とある青年呪具屋の呪術記録《カースレコード》 作:サマーオイル悟
交流会も順調に進んでいるのだろう。あちこちで呪力が弾けるような、そんな新鮮な感覚が、春夏の呪力感知の網に引っ掛かっていた。
呪具の手入れを終え、道場を借りた特訓を終え、休憩ついでにと、漏瑚から奪った呪具や呪物などの観察や記録、高専内の探検を楽しんでいると。
「……は?」
高専に、帳が降りた。春夏は帳の外だ。交流会に出席している生徒を閉じ込める帳のように思えた。
しかも特級呪霊であろう呪力の塊が複数、しかし己の気配を隠すようにして、個別に行動している。そしてその中の1つが……。
『あれ? まだ居たんだ、面倒だなぁ』
「……ッ!?」
ツギハギ顔、オッドアイの銀髪の呪霊が現れた。隠密行動中なのか、気配をよく隠しているものの、特級呪霊らしき気配はギリギリ隠しきれていない。
いや、違う。背後に、しかも残り数mにまで接近されるまで、気付けなかった。──気配を隠すのがあまりにも上手すぎる。等級の低い呪霊の出現すら気付ける春夏が、気付けなかった。
『制服? てことは、君も学生? 学生だったら、どうしてこんな所にいるの? もしかしてサボり? サボりは良くないねぇ』
「お前……特級呪霊か!」
『まぁいいや、死んじゃえ』
「ッ!!」
手を伸ばしてくるツギハギ呪霊。仮面を装備し、タッチのような攻撃から身を守ろうとするが。*1
(黒い背負いバッグ──!! もしかして、漏瑚が言ってた「呪具使い」か! うーん、折角だし俺も戦ってみたいけどなぁ……)
ツギハギ呪霊こと
春夏と戦った漏瑚は、雑談する仲になったことを除いて、渡辺春夏という人間の事をしっかりと情報共有していた。
既に完成された領域を会得していること、そして必殺を除く「必中」のみの領域であり押し合いには滅法強いこと。
真人はまだ、虎杖悠仁と七海建人の2人、そして今この場に侵入してきて彼の行動を邪魔した高専の術師数人としか戦った経験が無い。
好奇心が強い真人は、考えた事を試そうとする。しかし、先人の教えに従うという殊勝な考え方も、決して、無いワケではなかった。
今こうして春夏への攻撃の手を止めているのも、領域に至って長い漏瑚が「
真人も、漏瑚のアドバイスを嘲笑う事なく「実際領域に巻き込まれた漏瑚が言うんだしな」と素直に受け止めていた。
『……やーめた』
「……?」
真人の手が、春夏に触れることは終ぞなかった。どこかのゴム人間のように伸ばしかけたその腕を、シュルシュルと元通りに戻す。
『
「呪具……お前、火山頭の仲間か?」
春夏も春夏で、呪霊と雑談する仲になったことは誰にも言っていない。だからこそ漏瑚という名前に特に反応は見せずに、さも自分が呪具を全部奪った呪霊→つまり火山頭のことだろう──という思考に至ったように、演技をしてみせた。
『あはっ、ビンゴ! あっぶねー、地雷回避!』
漏瑚は春夏に言った。「仲間に殺されるな」と。その「仲間」というのがこのツギハギ顔らしいと、春夏は直感する。
そしてそれと同時に、春夏の返答を聞いた真人はニィィッと、邪悪さ溢れる笑顔を見せる。
「おい、お前」
『ん?』
「呪具とか呪物とか、持ってないよな?」
『さぁ? 漏瑚のように俺も何か持ってるかもね』
「俺も確認したかっただけだ。お前は持ってない。そういう気配が無い」
『気配? 呪具や呪物の気配が分かるのかい?』
「分かるから、真っ昼間から火山頭とエンカウントできたんだろーがよ。聞いてないのか?」
『────ッ!!』
真人は目を見開いた。帳と花御、数人の呪詛師を囮にしてこれから自分が高専で行う任務を思えば、呪物の気配を知覚してしまう春夏は──恐らくは、現代最強の五条悟に次ぐ脅威だからである。
(漏瑚の話を聞いて、夏油は「もし仮に渡辺春夏と出会しても決して戦うな」と言っていた。コイツの強さを警戒した発言じゃない。こっちにとって厄介なのはコイツの強さではない。様々な呪具、そしてそれを適切なタイミングで使う
「……どーやら、聞いてなかったっぽいな」
(それに次ぐ警戒ポイントは──身体を再生したてホヤホヤで呪力が枯渇した漏瑚が相手だからって、領域に閉じ込めた程度で無力化できたってところ。普通は有り得ない。だけど、それができるって事はつまりコイツの領域は対呪霊に特化しているということ! 俺とは相性が幾重にも悪すぎる……!)
