今回、ちょっとだけ曇ります。あと長いです。
~アビドス高校 正門前~
「......遅い、遅すぎる!もう真夜中だよっ!?もう待てないっ!」
「ちょっと、ホシノちゃん!落ち着いてくださいっ!」
「放してよ、お姉ちゃんっ!お母さんが......お母さんが待ってるっ!!」
「いいえ、放しませんっ!お姉様が必ず帰ってくると、そう約束なさったのでしょうっ!?であれば必ず、お姉様は帰ってきます!帰ってくるんです......!!」
「ホシノにワカモ、ずっと気を張り詰めすぎだ。そんなんじゃ、シキさんが戻った時に心配させてしまうよ?私が代わりに待っているから、ホシノ達はーーー」
「っ!!何で先生はそんなに平然としてるのさっ!?それでも元恋人っ!?」
「ホシノちゃんっ!言葉が過ぎます!」
「だってそうでしょっ!?普通は大切な人が安否不明になったら、取り乱すくらいするでしょっ!?......それとも何?あんだけ未練ありますって態度とっておいて、本当は外面だけ取り繕ってお母さんをキープしてただけとかーーー」
「っ!!少しは冷静になりなさいっ!!」
「痛ッ......!?お姉ちゃん、何で......」
「......少しは冷静になりましたか?では、その冷えた頭でよく先生を見てみなさい」
「......ぁ」
シキの帰りが遅く、連絡もないまま時間だけが過ぎて焦りと不安に支配されたホシノ。彼女の過去を考えると、大切な人が
そんな状態だからか、つい反射的に先生に八つ当たりしてしまった。最低なことをしていると理解できていても、言葉を止められずに遂には姉に頬を打たれてしまった。
そしてその姉の言葉に、多少は冷静になった頭で先生を罪悪感のこもった目で確認する。ーーーそこには様々な感情を必死に押し殺し、
「せ、先生......ご、ごめんなさいっ!わ、私、先生の気持ちを考えずに、最低なことを......!」
「......大丈夫だよ、ホシノ。君の不安は、よく理解出来ているつもりさ。......それにね?昔からシキさんには、ハラハラさせられてきたからね!でもね、必ず最後には戻ってきて何でもなかったかのように「ただいま」って言ってくるんだ。だからね?今回も必ずシキさんは、私たちのところに帰ってくるよ......」
「先生......」
「二人とも!さっきも言ったけど、今日はもう休んで。元気な姿でシキさんに「おかえり」って、言ってあげよう?」
「......そうですわね。さ、ホシノちゃん。行きましょう?」
「あ......。うん......。先生、お休みなさい」
「うん。二人とも、お休み」
憔悴しきったホシノを、ワカモが支えながら校舎へ向かう。先生とすれ違う瞬間に少しだけ立ち止まり、先生へワカモは耳元で告げる。
「先生......。貴方様こそお姉様を心配させたくないのであれば、その手......ちゃんと手当てしてくださいましね?」
「......わかったよ。ありがとう、ワカモ」
二人が完全に校舎へ入るのを見届けてから、ワカモに指摘された手を見る。その手の平は真っ赤に染まっていた。
「まったく......。
昔の口調......という程の昔でもないが、自身の一人称や口調、シキの呼び方などの変化に気づいていない分、コウも精神的に参っているようだ。
壁に背を預け、力無く項垂れるその姿を普段なら照らすであろう月は、厚い雲に覆われていた......。
**********************
ーーー翌日。
結局、シキは帰ってこなかった。早朝から対策委員会の部室にて、いよいよもってどうするかの会議が開かれることになった。なったのだが......。
「おう、セリカ......随分と調子悪そうじゃねえか......?」
「......そういうノバナこそ、顔色悪いわよ?」
「みんな横にはなったものの、結局シキさんが心配で寝付けませんでしたからね......」
「私たちはまだ、ましな方ですよ......。ホシノ先輩やワカモさんなんて、憔悴しきっていますし......」
「ん、先生なんか一晩中外で待ってる。そろそろ呼びに行ってーーー」
「ーーーみんなっ!これを見てっ!」
「んんんんんっ!!??」(ビックゥ!)
