無双系に疲れた誰かに刺さることを切に願って。
兵士の心
「そういえば、朝調査兵団が壁外調査に行ったな」
「私も見に行った!でさ、リヴァイ兵士長見たよ!」
「俺も見た。隣の奴なんかキャーキャー言っちゃってさ。あいつの何がいいんだよ」
「はぁ?リヴァイ兵長になんてことを言うの?!」
「まあまあ落ち着けよ」
「…俺、やっぱり調査兵団に行こうかな…」
「あんたが行っても無駄死に。資源の無駄よ」
同じ班の仲間が作業をしながら談笑している声が聞こえる。その中、鷹野は黙々と手を動かした。
「ふう…大分汚れたな」
手には固定砲掃除のためのモップの様な掃除道具。力を入れて掃除しすぎたせいで兵団の服まで煤が付いている。モップを持っていない方の手で払うと逆に手についていた汚れがうつってしまい、余計にひどくなった。でもすぐに持っと別にもので汚れ、煤なんて気にしている場合ではなくなるだろう。例えば、血とかだ。
「おい、そっち終わったか?」
見るとフロックがいた。彼もこの3年間でかなり成長し、もう鷹野を見下ろすほどになっている。少し逆光になっている中で煤で黒くなった汗が流れている。
「ああ終わったよ」
「砲弾の確認も済んだから、今ダズが報告に行っているところだ」
「ありがとう」
モップを木箱に戻す。どうしてもそっけなくなってしまう。4班のことが気がかりでしょうがない。いつ現れるかわからないから様子を見に行くわけにもいかない。
「タカノ、最近お前なんだか変じゃないか?」
「え…そう見える?」
フロックは掃除道具の入った箱を持ち上げながら話し続ける。
「毎日誰とも話さなずにどこかに消えるじゃん、あれか?まだ所属兵団迷ってるのか?俺はまあ無難に駐屯兵団にするけど」
2人の間を細い風がすり抜ける。誰も時間を止めることはできない。その瞬間は唐突に来る。
「そうだ!明日寮の奴らで集まろうってなってるんだけど来る?もう半分くらいは行くって言ってたんだけど」
「ああ…いいね行こうかな!どこでやる予定な_」
変な音が聞こえた。音というか衝撃、空気の塊に押されたような感覚がした。腰のベルトの操作装置に手をやり、いつでも取り出せるようにする。
4班のエレン達のいるところ、壁の向こう側から蒸気が上がっている。蒸気の隙間からは深い紅梅色の巨大な存在が見える。
「あれ…って」
班の人は全員手を止めて蒸気の上がる場所を見つめている。
「ヤバくね?」
彼らは口々に言う。が、石化したように動かない。これは良くない。この後すぐにあの脚がドーンとなって巨人が入ってくる。ドーンは確かにやばい。逃げなければ。
「おいあれは、超大型だ!逃げるぞ!」
鷹野がそう言って振り向き、フロックと目が合った時、地面が揺れた。もちろん音もしただろうがもう全く意識していなかった。自分の体が少し跳ね上がった気がして、バランスを崩して倒れてしまう。
間髪入れず起き上がり、操作装置を取り出しながら訓練通り壁上をトロスト区の本部に向かって走り出す。いつもはすぐ取り出せるのに、今日に限って手が滑って上手くいかない。もう一度轟音が響いた。先程のものより振動は少ないが、長い。後ろから皆がついてくる足音が聞こえる。「どうしてなんでよりによって今日なんだよ!」だとか言っている。やっと操作装置を取り出したが、まだ必要ないことを思い出して元に戻した。緊急避難を知らせる鐘が耳障りな音を立てている。その音から逃げるように走るスピードを上げる。
そういえば、逃げる、と言う表現を使ってしまった。今は兵士なのに。壁の下には民間人が住んでいるのに、武器を持っている自分だけ逃げることを考えてしまった。もちろん死ぬのを恐れるのは悪いことではないし、無闇に死ぬ必要はない。幸いこのトロスト区戦の知識はある。でも逃げることはしない。駐屯兵が緊迫した様子で何か話しながらすれ違った。
大砲の音が聞こえた。駐屯兵団が固定砲を撃っているのだろう。もう巨人が壁内に入ろうとしているということだ。先遣班という名前だったか、今穴の近くにいて、修復を試みているものもいる。最初に死ぬのは彼らだろう。駐屯兵だって死ぬ時は死ぬ。
息が整ってきた頃、目的の建物が見えた。自分が走る単調な足音を聞いているうちに気持ちはある程度落ち着くことができ、いつものように操作装置を取り出す。壁の端で外を向く。米粒みたいな奴からその米粒を踏み潰しそうな奴まで個性あふれる巨人達が一目散に走ってくるのが見える。あいつらが今後自分たちを喰うのだ。
背後からは鳴り響く鐘、駐屯兵の必死の指示、慌てた人々の悲鳴と怒声が。
一呼吸して気持ちを整え、地面を蹴った。一瞬の浮遊からの落下は射出したワイヤーで減速する。するすると屋根の高さまで降りると、片方のアンカーを屋根に刺して飛び移る。他にも続々と兵士達がやってきている。
