とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
「はぁ〜〜〜い渡辺道具店出張販売やっとるよ〜。3級から特級まで、お安くなってますよ〜」
「あなたの術式、気になるあの子の術式。お好みの呪具に仕立て上げちゃいまーす♪」
入れ替わり修行を終え、最終決戦を目前に控えた12月22日〜23日。高専に帰還した春夏と命は高専の敷地内で術師や補助監督などに向けて市場を開いていた。無論、夜蛾学長の許可は取得済みだ。
「あ、あのぅ……すみません」
「おっ。何かお探しで?」
「結界を強化できるような呪具とかって、あったりします……? 帳くらいしか使えなくて、自分の身を守る為の結界となると、てんでダメで……」
「補助監督さんも自分の身を守れる術があった方がいいですもんねぇ。渋谷の時とか、お姉さんも結構大変だったでしょう。命、アレお渡しして?」
「そんなアナタにオススメなのは、『結界術補助の御守り』です〜。結界術に関してのみ呪力の出力を上げてくれるので結果的に結界術も強化されるって感じの機能の3級呪具ですね〜。キリよく1万円の所、1割引きの9000円にお値下げ可能ですが」
「買います!!」
「とはいえあくまで補助的なモノですから。まずはご自分の結界術を磨いてみましょうね」
「はいっ!」
「毎度アリ〜。他の補助監督さんにも宣伝よろしくオナシャース」
結界術にあんまり自信が無さそうな補助監督は、嬉しそうに戻って行った。ああいう笑顔を見れるとやりがいを感じられるというものである。春夏達の表情も明るくなる。
「術式を呪具にできると聞いて! マジか!?」
「おっ、イノタクさんじゃん。その術式を持つ人や呪霊が近くに居ればすぐオーダーメイドできるよ。元となる術式を込めたい武器とかにもよるけどね。どうする?」
「うおおおおッマジでか!? 俺もあの人の術式で戦ってみてぇ〜〜〜! どうやって作るんだ!?」
「ははっ、作り方は企業秘密だね。どんな呪具に、誰の術式を込めたいのか教えてくれる?」
「保健室に居る七海建人さんって知ってるよな!? その人の術式を布巻いた鉈に込めてほしいんだ!」
「布巻いた鉈? 少しニッチなリクエストだねぇ。よく分からんけど、それでいいってのなら作るよ」
「マジッ!? 布巻いた鉈なら持ってきてるから、これで作ってくれっ! 頼む渡辺ッ!」
「因みにさ、七海さんの術式ってどんな術式なの? 言える範囲でいいよ」
「
「七三の位置に弱点を作ると。それだけ聞くと既に結構な強さだなぁ。等級をつけるなら1級呪具ってとこかな。七海さんは1級術師だし、呪具も1級でいいか。オーダーメイドはちょっと高くなるけど、それでも構わないかな?」
「ぶ、分割払いってのは……?」
「1ヶ月1円とか舐めたこと言わなきゃ大丈夫さ。1級呪具だからな……うーん、材料とかもある程度は用意してくれてるから、1000万円ってところを950万円かなぁ……」
「ゲェッ!? そりゃあちょっと高過ぎねえか!? そりゃあ特級術師の給料からすればアレだろうけど950万円ってのは……!」
「ボッタクリに思えるかもしれませんけれど、術式効果を持つ呪具というのは、それだけで問答無用で貴重品なのですよ? それに本来、術式というのは1人1つ。外付けの形になるとはいえ新たな術式を得られるに等しい。普通、呪物を摂取しなくては、新たな術式は得られません。しかし呪物の摂取には大きなリスクが伴う。──ですから、我々呪具屋の需要が今も昔も変わらず存在するのです」
「う、ぐ……」
命に真っ向から反論され、イノタクはタジタジになってしまっている。
しかし、いつでも準1級になれるレベルとはいえ今はまだ2級。そして21歳という年齢である事を考慮すると、950万円は絶望的な金額に思えても仕方ないかもしれない。
「あとイノタクさんも知ってる身近な例で言えば、真希さんが持ってる釈魂刀、あるじゃん? あれ、少なくとも5億円はするんだ。俺ら呪具界隈では、有名な話なんだけどね」
