真・東方夜想曲 -マニアクス-   作:青葉那由多

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9話 ボス戦闘(後編)

「シキオウジとシキガミか...」

 

 フグルマを庇うように立ちふさがる悪魔の姿を見て、人修羅が呟いた瞬間、シキガミと呼ばれた悪魔が、不機嫌そうな様子でその発言に食ってかかった。

 

「我も姿こそ違えど、シキオウジなり。下級の紙くずと一緒にしないでもらおうか」

 

 人修羅の世界でシキガミと呼ばれたその悪魔は、どうやらこの世界では横の悪魔と同じく、シキオウジであるらしい。

 

 なんにせよ、折り紙で作った巨大な武者のような姿のシキオウジが持つ、物理攻撃を無効化してしまう硬い折り重なった紙の外皮は、物理攻撃に秀でる人修羅としては厄介だ。

 

「気にするな。お前も紙くずにしてやる」

「貴様!」

「先程から、なかなか強気ですね。悪魔らしい」

 

 人修羅は、フグルマにやって見せたように『挑発』し、浮遊するシキオウジを激怒させる。

 

 これには、戦術的な意味合い以外にも、悪魔になって間もないころに仲魔として共に戦ったシキガミを貶された事に対する、意趣返しという意味合いも含まれている。

 

 シキオウジの体は紙で出来ており、当然、火が良く通る。煤や煙で小鈴達の健康状態に被害が現れないか心配だが、フグルマを放っておくわけにもいかないので、消し炭になってもらうしかない。

 

「この二体は俺が何とかする」

「では私どもは、あの本の悪魔を気を引きましょうか。早く済ませてくださいよ?」

「私、疲れてきたんだけど...こんなに妖怪相手にしたことないし...」

 

 仲魔を機動力を奪ったフグルマの元に向かわせ、人修羅は二体のシキオウジに氷の息と同じ要領で、今度は炎の息を吐き出さんとするために、その機会を伺う。

 

 巨大なシキオウジは、機械のように角ばった動きをしているため、攻撃を見切りやすいが、硬い外皮を持ち、物理攻撃を受け付けない。

 

 対して、浮遊するシキオウジは、物理攻撃こそ有効だが、素早い動きで攻撃を捉えづらい。攻守の揃ったよい組み合わせだと言える。 

 

 二体の連携攻撃に、なかなか炎の息を吐き出すタイミングが掴めずにいると、視界の隅で、往生際悪くフグルマが大暴れして、二人が手を焼いている姿が見える。早く合流しなければと、焦りを感じる人修羅の前を、何かが横切った。

 

 

「汝、何者たるや?」

 

 現れた蛮奇の体が、巨大なシキオウジに足払いを仕掛けた。どうやら、首と体を分離できるという特性を生かして、隙を見てこちらに体を送り込んでくれたようだ。

 

 シキオウジは紙製で軽いということもあって、そのまま転倒した。前後対称という奇妙な構造をしているため、体を反対方向に折り曲げることですぐに立ち上がったが、息を吐くには十分な時間だった。

 

 肺に溜めた空気と魔力を融合させ、口内を見せつけるように口を大きく開くと、抑え込んでいたものが解放され、爆炎となった息が、二体のシキオウジ目掛けて放出される。

 

「ぬわっ!」

「ぐおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 激しい熱と炎の渦に飲み込まれ、浮遊するシキオウジは人修羅の宣言通り消し炭にされ紙くずとなった。しかし、巨大なシキオウジはその巨体から来る耐久力で、何とか凌ぎ切っていた。シキオウジは立ち上がり、反撃を開始した。

 

「悪魔よ、同朋に代って、我が祓って進ぜよう」

 

 祓う、という宣言通り、シキオウジは体を構成する紙の一部から、光を放つ破魔の札を創りだし、一斉に射出して札による光の嵐を巻き起こした。

 

 この破魔(ハマ)の光は、悪魔の肉体を持つ人修羅がまともに命中すれば、一撃であの世へ送ることができてしまう。

 

 人修羅は必死に光を回避しつつ反撃の機会を伺っていると、あることに気が付いた。当然と言えば当然の事なのだが、シキオウジは破魔の札を、文字通り身を削って創り出している。

 

 そのため、一心不乱に破魔の札による攻撃を繰り返すシキオウジの体は、明らかに小さくなっており、しまいには人修羅よりも小さく、もはや折り紙のアート作品と呼べるぐらいの大きさまで縮んでしまった。

 

「汝、如何にして身を巨体と成したのだ?幻術の類か...?」

「逆だ」

「なんだと!」

 

 シキオウジは、小さくなったことを自覚しておらず、逆に人修羅が大きくなったのだと錯覚していた。それを人修羅が指摘してやると、二人の間に気まずい沈黙が流れた.........

