッッ!!」
────黒閃。
呪力を纏った拳が、漏瑚の腹に当たる。奇跡的なタイミングで拳が彼を打ち据えた瞬間、彼の呪力は黒く光り、空間は歪む。
『げぼぁあっ……ガハッ……』
「ごめん、出ちゃった。──って、うっかり中出ししちゃったみたいな言い方だね」
『!?』
背後から黒閃を打たれ吹っ飛んだ漏瑚の腹から、薙刀の刃が飛び出す。春夏の声は、やはり背後から聞こえてくる。まるで連続で瞬間移動をしたような意味の分からない状況に、漏瑚は声を震わせる。
『何故だ……何処に、居たのだ……お前は……!』
「あの火山に囲まれての攻撃を上に回避してすぐ、漏瑚の後ろに来たよ」
『バカな……!?
「重力レンズって知ってるかな? それの応用さ。知らんけど。反転術式で生み出したエネルギーを、呪具に流し込み、重力の力場を発生させた。そんで俺の像を見せた上で俺本体は回避したんだ」
『……!?』
「漏瑚の攻撃の熱で陽炎が発生してたろ。かな〜り強い陽炎。それのお陰で、像が不鮮明でも、見てて大して違和感は無かったはずだね」
『儂の攻撃を利用したのか……ッ!!』
「それでなくとも回避する方法はあるけども。結構疲れちゃうんだ、ソレ。だから、回りくどい方法を選んでみた」
野球場での魔虚羅との一件で、耐呪ノ仮面には、ヒビが入っている。あの辺りから春夏が仮面を使用しなくなっているのはそういう理由があったのだ。だから、漏瑚の灼熱の弾幕もわざわざ呪具を利用し回避したのである。
「今回は俺の勝ちでよろしい?」
『……よもや、黒閃とこの一撃を入れた程度で終わりだとは言うまいな?』
「ダメ?」
『今一度、領域勝負だ……!!』
「……ん、いいよ。春くんが潰したる」
いつの間にか、酔いの「第2期」に突入していた春夏は、漏瑚に突き刺していた薙刀を抜くなり軽く距離をとる。そして、彼が傷を癒したのを合図に、両者は印を結び……。
『領域展開ッ!!』
「領域展開」
ほぼ同時──しかし漏瑚の方が僅かに早く領域を展開した。一瞬だが、春夏は凄まじい熱に襲われ、靴裏は焼け焦げ地面に引っ付く。
『……なっ?』
結界の押し合いが、発生しない。
「熊、虎熊、星熊、金、酒呑。────潰せ」
呪霊操術が付与された春夏の領域は、結界にて、現実空間と生得領域とを分断していなかった。以前京都結界にて、飛天持ち秋冬を捕らえた時と同じ。
酒により気が大きくなった事と黒閃によるバフが可能にした荒業だろう。数日ぶりに、彼は閉じない領域を実現して見せていた。
『なにぃぃッ!?』
春夏は漏瑚の結界の中に居た。しかし呪霊操術で召喚された5体の鬼呪霊達は、漏瑚の結界の外側に召喚されていた。春夏の領域の効果範囲が、漏瑚のそれを上回っていたからだ。
そして──領域の結界は外側からの攻撃に弱い。
押し合いが発生せず、内側に漏瑚、外側に春夏の領域という二重構造になり、その間に召喚された、特級呪霊達の猛攻撃は。
『極ノ番……くッ……!!』
漏瑚が極ノ番を発動させようとする刹那──彼の領域を外側から破壊してしまった。術式は焼き切れ極ノ番は発動前に不発に終わる。
結界を破壊した呪霊達はその勢いのままに漏瑚に攻撃を仕掛ける。しかし、領域に付与されており、必中であるはずのその攻撃は……。
『フーーーッ……』
「……『落花の情』?」
必中であるはずの呪霊達の攻撃を、漏瑚が纏った呪力が、ビシビシと弾き落としていた。
「なんで漏瑚がソレ使えんだ? 御三家秘伝だぞ」
『あの渋谷で、宿儺の領域から脱する時に無意識で編み出した技だ。あの時は縛りを結んでやっと発動できたが、儂も成長するのだ……!!』
「独自に編み出したってのか……!」
熊童子達による殴りや蹴り、金童子の全身硬化のタックル、酒呑童子の金棒攻撃に火の玉の攻撃──それら全てを呪力で弾いている。