「ええ、アレこそホンマモンのお宝ですわね」
「はああああああああああっっ!? そんなモンをブラブラとフツーに持ち歩いてんのかアイツ!?」
「凄いよなー。俺ならあんな風に持ち歩けないよ。というか壊れるのが怖くて戦闘でも使えないかも。5億円がパァになるんだもの」
「それを聞いちまうと、950万円ですらも格安に思えてきちまうな。5億円あれば十劃呪法の呪具が50本以上も買えちまう計算だぞ……」
「でしょう? ──それじゃあ、もう少し安くして900万ならどうかな?」
「ん〜〜〜〜〜〜もう一声っ! 頼むっ!」
「よし840万円! 毎月35万円の24回払い! これ以上は負けらんないなぁ! 分割払いの場合、ちゃんと払わないとダメだよって縛りも結ぶけど、それは構わないよね?」
「そりゃあもちろん! 金額も今よりちょっと任務増やせばいける範囲だな……よし買ったァ!!!」
「毎度ッ! じゃあ七海さんとこ行ってくるから、イノタクさんはここで待っててね」
「分かったぜ!!」
◆
「失礼しまーす。七海さんちょっといいですか?」
「はい。どうかしましたか?」
「おっと腹筋中でしたか失礼。──明後日の決戦に向けて装備を整えたいって人が居て。七海さんにも協力をお願いしたいんです」
「……私の術式で、呪具を作るつもりですか?」
「あ、分かります?」
「あなたにはそういう芸当が可能、というのは身に染みて知っていますから」
「そうだった、真人の『無為転変』を込めた呪具を虎杖に使われたんですもんね」
「──恐らく私は、もう、戦力になれません。今の私が戦場に出ても、肉壁にもなれず死ぬだけだと、何となく分かっています。術式でもなんでも、私にできる事なら全力で協力します。いえ、協力させてください」
「話が早くって助かります。それでは、遠慮なく。極ノ番『求』からの『奪』」
◆
イノタクのリクエストに応え、十劃呪法を込めた呪具をオーダーメイドした春夏。売り場に戻ると、春夏を待っているイノタクの後ろには既に何人もの人が並んでおり、命がそれぞれの客からリクエストなどを聞いているようだった。
「お待たせしやしたーっと。これでいい?」
「うおおぉ……七海サンっぽい呪力を感じるぜ!」
「何それ知らん、怖。あと、振込は毎月の末日ね。土日祝とかの休日なら翌月でいいよ」
「前倒しで振り込むぜ! 給料がそうだしな!」
「そう? まぁ、イノタクさんがそれでいいなら。はいコレ、振込先。振込が遅れる場合には、事前に教えてね。でないと、振込ブッチしたと認識して、俺との間の『縛り』の罰が発動するから」
「え゙ッ。どどどどんな『縛り』だよオイ!?」
「いやなにただの売買契約と信用の話だよ。自分の言葉には責任を持とうね──という至極当然の話」
「自分の言葉…………あっ!」
「たまに居るんだよ、そういうゴミ客が。だから、ウチは前払いや一括払いが基本なんだ。レンタルや分割払いの場合は、何かしら『縛り』を結ぶ。呪具本体やその人の命を懸けた『縛り』を。他でもないイノタクさんだから大丈夫だとは思うけど、売買も契約の一種だからね」
「……要するに、ちゃんと払えばいいんだよな?」
「そう。それだけ。マジでただそれだけでいいよ。何にも難しく考える必要は無い。毎月の末日までに35万円を振り込む。翌月になりそうなら俺に事前連絡する。この2つを守るだけ。簡単でしょう?」
「あとは、俺が稼ぎまくればいいってこった!」
「そゆこと! いよっ、1級術師!」
「バカ、1級はまだ早ェよ!」
「呪具使いこなして1級なってくだせぇよ〜!」
「おぉーよ!! なってやるぜ、1級術師になぁ! 早速コレで特訓だ! じゃーな渡辺、サンキュ!」
「まいど〜!」
片目になっても、元気なものである。義眼の呪具なども作ってみようか──などと考えた春夏だが、そもそも義眼などを作れる技術が彼には無かった。
