灰の神は、演じきった   作:ククルス

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名前のない共演

 

 

FIGAROte誌の新刊が、発売と同時にSNSのトレンドを駆け上がっていた。

 

“あの二人”──飛鳥 明日香と影橋 鈴。

誌面を飾るのは、あまりに対照的で、あまりに調和していた二つの姿。

 

きらびやかなシルバーホワイトのガウンに身を包み、冷たい氷のような無垢を映した少女。

それに対して、黒と金の煌めきを纏い、炎のような視線をこちらに突きつける少女。

 

相反し、同時に引き寄せ合う。

──まるで、光と影の輪舞(ロンド)。

 

誰がこの完成度を予想しただろう。

あの二人が同じ画角と同じ構図に対等に立つなど、以前の業界ではあり得ないことだった。

彼女たちは次世代のモデルとして互いに共演することは多い。

それは二人があまりに対照的であるからこそ、編集意図が明らかなものの方が多い。

どちらかが、どちらかを喰う──それしかない。そう信じられていたからだ。

 

だが、今回の映像は──いや、写真は違った。

 

互いの存在を飲み込み、互いの光を映し出す。

カットの一つひとつに宿る、共鳴の証。

 

ネットでは瞬く間に新たなファンダムが形成されていた。

 

「#飛鈴(ひすず)エターナル…尊すぎる…」

「FIGAROteの表紙、過去最高。神カメラマン、ありがとう」

「飛鳥と鈴の化学反応ヤバすぎる、写真から音が聞こえるぅ~↑」

 

──まるで鐘の音が、ページの奥で鳴っているかのように。

 

さらに話題を呼んだのは、ページの最後に添えられたカメラマン雫川の一文だった。

 

『これは、被写体たちの無言の対話の記録です。

 言葉を持たず、名前を知らず、それでも心で交わされた、ただ一度の共演。

 だからこそ美しい──これは、“名もなき共鳴”の記憶です。』

 

スタジオスタッフの間では、この撮影を“奇跡の三十分”と呼び始めていた。

本番に入ってから、カットが切られるまでの時間はたった三十分。

そのすべてに、“何かが宿っていた”と証言するスタッフは数知れない。

 

その証言の一部を、インタビューとしてまとめたWeb記事も反響を呼んでいた。

 

「ふたりが最初に目を合わせたときの空気、すごかった。たぶん、スタジオ全体が息止めてた」

「ポージングの指示、途中から要らなかった。互いに合わせて動いてたから」

「シャッター音が、合図みたいになってた。あのとき、レンズ越しに何かが生まれてたよ」

 

 

 

──そして数日後。

 

明日香は再び、代官山の「STUDIO ORCA」のエントランスをくぐった。

インタビュー撮影。事後特集用に、雫川とのトーク形式で構成される記事だという。

 

彼女は、少しだけため息をついてから、スタッフの元へ歩み寄り

普段の気だるげな声色で問い掛ける。

 

「おはようございます……今日、雫川さん来てます?」

「あ、いまメイク中です。すぐ呼びますね」

 

スタッフが控え室に向かっていくのを見送りながら、明日香はスマホを取り出す。

ロック画面のまま開いたSNSには、あの写真──鈴と並んで立つ、あの“光”のなかの一枚。

今まで子役モデルから何度となく共演して、今までに感じ得なかった一体感。

お互いの境界すらあやふやになったかのような、あの感覚はなんだったのか……。

 

……あれは、奇跡、なのか。

それとも、奇跡にしてしまった──あたしと、鈴の“覚悟”の結果か。

もしくは彼女が役者としての経験を積んだことで何かが変わった?

 

目を細めながら画面を眺めていると、背後から声がかかった。

 

「──あれから、何回くらい見返しました?」

「……は? 雫川さん」

 

「あのカット。編集前、編集後、ラフも含めて、もう100回は見てますよね?」

「べ、別にそんな見て……ないし。多分。10回くらい」

 

雫川はにやりと笑いながら、横に並んだ。

すでにメイクも衣装も整っていて、あとはスタンバイするだけの姿。

 

「変わりましたね、飛鳥さん」

「……何が?」

 

「目が、やわらかくなった。ちゃんと他人の光を反射してる。

 ──この前までのあなたは、自分が“太陽”になろうとしてた。誰かを焼くような、眩しいだけの光」

「それ、褒めてんの?」

 

「今は、誰かを照らす“白”。見てる方もあったかい。

 きっと鈴さんが変わったと考えてるのかも知れないですが、

 ──あなた自身が気づいてない、モデル飛鳥の変化の結果。きれいでした」

 

あたしは、ほんの一瞬だけ目を逸らした。

顔が熱くなる。誰かに“正しく変化”を指摘されるのは、こんなにも照れくさいことなのか。

 

「……でも、さ。変わるのって、ちょっと、こわくない?」

「ええ、こわい。そう感じていながら、それでも“変われた”から、すごい。

 変わった自分を怖れず、前に出た。その一歩が、あの共演を生んだんだと、私は思ってます」

 

──明日香は、ほんの少しだけ微笑んだ。

それは、これまで身近な人以外には誰にも見せなかった“緩み”だった。

 

 

 

変わったのか、あたし。

いや、たぶん、まだ変わりきれてなんてない。

だけど、あの時──たしかに、隣には“彼女”がいて。

あたしの瞳が鈴を、鈴の瞳はあたしを映していた。

それだけは、確かだった。

 

 

 

インタビュー撮影の後、予定になかった「フリートーク撮り」がセッティングされた。

目的は、特集記事の“余白”を埋めるため──という建前だったが、雫川の粋な仕掛けだと、あたしは気づいていた。

 