対策委員会の部室に集まった面々は、皆一様にどんよりとした空気に包まれていた。シキが帰ってこなかったことによる、皆に与えた不安や心配は相当なものだった。
特にその様子が顕著なホシノとワカモは、見ていて痛々しい。そんな二人に負けず劣らず、精神的に参っているであろう先生を呼びに行こうとしたシロコ。
椅子から腰を上げた途端、扉を勢いよく開いて大声で呼び掛けてきた先生に、シロコは文字通り飛び上がって驚いた。
「び、ビックリした......。もうっ、先生!もっと静かに入ってきて!」
「ご、ごめんね、シロコ......」
「先生?随分と慌てていたようですが、どうなさったんですか?」
「ああ!そう、そうだよっ!これ見てっ!」
「......映像プレイヤー、ですか?これが一体、どうしたんです?」
「......ついさっきね、カイザーPMCの使いって名乗る人がこれを持ってきたんだ」
『カイザーPMCがっ!!??』
先生の言葉に、驚きのあまり全員で叫んでしまう。ある程度、落ち着きを取り戻した頃合いで映像を再生することになった。
「取り敢えず、中身を確認してみようと思う。......考えたくはないけど、シキさんに何かあったのかもしれないからね」
「そうですわね......。態々、このようなものを届けるぐらいですし。もしかしたら、お姉様はカイザーに捕まってしまったのかもしれませんわ......」
「だとしたら、カイザーの事だし何か要求してきたのかも......。お母さんの事が心配だし、早く再生しようっ!」
恐らくシキがカイザーに捕まり、シキと交換に学校を明け渡せとでも言ってくるのだろうと、そう考えていた。
しかし映し出されたものを確認した時、その考えが甘い事を叩きつけられた。
『ふ、ふふふ......!フハハハハッ!!見よッ!!このカイザーPMC理事である私がッ!!「深紅の悪魔」を討ち取ったぞォッ!!!!』
「う、へ......?お、かあ......さん?」
「ァ......イヤアァァァァァーッ!!??お姉様ぁーーーッ!!??」
「な、何よこれ?へ?何で?何で、シキさんから剣が生えて......。うっ、おえっ!」
「......何ですかこれ?......何なんですか!?これはぁーーー!?」
「......ノノミっ!アヤネとセリカを保健室に運んで!早くっ!」
「は、はいっ!二人ともっ!しっかりして下さいっ!」
「これが......これが、お前らのやり方かよっ!?カイザーッ!!」
ーーー阿鼻叫喚。
映し出された映像......シキが大剣に腹を貫かれ、大量の血を流している姿を目にした。
ホシノは現実を受け入れられず、ぼーっと映像を見つめたまま微動だにしない。
ワカモは映像の意味が解ると絶叫し、半狂乱になっている。
アヤネとセリカは目の前の現実を理解できず、発狂寸前。それを察したシロコが、ノノミに指示を出してこの場から遠ざける。
ノバナは鬼の形相で映像を睨み付け、拳を握りしめる。
そしてコウはーーー。
「帰って......帰ってくるって、約束、したじゃないか......。ねえ、シキ............」
膝を着き、力無く映像の中のシキへ手を伸ばし、うわ言のようにシキの名を呼び続けるコウ。その眼には、一切の光が宿っていない。
そうやってそれぞれが絶望に浸っていると、唐突にコウの端末へ通信が入る。ふと、端末へ目を落とす。知らない番号であったが何も考えられず、気付けば端末を操作して応答していた。
『やあ、シャーレの先生。ご機嫌はいかがかな?』
「お、前......!お前ぇーーーッ!!」
『ハハハハハ!その反応を見るに、どうやら私からのプレゼントは確認してもらえたようだな。どうだ、気に入ってもらえたかな?』
「殺してやるッ!!」
『おいおい、君は「先生」だろう?生徒の前でしていい顔と、言葉ではないぞ?』
「黙れッ!!」
『ふむ......。まるで今の君は、理性の無い獣だな。これでは話も出来ないではないか』
「話......?そんなのは、どうでもいいんだよ......。返せよ、お母さんを......お母さんを返せッ!!」
『ん?君は......おおっ!思い出したぞ!君はあの、
「ーーーッ!!お前が先輩を馬鹿にするなッ!!お前が、お前みたいな屑が、馬鹿にしていい人じゃないッ!!」
『私は事実を述べたまでだよ。それよりも、何だ?君は「悪魔」を母と呼んでいるのかね?だとすれば君も災難だな。君にとって大切だと思った人間が、
ーーーピシリと、ホシノは自分の心に亀裂が入った音を聞いた気がした。
......ああ、そうか。私が悪いんだ。私が、私なんかが側にいるから先輩も、お母さんも居なくなったんだ......。ああ、もう、なんだか疲れちゃったなぁ......。先輩、お母さん、私もそっちに行きたーーー
「ホシノちゃんっ!!」
「お、姉、ちゃん......?」
「あなた今、何を考えていましたっ!?まさか、お姉様の後を追おうなどと考えていなかったでしょうねっ!?」
「......そうだよ。もう私、疲れちゃったんだぁ......。やっと、前を向いて歩けそうだったのにさ?私の生きる意味、全部無くなっちゃった......」
「ふざけないでっ!!」
「し、シロコちゃん......?」
「疲れた?生きる意味を無くした?全部無くした?......ふざけるのもいい加減にして!!」
ホシノの言葉に激昂したシロコが、目の端に涙を溜めて叫び続ける。