本部は人でごった返していた。刃は十分にあるようなのでガスの補給に行く。地下の暗さもあるだろうか、周りの雰囲気に呑まれ、何度深呼吸をしてもすぐ鬱屈とした不安に苛まれて息が苦しくなることに少しいらつきながらガスの補充をする。隣で同じくガスを補充している訓練兵の、焦ってうまく金具が閉められないカチャカチャという音が耳に障る。
背中に交差した剣を背負った人々が右往左往する中、1人の駐屯兵が何か言っている。
「お前達訓練兵も卒業演習を合格した立派な兵士だ!今回の作戦でも活躍を期待する!」
距離の割に遠く、そう聞こえた。
ほぼ全員が集まり、整列した時にはざわざわとした雰囲気はおさまっていた。ほぼ、というのは、ここに来る途中で既に巨人に喰われたか立体機動装置の操作ミスでどこかに激突したかで本部に現れなかった者のことだ。本部に来たものの負傷している者は流石に出撃しろとは言われなかったようだが、精神的なものの場合で残された人々に、恨めしい目で見つめられていた。
駐屯兵の上官が何か話している。あの髭面、なんといってもあの落ち窪んだ目はキッツだったか。
聞こえのいいこと言って戦意高揚させて、なんとなくかっこいいと思っていた。でもよく考えたら第二次世界大戦でやっていた特攻と同じじゃないか。子供達にも幼い頃からの洗脳と世間の風潮でやらせているところだなんてそっくりだ。敵前逃亡は死罪だって?まんま日本兵だ。
自分は死にたくないのに。3年前エルヴィンの前で訓練兵団に入るなんて言わなければ今頃開拓地に居れただろうに。
絶対駐屯兵団に入ってやる。駐屯兵団に入って巨人とは無関係になれるような南以外の地に配属されてやる。
そのためにもこのトロスト区戦で死ぬわけにはいかない。やる気のある人に任せて自分は無様に逃げ回って生き延びてやる。
「解散!」
「「ハッ!」」
仲間の声で我に帰り、慌てて鷹野も敬礼をする。すぐに周りが動き出し、班の仲間を探しつつ自分の配置場所に向かい出す。鷹野も移動しようとして、立ち止まる。
でも、これから起きるとわかっている仲間の死を、知っておきながら放っておくのか?まず最初に意気込んだ34班のトーマスが喰われ、それを助けようとしてミーナや他34班の人が死んだ。彼らに忠告すれば止められるだろうか。無理だろう。彼らにはただ訓練兵の仲間から、他の人も言われるような注意をされただけと捉える。結果は変わらない。
じゃあ指揮官に頼み込んで、またはこっそり34班に行って止めるか。いや、それも無理だろう。あんなに自信たっぷりなのだから。自分も死ぬかもしれない。無駄に死者を増やしたくはない。
それでも、できることはやっておきたい。
視線を走らせたが、34班壊滅の大きな原因であろうエレンが見つからない。もう走っていってしまったのかもしれない。他は確か、アルミンとトーマス、ミーナとあと2人くらいいたが、思い出せない。アルミンもいない、ミーナも見当たらない、トーマス…
「ミーナ!」
ミーナらしき顔を見た気がして呼びかける。相手は振り向かない。
「ミーナ!ミーナ・カロライナ!」
彼女は他の人に肩をつつかれてようやく振り向いた。
「何急に。どうしたの?」
「お願いがあるんだ」
「何よ一体」
胡散臭そうな表情だ。ミーナは自分のことをあまり知らないだろうから当然だ。
「34班だろ、エレンのいる班。で、あなたは今自信たっぷりだ。調査兵団に入る前に活躍しておこうとかそんな感じだろ」
「ああ、うん…」
明らかに視線を外された。
「それは好きなようにすればいい。でも、本当に気をつけてほしい。奇行種は突然襲ってくる。立体機動中でも急に横から来たら避けられない」
「そう教わったね」
「それに、巨人が一体いたら、もう何体かいると思ってほしい」
「これ以上立ち話していると怒られるよ」
「とにかく、1人が襲われたら逃げて。戦いたかったら、一度離れて体勢立て直してから。逃げる時も周りをよく見て」
「…わかった。ありがとうね」
ミーナは軽い苛立ちを滲ませながら去っていった。他の人にも伝えてくれたら少しは生存率が上がるだろうか。
鷹野は踵を返すと、自分の配置場所へと走り出した。鷹野の配置場所、15班は端の方にある。
メタ的な話。鷹野が固定砲3班になったのには理由がある。結局ボツにしたが、元々鷹野は掃除をサボるか早く終わらせて4班の方に行くつもりだったのだ。あとサシャの盗んできた肉も、超大型巨人きてうやむやになってしまうため食べるつもりだった。
今更気づいた。鷹野は訓練兵団入団当時15歳としていたが、12月誕生日の中3が9月くらいで15歳なのはおかしい。修正したつもりだが、間違いがあれば教えていただきたい。
最近自分の進撃への愛がおかしな方向へ向かっている。ピースをする要領で気軽に敬礼をするものじゃないと思い始めた。作中で自分の命を捧げる意思を示すものなのに生半可な覚悟でするものじゃないと。あと兵団の印、あれもシールみたいに気軽に貼り付けるものじゃない。でも本当に進撃の巨人を愛している人には鼻で笑われることを言っている時があるだろう。許してほしい。