「反転術式でも回復できないウルトラハイパー必殺呪具『DX無為転変』、数量限定で販売中だよ〜」
「無為転変が販売中とかいうエッグいパワーワード聞こえた気がしたんだけど、何やってんの先輩?」
「おっ、真人キラー虎杖くん。最終決戦に向けて、武器を揃えておかないかい?」
「うーん、俺は基本ステゴロだからなぁ……。しかも相手は受肉体だから反転メリケン使えねえし……」
「反転じゃないメリケン呪具は特に無いからなぁ。まぁ、術式も得たんだから、虎杖は大丈夫じゃん? それに、あの腕に装着する呪具もあるし」
「まぁそれはそうか……いやそうなのか?」
「そうさ。ところで無為転変、要る?」
「宿儺に効くのかなぁ……」
「効くでしょ。だって真人にキレたんだろ?」
「真人が不快だから斬ったのかと思ったんだけど、キレてたんかなぁ」
「だと思うぜ? 俺的には、宿儺にも効くと思う」
「けどナナミンも何回かはガードできたんだよな。宿儺もガードできそう」
「だとしても、虎杖が使えば効くんじゃない?」
「? どゆこと?」
「虎杖が魂を知覚できてるからこそ、真人に有効な攻撃ができたんだろ? つまり虎杖の攻撃は、魂を直接的に捉えることができるってワケだ。だったらそんな虎杖が無為転変を使えば、ガードを貫通して無為転変をブチ込むことができそうじゃね? って思ったんだけど……それもガードできるんかなぁ」
「うーん……」
「──ねぇ、春夏さん? コレの、メリケンサックバージョンの呪具を作ってみては如何です?」
「
「うふふっ、どうでしょう♪」
「え? なに? どゆこと?」
「明日また来てくれ。虎杖にピッタリの呪具を用意しておくよ」
「? おっけー、分かった」
その日の晩、春夏はメリケンサックを新調する。それに拡張術式「呪い移し」を使うことで、量産型無為転変呪具の在庫1つを代償に、新たな無為転変呪具が生まれた。
こうして命の発案で生まれた「無為転変メリケンサック」という超凶悪な呪具が、翌日、虎杖の手に渡る事になる……。
「高菜!!」
「お、狗巻くん! 何か欲しいのある?」
「喉への負担を減らせるアイテムとかある? って言ってるぞ」
(パンダ……もふもふしてそうですわ……!)
「だよなぁ、呪言を使う度にダメージ負うんだもんそうなるよな。──そんな狗巻くんに耳寄り情報! 負担を減らせるどころか、0にできる呪具があると言ったら、君ならどうする? 買うかい?」
「す、すじこ……??」
「流石に困惑してるな。まぁ俺もだけど。狗巻家が長年試行錯誤して諦めたんだぞ? だから呪言師を絶やそうとしてるのに。そう簡単に負担を無くせてたまるか、って思っちゃうな。憂太も、棘の呪言をサラッと
「しゃけしゃけ」
「呪具屋が真心込めて作った呪具は、そう簡単には壊れやしないのさ。どうだ? ここは一つ、試しに作ってみないかい?」
「……………………しゃけ」
コクリと小さく、しかし力強く頷く。それを見て春夏はにんまりと頬を緩めて、いつものバッグから道具箱のようなものを取り出す。
「前に言ったか分からないけど、俺も狗巻家の事は前から知ってたからさ。いつかは君の呪言も呪具にしてみたいな〜と思ってたんだよ。だから、事前にある程度は準備してたんですよねェ……ふふふっ」
「何だ、その道具箱?」
「すぐに使えるように、一纏めにしておいたのさ。
『呪言呪具化セット』をね……!!」
ボタンが幾つも並んだ拡声器が、2つ。見た目は市販されている拡声器のようだが、それにしては、妙にボタンが多い。拡声器1つにつき10個ほどもボタンがある。
普通、拡声器といえば、オンオフボタン、音量を調節するダイヤル、トリガーの3点セット。またはそれに加えてサイレンを鳴らすボタンがあるくらいだろう。
しかし、春夏が取り出した拡声器は。
電源のオンオフボタンは有るがトリガーは無い。音量を調節する為であろうダイヤルには、何故だかスピーカーマークではなく、大きさが異なる人魂のような火の玉のような、そんな妙なマークが左右に刻まれている。