セットの隅に簡易マイクとカメラが置かれ、小さなソファが向かい合わせに配置されている。

 

「──で、ここに座るわけ?」

 

明日香が一方に腰を下ろすと、スタッフが笑って言った。

 

「もう一人来ますので、少々お待ちください」

 

その言葉に、心臓が跳ねた。

 

(まさか──)

 

控え室のドアが静かに開く音。

踏みしめられるハイヒールのリズム。

 

そして現れたのは、

──影橋 鈴だった。

 

白のシャツドレスに身を包み、薄い化粧のまま、ほとんど無表情で歩いてくる。

それなのに、その存在だけで空気が変わった。

 

「…………」

 

先程までの受け答えの余裕も失い、情けなく緊張し始めたあたしがそこに居る。

目が合った──気がした。

だが、鈴は何も言わず、ただソファに座った。

 

「……あんたさ、今日はインタビューじゃないって、聞いてなかったの?」

「うん。呼ばれただけ」

 

鈴の声は、どこまでも平坦で、だが、不思議と明日香の耳には残響のように残った。

 

沈黙が続く。

音を立てているのは、カメラの回るモーター音だけ。

 

気まずい空気が立ち上る──が、それを断ち切るように、明日香が口を開いた。

 

「──この前の、FIGAROteの撮影。あれ、本当に…楽しかった。……あたし、初めてだったんだ、あんな気持ち」

 

視線を逸らさず、まっすぐに言う。

鈴は一瞬だけまばたきをしたが、やはり何も言わない。

 

「……って言っても、あんたはあんまり覚えてないかもしれないけど」

「ううん。覚えてる」

 

それは、まるで“告白”のような言葉だった。

 

「──あたし、あの時、ちょっと……」

 

明日香は言葉を濁す。

 

(“好きになりかけた”なんて、言えるわけないじゃん)

 

「……ちょっと、ね。変になった」

 

鈴がほんのすこしだけ、口元を緩めた。

それは「笑った」と言っていいほどの、微細な動きだった。

 

「……ボクも、変だった。たぶん、あの時だけは、ちゃんと“見えてた”。明日香さんのこと」

「ずっと気になってた……あたしたちさ、もう一緒に仕事して何年目?

 なんで、“さん”なんてつけんの」

 

「じゃあ、“明日香”」

「…………」

 

その響きは、心の奥を爪弾くような違和感と、甘い痛みに変わって届いた。

 

芸能界ではこの子は先輩、だけどモデルとしてはこの子よりも先輩で……初めて接したあの日のことを、私は決して忘れはしない。

不遜で傲慢だったあたしの柱を見事に叩き折り、意識させ、過去のあたしが“死んだ日”。

そして、あたしの理想である魅せるモデルの完成系としての影橋 鈴が“生まれた日”。

 

それからはライバルだったし、同僚だった。

あたしはどうしても意識してしまい、言葉を選べなかったけれど──何年も、それこそ何年も。

一緒に仕事をこなしてきたのに彼女はあたしの名前を呼び捨てたことはない。

 

意を決して告げた不満のような文句、それに応えてさも当然のように平然と名前を呼んだ。

それだけのことで、心臓が、指先まで血を打つ。

 

(どうしよう。嬉しい。……嬉しいけど、なんで“それだけ”でこんなに、ぐちゃぐちゃになるんだ)

 

あたしは、深く息をついた。

 

「あたし、あんたのこと──ずっと、好きだったんだよ。

 あの、無表情で、なにも感じてなさそうな鈴が、

 ……誰よりも、綺麗に見えてた。あたしの目には」

「……ありがとう」

 

それは、思いのほか静かな言葉だった。

あたしは言葉続けようとしたが、鈴が先に口を開いた。

 

「でも……ごめんね。ボク、あなたのことを“そういう目”で見られない。

 ……たぶん、今のボクは、“誰かを愛す”って感情を、ちゃんと持ててないんだと思う」

 

静かな拒絶。

──だが、それは、優しさだった。

 

「でも、ボクにとって、明日香と共演できたあの瞬間は、宝物だった。

 今でも、目を閉じれば思い出せる。あなたの手の熱、カメラのシャッター、目が合ったあの時の音」

「……っ、バカ……」

 

明日香は顔を伏せた。

瞳から、熱い何かが零れ落ちそうになるのを、必死で抑えた。

 

「だから、これからも、また、ああいう瞬間を作れるように──あなたと同じ場所に、ボクも立てるように、努力するね」

「……っ、うん……うん、もう……ズルいっての、そういう言い方……!」

 

 

 

やがて撮影は終わり、スタッフが撤収を始めた。

二人は、控え室前の廊下で、最後の別れを交わす。

 

「また、共演しようね」

「……うん。今度は、名前、つけよう。……“あたしたち”の関係に」

 

 

 

──その日、SNSのトレンドには再び、「#飛鈴」が上がった。

だが、ファンたちの誰一人として、“二人が交わした最後の言葉”を知る者はいなかった。

 

 

 

これは、“名もなき共演”の、終わりと始まりの物語。

名前はない。けれど確かに、存在していた。

あの光のなかで──二人はたしかに、同じ時を生きていた。

 

 

 

 




外伝は次で終わります。
第二篇はまだノープロットなので、以後は以下を優先します。


・登場人物一覧の修正(第一篇と外伝と第二篇で分ける)
・原作時系列の整理、二次創作時系列がどの辺りかの明文化
・これまで登場したスタジオ、これから登場するかもしれないスタジオなど
 明日香の所属する事務所を含めた設定出力。
・第一篇の表記ゆれ確認と、ルビ振り作業。

数日は上記作業と二篇のプロット出しで停滞するかもしれません。
よろしくお願いいたします。
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