 

「シキガミを紙くずと評した我が、折り紙も同然になってしまうとはな...。我の敗北を認めよう」

 

 シキオウジは小さな体を折って、人修羅に平伏する。悪魔の中には、人修羅の情けに付け込んで、降参すると見せかけて油断させ、騙し打ちを狙うような卑劣な者も存在したが、この体の大きさではそれも出来ないだろう。人修羅は大人しく見逃してやることを選択した。

 

「恩に着る...。汝は猛き漢であるな。我は、心身ともに頑強にすべく、修練の旅に出向くことを決めた。再び相まみえることがあれば、その際には汝の力となれるだろう。では、達者でな。」

 

 その小さな体とは似つかわしくない、古風な語り口で、シキオウジは決意を新たにし、ぴょこぴょこと体を動かして、フグルマの間から抜け出していった。

 

 フグルマを倒せば、異界は消滅しあるべき場所へと送り返されるだろうが、何故か彼が幻想郷に馴染んでいる姿を、人修羅は思い浮かべてしまった。

 

 ともあれ、仲魔に宣言した通り、シキオウジを退けることはできた。人修羅は足早に、広間の奥部で未だ戦闘を繰り広げている蛮奇とアークエンジェルの元へ加勢に向かう。

 

「遅い!」

「待ちくたびれましたよ」

 

 二人の軽口を受け流し、再びフグルマと見合う。流石の人修羅も、連戦に次ぐ連戦で疲労が蓄積しており、いい加減に終止符を打ちたかった。

 

「シキオウジは彼奴に敗れたというのか...くぅ...!あの紙くず共め!もう何でもよい、わらわの壁となれ!」

 しかし、そんな人修羅の苦労もいざ知らず、シキオウジが倒されたと知ったフグルマは破れかぶれになり、追加で召喚を行う。

 

 

「ん~?誰だよ~おばさん!」

「わらわに言っておるのか!?」

 

 だが、現れたのは、小柄の鳥形の悪魔。お世辞にも、先のシキオウジと比べてそこまで力があるようにも感じない。そのうえ子供っぽい性格の悪魔のようで、フグルマとも上手くいっていないようだった。

 

「ん~?なんだよキミ!じっとこっち見て...!あっ!オイラ、タマネギの妖怪なんかじゃないぞ!」

 

 見知らぬ悪魔ということで、悪魔の姿をよく眺めて分析していた人修羅の視線を、何かと勘違いし、悪魔はいきなり暴れ出した。

 

 たしかに、うっすらと黄緑色に彩られ、球形に膨らんだ頭部は、言われてみればタマネギに見えなくもない。だが人修羅は、言われるまで全く考えになかったので、勘違いで暴れている悪魔をなだめた。

 

「あっ、そうなんだ...。じゃあボク帰るね、バイバイおばさん!」

「この小童が!」

「...今ですね」

 

 自由気ままな悪魔は、フグルマのいうことを聞かず、どこかへ飛び去ってしまった。フグルマは悪魔の自分勝手な行いに激怒し、一瞬の隙を晒した。

 

 アークエンジェルの一撃がその隙に叩きつけられる。その一撃で、フグルマの車体は完全に破壊され、移動能力を失った。

 

「や、やめろ...小僧!わらわに何をする!」

「......」

 

 取り巻きの悪魔が居なくなり、3人に包囲されるフグルマ。アークエンジェルによって、車体も破壊されており、もはや逃走することもできない。

 

 追い詰められ、取り乱すフグルマの前に、力を漲らせた人修羅が、無言のまま一歩ずつ迫りゆく。フグルマの問いかけを一切無視して迫るその姿は、悪魔としての気迫に満ちていた。

 

「やめろ...やめろぉぉぉ!!!」

 

 フグルマの絶叫も全く意に介さず、人修羅は横倒しになって動けなくなったフグルマの髪を、左手で乱暴に引っ張って無理矢理身体を起こす。 

 

 自身のマガツヒの流れを右手の指先に集中させ、フグルマの半透明の体に爪を立て、そのままゆっくりと振り下ろした。

 

