「──正直、主演は別の子にするつもりだったんだよ。
でもあの子、オーディションで泣かなかった。
台本に『泣く』って書いてあるのに、表情ひとつ変えなかった。
……けど、涙を浮かべた誰よりも“その場にいた”んだ。あれは演技じゃなく、生だった。
だから決めたのさ。あの空っぽを、そのままフィルムに刻もうって。」
(映画製作会議の回想。鈴は知らぬまま、選ばれていた。)
彼──八代透を知った翌週もボクは意識しないまま至極当然のように勇者ユリピコの四話を視聴し、シュージンをひたすらに"見ていた"。
画面の中で現れる敵役の芸人や役者の繰り出す技を、ものまね師として反撃し全く効果のない舞台装置であったり時には仲間の窮地を本当に救う一手として"コピー"していく。
ボクが知ったのは、既に数話が放送された後だったので、
その衝動のままに動画配信サービスに契約し一話を見た。
驚いたのは、彼の一話の演技は最初全く見れた代物ではなかったことだ。
鉄面皮だ、人形だのと言われるボクが言えたことではないけれど、少なくともここまでではないと言いきれてしまう技量に感じてしまうのは、周囲の名優たちとの温度差の影響だろうと察してしまう。
それでいて、ものまねだけは上手いものだから……と感じたところでふと疑問を抱いた。初めてこのドラマを見た時にボクは登場する敵役とシュージンを同一の者と誤認してしまったのだ。
容姿は全く違うのだから、それはボクの感じ方の問題なのかもしれないが
演者の小さな癖、例えばその人物が意識しないであろう立ち方や足の置き方、目蓋の動き、普通に考えてそれは技ではない。
ものまねする必要のない余分な動作まで、動きまで完璧にコピーしているようだった。
(人間観察によほど長じた人なのか……)
ネットの意見を参考にするなら、「顔はいい」「身体が性的」だとか「日本人じゃない」だのと
散々な言われようにボクなら耐えられるだろうか、否と考えてしまい
酷評具合につい先週、彼に抱いた嫉妬感が同情から憐憫に変化していき
そして敵役に一度倒されるシーンでは思わず「あぁっ!」と想像以上の
声を出してしまい自分自身でも驚いたほどに。
それが、二話では急激に変化した。
ボクが見たのは三話だったようで、本当に人が変わった様な変化に困惑と確信を得る。
「誰かから、学び取った……?」
口から出たそれは、半ば確信に近い。
一週間でここまで劇的な変化をできるなら、初めからやればいい。
それが出来ないならば、八代透は元から本当に声の出し方を知らなかったことになる。
ボイストレーニングなら、ボクだって毎日している。
トレーナーだって父にお願いして無駄だと言われても付けて貰っている。
だというのに、何故?
感じたのは醜い嫉妬感よりも、恐怖に近かったと思う。
ボクは四話を見ることができなかった。
翌日の夜、スマホがメッセージアプリの着信音を鳴らし手にする。
メッセージには、北里マネージャーからの短い通知があった。
『新作映画の主演オファー来ましたので。台本PDF添付済みです。
内容見て、やるかどうか返事を。あと、たぶん例の"透くん"も出るみたいですよ』
鈴は、既読をつけないまま画面を閉じる。ただ、怖かった。現実を知るのが。
それでも日々は続く。モデルの現場では相変わらず「完璧」と呼ばれるが、
その言葉が、今ではボクの中で空しく響く。
帰り道、ふと映り込んだ街頭テレビに彼の姿を見つけて──
そこでようやく、自分が前に進めていないことに気づく。
そして──気づけば、結局はPDFを開いていた。
タイトルは『鈴が鳴るとき』という文字に胸が跳ねる。
ボクは、台本を読み、そして──気づけば、読み切っていた。
ボクは台本を読んで数日後、北里さんに電話を掛けた。
「マネージャーさん」
『はい、鈴さん。決まりましたか?』
電話越しに聞こえる彼女の声はいつも通りだが役者のように透き通った声色だ。
でもほんの少し緊張しているように聞こえた。
「映画の件ですけれど……」
北里さんは、私の言葉の続きをただ待っている。
どちらを選んでも彼女のする仕事に変化はない。
私にとっての北里さんは母の弟子で元女優で母から付けられたお守りのような存在。
