とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「──はじめまして〜。渡辺春夏の許嫁、渡辺
「五条悟です、よろしく〜」
「あなたがあの? 噂には聞いていましたが本当に身長が高いのですねぇ。日本人離れしていますわ。その目隠し、取ってくださらない?」
「これでいいかい?」
「あらあらあらあら……ふふふふふっ♡」
「……………………」
「ふふ、春夏さんが不機嫌そうなのでこの辺で♪」
「ははっ。春夏ってば警戒しすぎ。春夏の嫁に手を出すようなヤツだと思ってんの?」
「アンタがそうじゃなくっても、命の心がそっちに向かってんのが少し腹立つ……」
「全く、春夏さんってば独占欲が強いのですから。気にしなくとも、浮気などしませんわ。貞淑な女性として恥ずべき行為ですもの」
「そーそー。春夏ってば心配性だねぇ」
春夏と命は、あくまで家の掟で結婚するだけだ。俗に言う恋愛婚の予定ではない。ましてや、春夏も命も、結婚に踏み切れるほど互いを愛しているかと問われれば、恐らく、両者共に「否」だろう。
それは春夏も理解している。なんなら、命よりも茨木童子の方が真面目に愛しているに違いないし、こちらを正室として結婚したいとすら思っている。
だというのに、その命が超絶イケメンな五条悟にその無垢な笑顔を振り撒いているというのがどこか許せず、名状しがたい独占欲のようなものが沸沸と沸き起こってくるのを感じていた。
気持ちの悪い、意地汚い独占欲だ。この高まりに高まった負の感情を、そっくりそのまま呪力に変換できたなら、あの乙骨憂太も越えられそうだ──と春夏は自嘲する。
「えっと、軽く紹介する。渡辺命、俺の再従兄妹。中学2年生、14歳。身長149cm、体重不明。分家の人間に相伝の術式が発現したら本家の人間と結婚するって掟──家訓があるんだけども、呪物を摂取したことで同じ相伝のが刻まれちゃったから、結婚が確約したみたいな感じになってる。本家にはもう俺しかいないからな」
「御三家ほどじゃなくても、やっぱ面倒な家訓ってあるものだよねぇ。不本意な事もあるだろうけど、家訓はしっかり守っといた方がいい。こういうのも何かしらの縛りとして働いてる側面もあるからね」
「ほら、言いましたでしょう?」
「やっぱりそうなのか……」
「にしても、相伝の術式か否か──で決めるのか。とすると、縛りがあるとするなら『術式の維持』に関する内容だろう。せっかく鍛え上げた霊装呪法を捨てたくないなら、しっかり守らなきゃね」
「うん……」
軽く紹介をしたところで、今度は、彼女の技能の披露に移る。春夏は、彼女こそ一族で随一の結界の使い手であると知っているので、我が子を自慢する親バカな父親のように、将来の嫁になる予定の命を紹介する。
「まずドーム状結界」
「基本ですわね」
「そんで板状結界」
「基本その2です」
「応用の細切れ結界」
「呪力節約ヨシ! ですわ」
「略式詠唱の帳」
「闇闇〜」
「シン・陰流『簡易領域』」
「見て盗めば問題無し! ですね」
「結界を利用した瞬間移動」
「空間の位相をズラすだけですが……」
「結界を利用した圧殺」
「
「柔らかい結界」
「即席トランポリンですわ〜」
「次は──」
「ちょっと待ってちょっと待ってッ! タンマ!! 情報量が凄い! 僕が無量空処くらった気分だ!」
「「?」」
まだ紹介は終わっていないが、五条は春夏と命にストップを掛ける。フーッ、と大きく息を吐くと、ちょっぴり呆れた様子で口を開く。
「結界術って、そんなに応用効くモンだったっけ? 結界の構成要件を変更するとか、そういった次元の話題じゃないよね、ソレ……」
「どうでしょう? 分家の方では、長らく結界術を開発・改良・継承し続けていますし、世間一般的な結界術と結構な乖離があること自体は否めません」
「だな。シン・陰流みたいに明確に指定していないだけで、実質的に門外不出の結界術みたいなモノに昇華してるもんな」
「ええ。名付けるなら、渡辺流結界術とか?」
「それはちょっとダサいからやめようぜ」
「ですわね」
