真・東方夜想曲 -マニアクス-   作:青葉那由多

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(あらすじ)人修羅が幻想郷に現れる前から、その存在を認知している者たちがいた。伝承での存在を知る八意永琳の前に現れた月世界からの使者、綿月依姫は、人修羅が幻想郷に現れる可能性があるといい、永琳に助力を求める。

 彼女に問い詰められた依姫は、月世界の指導者、ツクヨミから告げられた全てを、かつての師である彼女に伝えるのだった。



15話 分神

 突如として、全く異なる姿へと変貌を遂げたツクヨミを前に、依姫はただ呆然と立っている事しか出来なかった。そんな彼女の胸の内には、『畏れ』にも似た感情が渦巻いていた。

 

 視覚や聴覚から感じ取った『彼』の姿は、彼女が敬愛するツクヨミとは程遠いものの、何故だか頭では彼がツクヨミである事は、疑いようのない事実であると感じてしまっている。

 

「そう固くなる必要はない。しかし、これから私が言う事をしっかりと聞いて貰いたい。」

「...はっ」

 

 深みのある冷たい男性の声と、普段の神秘的なツクヨミの姿とは打って変わったやや勇ましい姿の印象とは異なり、畏れる依姫を気遣ってみせるツクヨミ。対する彼女も覚悟を決め、彼と向き合う。

 

「...まず、私のこの姿についてだが、これは『神』としての私の姿だ。」

 

 彼女の姿勢をを確認したツクヨミは、淡々と語り始めたが、開口一番で依姫は戸惑いの表情を浮かべ、恐る恐る疑問を口にする。

 

「お言葉、ですが...ツクヨミ様は元来、天津神であられるのでは...?」

 

 依姫の真っ当な指摘にツクヨミは、仮面のような顔面の表情を変えることはできないものの、どう伝えるものかと思案する素振りを見せた。

 

 神々しさと鮮烈さ、そして荒々しさを感じさせる姿だが、彼も生けるものたちと同じように思い悩むこともあるようだ。彼はしばらく考え込んだあと、ゆっくりと語りかけた。

 

「天津神や国津神...そして世界の神々らよりも、もっと根源的な『神』としての姿と言えば、理解しやすいだろうか?」

 

 その言葉で、依姫は彼の言う『神』という存在を大まかに把握した。しかし、同時にさらなる困惑の波が押し寄せる。彼が言うことが本当に正しければ、それは唯一神らと同列の存在であると言うのと同じ事だが...?

 

「恐らく依姫君が今考えている存在と、我らのような神々の中間の存在が『神』ということだ。『神』の中で最も力をつけた者が、ゆくゆくはその『存在』に為ることができる。」

 

 依姫は八百万の神々をその身体に降ろす事ができ、そのため当然ながら知見も広い。だがしかし、ツクヨミから放たれる言葉は、未知の連続だった。それでもなお彼女は、月の代表者の一員として、彼の言葉を精一杯飲み下していた。

 

「しかし、今の私の姿はただの見せかけだ。現在の私では、『神』に戻ることは叶わない。故に、こうして顕現し、君に助力を求めているという訳だ。」

 

 押し寄せる未知の波に流されそうになる頭を、どうにかして回転させている依姫は、詳細までは分からずとも、ある程度の事情を理解することが出来ていた。

 

──このお方はツクヨミ様の本来のお姿ということ...?では、今までのお姿のツクヨミ様はいったい...?

 

 しかしふと、彼が現れる前のツクヨミはどうなったのかと言う考えが頭に絡みつく。それを彼に問おうとするが...

 

「ツ、ツクヨミ様!?」

「やはり...長くは留まる事が出来ないか...」

 

 突如、ツクヨミの姿が歪み、薄れていき、おぼろげな存在としか感じ取ることが出来なくなってしまった。依姫はすぐさま彼の傍に駆け寄るが、彼は落ち着いた様子で彼女を静止した。そして、ある指令を遺す。

 

「......人修羅という存在が、じきに幻想郷...あるいはそこに隣接する世界に現れる...。彼を引き入れることができれば、月の都にとって...いや、幻想郷の者たちにも更なる活力を与えられるはずだ。」

 

 依姫は、薄れてゆくツクヨミの存在を感じつつも、彼の一言一句を逃すまいと、彼の言葉全てを記憶に刻み込んでいく。

 

「......もう時間がない。残りは彼女に代わるとしよう...。次に相まみえるのは、人修羅をここに招聘できた時だろう...。」

 

 彼はそう言い残し、依姫の前から姿を消した。彼女はこれまでの出来事を確かめるように彼の発言を反芻していた。そんな彼女の前に、彼女がよく知る姿のツクヨミが再び姿を現した。

 

「ツクヨミ様...!彼は一体...?」

 

 馴染み深い彼女の姿を見て緊張の糸が切れた依姫は、必死な形相を取り繕うこともせずに、彼女に問いかけた。彼女は、依姫の言葉を受け止め、また超自然的な声を依姫に送り届ける。

 

「彼は我であって...我ではない。だが、『ツクヨミ』であることは変わらぬ事実......。『分神』とでも呼ぶべきか。」

「もう一人のツクヨミ様...そういうことなのですね。」

 

 依姫の知るツクヨミ直々からの言葉に、激しく揺れ動いていた彼女の心は安らぎ、『分神』という言葉を理解することができた。その様子を見てツクヨミは、彼女に詳細を語ってゆく。

 

「彼はある日突如...霊のような姿で...我の身体に憑りつくようにして現れた。彼の存在を把握しようと試みた時...彼の記憶の一部が我に流れ込んできた。」

 

