昼まで寝過ごし、そのまま阿求に突撃取材をされ、さらに悪魔とまで戦うことになった人修羅の長い一日は、もう直ぐ終わりを迎えようとしていた。
鈴奈庵の様子を見送り、人間に化けているアークエンジェルと共に外へと出ていき、人修羅は帰路へつくため、通りに出て、脳内の地図に記憶した道をたどって、大通りへと出ようとする。
「人修羅!」
勢いのある声に呼び止められ、二人が振り向くと、そこには慧音の姿があった。どうやら、鈴奈庵から放たれていた強い妖気が消滅したことを感じ取って、こちらへ戻ってきたようだった。
「どうにかなったみたいだな...ありがとう!......ところで、そちらの御仁は?」
彼女は、里の代表ともいえる人物で、里の人々の顔と名前をほぼ把握している。人修羅と並んで歩くアークエンジェルの姿に見覚えが無く、疑問符を浮かべていた。
「私は......エクソシス...いや、妖怪祓いをと生業としている者で...」
アークエンジェルは咄嗟に素性をごまかしてやり過ごそうとするが...
「失礼だが、貴方の顔は全く記憶にないな。それは本当か?」
「......」
正直なところ、この質問は予想外だった。鈴奈庵では、阿求や小傘が上手いこと間を取り持ってくれたが、今この場には、それができる人間がいない。人修羅も黙ってしまい、慧音は更に疑問を感じている。
「なかなかの観察眼ですね...嘘をつき続けるのも不本意ですし、仕方ありませんか...」
アークエンジェルは人修羅の方をちらりとみてアイコンタクトを行い、事情を察した彼は静かに頷いた。アークエンジェルは慧音を手招きして、話が聞き取られづらく、姿も隠せる路地裏に彼女を誘う。
「なっ...この姿は...!どういうことなんだ...」
アークエンジェルの体が淡い光に包まれ、体を隠していた幻のヴェールが剥がれ落ち、甲冑をまとった天使としての姿がさらけ出される。その姿に慧音は息を飲み、信じられないと言った様子で声を上げると、そのまま考え込むように俯いて、黙り込んでしまった。
「私の姿に、見とれてしまいましたか?」
「おい...」
明らかにそういった雰囲気ではないし、まだ知り合って間もないが、慧音もそのような人物ではないと...思うので、人修羅は空気の読めないアークエンジェルの肩をそれなりの力で叩いて静止した。
厳粛な雰囲気の中、二人は慧音の反応を待った。幻想郷について知見が深い彼女がここまで動揺し、思い詰めるということは、それほどアークエンジェルの存在が異質であるという裏づけだった。
当の本人は、そんなことは全く気にかけずに、涼しい顔をしているが...。
しばらくすると、慧音は俯いていた顔を上げて、二人をしっかりと見据えた。しかし、その表情には、困惑も混じっていた。
あまり彼女らしくない、確信が持てないようなたどたどしい様子で、アークエンジェルを観て衝撃を受けた理由を、静かに語り始めた。
「私は、数百年の間幻想郷で暮らしてきたが、その間で一度も、天使の類の存在を確認したことはない...何故なら彼らのような強大な存在が『忘れ去られる』ことなど無いからだ...」
幻想郷の成り立ちを知るものは皆、忘れ去られた神々や妖怪たちの楽園として、この幻想郷が出来たのだと語る。確かに、慧音の言うとおり、アークエンジェルはふさわしくない存在だ。
「あの鈴奈庵から出てきたのか...?外の世界に由来する空間なら...いや、だとしても、おかしい...人修羅、お前も外から来た悪魔だったな。お前にはそういった存在を引き寄せる力があるのか、私たちの知らないところで何かが起こっているのか...」
アークエンジェルは、霊体になっていたところを、鈴奈庵の異界に繋がる裂け目に吸い込まれてこの世界にやって来たと語ったが、それでも天使のような力の大きい存在は、幻想郷を成り立たせている結界によって拒まれるらしい。
