灰の神は、演じきった   作:ククルス

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幕間:透と変人たち

 

 

撮影の谷間、ロケセットとなった静かな山あいの集落には、かすかに初夏の風が吹いていた。

 

ロケ地であるこの和歌山県の高野山周辺の小規模集落は田舎である上に、

この世界では男性の数がそもそも少なくなったことも重なって、

高齢化と過疎化によって都市部への移住が昭和の辺りではほぼ済み、

今でも居を構えている地元の人たちは、生活に必要な物を

わざわざ橋本市まで行かねばならないとても不便な場所だった。

 

ただロケーションとしては此処しかないと断言できる立地で、

旧校舎を利用した宿に加えて、近くには神社もあり映画の撮影申請が通りやすいこともあって

三神監督たちからするとほぼ一択だったとのことだった。

俺みたいな男だけだったら、旧校舎の宿をそのまま利用するのは全然問題ないんだけど、

女性が多い社会でセキュリティに難のある宿舎などではプライバシーも何もあったものではない。

ましてモデルの影橋 鈴に、名女優と名高い神代 雅さんは、まぁ普通に考えるとホテルくらい用意しないと

芸能事務所との折り合いが悪くなるのは想像に難くない。

 

この辺り、貞操感が逆転していても芸能人なので不祥事やパパラッチには要注意が必要なのが変わらないのは、

なんだかなーと思わなくもない。女性ジャーナリストが女性芸能人をすっぱ抜く訳だし。

 

というわけで毎度、橋本市のホテルで寝泊りし撮影時は早朝にロケバスでロケ地まで

往復することが日課のようになっている。

じゃあ一々、休憩や待機時間を隣街で過ごす訳にもいかないのでロケ地には俺が現場入りした段階で、

そこそこの規模の仮設の控室と食堂、そして機材テントが整然と並んでいた。

 

今までの経験ではスタジオの中に設営された室内風のセットであったり、一見すると屋外に見える屋内スタジオ、

勇者ユリピコなんかだと映画村を外観に使って、室内シーンでは

それらしく見立てた屋内スタジオ内セットのあばら家など色々な工夫がある。

屋外だからと、全てを本当に外で撮影していたら天気を気にしていつまで経っても撮影が進まないからだ。

というか、この映画がその典型例でもあったりする。

基本的に新規の施設セット(一部でっかい箱はある)は無し。

話を構成している神秘的なシーンに存在感を持たせるために、

その分小道具と“本物の風景”を画として使うという徹底ぶりだった。

 

そんなこんなで天気の神様に祈りながら、今日も撮影は小休止。

じゃあ暇じゃないかって? いやいや、ところがどっこい

この現場は俺にとって“静寂”っていうのは縁遠い言葉だった。

 

「八代くん、すまない……この機材車、どうしても動かんのだが……」

 

ほら来たぞ。

ぼそぼそと、けだるげな声が後ろから掛かり振り返ると撮影監督の西園さんだった。

小柄な身体は子供のようなのに、相変わらず目元の隈が濃く、コーヒー缶をぶら下げたままの姿は倒錯的だ。

見た目が若々しいので、ここって年少者の労働時間制限守られてますか?

と何も知らない人は声を上げるに違いない。

缶コーヒーを持っていない方の手にはレンズを持っているようだ。

 

「えっとエンジン回ってます? バッテリーじゃないと思いますけど、ちょっと見てきますね」

 

俺は軽く返しながら、ジャッキを手に車下に潜った。

 

「……また、分解されました?」

「ちょっとだけ。中のグラスがね、呼吸するみたいにずれててさ」

 

思わず苦笑した、西園さんはいつもカメラと会話しているし、分解しては組み立てている。

それがきっとこの人なりのルーティーンってやつなんだろうなぁなんて思いながら笑って流す。

 

「俺も、この現場に来てから“見えてくる”ことが多くて。

 人の“生きてる姿”を大事にする三神監督と、風景を記録し続ける西園さんを見てると、

 ──人間もカメラも、結局“切り取り方”次第なんだなって、思わされます。」

「きっと、ただ綺麗なだけの画じゃ足りないんですよね。

 その奥にある“時間”まで撮りたくなるのが、西園さんなんだなって。」

 

「────そう、わかるんだ。すごいね八代くん」

 

何か暫く間があって、それだけ言うと西園さんはまたフレーム調整へ戻っていってしまった。

そんな様子を見てたのか、機材者の下に居る俺を覗き込むように脚本の若林さんが屈んで俺に声を掛けてくれた。

 

「八代くん、すごいですね!」

「え? あぁ、いや中古車を最近買ったんで車検ついでにメンテナンスしてるの見て、

 そこのおじさんに教わりながら触ってるうちに何となく分かるようになっただけっス」

 

「ううん、そっちじゃなくて……それも十分すごいんだけど。

 西園さんって人の名前覚えないの、それに自分から人に話しかける相手なんて三神監督くらいだよ?」

「そうなんですか? 最近はよく、声掛けられますけど……それにスタッフさん達とかの名前、俺も未だにごっちゃになりますよ」

 

話ながら手元の作業を進めていく。

 

エンジンルームのフードを開けて、手慣れた感覚で配線やバルブを確認すると、

湿気と朝露で結露していたのか、点火装置の端子が僅かにズレていた。

うーん、やっぱりバッテリーじゃなかったかぁ。

さらに燃料ポンプの接続部に微妙な緩みがあるのを見つけると、俺は工具を取り出して数回トントンと軽く押し込む。

一息ついて上を見上げると、一瞬見えるのは逆三角形の、ごらんください。

あれがベガ、アルタイル、デネブです!