でも、この時ばかりは普段思ってもいないことを饒舌に口にする苦手な彼女の沈黙が、ボクには有難く感じた。
「やります」
『──本当ですか?』
「はい」
ボクの決意は固かった。
「主役」を演じることへの恐怖心。
それでも引き受ける決意をした理由、それは親の期待や自身の無感情性、そして八代透への対抗心に他ならない。
ボクにとっての感情とは何なのか?笑うことも泣くことのできない自分が。
しかし、映画の中では感情を演じなくてはならない。
「これは試練だ」心の中でそう呟いた。
もし映画の中で感情を表現することができれば、自分自身に新たな扉が開ける気がした。
そして、それがボクにとってどんな結果になろうとも……。
その後、オーディションのために台本を通して読み込み。
主人公の少女の演技を、何度も何度も練習した。
どのシーンを指示されても"動きだけ"は通しで演じることはできる。
自頭には人並み以上に自信があった。モデルの仕事の一番大事なことは、人の名前や好みを知ることだから。
ここには、コミュニケーション能力の不足は関係ない。
スタッフの名前や、カメラマンの方向性・趣向・技術。
スポンサーが最大限売り出したいもの、デザイナーの魅せたい部分。
モデルのスタイルや技術などは有って当たり前な業界なのだから、それ以外でボクという存在を補強する。
それはまるで圧縮された言語を読み解くような作業に近い。
ボクには表情がない?違う。
他人の表情は、誰よりも見てきた。
美しさとは、他者が見る"物語"だ。
だったら──あのときの彼も、演じてなどいなかったのだろう。
確かにボクは、幼少期に舞台女優として演技に挑戦し挫折したかもしれない。
両親は伝説的な女優と俳優であるという事実は変えることなど出来る筈もない。
モデルとして成功する選択肢を母から与えられたのは母なりの恩情なのだとは思う、でも。
それでも未だに心の中に残るのは、かつての夢と諦めきれない思い。
このオーディションはボクにとって再び舞台に立つチャンスだった。
白栞が声に出せないながらも話したいことを心の中で反復し、無言の演技に磨きをかけていく。
主人公白栞の感情を理解することで、自分自身の内側にも光が差し込むようだった。
映画の主役である白栞は、「セリフが後半まで一切ない」という特徴を持っていた。
これは失声症とは違うが、台詞がない分、一見するとボク向きのように思える。
蓮見 廻という青年との邂逅によって少しずつ感情を取り戻す彼女は、まさにボク自身が模索する旅路に重なる。
それでもオーディションの日が近づくにつれて、ボクの心に不安が募った。
動きは問題ない、と思う。多分。でも本当に感情を表現できるのか?
ボクは鏡の前で何度も何度も"蓮見"の台詞を読み上げた。
白栞が声に出せないながらも話したいことを心の中で反復し、無言の演技に磨きをかけていく。
主人公白栞の感情を理解することで、自分自身の内側にも光が差し込むようだった。
オーディション当日、会場は緊張感で張り詰めていた。
他人に興味を持たないボクでも知っている女優やテレビで見掛ける子もいて
部屋に入った瞬間からスタッフや他の参加者の視線が突き刺さるように感じる。
ボクの前の参加者から一人、また一人とシーン番号と簡単な描写を脚本家と思しき人物が読み上げる。
「シーン17 - 雑木林の中に打ち捨てられた廃寺での出会い。
白栞は誰にも感じ取られず見られず、存在しないモノとして廃寺の前に佇んでいる。
此処に誰かが来ても最初、白栞は隠れていた。でも暫くして隠れる必要すらないことに気付く。
人には見えないからだ。それが見えない振りをされているのかも、捨てられた白栞には分からない。
今日は久々に人が来た。その人物は青年で廃寺を目指して近付いてくるのが見える」
ただ沈んでいた。浮きもせず、沈みもせず、ただ底にいた。
いつものようにスタジオ入りした時点で、自分の出番はまだだと知らされていた。
空き時間があるなら読み込めと言われた台本は、既に覚えすぎて紙の匂いまで頭にこびりついている。
演技指導でもない、雑誌の撮影でもない、モデルの仕事でもない。
今日は、ただ"白栞"としてオーディションを演じる日だった。