それでいて、拡声器のスピーカーの湾曲部には、左右それぞれにボタンが5個、つまり合計10個も並んでいる。
「これらには既に『登録』されている。あとは君の術式を込めるだけで、この呪具は完成する状態さ。その為に──まぁ、雑魚呪霊1匹くらいはいいか。コイツに何か適当な呪言をぶつけてみてくれない? 一撃で殺さない程度のヤツで頼むよ」
「……『動くな』」
「極ノ番『求』からの『呪い移し』」
狗巻の呪言を受けて動けなくなった呪霊に向けて空っぽの刀を利用して極ノ番、そして触媒となった刀から春夏お手製の拡声器へ、拡張術式を使用。
すると拡声器のスピーカー部分に狗巻家の呪印が浮かび上がる。
「……ッ!?」
「おぉ!? 狗巻家の呪印だ! なんで!?」
「で、横に並んでるボタンに、それぞれ使えそうな言葉が登録してあるから。持ち手に近いボタンが、割と普段使いしやすいヤツ。黙れ、動くな、とか。遠いヤツが強いヤツ。死ね、爆ぜろ、潰れろってな感じね」
「けどさ、コレって拡声器じゃんか? 結局、棘が喋らなきゃダメなんじゃないのか?」
「よく見てみな。拡声器だけど、マイク的な、声を取り込む所は塞がってるだろう? 拡声器型の呪具だから、呪力を込めてボタンを押すだけで、呪言が発動するよ」
「嘘だろそんな事あるのか!?」
「相手が強すぎたら、効いても壊れると思う。でも自分と同等とかその程度だったら、壊れはしないと思うよ。てか特級の俺が作ったんだからそれくらいじゃないと困るんだよ、製作者的にも。お試しに、またあの雑魚に使ってみ? 祓ってみてもいいよ」
「……おかか?」
「うん、持ち手から一番遠いソレが『死ね』だね。ダイヤルは、呪力の出力及び範囲の調整ダイヤル。呪力のモヤモヤマーク小さい方が抑えめ、マークが大きい方が出力アップ。範囲も強さもアップする。代わりに消費呪力は大きくなる。雑魚が1匹、2匹くらいだったらダイヤルは最小でいいからね」
「……しゃけ」
額に汗を浮かべつつ、震える指でボタンを押下。するとスピーカーから、奇妙な音声が響いた。
『死ね!』
『プギッ』
ザフッと消失反応のみ残して、呪霊は祓われた。狗巻は、呪力を込めてボタンを押しただけである。あまりにも呆気ない祓われ方に、狗巻もパンダも、ポカンと口を開けて固まってしまった。
「ホントに祓われた……ボタン1つで……」
「しゃけ……」
「ところで春夏さん、今の声は何でしょうか?」
「ただの合成音声。それも、ネット販売されている動画制作の素材さ。特定のボタンを押すと、事前に登録してある言葉を喋るようプログラムしてある。壊れる時にはコレ本体が壊れる。だから狗巻くんの喉がイカれる事は無いよ」
「……からあげ、チキン竜田。明太子!」
「なんか聞いた事ない語彙が飛び出してくるな」
「実家の皆にも教えたい、お金は幾らでも払うって言ってるぞ。御三家ほどじゃないにせよ、棘の家も名家だからな。お金で解決できるんなら解決したいだろうな……」
「しゃけ!!」
これまで見た中で一番元気に、目を輝かせながら大きく何度も頷く。年相応──よりかは、少し幼く見えなくもない。普段の彼からは想像できない程、はしゃいでいるようだ。
「1級術師の七海さんの術式を込めた呪具が、1つ1000万円だ。少し値切られたけど。狗巻くんの呪言は──歴史ある術式だし、呪言師を減らしてるという背景も相まってちょっと高くつく計算だけど大丈夫?」
「しゃけ! しゃけしゃけしゃけ!!!」
「じゃあね、準1級割引と学割、それとご家族への紹介料割引も含めて、600万円でどうかな?」
「それでも高いな……因みに割引が無い場合は?」
「1200万円は下らないね」
「おかかっ!?」
「半分も安くなってるのか!? じゃあ元の値段はかなりボッタクってないか!?」
「本人には何の負担も無く呪言を使える──込める言霊は後からでも自在に変更できる──これだけでかなり破格だと思うけどね?」