「あああぁぁぁぁ!!!」

 

 振り下ろされた指先から、禍々しい赤い爪痕が走り、鉄の如き硬さと鋭利さを誇る人修羅の指先が、フグルマの体を裂いていく。フグルマはそのまま、苦悶の叫びを上げながらマガツヒの塊と化し、消滅した。

 

「うーわ...エグいなぁ...」

 

 蛮奇は人修羅の行動に引いているような言動を取りつつも、人外である妖怪としての性か、どこか満たされた様子にも見えた。

 

 主を失ったことによって、異界化が解けていく。魔界の植物の根が張っていた床は、綺麗な木目に戻り、広がっていた空間が収縮していく感覚に晒される。空間の揺れが収まると、人修羅達は廊下に立っていた。 

 

「...ともあれ、一件落着のようですね?しかし、やはり疲れますな、この刀を振るうのは」

 

 異界化が解けたのを確認したアークエンジェルは、ホッと一息つくと、静かに刀を鞘に戻し、疲れを逃がすように立ちひざをついた。これを以て、鈴奈庵に巻き起こった異変は、終わりを迎えた。だが...

 

─────────────────────────────────────

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 人修羅は、小鈴らの安否を確認するために、廊下から続く部屋に急ごうとするが突如、体の内側...それよりももっと根本的な、悪魔としての機能をなすところに異常を感じ、その場でうずくまってしまう...

 

「一体どうなさったんですか!」

「おにーさん!?」

 

 此度の騒動を引き起こした元凶ともいえるフグルマを撃破したものの、人修羅には新たな問題が降りかかっているように見えた。しかし本人には、何か心当たりがあるようだ。

 

「これは......よくあることだ。それより、友達のことはいいのか?」

 

 蹲って呻く人修羅の元に、阿求と小傘が合流した。彼女らは、人修羅の様子を見て、駆け寄って看病しようとするが、人修羅はそれを静止し、小鈴らの安否を確かめるように訴えた。

 

「本当に...大丈夫なんですか?」

「俺よりも、向こうの方が大変じゃないのか?」

 

 そう言った人修羅の脳裏には、フグルマとの対決前にも思い返した、助けようとしても助けられず、失望されてしまった過去の記憶がよぎっていた。

 

 結局のところ、悪魔を吹き飛ばす衝撃波を放ったり、口から爆炎や吹雪を吐き出せる体を持つ自分は、人間では無いだろう。

 

 阿求と小鈴は、少々特殊な能力を持ち得ているとしても、体は人間そのものであり、悪魔に敵うはずがないと、人修羅は気を遣っていた。

 

 そもそも、体の異常にも、心当たりがあったので、それほど大事でもないという認識だった『ハズレ』を引かなければ...。

 

「そこまで言うなら...でも、無理はなさらないでくださいね」

 

 そういった考えが彼女らにも伝わったようで、念のため護衛としてアークエンジェルを引き連れ、小鈴たちが待機しているであろう部屋に向かっていった。

 

 静かな廊下に一人残された人修羅は、中腰の姿勢で壁にもたれかかりながら、自分の体の底に意識を集中させていた。

 

 先程から人修羅を蝕んでいる異変には、『マガタマ』という、彼の悪魔としての、力の根源である物体...いや、生物が関係している。そのマガタマとは、悪魔の力が物体として凝縮されることで生まれる生物である。

 

 寄生生物のような存在で、適応することができれば、宿主に様々な恩恵をもたらす。人修羅は、状況に応じて体内に取り入れるマガタマを切り替え、多様なマガタマから力を引き出すことで多数の技を習得し、ボルテクス界を戦い抜いてきた。

 

 話を戻そう。一般の悪魔にとってマガタマは、ある種の装備品のようなもので、マガタマの働きが弱まったり、逆に活性化しすぎたりしていても、作用に多少の変化が出る程度の影響でしかない。

 

 しかし、現在の人修羅は、フグルマからマガツヒを吸い取ったことによりマガタマが活性化し、それによって体に異変が起きている。

 

 その原因は、人修羅の悪魔としての生い立ちが関係している。人修羅...嘉島尚紀という人間は、東京受胎の際、ある存在によって後天的に悪魔としての体を持たされた。それに使用されたのが、マガタマなのだ。

 

 ゆえに、人修羅はマガタマの悪魔といっても過言ではない。他の悪魔と異なり、マガタマが悪魔としての存在の中核であるため、マガタマの影響がダイレクトに現れ、自身の体にも反映されてしまう。

 

 マガタマが苦手とする属性の攻撃を受けると、人修羅は一時的にマガツヒの循環が停止して体が硬直し、大きな隙を晒してしまう。

 

──俺のマガタマはどうなってる...?マサカドゥスは...