なら──と、春夏は弓を取り出し、矢を
取り出したるは「貫通」の矢。シリーズの中でも最も高威力で、素人でも、最低限の火力が出せる。春夏はそれにも呪力を込めず、呪霊達の攻撃の間を縫うように、矢を射る。
『ぐぉおぉっ……!!』
ズドン──と漏瑚の腹に穴があく。
落花の情は領域対策である。領域に付与された、シンプルな攻撃に対してはそれなりに強いものの、付与されていない外部からの攻撃には弱い。
渋谷事変にて、陀艮の領域内で、落花の情を発動させた禪院直毘人が、式神を自動で捌いている中で陀艮の直接的な殴りを受けたのと、理屈は同じだ。
それが、呪霊達の攻撃をオートで捌いている中で春夏の矢の一撃を腹に受けた漏瑚にも、同じ理屈が適用されていた。
しかも、漏瑚式の落花の情は、御三家秘伝の方と異なり、完全に自動で弾けるワケではないようだ。酒呑童子の落雷攻撃など、回避も認識も難しそうな攻撃には、しっかりと被弾していた。
それを見たからこそ春夏は、漏瑚式の落花の情は全自動ではなく
そして、矢を受け腹に穴が空いた漏瑚は、漏瑚式落花の情を維持できず解除してしまい。
「チェックメイト」
『くっ。……うっ!?』
呪力の込められていない業龍剡月刀を漏瑚の首に当てる。一歩だけ後退すると漏瑚の頭にはゴツンと硬い感触が。──酒呑童子の金棒だった。
春夏と酒呑童子に挟み撃ちにされ、漏瑚は大きな溜め息と共に、降参を宣言した。
『……儂の負けだ』
「……ふぅ」
『ご主人っ!』
領域を解除し、呪霊達の顕現を解除して、春夏はその場に座り込む。すぐマコラが影から飛び出し、反転術式を掛けてアルコールの分解に取り掛かる。
漏瑚もその場に座り込み、腹の治癒に専念する。
するとそこに、パチパチと拍手しながら五条悟が現れた。漏瑚は舌を打って視線を逸らし、春夏は、酔いから覚めつつある頭でぼんやり彼を見ていた。
「いやー、何だか思ったより白熱したね。しっかり見させてもらったよ、春夏。
「はは……良かった。多分、黒閃バフのお陰かも」
「それもあると思う。けど、何か縛ってない?」
「今回は『全呪力をこの領域に注ぐ』って感じでの縛りを設けたよ……。だけど、この縛りが無くても、かなり呪力を持ってかれた気がする。呪力の消費の仕方が、なんか、おかしかったから。もう二度と、呪霊操術では領域展開したくない……」
「それの縛りが無いバージョンが、春夏の知らない本来の『領域展開』なんだよ」
「……え?」
「領域展開って、呪力の消費が凄くてね。僕以外、1日に何度も領域を使える人なんて、居るのかな? 居るとしたら宿儺とか、それくらいじゃないかな? みたいな、そんなレベルなんだよ」
「……ま、マジ?」
「マジ。僕より呪力が多い憂太ですら、六眼が無い以上、日に三度は絶対に無理だと思うね。二度ならギリ……いけるかどうか……ギリギリ、かなぁ?」
「憂太でもか……だけど俺って憂太の半分くらいしか呪力ないんだけど……」
「霊装呪法だからだよ。思うに、春夏の霊装呪法は呪力の効率が良い術式なんだね。だから霊装呪法の領域展開は春夏の呪力量でも何度でもできるんだと思うよ?」
「……成程ね」
今回、領域展開後に仕掛けた攻撃に春夏が呪力を込めていなかったのはその「縛り」のせいである。領域に残り全ての呪力を注ぐといった縛りを結んだ弊害で、「貫通」の矢を放った時も、業龍剡月刀を彼の首に当てた時も、呪力は0、全く込められてはいなかったのだった。
「それと、火山──漏瑚! いやぁ〜凄かったよ! まさか、落花の情を使えるだなんて思わなかった! まぁ、色々と粗が目立つから、
『フンッ……』
「あ。そういえば、なんで春夏がこれ知ってるの? 自分でも言ってたけど、御三家の秘伝だよ?」