「全部無くしたって何?ホシノ先輩にとって、私たちは生きる意味にならないの?私たちの事は、どうだっていいんだ?......私はあの日、ホシノ先輩がこのマフラーを巻いてくれた、あの日から!私の人生は始まったのに......!無責任にそうやって捨てるぐらいなら、最初から手なんか差し伸べてほしくなかったっ!!」
「シロコちゃん......」
強く。強く自身の首に巻かれた、トレードマークとも言えるマフラーを握りしめて、ホシノに向かって想いを叫ぶ。
痛いぐらいの想いを叩きつけられて、ホシノはよろよろと立ち上がりシロコのもとまで歩き、抱き締める。
「ごめんねぇ......。ごめんね、シロコちゃんっ!私が間違ってたよ!ごめんねっ!」
「ずびびっ......!ん......。今回だけは許してあげる。寛大な私に感謝して。......ずびぃーっ!」
シロコに抱き着き、号泣するホシノ。そんなシロコはカッコつけようとし、普段通りの表情を作ろうとしていた。が、涙を堪えて鼻水を啜りプルプルと振るえているため、見る者からはいつもより幼く見えていた。
『あー......。それで、お涙頂戴の茶番はもう終わりかね?いい加減、話を進めたいのだがね?』
「......ん、空気を読めない鉄屑は消えるべき」
『話にならんな......。シャーレの先生。君も話が出来ないのかな?であれば、こちらもこれ以上は無駄な時間を使いたくないのでね。失礼させてもらうよ?』
「......いいや。情けない話だけど、生徒達の姿を見ていて正気に戻ったよ。......それで?話って何かな?」
『ようやくかね。......では結論から言おう。おめでとう、アビドスの諸君!君達の借金問題は解決された!まあ、土地の方はそのままだがね』
「......どういうことかな?」
『そう焦るな先生。今から説明する。......今回、君達から”提供”頂いた「深紅の悪魔」だがね?外の世界の人間であるのにも関わらず、神秘を内包し、あまつさえその神秘を具現化し自在に操る......。こんな特異な検体を得た私は、カイザーの頂点......「プレジデント」へ連絡を取った』
カイザー理事の言い回しに、再度頭に血が昇りかけたが堪える。そのまま無言で先を促す。
『すると、どうだね?「プレジデント」は大層、喜んでくれたよ!私の今後の地位の確約と「悪魔」を元にした研究、実験計画の全権を任されてね?しかも計画の結果次第では、プレジデントの後を継ぐことも出来るらしい。最高だろう?』
「おい、ちょっと待て!シキの姉御を研究?実験?お前ら一体、何をする気だよ!」
『ん?貴様は、役立たずの不良共のリーダーか。ふん、敵に寝返るとは......やはり使い捨ての駒くらいにしか使えんな。お前らは』
「黙れ、いいから聞かれたことに答えろよ」
『口の聞き方がなっとらんが、まあいい。今は気分がいいからな、不問にしてやる。さて、何をするかだったな?それはな......人工的に、我々の手で新たなる「悪魔」を造り出すのさ』
「造り出す......?」
『そうとも。奴を研究し、まったく同じ性能の個体を量産出来れば、我が社はキヴォトスの覇権を握ることも可能だろう』
「お前達はそんなことのために、シキさんの尊厳を踏みにじろうとしているのか......!?」
『我らの崇高な計画を、理解してもらおうとは思っていないのでな。要は「悪魔」のもたらす対価として、貴様らの借金をチャラにしてやったということだ。では、伝えたいことは伝えたのでね。これで失礼するよ』
上機嫌な様子を隠すことなく、理事は一方的に通信を切った。
「ちっ!言いたいこと言って、切りやがった!」
「......皆、少し相談があるんだけど聞いてくれるかい?」
「先生?」
その場の全員を見渡し、一瞬目を閉じた後に決意のこもった瞳で言葉を発する。
「私は、カイザーPMCへ殴り込みをかけようと思う。シキさんを、あんな奴らの玩具になんかさせたくない......!すまないが、君達の力を貸してくれないだろうか......!!」
「......私は先生についていきます。お姉様をお救いするため、このワカモ。今一度だけ、獣に戻りましょう」
「うん、私も行くよ。......せめて、お母さんの尊厳だけは護ってあげたいから」
「私も当然ついていく。シキは、私にとっても大切な仲間だった。絶対に取り返す......!!」
「アタシ達も力を貸すぜ!あの鉄屑達に、絶対に落とし前をつけさせてやる......!!」
「......ありがとう、皆。アヤネ達には、また後で話をするとして......。私は、他に力を貸してくれそうな子達に声を掛けてみるよ」
「うへ。こっちも他に、仲間になってくれそうな知り合いに声を掛けてみるよ。......便利屋とか」
こうしてシキを取り戻すために、各々が動き出した。
(待っていてくれ、シキさん!せめてその亡骸だけでも、取り戻してみせる......!!)
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「まさか、こんな幸運が私に舞い込むとはな。貴様は私にとっては「悪魔」ではなく、「天使」だったようだ」
薄暗い研究室。その中央にある、何かしらの液体に浸けられたシキを、理事は見上げてそう呟く。
それから直ぐに理事は満足そうに一度頷くと、背を向けて部屋を出ていく。
誰も居なくなった部屋で、液体の中のシキだけが静かに揺れていた。
長くなりすぎた......。