うーん、と顎に手を当てて五条は何か考え込む。春夏はどちらかと言うと世間一般的な「結界」より渡辺家独自の「結界」に触れて育ってきている事もあるからか、五条がここまで唸っていることに内心疑問符を浮かべていた。
寧ろ、これくらいの事は、最強である五条悟なら気軽にやってのけるだろう──とすら思っていた。その感覚がまず根本から間違っていたようだった。
「1つ1つ確認してもいいかい?」
「えぇ、どうぞ?」
「まずドーム状結界。まぁ球状でいいか。これは、まぁ、一般的な結界だよね。球状にする事で外から受けた力をそこそこ均等に分散させる事ができる。結界を構築する術者としても、呪力を流しやすい、オーソドックスな結界だ」
「そうですわね」
「板状結界……短い六角柱を敷き詰めたような、この結界は……」
「六角柱を敷き詰めた形──すなわちハニカム構造ですわ。蜂の巣から想を得ました。尤も、呪術的に意味があるかは分かりませんが。けれど、無機質な板ペラに比べたら、美しいでしょう?」
「あぁ、ハニカム構造か。これは強いね。──って待って。この結界もしかして……1つ1つの六角柱が個別の結界になってるの??」
「ええ。ですから、丈夫ではあるのですが、燃費はとっても悪いんです」
「そんな燃費の悪いコレを小型化させて消費呪力を抑えたのが、細切れ結界か」
「はい。構造自体は先程のと変わりませんが、より呪力を集中させる事で更に強度を上げております」
ふむ──と呟いて、五条も試しに自分でハニカム構造を持たせた結界を構築する。たった1回間近で見ただけで、結界の構成などを看破し、一発で模倣してしまった。流石のラーニング能力である。
「略式詠唱の帳って何それ、僕でも初めて見たよ。しかもそこそこイイ感じの強度じゃん、これ」
先程降りた帳を、コンコンッ、と軽くノックする五条。しかし本気を出さずとも、軽く強めに叩くと帳に穴があいてしまった。
「弱い呪霊相手には、この略式で対応してますの。わざわざ長く詠唱するのは手間ですしね」
「──呪術を極めるという事は、引き算を極める、という事だ。詠唱破棄もそうだし、君の略式詠唱もその『引き算』に入る。サラッとやっているけど、割と結構とんでもない事だよ」
「ふふ、最強の方に褒めて頂けるのは光栄ですわ」
「それと、簡易領域か。君、シン・陰の門下生──ではないんだよね? さっきの口ぶり的に」
「違いますね。私の祖父にあたる人が、分家の初代当主なのですが、その人が門下生でした。それから今代の私に至るまで、連綿と『見て盗む』を続け、受け継いできましたの」
「成程、そういう事か。由基さんが葵に教えたのと同じようなものか。法の抜け穴みたいなもんだな。結構ズブだなぁ、シン・陰も」
そういう問題だろうか──と春夏は首を傾げるが考えても答えは分からない。シン・陰流の本家からすれば、絶対にまずい状況だと思われるが果たしてどうなのだろう。
「──で、これが割と一番気になってたんだけど。結界を利用した瞬間移動……って、何気にスゴいことやってない?」
「春夏さん曰く、領域展開と同じようなものだろうとのことですが……?」
「うん。それとも六眼から見たら違うのか……?」
「うーーーーーん。確かに、領域展開にもそういう側面はあるよ? 例えば教室内で領域を展開して、だけど領域内の広さは体育館ほど──みたいなね。多分それって、結界内の空間の位相をイジる事で、結界を解除した時、結果的に瞬間移動した──って感じに
「あら、バレてしまいましたね」
「流石は六眼」
「領域くらいの大掛かりな大技なら、副次効果的なそういう効果も利用できるように戦いを組み立てる術者だって居るだろうけど。でも、それを副次効果ではなくメインの効果として求め、尚且つ普段使いレベルの結界で再現する人は、僕も初めて見たよ」
「しかし、それでも欠点はあります。それは『瞬間移動の範囲は、結界の範囲内』ということですね」
教室内でコレを行うとする。教室内全域が結界の範囲内なので、空間の位相をイジれば、結界解除と同時に教室内ならどこにでも瞬間移動できるという事である。
しかし、可能なのは教室内だけであって、結界の範囲外である廊下には、これを利用した瞬間移動は絶対にできない。
