見た瞬間の記憶はまさにオレンジ色の闇があったとしか表現しかできない。
オレンジ色の塊には4本の棒が生えていた。オレンジ色の塊には2つの目と1つの鼻、そして1つの口があった。エラはその口の中に吸い込まれた。目で見たそれの視覚情報が脳まで行って、脳が巨人と理解するまでに時間を要した。
どこから来た?いつの間に接近していた?巨人はさっきまで道の先にしかいなかったじゃないか。もしかしたら、もしかしなくとも、巨人達はとっくに鷹野達のところまで侵入していた。それで建物の影から、固有のジャンプ力で飛び上がって来たのだ。鷹野の方を見ているエラは気づけなかった。鷹野も、エラに気が向いていたので、警告する余裕もなかった。
いや、鷹野が気づいたところで、そこから鷹野が声を発し、エラの鼓膜を震わせ脳が理解し、その上で指の筋肉に信号を送り、反応する時間はなかっただろう。いづれにせよ、それを確かめることはもうできない。
巨人はエラをその口に含むと、そのまま地面に落下していった。幸福の化身が目の前で暴力的に消え去られた。鷹野は右手のトリガーを握り巨人を避けた。壁を蹴り、屋根の上に飛び上がって地面の巨人に目をやる。
「5m級だ!エラが喰われた!」
ダズが言ったように聞こえた。誰が言ったかだなんてどうでもいい。エラが喰われたことの方が一大事だ。
「5mなら問題ないさ、戦闘用意!目標、下方、5m級巨人!4年間の訓練の成果を出せっ!」
振り返ったテオは用意していた台詞を言い放った。エラが喰われたと聞いたはずなのに、ただ攻撃の目標としか見ていないように。兵士としては、常に落ち着き適切な判断を下せる、上に立つ者の資格がある人物だ。
しかし、よく見るべきだ。ダズが5mと判断したのは、巨人が丸まった状態であると。つまりはもっと大きい。鷹野もそれに気づくことができないほど頭が熱くなっていた。
テオが地面にいる巨人に向かっていった。エラを食べた巨人は、まだエラが喉につっかえているのか、手首まで口に突っ込んで何とかしようとしている。テオは安定した体勢で巨人のうなじに向かって速度を上げた。と、エラを飲み込んだ巨人が振り向き、テオに鋭い歯を向けた。鷹野が巨人の動きを認識すると同時にテオは既に巨人から離れていた。巨人はテオに向かって飛び上がったが、5mの小さな体では届かないと踏んだ班員たちはただ、皆、テオの動きに見惚れていた。
必要以上に高く飛び上がったテオの動きがおかしいと気づいたのはその直後だった。テオは黒い粉を散らせ、コマのように回転しながら建物の二倍くらいの高さまで上昇すると、再びそのまま真下に加速した。建物より少し低くなったところでまた上へ。その動きはだんだんと小さくなり、ワイヤーを真横に伸ばしたまま宙で逆さに静止した。
髪を振り乱し、逆さまにバンザイをしたテオの、下半身、正確には太ももより下がない。彼はぶら下がったまま、恐怖5割困惑7割痛み8割の顔で荒い息をしていた。
「テオッ!」
「お…おいっ、大丈夫か!?」
「大丈夫なわけねえよ!下半分がないんだぞ!?もうだめだ…俺たちは死ぬんだ…」
ダズとフロックが騒いでいるが、鷹野はじっとテオを見つめていた。彼は必死に鷹野達に視線を送っているが、鷹野はテオの目を見ていない。今にもテオに飛びかかろうとしている5m改め8mの巨人を見ていた。
今し方エラが喰われた時、エラを飲み込んでいる間、巨人は大人しかった。テオならエラよりも抵抗するだろうし、隙も増えるのではないか。そう鷹野は考えていた。
立体機動のワイヤーが苦しそうに擦れる音がした。テオが片方のアンカーを外し、屋根の端に転がっている。今にも転がり落ちそうなのに落ちないのは、テオがいる側ののアンカーが刺さったままだからだ。脚の断面から流れ続けている血が、屋根を伝って、地面に滴り続けている。
それも構わず、鷹野の頭にはある残酷な作戦が浮かんでいた。
