~夜 アビドス高校、正門付近~
昼間にはあんなにも暑いアビドスも、夜になれば冷たい風が吹き、しん......。と静まり返った静寂が支配する。
柴大将を病院へ連れていった後、ノバナ一行はアビドス高校へ招待されそのまま宿泊させてもらっている。明日はノバナ達を含め、大将のお見舞いに行く予定だ。
皆が寝静まった頃を見計らい、ノバナは一人校舎の外に出ていく。......昼間、自分に向けられた視線の主に会うために。
ノバナの息づかいだけが大きく聞こえる、そんな静かな夜に、アビドス高校の外では月の光に照らされた影が一つ、伸びている。
「......久しぶりだな、ノバナ。私たちを裏切って、捨てて、今では随分と楽しそうにしているじゃないか?」
「サオリ、だよな?......その、元気だったか?久しぶりに、お前の顔が見れて嬉しーーー」
「元気だったかだと......?最初に口にする言葉がそれかっ!?」
「っ!」
「元気かだと?ああ、元気さ。お前が姿を消した後も続く、最早誰のものなのかも分からない「憎悪」や「怒り」......。マダムから教えられる「悪意」に、何の抵抗もなく馴染んでしまう程度にはなっ!!」
「そ、んな......」
サオリと呼ばれた少女は、ノバナに対しそう叫ぶ。その叫びを受けたノバナは、顔から血の気を失くし、カチカチと歯を鳴らして蹲る。
「そんな......。違う......アタシは、あの子達を助けるために、力を求めて......」
「......お前が当時、どれだけ私たちの事を大切に想ってくれていたかは、理解している。......だが!どのような理由があるにしろ、お前はあの日!あの時!私たちを捨てたんだっ!」
両手で顔を覆い、ブツブツと呟き続けるノバナにサオリは堰を切ったように言葉を、感情を叩きつける。ノバナはサオリの叫びに、体を震わせてそれを受け入れていた。
「信じていたのにっ!ノバナなら......姉さんなら!私たちアリウスの「家族」を、守ってくれるって!ずっと、側にいてくれると疑わなかったのにっ!なのに......っ!......なぜ、私たちも一緒に!連れていってくれなかったんだっ!?」
「ごめん......ごめんなさい、サオリ......。ごめん......」
「うぅ......!うああぁぁぁーーーっ!」
サオリは一通り長い間、自分の中に溜め込んでいた感情をノバナにぶつけると、泣きながら謝り続けるノバナに抱き付き自身も泣き出してしまう。
そのままある程度長い時間を二人で泣き、落ち着いた頃合いでサオリは先程とはうって変わり、涙を拭いながら「普通」に声をかける。
「ぐす......。姉さん、落ち着いたか?」
「ああ......。サオリ、まだアタシを「姉」と呼んでくれるのか......?」
「......当たり前だ。さっき叫んだ言葉も本心だが、ノバナ姉さんが「家族」であることを忘れたことは一度もないからな」
「ざおりぃ......!ごめん、ごめんね”ぇ......!」
「まったく......。ほら、ティッシュだ。使え」
「あ”りがとね”ぇ......!チーンっ!!」
「汚ないな!?」
感極まりすぎたノバナはまた泣き出すが、すぐにある疑問が頭を過りサオリに問いかける。
「うう......。その、サオリ?一ついいか?」
「ん?何だ?」
「ええっと......。さっきはあれ程アタシに対して、怒りをぶつけていたのに、なんで今は普通に会話が出来ているんだ......?」
「ああ、何だ、そんなことか」
「いや、そんなことってお前......」
「姉さんに対する怒りは本物だが、最初に言った「憎悪」云々は半分は嘘だからな。アリウスの一部を除いた、ほぼ全ての奴らは表面上はマダムに従っているが、内心では抗っている。......アイツが声を上げなければ、こうはいかなかっただろうな」
「アイツ?」
「ああ。「白州アズサ」を覚えているか?」
「アズサって、あのメンタルお化けの?」
「そうだ。私たちはノバナが居なくなった後は皆、生きる希望を失っていた。だけど、そんな風に塞ぎ込んでいるとアズサが言ったんだ」
「何て言ったんだ?」
「『ノバナが居なくなって、生きる希望を失った?馬鹿なの?』その一言で私たちは、怒りに燃えたんだ」
「ええ......?」
大切に想っていた人物の喪失。その悲しみに暮れている時に、アズサの一言は全員の神経を逆撫でしたらしい。
「それはもう凄まじかった。姉さんが居なくなって悲しんでいるのに、そんな私たちに対して「馬鹿なの?」だぞ。そりゃあ皆、怒り狂ったさ」
「何やってんだ、アズサ......」
「そこからは、アズサ対私たちでの「アリウス式話し合い」だ。マダムの目を盗んで、それは一週間続いた。......訓練の後にあれは、今思い出しても地獄だった......」
「サオリにそこまで言わせるって、相当だな......」
遠い目をしながら、昔を思い出しているサオリ。その反応を見て、ノバナは頬をヒクつかせる。
「相当だったぞ。なにせ訓練で散々痛め付けられているのに、その後に何事もなかったように連戦するんだぞ?あれはもやは恐怖だった......」