要するに────長距離を瞬間移動したい場合、その範囲を含めて一旦結界で覆わなくてはならないという事である。
「──そういう手間と燃費の悪さがありますから、私も春夏さんも普段使いはしておりませんね」
「春夏もできんの!?」
「位相を大きめにズラすだけだし。言ってしまえば領域より簡単だよ」
「さては春夏も命もかなりの感覚派だな??」
「「否定は
「とんでもないのが来たな。──あと、何だっけ? 柔らか結界と、結界を使った圧殺? なんていうか発想も技術も繊細だな……」
「柔らかい結界は、攻撃を跳ね返すのに便利です。そして圧殺結界は──開発したのは私ですが、呪力出力が低いと結界が壊れるだけですので、実は私はあまり使っていません。出力は、春夏さんの方が上ですから」
「あれ? ねぇ春夏、命が一族で一番の使い手って言ってなかったっけ? 聞く限りでは、春夏も同じ芸当できるっぽくない?」
「略式詠唱の帳はできないよ、俺。それから、命は結界をドリルみたいな形にして攻撃もできるけど、俺はそれもできない。貫いたりも無理。簡易領域も習得はしてるけど練度はほぼ死んでる。なんつーか命の結界は、形もできる事も様々過ぎて。命って、他に何ができたっけ?」
「結界の構成要件をコロコロ変えるくらいですね。対内条件と対外条件を入れ替えたり、そこそこ同じくらいの条件に整えたり。これは最近になって習得できましたが、まだ変更可能な幅は小さいですね」
「あー俺それも少し苦手かも」
「僕並に器用なことやってんな。──てか、逆に、どうしてそこまで器用なのにまだ特別準2級なのか分からん。中学2年生だったっけ? 下手すれば、とうに特別2級に届くでしょ」
「呪力出力が低いのと、攻撃手段に乏しくって……。春夏さんは、事ある毎に『1級にだってなれる』と言ってくださいますが、正直厳しいのではないかと思っています」
フィジカルも弱めだしな、と春夏が付け足した。春夏自身も、フィジカルは決して自慢できるほどは強くない。そんな春夏から見ても明らかに弱いのがこの少女だ。
それを聞いて五条は、ふむと頷く。確かに技術は繊細でもそれを実戦レベルで使えなくては無意味と言わざるを得ないし、当然ながらレベルが上がればそれだけ攻撃的な要素も求められる。
命には、致命的なまでにそれが欠けていたのだ。
「命が
「結界術より呪具で戦う方が楽しいし……というか、肌に合ってるし……」
「うーん。まぁその気持ちは分からんでもないけど今後はそうも言ってられないと思うよ?」
「多分、領域のみならず、普段使いするにしても、霊装呪法って、燃費がバチクソに良いんだと思う。結界を多用すると呪力切れが早いように思えてさ」
「てか春夏、呪力が雑だし。常に呪力が溢れてる。規模が違うけど、憂太みたいなモンだよ? それで燃費が悪いんじゃないの?」
「まさかそんな……」
東堂にも同じような事を言われた事があるな、と春夏は思い出した。春夏の呪力が雑すぎるあまり、あの東堂ですら春夏のことを入学したての1年生と誤認したほどだ。
言うなれば──乙骨憂太ほどの呪力量を持たない春夏が、乙骨憂太のように呪力を漏らしている。
そりゃあ、燃費もめちゃくちゃ悪くなるだろう。
「……まさか、そういう事なのか」
「春夏と違って、命は凄いね。繊細な結界の技術を持つだけある。呪力の操作はお手の物って感じか。幼い頃から鍛えてた恵と同レベルで、呪力の無駄も少ないよ」
「呪力量が少ない以上、こうして節約しませんと。この呪力操作も、自然と身に付けられたのですわ」
すると五条は、ニタリと悪辣な笑みを浮かべた。それを見た春夏が、思わず背筋を震わせるような、そんな笑みだった。
「そぉーだ、そーだそーだ。良いこと思い付いた。春夏は命と入れ替わって修行しよう! 簡易領域の練度も高められるし、繊細な呪力操作も身に付く! 繊細な結界術も身に付けられるよ?」
「な!? 俺が命と入れ替わり!? 流石にそれはヤバいって! 命はJCだぞ!? そんで、JCが俺の中に入るのか!? そりゃヤバいって!」
「命、そういや学校は?」
「無断欠席状態ですわね。少し前まで降霊術の器にされていましたから」