警戒心を露わにして春夏を見据える真人の額に、汗が一筋、キラリと光る。
『チッ……恨むよ、夏油……!』
「あん?」
『……逃げよっと♪』
ぺろりと舌を出すと、小人のように小さな身体が大量に出現──つまり細かく分裂し、春夏の前から去っていった。あまりにも唐突な邂逅、あまりにも唐突な退散に春夏は混乱しか無く、わぁわぁと奇声を上げながら逃げていく大量の真人を追う事はできなかった。
小さすぎる気配が全方位に散っていく。その中の幾つかは踏み潰すなり呪具を用いるなりで祓えた、しかし本体を上手く叩けたような手応えは無く。
「……チッ。何だったんだ、アイツ」
帳の中には特級呪霊と、それを抜きにしても身に覚えの無い呪力の気配がある。春夏は逃げて行った真人を追う事は無く、マイペースに高専内の探検を楽しむことにした。
──が、その先で、真人により殺害された術師や高専関係者の遺体を発見し彼のお散歩気分は瞬時に霧散してしまった──。
そして、そんな彼を見張る者が1人……。
◆
(追ってこない? コイツ、本当に高専の術師か? 遭遇した特級呪霊を、そのまま逃がしたままにするなんて思えないけどな。というか、虎杖悠仁から、何にも聞いていないのか? それとも虎杖のヤツ、吉野順平を殺した俺のことは、自分が祓いたいとか思って黙ってんのかな……?)
そう真人(の分身の1つ)である。春夏が本体の任務を邪魔するようなら、春夏の気を引く為にと、分身を残して春夏を見張っていたのだ。
それなのに春夏は高専の敷地内を、帳を壊そうとする気もサラサラ無いといった様子で、平然とした顔で闊歩している。真人も困惑しかなかった。
そしてその先で上記のように遺体を発見すると。
「……チッ。台無しだな、クソが」
そう呟くなりどこかに電話をし、補助監督数人と合流──遺体の運搬を始めた。そこまで見送って、真人の分身は春夏の監視を終了。
忌庫への侵入、特級呪物数点の回収という本命の任務を終えた真人と合流しに向かった。
◆
「…………居なくなりましたよ、伊地知さん」
「わ、わわ私達を見張ってたという、呪霊ですか? しかしどうして……」
「役割を果たした──そう見るのが妥当でしょう。目的はイマイチよく分かりませんけどね。あの謎の帳を壊させたくないワケでもなさそうだし、遺体を発見させたくない、もしくは逆に発見させたいってワケでもなさそうだし。ったく、呪霊の考える事は分かんないですね」
「全くです……」
そう雑談でもしていないと気分が悪くなりそうな春夏であった。頭部が醜く変形して膨らみ、涙やら血やらを垂れ流して。伊地知が言うにはツギハギの術式らしく、それを知った春夏は次会ったら絶対に祓おうと決意した。
それにしても。
「夏油……か」
「え?」
「あぁいや、さっき言ったそのツギハギ──えと、真人ってんでしたっけ? 虎杖と七海さんって人が戦って、俺がさっき会ったツギハギ顔のヤツ」
「ええ、恐らくはそうですが……」
「真人のヤツ、逃げる前に『恨むよ夏油』的な事を言ってたんスよ。けど、夏油って去年、五条悟──五条先生が殺した、百鬼夜行を起こした呪詛師の名でしょう?」
「……はい、五条さんが手を下したと聞いています」
春夏は当時、当然ながら京都に居た。だからその百鬼夜行に遭遇していた。もちろん、イチ道具屋の春夏が戦場に駆り出される事は無かったが、周囲に現れた呪霊は、テキトーに狩っていたのである。
「何だろ。『恨むよ外道』の聞き間違いッスかね? でもあの言い方だと、まるで、真人とかの呪霊達の背後に、その夏油だか外道だかが居て──裏で糸を引いているみたいですよねぇ」
「……ッ!」
「? ……伊地知さん?」
「春夏さん、その時の話をもう少し詳しく──」
「!!」
何かに気が付いたらしい伊地知は、遺体の運搬を他の補助監督に任せ、春夏の袖を引き2人で列から離れる。そして彼に詳しく話を聞き出そうとするが今度は春夏が「ある気配」を感じ取る。
「────これは……呪物……しかも特級か?」
彼は持ち前の「呪物の気配を感じ取る」特技で、特級呪物らしい「凄まじい呪いを帯びた物」が移動しているのを感知する。しかもその数、少なくとも6、いや7個以上は確実。その上、その中の複数が彼の家で祀られていた特級呪物「両面宿儺の指」と同質の気配を放っていた。
まるで秘匿するように隠されてはいるが、消えるように微弱な気配でも「質」までは変わらない。
呪具や呪物を扱う店の子として育った春夏だから微かな呪いの気配すらも感じ取れるようになった。そして、だから気付くことができた。現在進行形で呪物が高専から盗まれている……と。