「......ん?でもアズサって、そんなに強かったか?」
「技術や単純な力という意味なら、圧倒的に私たちが上だったさ。だが、アズサの強さはそこじゃない......。心の強さが、異常だった」
そう、あの時のアズサは異常だった。どれだけ肉体にダメージが蓄積しても、倒れても、私たちが全員根負けするまで立ち上がり、何か強い意思を秘めた瞳で真っ直ぐに射貫いてきた。
「まあ何はともあれ、私たちが全員根負けした時にアズサは言ったんだ。『これで私の勝ち。全員、最後までノバナを信じて。私たちの家族は、絶対に私たちを見捨てたりしない。だから、絶対に諦めないで』とな......」
「アズサ......」
「そしてこうも言った。『それはそれとして、私たちを悲しませたのは事実。だからノバナが戻ったら、全員で一発殴ってやろう』ってな?」
「へ?嘘だろぐべらっ!?」
「ふぅー......。よし、取り敢えず私は満足だ。......大丈夫か?」
「大丈夫ではないかも......。でも、強くなったなサオリ。今のはマジで効いたよ」
「ふっ。伊達に精鋭部隊のリーダーは務めていないさ」
「そうか......。サオリ、これまでの事を色々聞かせてくれないか?」
「ああ、ノバナの話しもな?」
そうして二人は空白の時間を埋めるように、夜更けまで沢山の話をした。
「色々話したが......ノバナはまだ帰れないのか?」
「悪い......こっちにも、お前たちと同じくらい大事な奴らが出来ちまった。だけど、絶対に戻る。......あのババアと違って、やっと信じられそうな大人にも出会えたしな。そう遠くないうちに、助けに戻るよ」
「シャーレの先生か?......実は私も、その補佐に就いている大人の方に不思議と安心感を抱いているんだ」
「補佐......。ああ、シキの姉御か!何処かで知り合ったのか?」
「前に少し、マダムの指示でな。その時に少しだけ話をしたが、アリウスの家族以外にあんな気持ちになれるとは、思ってなかったんでな。そういえば......今になって思えばどこか、アズサに近いものを感じたような......?」
「アズサに?まあ確かに、姉御もかなり強いからな。そういう意味では、似てるのかもな」
「いや、私が感じたのはそういったものではなく、もっと......」
「まあとにかくだ!近々、アタシはお前達を迎えに行く!だから、それまでは皆を頼んだぜ?サオリ」
「......ああ、待っているよ。ノバナ姉さんこそ、あまり遅くなるなよ?」
お互いの拳を合わせて笑い合う。ノバナに背を向けてその場を去ろうとして、サオリは思い出したように口を開いた。
「そうだ、一つだけ言い忘れていた」
「どうした?」
「姉さんは、「
「スバルっていうと、アタシにくっついて離れなかった、あの?」
「そのスバルだ。......アイツは姉さんが居なくなって、アズサの件が落ち着いてから、姉さんの代わりを目指してな」
「アタシの代わり?」
「姉さんのいた当時から、マダムの教育に染まってしまった奴らがいただろう?そういった一部の奴らを、姉さんは気にかけてケアしていた。それを今は、スバルが引き継いでいるんだよ......アリウスの家族は私が守るって」
「まさか、一人で?」
「スバルの希望でな......。『ノバナ姉さんのやり方は私が一番側で見てきたから、私に任せてほしい』と言われてな......。強情さではアズサに引けを取らないよ」
「スバル......」
ノバナが思い出すのは、スバルの幼かった姿。いつも自分の後を着いてきて、いろんな手伝いをしてくれていた。
「スバルは頑張っているが正直、限界だと思う......。いつ、アイツ自身が潰れてもおかしくはないだろう。私も気にかけてはいるが、姉さん......スバルを助けてやってくれ......」
「......ああ、任せろ!」
「その言葉を聞けて、安心したよ。......じゃあ今度こそ、これで。また会おう、姉さん」
挨拶を最後にサオリは、夜の闇に消えていった。
(色々と皆に、迷惑をかけちまってるな......。待ってろよ、クソババア......!直ぐにアリウスから、お前を追い出してやる!)
そう決意を新たに、ノバナは校舎の中へ戻っていった。
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「希望ノバナ......。本来の物語には存在しない、イレギュラー。立場としては、こちらも同じではあるが......。ふむ、この繋がりは使えるやもしれんな」
校舎の屋上。そのフェンスの上に腰掛け、先程までのやり取りを一部始終、見聞きしていた「スカサハ」は思案する。
「最早この世界は、本来の流れより大きく外れている。シキよ......選ぶのはお前だ。破滅に向かうも、終わらぬ明日を目指すも、全てはお前の選択次第......。お前達の未来に、幸多からんことを願っているぞ......」
スカサハは寂しげに呟くと、静かにその場を後にした。後には元の静けさだけが、アビドスの夜を支配していた。
元々予定していた話しに、アリウス編読んだ勢いで修正をして投稿......。
やべえ、エデンでは地獄しか見えない......。