 

 ここで、人修羅はマガタマの鼓動を感じながら、現在取り込んでいるマガタマについて逡巡する。

 

 『マサカドゥス』とは、東京を守護する者たちの加護が込められマガタマであり、ある一つの属性を除いて、すべての属性の攻撃を受け付けないという、最強と言っても過言ではない防御力を誇るマガタマである。

 

 しかし、流石のマサカドゥスであっても、ボルテクス界の主であるカグツチの光には無力であり、苦戦を強いられ、力を使い果たしてしまった。そこを立て続けに、大いなる意志の代行者であるメタトロンに攻められ、現在の人修羅がある。

 

──この感覚は...マロガレ?

 

 人修羅は胸を抑えて、取り込まれているマガタマの鼓動を感じた。やはり前述の件で、マサカドゥスはその力を失い、休眠状態にあるようだ。その代わりに、嘉島尚紀という人間を、人修羅という悪魔に作り替えた、原初のマガタマ、『マロガレ』が取り込まれているようだった。

 

 

 先程から人修羅に影響を与えているのは、マガツヒを吸い取って活性化したマロガレが、人修羅に何かをしようとしているためだ。その感覚は、マガタマから新たな力を引き出す時の感覚に似ていた。

 

(こいつの力は引き出しきったはずだが...この感覚は?)

 

 しかし、人修羅は疑問を感じていた。マロガレは最初に取り込んだマガタマであり、悪魔となって間もない頃にその力を引き出して以後、自分が戦いの中でどれほどマガツヒを得て、成長しようとも、それ以上マロガレが活性化することはなかった。

 

 だが、どういう訳か、この幻想郷で多量のマガツヒを得た瞬間、突如として活性化し始めた。

 

 状況から見て、マロガレの異変には、この新しい環境が関わっているのだろう。しかし、それ以上の事は分からない。人修羅はいつものように、マガタマの動きに身を任せた。すると、また別の異変が、人修羅の身に巻き起こった。

 

「............?」

 

 それは、『何も起こらない』という異変だった。通常、一定のマガツヒを得て、マガタマが活性化すると、マガタマは自身が秘めている力を、『技』という形で宿主である人修羅に継承させ、それと同時に、さらなる力を引き出すことや、逆に体に以上を与えるといった副作用が発生する。

 

 しかし、今回は、マガタマの活性化が起こったにもかかわらず、技の習得も、副作用の発生のどちらも起きなかった。このような事態は初めての事であり、人修羅は戸惑った。

 

 マガツヒは足りているが、何かが足りない...その感覚を確かめているうちに、マロガレの動きは治まり、人修羅の異常は解消された。ここで人修羅は、他のマガタマの状況がどうなっているかが気がかりになり、手当たり次第にマガタマを取り込んでは吐き出して、状況を確認してみた。

 

 その結果判明したのは、初期に手に入れたマガタマには特に問題は見受けられなかったものの、活性化により多くのマガツヒを必要とする強力なマガタマは、幻想郷に訪れる前の戦いによって消耗してしまったのか、力の一部を失ってしまっている。

 

 幻想郷に来てから、人修羅がかつてのような力を振るうことができないのは、神の火に焼かれ、物理的な損傷と、体内のマガツヒの流れを破壊されたためだと考えていたが、マガタマまでもが力を失っているとは考えていなかった。

 

(これは、またやり直しか...)

 

 マガタマの不調とはつまり、引き出した力を失ってしまったということになる。悪魔となってしばらくは、仲魔の庇護を受けながらどうにか生き抜いていた貧弱な悪魔だった。

 

 だが、マガタマから生まれた彼にしか引き出せない力を、取り込んだマガタマから引き出すことによって、人修羅という異名がふさわしい強大な悪魔として成長していった。

 

  故に、マガタマから得た力の一部を失っている人修羅は、自身の持ち味を失っているようなものだ。どうにかしてもう一度力を引き出さなければ、明るい未来はないだろう。その方法も考えねばならないと思いつつ、今は他にすべきことがあると、思考を切り替える。

 

 

 

「こんなところか......。とりあえず、行くか」

 