「白栞」を演じるための準備は整えてきた。
しかし、実際にその場に立つとやはり不安が押し寄せてくる。
台詞の無い役という事だけを知らされているので、他の参加者も演じることに苦労している様子が伺える。
その一人一人が「ありがとうございました!」という度に監督は嘆息を繰り返すのだ。
名前のない部屋に、名もなき演者が揃う。
静かな室内。壁際に並ぶパイプ椅子と白テープで仮に引かれた舞台の境界。
その中央に、一人ひとりが呼ばれ、演じる。
誰もが同じ課題。台詞のない数十秒間。あるのは、相手役の台詞と、役としての“存在感”。
「──君、ここにいたんだ。ずっと、誰にも気づかれないふりしてたんだね」
それだけが、用意されたすべてだった。
誰かの演技に、他の誰かが息を呑み、涙を流す。
彼女たちは声なく立ち、目を伏せ、瞬きを調整し、
口元に微細な震えを仕込み……まるで一枚の絵画のように、そこに"いた"。
(……何か、できること……)
できることは、視線のやり場を変えること。立ち姿の角度を変えること。
感情のない自分が唯一持つ「空っぽ」を、"役としての表現"に変換することだけ。
でも、他の人の演技を見るほどに、焦りが増していく。
呼吸の仕方。涙の落ちる間。表情筋の微細な震え。
ボクの中には、何もない。ただ綺麗なだけの器だ。
役名は“白栞”。少女。台詞なし。泣き崩れ、何も言えず、俯く。
……できるわけがない。
これが、演技力の差だ。演技をすることの"意味"だ。
そう思っているうちに、自分の名前が呼ばれる。
「影橋さん、お願いします」
「12番、影橋鈴──今日はよろしくお願いします」
このシーンは舞台設定、歴史を導入でいれる。
何かの厳かな儀式と中央に祀られる神霊、その前で演舞を舞う白栞に似た女性。
その後、青年の蓮見が大学のフィールドワークの一貫で訪れた地、そこで白栞と邂逅するシーン。
白栞は言葉ではなく表情やジェスチャーで感情を表現する役割だ。
ここで重要なのは「無言の演技」。しかし監督や審査員には白栞が何を伝えたいか理解されることが必要だった。
靴音がやけに大きく聞こえる。歩幅を保とうとするだけで膝が震える。
指定された位置。ライトの中央。少しだけまぶしい。
(……なんでここに来たんだろう)
後悔。羞恥。絶望。今から逃げ出せばきっと、誰も何も言わない。
けれど、それはつまり……"この役を"失うということ。
演出家が合図を送る。カメラが回る。
「────」
雑木林の中に打ち捨てられた廃寺を背景に私は佇む。
その場には誰も居ないはずなのに何故だか私はそこから動けない。
廃寺を目指して近づいてくる青年・蓮見を脳内で想像する。
彼の姿を見て心臓が高鳴るような感覚が芽生える……はずだ。
「見えないものが見つかってしまった」そんな不安感が全身を包む。
ボクはゆっくりと後退りしながらもその場から離れない。見えない存在として。
誰にも気づかれず、ただその場に立ち尽くしている。何故見つからないのだろう。
しかしボクはこの状況で何も感じないはずだった。ただそこに居て動かない存在。
蓮見が近づいてくるにつれて私の胸には失って久しい微かな期待感が芽生える。
もしかしたら彼は私を見ることができるかもしれない。
そして同時に「どうしよう……」という焦燥感も膨れ上がる。
ボクは蓮見に向かって声を出そうとして、止める。
彼は私に気づかない。
ボクはこの感覚を、家族との別離と捉え、白栞の無表情は自分の無感情性を考えた。
脚本家の先生が台本の蓮見の台詞を読み上げる。
「……君、ここにいたんだ。ずっと、誰にも気づかれないふりしてたんだね」
それだけだった。
──何もできなかった。
いや、違う。
その瞬間、ボクは「睨んでいた」。
涙もなく、怯えもなく、悲しみもなく。
ただ、見ないでくれと願いながら、見ていてくれとも叫びながら。
"白栞"として、確かにそこに、立っていた。
終わった後の空気が少しだけ変わった。
会場の空気が静まり返った気がした。
それが評価なのかどうかは分からない。
でも、ただひとつ──
あの時、確かに"誰かの視線"が、ボクの奥に届いた気がした。
原作74話読みました。
続き待ってます(待ってます)。