しかし、異界を経由したとはいえ、彼という存在は、人修羅から得たマガツヒによって実体化し、この幻想郷に立っている。慧音は、この異質な事態が、人修羅によるものなのか、それとも、もっと根本的な、幻想郷や世界の異変なのかを決めかねているようだった。
「私の方でも、色々と調べてみたほうがいいかもしれないな...二人がどのような存在だったとしても、とにかく、今回は助けられたよ。ありがとう。私は、...何も見ていなかったことにしておこう。それじゃあ、またな。」
彼女は深いため息をつきながら人修羅に礼を述べ、そのまま鈴奈庵へと向かっていった。どうやら、今回の件を解決した功績を鑑みて、アークエンジェルの存在を見逃してくれるようだ。
また、あとで知った話だが、今回の騒動の引き金を引いた小鈴は、しばらくの間、妖魔本に触れる事、仕入れることを禁止されたらしい。
色々と事後処理を終えた二人は、夕暮れに彩られている、里の通りを歩いていく。太陽ではない存在が、世界を照らしている状況に慣れ切っていた人修羅にとっては、随分と久々の景色で、感慨深かった。
「どうも、こんばんわ」
人間らしい気持ちに浸りながら、黙々と歩いていると、聞き覚えがある声に、人修羅は足を止めた。声の先に視線を合わせると、紅白の巫女服が特徴的な少女、霊夢がそこに立っていた。
「どうも」
彼女の会釈に合わせて人修羅も会釈を返すと、霊夢は本題を切り出した。
「私の出番...ってことになる前に、人修羅、あなたが片付けてくれたみたいね」
「俺だけの力じゃない」
まるで人修羅が独力で今回の騒動を解決したかのような物言いに、アークエンジェルの方を見やりつつ反論する。
「そう、あなたの『友達』も頑張ってくれたみたいね」
彼女は、無表情とはまた違うが、普段の表情を保ちつつも、あまり感情が読めない、不思議な雰囲気のまま、アークエンジェルを見つめて言った。
「『友達』とは私の事ですか?悪いが、そこまで親密な関係ではありませんよ。ハッハッハ...!」
アークエンジェルは霊夢の発言を笑い飛ばすが、人修羅は『友達』という言葉に、何かを感じていた。それに、彼の活躍を知っているということは、素性が割れているのかもしれないと、身構える。
「あなたには紫から、すこし話があるみたいなの。悪いけど、ついてきてもらえるかしら。」
「一介の下級天使が、断れそうな雰囲気ではなさそうですね。......いいでしょう」
霊夢は、ただの少女から、幻想郷を守護する巫女の姿へと意識を切り替える。途端に、悪魔である人修羅、天使であるアークエンジェルの両者の感覚を刺激する、厳格なオーラを身に纏い、敵わないと悟ったアークエンジェルは、霊夢の提案を飲んだ。
「助けてもらったところ、悪いわね。人修羅、これを受け取って頂戴」
「ん...?」
先程は巫女としての姿を見せ、言葉に従うよう威圧したが、霊夢自身もこの行為をあまり快く思っていないようで、普通の少女としての姿に戻ると、二人の前で、申し訳なさそうな表情を浮かべて、懐から取り出した封筒を人修羅に手渡した。
「紫からの謝礼...らしいわ。今回はわたしが間に合わなかったし、しょうがないか...」
封筒はずしりと重く、中には結構な量の札束が含まれていた。霊夢は何か思うところがあるようだが、仕方がないと自分に言い聞かせている。
「これで、また道具を買わせてもらう」
「本当に!?」
しぶい顔をしていた霊夢の顔がぱっと明るくなり、上ずった声を上げた。思いもよらぬ幸運、といった感じで霊夢は目を輝かせているが、もちろん、人修羅にとってはただの気まぐれでの発言ではない。