 人修羅は、静かに呟くと、何事もなかったかのように立ち上がった。異界化が解け、すっかり元通りになった少し廊下を進んで、騒がしい話し声の聞こえる部屋の前で立ち止まり、ゆっくりと扉に手をかけた。

 

 そのまま、静かに扉を開けて部屋に入ると、部屋の向こう側で壮年の男女と、涙を浮かべて、阿求と抱き合っている少女の姿があった。人修羅は邪魔してはいけないと、二人を遠巻きに眺めている小傘の方に混じろうとする。

 

 すると、小傘の隣に、見知らぬ青年が立っているのが見える。彼は鍛えているようで、それなりに体格が良く、精悍な顔つきをしていた。

 

 見知らぬ...とは言ったものの、どこかで見たことがあるような雰囲気をしている。とりあえずその二人に混ざってみると、青年の正体が判明した。

 

「......私ですよ」

 

 青年が人修羅に耳打ちするその声は、アークエンジェルのものだった。確かに、言われてみれば状況的に考えて彼以外ありえないのだが、天使だけあって妖気を誤魔化すのが上手いのか、彼の妖気を上手く探知できなかった。

 

「......その恰好は?」

「マントの彼女が言っていましたよ、この世界に私のような存在は異物であると。というわけで、人前では人間のフリをすることにしました。」

「蛮奇はどうした?」

 

 蛮奇が言うには、天使のような、常日頃から全世界で信仰されているような存在は、『忘れ去られる』といったことが起こりえないため、幻想郷に現れる事はないのだという。

 

 そんな幻想郷に、どういう訳か入り込んでしまったアークエンジェルは、悪目立ちする可能性があると教えられた、と彼は言っている。

 

 ということで、阿求や小傘とも示し合わせたうえで、彼は表向きは人間のフリをする事に決めたのだという。ところで、部屋の中にはその蛮奇の姿が見当たらない。人修羅がきょろきょろと見回していると──

 

「彼女なら、目立つのが嫌らしいので、廊下の窓から出ていきましたよ。」

「そうか...」

 

 何度か助けられたので、蛮奇に改めて礼を言っておきたかった人修羅だが、彼女がそう言っていたのなら仕方がない。よく深夜の人里に出没するらしいと、移動中に阿求から説明を受けていたので、人修羅は、再会できることを祈った。

 

 阿求と小鈴の様子を、しばらく見守っていると、ひとしきり話が終わったのか、阿求がこちらに振り向いた。彼女と目が合った人修羅は小さく会釈をし、彼女もまた、それを返した。そして、自分の代わりに前に出るように、促された。

 

「あなたが阿求やそこのお兄さん達を連れて、私を助けに来てくれたんですか?」

 

 フグルマを召喚してしまい、騒動の原因を作ってしまった少女、本居小鈴が、申し訳なさそうな表情で人修羅に声をかけた。

 

 様子から見て、最悪の事態は防げたようだと、人修羅は悪魔の出現に張りつめていた心が、安らいでいくのを感じた。

 

「そうだ」

 

 人修羅はいつもの表情のまま、彼女と向き合って答えた。すると、彼女は今回の騒動の原因は自分にあると謝罪してきた。

 

 だが人修羅は、この程度では済まない、強大な悪魔を召喚する儀式などをその目で目撃し、巻き込まれた経験があったので、今回の事件はそれらよりは遥かにマシだと考えていた。

 

 彼女に色々と前科があると言っても、本一つでこんな事態になるのは予想ができなかっただろう。そのため、

 

「災難だったな」

 

 と、少々ズレた回答をしてしまい、同じく幻想郷での経験が浅いアークエンジェルを除く、周囲の人々から、怪訝な表情を向けられてしまった。小鈴も、思わず目を見開いて、困惑してしまっている。

 

「...コホン。まぁ確かに、皆無事であったのだから、いいではありませんか。人間という種族は、失敗をして成長していくものですから。災禍に見舞われても、人々と協力して立ち上がるのが人間の美点でしょう。」

 

 気まずくなった空気を、アークエンジェルが取りなそうとしてくれたのだが、彼の人間離れした、ある種の偉大さを感じさせる口調に、一般人の小鈴とその両親は、困惑気味である。

 

 彼の正体を知る阿求と人修羅は、人間では無い事がバレてしまうのではないかと肝を冷やす。人修羅も、アークエンジェルも、幻想郷に馴染むのには、まだまだ時間がかかりそうだ。

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