「う、うーん、確かになぁ……」
「真希さんが持ってる呪具あるでしょ? 釈魂刀。アレ、問答無用で特級に分類できる呪具だけども、少なくとも5億円だからね。5億円。ヤバない?」
「はぁぁぁ!? 真希、アイツ……そんな……!」
「術式効果がある呪具ってのはそれだけでレアだ。その効果が強ければ尚更そうだね。呪具使いの数がそんなに多くないのは、その値段も原因なんだよ。だから大多数の呪具使いは、
「そういえば高専が所有してる呪具って術式効果が無いのばっかりだったな……そういう事なのか?」
「そういう事よ。術式効果がある、それだけで既にプレミア価格は確約されているようなものなのさ。それがレアな術式だったら、余計に価値は高まる。しかも、そもそも術式ってのは基本的に生まれつき肉体に刻まれてるものだ。術式効果を持った呪具を所有する──というのは、外付けとはいえ、それを増やせるって事だ。そりゃ嫌でも高くなるだろう。そういう、シンプルな話なのさ」
「……しゃけ! エビマヨ!」
「今は自分の分を。今度、家族の分も買うってさ」
「グッド。じゃあ、狗巻くんの分は何重もの割引で600万円。ご家族の分は、紹介された割として、とりあえず1000万円って考えておいてくれ」
「しゃけ!」
「──実はもう1つ、狗巻くんにだけ適用が可能な割引があるんだ。君の術式でもう1つ追加で呪具を作らせてほしいんだ。これは俺の分。そうすれば、たったの100万円で狗巻くんの分を提供しよう。超絶大赤字覚悟でね。どうする?」
「焼き味噌、ワカメ!」
「それなら貯金から一括で払える! ってさ」
「準1級だし、それなりに稼いでるもんね。よし、契約成立ね。ただし基本的に前払いだから、まずは今日か明日中にお金を用意しておくこと。それから今からもう1つ呪具を作らせてもらう。それを以て最終値下げとして、狗巻くんの分は100万円だと確定させる。その後、準備ができたらお金と呪具を交換しよう。それでいいかな?」
「しゃけしゃけ!」
「あっ! 待ってくれよ棘〜!」
両手でVサインを作り、狗巻は駆け出していく。パンダもそんな彼についていくように、少し遅れて駆け出していく。
するとそんな2人を見送ったようなタイミングで乙骨憂太が訪れた。
「やっ、憂太。何かお求めかい?」
「──凄いです、先輩。狗巻くんの負担を、減らすどころか0にしちゃうだなんて。僕も、色々と手は尽くしてみたんですけど……僕にはできなかった」
「単独行動ばかりだったり、渋谷事変やら死滅回游だったりで忙しくてあまり披露できなかっただけ。これこそ呪具屋の本領さ。レンタルじゃなく購入を望むなら、学割を効かせても、それなりの値になるけどもね」
正規の値段で言うのなら、先程の狗巻との取引は赤字そのものである。そもそもの話、学生に呪具は高過ぎる買い物なのだ。一般的な乗用車4台程度が普通。狗巻の場合は、相伝の術式というプレミアが上乗せされているので乗用車5台分以上が相場だ。
そもそも「呪言」というのは、それ自体が高等な術式なので、実際のところは1200万円ですらも赤字帯スレスレというのが現実的なところだ。
なまじ彼には茨木童子という呪力供給源が居て、しかも霊装呪法を極めているからこそ、こんなにも容易く呪具を量産できているだけで……。
「あれ? 憂太って呪具はもう持ってなかった?」
「ええ、僕も幾つかは持ってるんです。でも、術式効果を持つ呪具は、倒した敵が持ってた──言わば戦利品とかばかりで。正規の方法で入手するなら、自分で作るか、先輩みたいな人に依頼したり、買うしかないですしね。自分で作れる先輩は凄いです、本当に……」
「そういう術式ってだけさ。そんなに褒めたって、割引しかしないぞ〜?」
「ははっ、割引してくれるんですね」
「場合によるけどね。憂太は何を求めてるんだ?」
「──僕が
「……面白そうだな。詳細を聞かせてくれる?」