「俺も御三家の端くれだし。知ってるっしょ?」
「分家も御三家に含まれるのかなぁ……含まれないと僕は思うんだけど」
「え?」
「因みに、落花については誰から教わったの?」
「直毘人さん。酔った状態でも稽古つけてくれたし落花の情も教えてくれたし、ある意味、師匠だね」
「へー、あのジ……お爺さんがねえ。てことは春夏も使えたりするの?」
「そりゃ使えるよ。そうなるよう鍛えられたから」
「……わぁ。サラッと凄いこと言ってるね。御三家の人間だからって、教わったからって、誰もが使えるワケじゃないんだよ? まぁ僕はセンスあるから、簡易領域も落花も使えるけど」
「でしょうね」
「ひょっとしたら春夏って、僕ほどじゃないにせよ中々センスあるんじゃない?」
「そうなのかな……結界術とか呪力操作に関しては、身内にとんでもないヤツが居るから、そんなこと、思ったこともなかった……」
「とんでもないヤツ? 妹ちゃん? 羅喜さん?」
「秋冬でも羅喜でもないよ。
「許嫁なんて居たの? なのに春夏は、羅喜さんとイチャコラしてるの? それは良くないなぁ?」
「渡辺家の家訓というか、掟というか。まぁその、そういう話はまた今度。俺が悪いワケじゃないよ、マジで。──で、その命の結界術は、もはや空間を操作できる術式──と言ってもいいくらい凄まじい練度でさ。鍛えれば、特別1級術師にもなれるさ」
「贔屓とか抜きにして?」
「抜きにして。渡辺の分家の子なんだけど、分家は結界術を受け継ぐっていう方針でさ。だからなのか俺で言う霊装呪法と同じくらいに『高め』てるよ。技術っていうか、練度っていうか……」
「その子の術式は?」
「無い。正確に言うなら、色々あって後天的に俺と同じ霊装呪法を身に付けたけど、本来は術式無し。特別準2級なのも、鍛えれば特別1級になれるって俺が判断したのも、霊装呪法無しでの話だ」
「術式無しでの1級クラスって言うと、それこそ、日下部さんとか悠仁くらいのモンなんだけどなぁ。その日下部さんにはシン・陰流があるし、悠仁には類稀なるフィジカルがある。言っちゃ悪いけれど、結界術だけでそんなに強くなれるものかな……?」
「なれると思う。本人の性格が攻撃的じゃないから準2級だけど。多分、来年には2級にはなれるし、もう少し攻撃的にさえなれば来年中に準1級にすら届くハズだと思ってる」
「うーん、こりゃ嫁贔屓が入ってると思うなぁ〜」
「……なんやて?」
「いいかい? 等級の凄さがイマイチわかってないようだけど、入学時点で2級の恵が『天才児』って扱いなんだよ。その恵や野薔薇や悠仁は、そこから色んな任務に出向いてやっと、1級査定中なんだ。まぁ査定は受かるだろうから来年には1級だけど。ともかく、それ自体がまず、異例の成長なんだよ」
「じゃあ、そこまで言うんなら、一度見せてやる。天才JCのウルトラ結界術を。ちょっと待ってて、連れてくる」
飛天を取り出した春夏は、再生中の漏瑚や五条をその場に放置し、茨木童子から必要最低限の呪力を受け取るなり、京都の渡辺道具店の本店へと急ぐ。
その場に残された五条は、ぽかんとそんな春夏を見送るしかなく……。
「JCって……マジ?」
『五条悟……JCとは何だ?』
「女子中学生のこと。……いや、マジで? 中学生で特別準2級なの? もし、それがマジだったら……恵と同レベルかそれ以上の天才じゃ……」
数分後、木呂子鉱山には春夏&命夫妻(予定)が現着。五条悟の読みがまた一つ当たる事になった。
※実在する「重力レンズ効果」と今回の話で春夏がやった事は全く異なるのでご注意ください。ただの酔っ払いの戯言です。開示にもなってないので特に強化されてもいません。
あくまで、酔っぱらい野郎の戯言です。