油断していたとはいえ、エラは立体機動中に、大きさを誤認していたとはいえ、テオも立体機動中だった。今のうちに逃げても、追いつかれるかもしれない。ならば巨人の意識がテオに向いているうちに巨人を殺すべきなのではないだろうか。鷹野より立体機動の上手かったテオが目の前で上半身だけになって倒れているのに、鷹野はおかしな使命感と自信に燃えていた。
テオを囮に、犠牲にして、巨人を殺す。
残酷?いや、ここでは全く残酷なことではない。脚2本失って、ここで生きて帰れるわけがない。それならば、最大限活用させらせてもらう方が、鷹野達にとっても有益だ。
「…チャンスだ」
馬鹿みたいに大きいカエルが飛び上がり、屋根を破壊しながらテオに突っ込んだ。
「今がチャンス、あの巨人を殺す。ダズ、フロック、手伝って!」
「…あ、タカノ」
「俺は嫌だ!」
鷹野は言い返そうとしたが辞め、一人巨人に向かった。強い風が鷹野のジャケットをはためかせ、闘争心を煽る。近くの塔にアンカーを刺し、高く舞い上がった先から巨人に突撃する。速度制限のない実戦用の立体機動装置のレバーを強く握り、ガスを噴出し、落下よりも速く、巨人の斜め30°から突っ込む。
巨人の肉にブレードが食い込んだ時、肉の大きな抵抗力を感じた。練習用よりも遥かに質量のあるそれを思いっきり斬り抜く。巨人が震えたのがブレードを通して伝わってくる。斬った後のことを何も考えなかったことに気づいた時には空を通り抜ける雲を見ていて、直後には体に強い衝撃を感じていた。
「かっ」
息ができない。不完全ながら自然に受け身を取っていたのか、体は動く。定まらない意識で体だけ動かして巨人の方に眼球をやると、まだオレンジ色の塊がある。くそが。まだ死なないのかよ。声にならないが口にしたつもりだった脳内の呟きを投げ捨てて立ち上がる。
巨人の曲がった脚を踏み台にして巨人の背によじ登る。だらしなく置かれている無価値な肉の塊を見ていると鷹野の中にあった、今までの好きな方を向いていたあらゆる理不尽に対する怒りが一斉にその肉に向いたのを感じた。鷹野の恐怖から闘争心に変わっていた精神の揺らぎは、闘争心に似た色合いの別のものへと変わっていった。その流れに任せて力一杯刃を突き立てる。
「あああ!なんでこんなとこにいなきゃいけないんだよ!!知るかバカが!くそったれ!こんなところに転がってんじゃぁ、ねぇよ!」
体の中に溜まった不快感を出そうと叫ぶ。深く突き立てたのに自然に抜ける刃に余計苛立って何度も幾度も刺す。急に硬いものに当たった感覚があり、それを破壊してやろうと一際高く振り上げて刺す、と、一瞬の抵抗のあと、力が解放された。突然のことに驚く間も無く短くなった刃を持って倒れた。上手くいかない己の身体を恨む。仕方ない、もう一度刺してやるしかない。
「おい、おい!タカノ!落ち着けっって言ってんだろ!」
背中からジャケットを掴まれ首の絞まる感覚でようやくその声に気づいた。
「タカノ…お前何やってんだよ」
「いったいなぁ離せよ!」
「これ見て離せるかよ」
せっかく巨人を仕留めたのになぜダズとフロックは恐ろしいものを見る目で困惑した表情をしているのだろう。鷹野は疑問に思った。改めてなかなか死なない肉塊を観ると、今まで視界にあったものをまともに見ていなかったことに気づいた。
もう巨人はとっくに蒸発していた。代わりに背中に多数の刺し傷のあるテオが転がっていた。刃のとおらなかった巨人の骨はテオの立体機動装置だった。
「分かったか?」
鷹野は何も言えなかった。フロックの手が離されても、ただ屋根の上に力無く座っていることしかできなかった。
「はぁ…これからどうする?」
「どうするもなにも、撤退しかないだろ。班の2人が死んで1人がおかしくなったんだから」
「…わかっただろ」
鷹野はつぶやいた。
「は?」
「わかったか?言ったろ、死ぬって!訓練みたいにはいかないんだよ。心臓を捧げよだとか言われたけど無駄死にする必要はない!必要があれば死ねばいいんだ」
「……ああ」
「そう、だな…」
情緒不安定だな。
これじゃ小説じゃなく動画の説明だ。文章って難しい。