乙骨曰く。彼本来の術式により模倣した術式は、リカとの接続中の「5分」の間しか使用が不可能。この時間制限が今後の戦闘において極めてネック。あまりに大き過ぎる不利だと、仙台結界での激闘で思い知らされたのだそうだ。
「──成程ね。憂太の術式は模倣。だけど、それを発揮できるのも、その成果物を使うのも、リカとの接続中の僅か5分間しかできない。なら呪具という形にしてしまえば、5分という制限を取り払えるんじゃないか──と。成程成程……成程ねぇ……」
「どうでしょう……? 無理ならいいんです……」
「霊装呪法の極ノ番は『術式の産物』に触れる事が必須条件なんだ。例えば呪霊操術なら、呪霊操術で顕現させた呪霊に触れたり。氷の術式なら、術式で生み出した氷に触れたり。呪言なら、呪言を受けた対象に触れたり。──つまり憂太が模倣した術式を使って誰かに攻撃してくれれば、それを起点にしてその術式を呪具化させる事はできるよ」
「でも、それってある意味『模倣術式の産物』とも言えませんか? もしそういう判定になるのなら、呪具になるのは、僕が模倣した術式じゃなくて僕の術式のような気が……」
「それについては大丈夫だね。例えば憂太が呪言を模倣して拡声器を作ったと仮定する。その拡声器を利用して呪具を新たに作れば、それは『模倣術式の産物』って判定になるから模倣術式の呪具になる。だけど、呪言を模倣して作られた拡声器が使われた対象を利用して呪具を作る場合は、呪言を使われた判定になるんだよ」
「あっ……! そういう事ですか!」
「ややこしい説明になっちゃったけど、大丈夫?」
「つまり──模倣術式の産物→呪具化→模倣術式の呪具だけど、模倣術式の産物→使用→術式対象を利用して呪具化→模倣元の術式の呪具──っていう理解で合ってますか?」
「そうそう、その通り! 要するに、呪具にしたい術式を使うのがミソってワケだよ」
「なるほど、それなら納得です! 確かに模倣した術式を使う時って、自分の術式を一旦経由してその術式を使うというより、シンプルに、模倣した術式そのものを普通に使う感覚ですし……!」
「じゃ、早速やってみようか。打たれ強い金童子にその攻撃をぶつけてみて」
『知っているぞ、主。こういうのをサンドバッグと言うのだろう?』
「まぁまぁ。……さ、憂太。祓わない程度にコイツに攻撃をぶつけてみてくれ」
「分かりました!!」
『「金剛拳」ッッ!!!』
「『
「ぐぁああああっっ!?」
乙骨はリカと接続し模倣した術式を使える状態に条件を整える。そして、術式を発動させた上で更に守りを固めた金童子に、仙台結界で烏鷺より模倣を果たした「空を面で捉えて操る術式」をぶつける。
捉えた相手ごと空間の「面」を割り砕くことで、金童子の術式の防御は、虚しくも貫通してしまう。春夏による強化を受けていても尚、ちょっとばかり大きめのダメージを受けてしまった。
「金! 金剛拳を解除しろ!」
『ム……』
「極ノ番『求』ッ!」
『痛っ!』
金剛拳を発動された状態では、図らずもそちらを呪具にしてしまう可能性がある。なのでそれを解除してもらった上で、宇守羅彈のダメージが消えないうちに極ノ番を使用することで、その術式を呪具にしてしまった。
「はい完成っと。お値段は……うーん。お幾ら万円、払えるかな?」
「え、と……防御貫通技ですし、使い勝手もいいので2000万円、とかですかね……?」
「ちょっと安いけどね。でも学生に2000万円はデカくない? 大丈夫?」
「1年以上、特級術師として酷使されてきたので、お金だけはありますから。──リカちゃんとの接続無しで、しかも時間制限も無しで使えるんだから、3000万円でも安いか……でも海外行ってたせいであまり任務こなせてないからな……うーん……」
「そうそう。接続無し、時間制限無しで使えるのはデカイよね。流石、模倣の術式を持つ憂太は、話が分かるね。自分の術式とは違う術式をも利用できるという、絶大な有利! これだから術式効果を持つ呪具は自然と高くなるのさ」