「あの、伊地知さん。まさかとは思うんですけど、高専……呪物を保管してたりします? 特級の……」
「え? はい、忌庫に保管されています。しかし、その入口は様々な方法で隠されていると聞きます。私もここの卒業生ではありますが、入ったことなど一度もありませんし、入り方も分かりません……」
「多分その呪物、盗まれてますよ。現在進行形で」
「ええッ!? どっどっどどどどどうして!?」
「……帳も呪霊も、泥棒する為の陽動作戦じゃ?」
「そんな!! で、ですがどうして盗まれていると分かるのですか!?」
「そこはほら、俺、呪具屋の息子なんで。呪具とか呪物の気配なら、ある程度は分かりますよ。まぁ、手に取るようには分かりませんけどもね」
「そそそんな……どうしましょうッ!?」
「とりま、俺が追います。伊地知さんは五条先生に連絡してください。帳の上に浮かんでる黒いヤツ、あれ、五条先生でしょ? 逃げ足早いんで、俺も、急いで追います」
「しょっ、承知しました!!」
伊地知に早口で言い切った春夏は、呪力にて強化した足で、幾つもの特級呪物を持って逃げる気配を追いすがる。しかしかなり早かった、このままでは逃げられてしまうだろう。
駐輪場までは遠い、自転車を取りに戻っていたらそれこそ逃げられてしまうだろう。かといって移動速度を速める呪具──いや、そんな物は無かった。
春夏は歯噛みして、そして、舌打ちした。
「どーして、由緒正しくて歴史ある道具屋の俺でも拝めねえ超絶激レア呪物を──お前ら如きクソ共が持っていけると思ってんだよ……!」
要は、嫉妬である。
泥棒など許さないという正義の心、呪術師として呪霊や呪詛師を許さないという正義の心──そして高専に侵入され呪物が盗まれたことへの焦りなど、そんな気持ちは一切ない。全く、ありはしない。
彼の心に渦巻くのは──由緒正しい道具屋出身の彼でさえ見た事の無い呪物を、呪霊或いは呪詛師が目に・手にしているという現実への、嫉妬だ。
「ッ! あの銀髪は────!!」
上空特有の強い風に吹かれてひらひらと揺れる、長い銀髪。ツギハギ呪霊こと真人である。
そんな彼の両腕は、まるで天使のような白い翼に変化しており、白い風呂敷のような布っぽい何かを背中に背負いながら、
さっき春夏が真人と邂逅した時は、あんな荷物、背負ってはいなかった。
それの意味するところ…………。
「お前が盗んだのかッ!! 真人ォッ!!!」
『ん? 俺の名前どこで知ったの? 虎杖悠仁から聞いた──ワケじゃなさそうだけど?』
「宿儺の指、何本も持ってやがるな!? しかも、他にも何か盗んでやがる!! そうだろ!?」
『あははっ! 何を盗んだのか聞いてどうするの? しかもそーやって走って追いかけてくるって事は、空を飛ぶ系の呪具とかは、持っていないんだろう? 聞いたって追い掛けたって、無駄しかないよ!』
「うるせぇ黙れ! 祓ってやる、降りてこい!!」
『どうせ忌庫の在庫を確認したら分かるんだしさ、学生らしく先生のお話でも待ってなよ! んじゃ、また会おうね〜!』
「待てコラァ! 逃げんのか、卑怯者がぁっ!!」
『卑怯で結構! それこそ
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
離れていく。
小さくなっていく。
ゲラゲラと笑い、地面を走るしかない彼を空から見下ろし、雲の少ない快晴の空を羽ばたく呪いが。
盗まれていく。
遠ざかっていく。
御三家クラスではないにせよ、呪術的に見れば、家柄と血統が揃った春夏でも目にした事の無い──そして下手をすれば今後の人生でも目にする機会が無いであろう、希少なことこの上ない特級呪物が。
離れていく。
遠ざかっていく。
小さくなっていく。
ズルい。羨ましい。許せない。ふざけるな。
そんな負の感情、ドス黒い感情が。多少は普通とズレていても、比較的「善人」として見られやすい春夏の心を強く、深く、鋭く突き動かして。
近所で百鬼夜行が起きても、家が呪霊に襲われるという緊急事態に見舞われてもそれでも越えまいと踏みとどまっていた「一線」を、越えてしまった。
「────奪い返すぞ、
ちなみに呪具を扱う「技量」に関してのみ言えば、春夏は真希より少し劣ります。その代わりあらゆる呪具を広く浅く使えます。
皆さん、文字サイズなど設定してますか?
本作は「横1行=全角23文字」になるよう字数を調整しているので、それに合わせて頂けると改行部分など少し読みやすくなるかもしれません。
(作者の執筆環境がコレである為……)