思わず見てしまったが無実だよな? そうだと言ってよ、バーニ●。

 

「そんな程度じゃないの、西園さんが覚えているのはご両親と三神監督だけですよ。

 私だって“そこの”って言われるんだから!」

「そ、そーなんすね。えっと、ちょっと出るのでどいてもらっていいですか?」

 

「あっ!ごめんなさい、邪魔だったかな」

「いやいや!!そんな眼、じゃなくて......動くかな~?」

 

車下から這い出て、もう一度、スターターを回す。

キュルル……ブゥン、と機材車が目覚めるように低く唸り、無事に始動した。

動き出した機材車に、驚いたような表情と仕草で若林さんがく車の下を覗き込む。

 

「え、何が原因だったの? さっきまで全然動かなかったのに……」

「うーん、簡単に言うと──」

 

「乾いたパイプの中に、ちょっとだけ水が入っちゃってた感じですね。

 それが火をつける時の芯にくっついて邪魔してた。

  ……ろうそくにマッチで火を点ける時に、マッチ棒が濡れてたら火つかないじゃないですか。

  それを乾いたマッチにすれば火がつく。今回はそんな感じっス」

「あ、なるほど……それなら、何となくわかるかも」

 

若林さんは立ち上がると俺を見て、ポンと手を叩く。

なんだか一々仕草が可愛いな、この人……モテるんだろうなぁ。三神監督とも以心伝心って感じだし。

疑問が解決してスッキリしたのか「あっ、そうだった」とタブレットを抱え、小さく唸りはじめた。

 

なんだなんだ、今度は。

 

「その、どうしたんです?」

「……キャラの語尾に、感情のニュアンスが乗らないんです。

 白栞と蓮見のふたりの距離が近づいた今、言葉を減らすべきか、

 むしろ言わせるべきか……ちょっと悩んでいて、それを演じてる本人に聞けば何か掴めないかと思って」

 

そういう話か、仕事の話ならちゃんと考えないとなぁ……。

でも、若林さんが困ってるのは一時の迷いな気がするんだよな。

忘れ物はないかな、とかそういう程度の。

難しいことはよく分からないけど、脚本を提出した結果でこうやって映画になってる訳だから

監督なりスポンサーなりがGO出したなら、それが答えな気がする。

 

「言わせたいことって、台詞じゃなくて仕草とか、間とか、顔に乗るんですよね。

 だから──台詞を削って、それでも残る感情があったら、それは“本物”かも知れないです」

「……今、ちょっとだけ、救われました」

 

若林さんは目を見開くとほんのり涙ぐみ、口をわずかに開けたまま呟いた。

えっ、そんな大したこと言った?

背後から、聞き慣れた鼻歌と共に神代さんが現れた。

手には自作の冷やし白玉団子(何故持ってるのかは不明)と、やたら装飾された日傘。

 

「八代くん、お疲れさま。西園さんのアレ、また直しちゃったの?」

「ええ、まぁ……動かないままにしてる方が不安なので」

「ふふっ。ほんと、頼りになる若騎士さまね。私もまた一枚、貴方の似顔絵を描きたくなってきたわ」

 

……なんというかこの人、劇中の千鳥とほぼ変わらないテンションだ。

最初こそベテラン女優と緊張感を維持していたのだが影橋さんとの共演シーンから、

ここ纏っている空気が穏やかになったというか、俺にも目を掛けてくれて声を掛けてくれるようになった。

 

「ええ、でも、それだけ“頼りになる”ってことよ──誇っていいわ」

「まぁ役に立てるのは良いんですけど、これだと役者なのかスタッフなのか……」

 

……その時だった。

 

「透っちー!!!」

 

背後の控室から飛び出してきたのは、スーツ姿の女性──制作部の桐谷さんだった。完全に汗だく。

 

「透っち、発電機のコードがまた変に絡まってるの、なんとかして~!」

「へいへい、行きますよー……」

「頑張っていらっしゃい、若騎士さま」

 

愉快さを隠せないように上品に微笑む神代さんに見送られながら次の問題に対処にし。

結局、静かな時間なんてやってこない──それがこの現場の日常だ。

 

 

 

その頃、休憩所ではマネージャーの北里が、雑誌社の取材に頭を抱えていた。

 

「影橋さんの次の仕事の取材OKって……は? “秘密の恋人”って何よ!?」

 

同時に控室に置かれた透のスマホにも通知が来ていた。

 

──グループチャット《透応援会(非公認)》:

サーダ 「最近、影橋鈴ちゃんと一緒の写真多くない? 透、リア充か~?」

七瀬 「……さみしいよ、透くん。ちょっとでいいから、連絡してよ……」

 

──個人チャット:

ピリカ先輩 「こんにちは。最近、SNSで鈴さんと映っている写真をいくつか拝見しました。……詳細、教えていただけますか?」

 

原因は白栞蓮見 廻のシーンで、狂わされた女性スタッフの撮影したオフショットがSNSから拡散され続けたことによる反動にあった。

 

影橋鈴主演の映画情報は既に、広報から出されて久しいが結果的に助演を勝ち取った形の八代 透が出演することは

 

世間には未だ発表されておらず完全なオフショットとして世間では認識されていたのである。

 

あの影橋 鈴に異性の影、それが現在継続で話題の男性俳優とあっては……透が、この事実を知るのはまだ先の事。

 

 




25/07/05 19:57 誤字報告により修正(感謝です!)
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