「なんか災難だったね。じゃあその辺は、五条家の圧力でどうにかするよ。……あぁいや、義務教育期間だから何もせずとも卒業はできるのか。高校とかはどんな感じで考えてんの?」
「特には。春夏さんに嫁ぐ事が確定しましたから、高校には行かず、花嫁修業
「じゃあ内申とかも気にしなくていっか」
「ええ。元から成績は悪くありませんし。ところでその、入れ替わり……とは?」
「実はねェ……」
内部事情に触れる事になるが、春夏の嫁、そしてこんな所まで連れてきたからという事で、そこそこ機密事項と言える事まで教えてしまう五条。
はじめこそ、理解が及んでいない様子だったが、春夏が「深く考えるな、そういう事ができるって事だけ認識してればいい」と付け加えた事で、命も、そういう事で理解したようだ。
「成程、魂と肉体を入れ替えることで……。それで、春夏さんが今よりも強くなれるのであれば、協力は惜しみません……が……」
「が?」
「羅喜さんは大丈夫なのですか? 縛りとか……」
「う、うーん。そうなんだけど……」
「え? もしかして羅喜さんとの間に、何か肉体に関する縛りもあるの?」
「その、アレだよ。定期的に欲を満たす、的な」
「欲を……………………あぁ〜〜〜〜〜〜〜」
『春夏としてはどうなの? やっぱり命in春夏と私がエッチするのはダメ?』
「エッチとかもろに言うな、せっかくオブラートに包んだのに。──中身が俺じゃないのがアレだが、身体はちゃんと俺なんだよな。つーか、なにこれ? 思考実験か何かか? 『精神は異なるが肉体は本人である場合、NTRになるのか否か?』みたいな」
「ならないのではありません?」
『私もならないと思いま〜す』
「微妙な所だと思うけど、でも、どっちでもいいと思わない? ほら、僕のような赤の他人じゃなくて命は身内なんだからさ。春夏の嫁って意味でも」
どちらもありうる……そんだけだ。
どっかの雷神がそんな台詞を言いそうな場面に、春夏は大きな大きな──ここ数日で一番の、大きな溜め息をつく。
春夏としては「中身が違うならNTR派」だし、できる事なら回避したい事だった。けれども、簡易領域の練度は今より上げなくては話にならないし、入れ替わる相手も命だけなら、許してもいいか、と思い始めていた。命が女だからというのが大きい。
つまり女同士という事になる。見る人によってはマニアックと受け取るかもしれないが、これならば春夏も受け入れられそうな気がしていた。
「……分かったよ。命と入れ替わって修行するよ」
「オッケー! それじゃあ、すぐに高専に戻って、早速憂憂に頼んで春夏も入れ替わり修行開始──と思ったんだけど」
「「?」」
「それは、明日にしようか。今日はさっきの黒閃で得られた『感覚』を忘れないうちに、僕と戦おう。大丈夫、手持ちの呪霊を祓わないよう気を付ける。春夏を廃人にしちゃ意味無いから領域も使わない。つまり、ある程度は手を抜いてあげるよ〜って話」
「えっあっその、先生とやり合うのはもうちょっと強くなってから……って、さっき言ったと……」
「だから『もうちょっと』強くなってるじゃない、黒閃バフのお陰で」
「…………それアリ?」
「アリだよ」
「アリなのかぁ……」
こうして、渡辺春夏vs五条悟が実現する運びになった。
茨木童子の呪力を受け取り、再生を終えた漏瑚を引っ込ませ、十数分の作戦会議と命の避難を経て、遂に、特級2人の戦闘が始まった────。
今更、彼の領域対策について「落花も簡易も使えるのに何でこれまで使わなかったん??」などという疑問を抱く読者さんは、恐らく居ないでしょう。
原作で五条先生が言った通り「領域を覚えてからはとんと使わなくなった」だけです。
というか、霊装呪法の領域展開のコスパが良すぎてわざわざ簡易領域や落花の情を使う理由が無い。
茨木童子という呪力供給源も居ますから。
春夏にとっての簡易や落花は、領域が破壊されて、術式の焼き切れ中を耐える為の奥の手でしかない。
乙骨くんと殺り合った時、領域勝負に明確に負けた場合は簡易を出したでしょう。
春夏、命の身体に入ったら何するんですかね。
ピチピチのJC2の肉体ですもんね。
ジャンプ本誌ではなく、ジャンプSQで連載される漫画みたいなことになりそう。ToLOVEる的な。