「──8000万円! これでどうでしょう!?」
「急にインフレしたな!? 嬉しいけど、もう少し安くていいよ、学生だしな」
「いえ、うち5000万円は先輩の処刑手当です! 先輩の死刑を執行した旨の報告時、臨時手当として総監部から5000万円を受け取ったので……」
「ファッ!? 俺の命、5000万円!?」
「なのでそれをそのまま先輩に横流ししようかと! それで足りますか……?」
「…………4000万円。それ以上は受け取らん」
「どうしてですか!?」
「マコラとマコを備えていたとはいえ、俺の死刑を執行して蘇生させてくれたワケだからさ。実質的に俺の死刑を帳消しにしてくれた。そういうワケで、借りを返すって意味で学割も込みで4000万円。今日中に振り込んでくれ。そしたらコレを渡そう。口座はコレね」
「は、はいっ! 振り込み行ってきます!!」
「毎度あり〜」
足取り軽やかに去っていく憂太を見送っているとずっと黙っていた命がツンと春夏の脇腹を指で強く突く。見れば、とても不機嫌そうな顔で春夏を強く睨みつけている。
「な、なんだよ急に?」
「今のはあまりにも安くし過ぎではありませんか? 釈魂刀が5億円である事を考えれば、防御貫通との言葉が真実なら、少なくとも1億円は付けられると思いますけど?」
「そうだな。俺なら、1億5000万円〜2億円にするかな。もちろん、等級は特級呪具だね」
「それを、約4分の1の4000万円ですって!? 一括で支払いされるからと目が眩んだのですか!? いえ、春夏さんに限ってそんな俗物的な事は無いと思いますけれど!」
「今後は、正規の値段で売り付けるさ。憂太だって特級術師なんだ。五条先生ほどじゃないにしても、東京校ではトップの稼ぎ頭だからな。お金はある」
「……はぁ。本店がどうして分店と変わらない程度の稼ぎなのか、今日、理解できましたわ……」
「けど、安くするお陰でリピーターがつく──と、そう考えたら?」
「まぁ……他の呪具屋より品揃えが豊富ですからね。本店ではレンタルもやっていますから、必然的に、リピーターは増えるでしょうけども……」
「長期的に見れば、案外、これでいいのかもだぞ」
「そのせいで、呪具の価値を理解できない愚か者が増えては意味ないと思いますけれど。まして知識の下地が無い高専の生徒に教え込むには、知識が無い今こそが絶好の機会では?」
「それはそうなんだが、それはもはや洗脳だから。そういうやり方は、俺は好かないかな」
「全くもう……損をするのは未来の私達ですよ?」
「なら、その時は五条悟に聞いてみるさ。生徒達に安く提供し過ぎたから、補填できないか、ってね。俺を高専に連れてきたのはあの人だからな」
「全く、仕方ない人……」
それからも暫く、様々な客の対応をしていると。春夏達の市場に禪院真希がやってきた。その手にはやはり釈魂刀。生で見るのは今が初めてではないが特級呪具・釈魂刀の登場に2人は目を輝かせる。
「やっぱ何度見てもスゲェ、マジモンの釈魂刀……」
「感じられる呪力が研ぎ澄まされてますわ……!」
「春夏。ちょっといいか?」
「はいはいなんでござんしょ、できる事なら何でもやりますよ!」
「話がある。……来てくれ」
「え。あ……はい……」
「ここはお任せを〜」
急な呼び出しに戸惑う春夏と反対に、命は呑気な様子で手を振って春夏達を見送る。真希が前に立ち春夏を先導し……2年生の教室に到着する。
鍵を閉めると、手近な机に座り、大きな溜め息をつく。見るからに不機嫌そうで、とてもではないが春夏から「話って何?」と切り出せそうな雰囲気は毛ほども無かった。
早く戻りたいんだけどな──とソワソワしている彼の様子に気付くと、意を決したように話し出す。
「……はぁ。話ってのは……そう、コレだ。釈魂刀についてだ」
「! あ、あぁ、釈魂刀ね! いや凄いよね、まさか禪院家にあったなんて夢にも──」
「無かったよ」
「……へ?」