立ちはだかる悪魔を、都度蹴散らしながら鈴奈庵の異界を進んでいたが、異界から悪魔を一掃していたわけではなく、あくまで目の前の障害を排除していただけだ。一度通った道でも、しばらくすればまた悪魔が現れるだろう。
そんな中、悪魔に対抗する力を持ちえない人間である阿求が、これと言った大事も無く、離れた場所で休息していたアークエンジェルに合流出来たのは、神社で霊夢に札束と引き換えに譲ってもらった、魔除けの札の効果故だろう。
今はそれほど遠くまで出歩いたことはないが、この幻想郷には、様々な魔の存在が生息しているらしい。ボルテクス界でもそうだったが、こういった世界では、必ず自分とは波長の合わない存在が出てくる。
身を守るためにも、今回のような事態に備えるためにも、霊夢の道具は、役に立つだろうというのが、人修羅の考えだった。
神社の境内には、札以外の、もっと豪華で、上等そうな、破魔矢なども飾られていたので、お得意様になれば、そういった物も分けてもらえるかもしれない、という考えもあった。
「本当だ」
「そう!じゃあ、今度それをいくらか持って神社に来て頂戴、色々分けさせてもらうわ。とりあえず、彼は預からせてもらうわね。それじゃ」
「一体、何をお話するのやら...」
近いうちに神社へ立ち寄る約束を取り付けると、霊夢はアークエンジェルに、自分についてくるよう言った。対するアークエンジェルは、飄々とした態度で承諾し、霊夢と共に、人の姿のままで里の外へ向かって歩いていった...。
人修羅は、今度こそ帰路につくために歩き出す。霊夢や慧音と話をしているうちに、元々夕暮れ時だった里には、もう薄い闇がかかっていた。ちょうど、夕飯時だろうか、通りに様々な料理の匂いが漂っている。
商業施設が集中している大通りは、仕事を終えた人々が外食や買い物を行うために集まっており、とても賑やかだ。
普段の...人修羅となる前の、尚紀という少年であれば、こんな風景はごく当たり前のことで、気にも留めなかっただろうが、ボルテクス界での孤独を味わった人修羅には、その風景がとても眩しく見えた。
──何か買ってみるか...?
悪魔と言えど、元は平凡な高校生。人のいる世界で、報酬としてお金をもらうといった体験を初めて味わった人修羅は、珍しく興味が湧いていた。
体は悪魔となったため、マガツヒの補給で腹は満たせるが、せっかく人や文明がある世界にいるのだからと、通りから商店を見物していた。すると...
「ちょっとそこのお兄さん、お茶してかな~い?」
「......」
なんだか怪しい感じのキャッチに声をかけられ、内心眉をひそめながら向き直ると、長く飛び出たウサ耳が特徴的な、青髪の少女が居た。
里の人々は、いかにも時代劇に出てきそうな頭髪と服装だったのに対して、この少女は何から何まで個性的...つまり、蛮奇や慧音のような人里に馴染んだ『妖怪』なのだろう。
「おーい聞いてる?」
「......なんだ」
「だから、お茶してかない?」
言い方が少し怪しかったので、人修羅はあまりよろしくないものだと思って応対していた。しかし、彼女の案内を聞いてみると、案外普通の事であった。彼女がくいくいと手招きする先には、『清蘭屋』と看板が付けられた、団子屋がそびえていた。
小さな店舗で、ほとんど屋台のようなものだが、一応、簡易な飲食スペースが見受けられる。つまり、少女はこの店の店主かなにかなのだろう。
席はちょうど空いているようで、人修羅はだから自分を呼び込んだのだろうと考えた。実際、里で何をするか、何を買うのかは決めかねていたので、せっかくだから団子を頼もうか...という気になっていた。店主は、そんな人修羅の心を見抜いていたのかもしれない。
「お買い上げありがとうございまーす!」
人修羅が店主に向かって小銭を手渡し、3本入りの焼き団子を購入すると、店主はにっこりと明るい笑顔を見せた。その様子からは、人当たりがよく、商売上手であると見て取れた。
焼きたての団子を受け取った人修羅は、併設されている小さな休憩スペースに移動し、カウンター席に座りこむ。すると、店主が現れ、温かい緑茶が注がれた湯呑みを机に置いた。
確かに、自分を呼び込んだ時に、「お茶してかな~い?」と言っていたな...と人修羅は回想した。どうやらこの『清蘭屋』は、サービスに力を入れている店舗のようだ。
サービスは良いが、肝心の団子はどうか?人修羅はマガタマを飲み込む時のように口を大きく開き、団子に斜めからかぶりつき、繋がった3つのうち、2つを一気に噛みしめた。
「スーパーのやつと全然違うな...」
別に食についてこれといったこだわりがあるわけではない人間だった人修羅は、わざわざ団子屋などに行ったことはなく、スーパーの団子のイメージしかなかった。
そのため人修羅は、焼きたての団子の香ばしい風味と、少し硬い、歯ごたえのある食感を初めて味わい、新鮮な気分だ。食について特に知識やこだわりはないが、素直に、「美味しい」と言えるものであると感じていた。
「ふぅ...」
用意された熱いお茶を口に運び、文字通り一息ついてから、残った1個を口に運び、咀嚼する。そして再びお茶を口に運ぶと、もう一1本の団子を取り出し、同様にして味わう。
「美味いな...」
人修羅は、久々の人間らしい行動だということもあいまって、団子を食べることに夢中になっていた。そして、普段は口数が少ないというのに、思わず美味いと口に出してしまった。
そんな様子を後ろから眺めていた『清蘭屋』の店主、清蘭は、人修羅の食べっぷりに笑みをこぼした。そうしているうちに、彼は最後の1本を取り出し、すぐに食べきってしまった。
「お兄さん、いい食べっぷりだねぇ〜。店主としては嬉しい限りだよ。もう1本オマケしちゃう!」
「ありがとう」
会釈をして、素直に清蘭に感謝を示す。そんな妙にしっかりしている人修羅の様子に、彼女は微笑んだ。
「いいっていいって。...............あれ、食べないの?」
団子を受け取ったものの、手を付けずにいる人修羅を見て、清蘭は疑問を口にした。
「これは仲魔......友達に渡そうと思う」
それなりに食べたし、最後の1本は世話になったアークエンジェルにでも渡してみようかというのが人修羅の考えだった。もっとも、意味ありげな雰囲気で連れて行かれてしまった彼が、現状戻ってこれるのかは保証できないが...。
「そうなんだ、友だち思いだね~。あ、私、清蘭ね。ぜひ今後ともこの『清蘭屋』をごひいきに!」
彼女はぺこりと大きくお辞儀をした。その反動で、青い髪と、そこから飛び出たウサ耳が大きく揺れている。人修羅は、そのウサ耳を思わず見つめてしまった。
獣人の悪魔や、蛇人の悪魔、そもそも人型ではない、龍や獣などの全くの人外の姿の悪魔などを多く見てきた人修羅だが、姿がほとんど人間と同じ存在は、あまり見かけたことが無かった。
ぶっちゃけコスプレなどのようにしか見えないが、本当に妖怪などの人外の類なのだろうかと、つい疑ってしまう。
「ん?どしたのお兄さん。耳がそんなに気になる?」
「まぁ...何の妖怪なんだ?」
清蘭は、その訝し気な人修羅の視線に気が付いていたようで、人修羅が何の妖怪なのかと疑問を口にすると、一瞬眉をひそめてから、自分がどういった存在なのかと語り始めた。
「私はあの月世界の玉兎なんだけど?地上の妖怪と一緒にしないでもらえるかなぁー。」
天を指差し、不満げな様子で訴える清蘭。そんな清蘭とは裏腹に、彼女が月の住人だと聞いた人修羅は、思わぬ収穫を得ることになる。