「死滅回游に参加する前に──禪院家の忌庫にな、行こうと思ったんだ。そしたらもう、家のヤツらの手によって、どこかに運び出された後で、もぬけの殻だった。そこには殺したい程に大嫌いな親父と、大事な妹だけが居た」
「妹……」
「妹──真依と私が忌庫に来るってのは、どうやら読まれていたらしい。けど、私より一足先に真依が来たようで、ただ1人、親父に殺されかけてたよ」
「…………は?」
「私が着いた時、まだ息はあった。親父を処理して真依を助けようとしたが、あっさり負けちまった。私も真依も呪霊が飼われてる懲罰房にブチ込まれ、今にも呪霊共に喰われそうって時にさ──アイツ、最後の力を振り絞って……やらかしやがったんだ」
「最後の力……って、まさか……」
「春夏の妹と、同じ道を選んだんだ。この釈魂刀はアイツの形見。お前のそのバッグと、お揃いだな」
「────ッ!!」
「真依もな、構築術式を持ってたんだ。だから前に春夏の妹の話を聞いて、気を付けようと思ってた。けど、ダメだった。何度も呼んだ、何度も止めた。でも、私の声はアイツに届かなかった……」
「……っ」
「『全部壊して』──ってさ。それが遺言だった。だから壊した。全部壊してやった。ムカつく奴も、話した事も無い奴も、名前も知らん奴も、全部な。それが叶った時──『全部壊せたね』って、アイツ笑ってたよ」
「……そっか。笑ってたんだね」
「なぁ、春夏。私は──どうするのが正解だったんだろうな。あの時は私も死に掛けてた。呼ぶのも、止めるのも、あれ以上は無いなと、今でも思える。あの時の私なりに、全力で真依を止めたさ。でも、もっと、何か私にできる事があったんじゃないか、そうすれば真依は死なずに済んだんじゃないか──そう思わずにはいられなくてな」
「……まぁ……そういう後悔はあるよ、絶対に」
「私が居る限りアンタは不完全だ、とか。そんなんどうだって良かった。私は、強くなって、アイツの居場所を作りたかった。それだけなのにあのバカ、私を置いて……1人で逝きやがった」
下唇を噛み、悔しさを露わにする。プツ、と唇が切れて、鮮血が垂れ落ちる。ミシミシと、握られた机が嫌な音を立てる。今にも握り壊しそうだ。
「どうするのが正解だったか、なんてのは、今でも分からないよ。四六時中、本人を監視するワケにもいかないし。ただ1つ言える事があるとすれば──きっと真依さんは、真希さんの事が大好きだったんじゃないのかな。自分を犠牲にできるくらいにさ。それだけ、大好きな真希さんの役に立ちたかったんだろうね」
「そんな殊勝なこと考える奴じゃねーよ、真依は。そんな奴が『全部壊して』なんて言うか? てか、どうしてそう思う? そっちがそうだったから?」
「まぁ、ね。けど実際、真希さんの役に立つような呪具を作ってくれたんでしょ?」
「そ……そりゃあ、私に全部壊させる気だったんだ、だったら私の役に立つ呪具を作るだろ……好きとか、そういうの関係無しにな」
「……ははっ。仲良しそうで何よりだよ」
「話聞いてたかオマエ」
「うんうん聞いてた聞いてた。まぁとりあえずさ。真依さんが悲しむような事にならなきゃそれだけで良いと思うよ。大好きな人には無事で居てほしいと願うものだから」
「……つってもな……」
「大丈夫。明後日の決戦は、ちゃんと、五条先生と俺で片付けるから。皆が前線に出る必要が無いようキッチリ終わらせてくるさ」
「……は? お前、何を言って……」
「さぁて、お店に戻らないとね。真希さんも、何か欲しい呪具とかあったらすぐ言ってね。可能な限り安価で提供させてもらうから」
「おい春夏!」
「あ〜忙しい忙しい」
「……春夏……何を考えてやがる……?」
真希の声を無視して、春夏は教室を出て行った。忙しいと言う割にその足取りはどこかゆっくりで。決戦の日を迎えるのを拒んでいるような──臨時の出店に戻るのを嫌がるような。そんな、どこか重い足取りだった。
────そして2日後、12月24日。とうとう決戦の日がやってきた……。