 ツクヨミでさえも最初は、もう一人のツクヨミの存在を受け入れることが出来なかった。彼女は流れ込んできた彼の記憶の一部に飲み込まれ、一時期は存在すらも混ざり合い、分離できるようになるまでの間、暫く行方をくらませていた。

 

「その時は、我も汝と同じように惑わされた...。近頃になってようやく、我としての姿を取り戻すことが出来たのだ......。」

 

 その時期はかなりの苦痛を伴ったが、結果としては彼の意識のスペースを作る事に成功した。その結果、彼の記憶の一部から知識を引き出すことができた。

 

 また、彼に存在としての主導権を譲渡することで、先程のように彼の存在を一時的に表面化させ、他者にもその存在を知覚させる事が可能になった。

 

「最近、お姿を見せることがなかったのも、そのような事情が...」

 

 事情を告げられた依姫は、自身の浅慮さを恥じた。当時の自分は、彼女を尊敬するあまり、全てが何らかの考えに基づいた行動だと盲信してしまい、彼女の身に起こった出来事を全く想像出来ていなかったからだ。

 

「気を落とすことはない。苦痛に対する対価は十二分に得た。」

 

 自分を労う姿勢を見せるツクヨミの姿に彼女は、『優しさ』を感じていた。もちろん、以前のツクヨミが労うことなどをしない傲慢で冷徹な存在というわけではない。

 

 しかし、どこか掴みづらく、超常的な遠い存在であったことは確かだ。依姫からして、もう一人のツクヨミはこれまでの彼女よりは幾らか親しみやすさを感じ、それに影響されてか、元の姿のツクヨミにもそれに近しいものを感じていた。

 

「何故『彼』が現れたのか...それは我にも彼にも未だ分からぬ。だが一つ言えるのは、この世界...否、宇宙に異変が生じているという事だろう。打てる手は打たねばならぬ。」

 

 彼...もう一人のツクヨミの記憶は不完全で、何故この世界に現れたのかは記憶にないという。確かなことは、彼も紛れもなくツクヨミであるということ、恐らく別の世界から月の都に現れた事、それには宇宙の異変が関係しているということだ。

 

「その為にも依姫よ...幻想郷に渡り、八意に人修羅の存在を伝えるのだ...」

「八意先生に?しかし、私たちは......」

 

 ツクヨミは八意永琳にこの件を知らせるように指令を出した。しかし、彼女はその指令に戸惑いの表情を見せた。彼女が尊敬する八意永琳は、月世界からの関わりを絶っていたからだ。

 

「飽く迄、伝言をするのみだ...その後は汝と八意の意思を尊重する。」

「ツクヨミ様...拝命いたしました!」

 

 自身と永琳に配慮を見せたツクヨミの姿に彼女は胸を打たれ、先ほどまでの戸惑いを振り切り、いつものような凛とした眼で力強く返答した。

 

「最後に一つ...仮に人修羅が問答無用で我らに刃向かう存在ならば、始末しても構わない。我の分神は説得出来ると考えておるが、彼の記憶は未だ正確ではない...」

「承知しました...」

 

 こうして依姫は、もう一人のツクヨミという存在と、彼女の口から発せられた宇宙規模の異変という言葉に不安を抱きつつ、永琳にこの件を知らせる為に幻想郷へと向かうのだった...

 

─────────────────────────────────────

 

「とんでもないことを言ってくるわね。はぁ...」

 

 これまでの経緯ともう一人のツクヨミの存在という爆弾を投下された永琳は、頭痛を抑えるような苦い表情で、口からは深いため息が漏れ出していた。実際に、彼女は途轍もない情報に確かに頭を痛めていた...

 

「ツクヨミ様のことは、先生でも分からないのでしょうか...?」

 

 依姫が不安そうな声色と表情で永琳に問いかける。彼女の言葉を受けた永琳は、まだ苦い表情のままで続けた。

 

「もう一つの世界...その世界の自分...全く考えたことが無いわけじゃないわ。多分、あるでしょうね...人修羅も恐らく、そのツクヨミの世界の存在だと思うわね。じゃなきゃ、外の世界はお陀仏になってるわ」

「なるほど...」

 

 厄介事に直面しているため、全く気乗りしない様子ではあるものの、流石月の頭脳と呼ばれただけあってか、冷静に自身の仮説を述べる永琳。依姫はそんな彼女の様子に感銘を受けていた。

 

「これ以上のことは分かりようがないわね。人修羅が実際どんなものなのかは分からないし、ツクヨミに会いに行く気もないわ。可哀想だけど、月に帰って大人しくしてなさい。」

 

 永琳は冷たく言い放つが、事実彼女をもってしてもこれ以上のことはわかりようがなかった。突き放すような言い方だが、これはこれ以上余計なことに首を突っ込んで危険な目にあってほしくないという、忠告でもあった。

 

「そうです...よね。」

 

 その意図を感じ取る事が出来た依姫は、俯きつつも素直に彼女の言葉を受け入れた。ツクヨミにも自身と永琳の意思を尊重すると言われているので、これ以上無理をする理由も無かった。

 

「先生...ありがとうございました。何かと物騒ですが...お気を付けて。」

「貴方もね。」

 

 これは社交辞令などではなく、依姫の心からの気持ちが込められている。対する永琳も、やはり淡々とした言葉を返すものの、固い表情は綻んでいた。依姫は最後にもう一度一礼をして、永琳の前から去っていった。

 

─────────────────────────────────────

 

 その後、月での一件以降幻想郷に居着いた部下である玉兎達へ、この件を通達するか逡巡したものの、彼女らは口が軽いなど微妙に問題点があり、地上にいる事で『穢れ』も溜まっているため、放置することを選んだ。

 

 最後に、すでに人修羅が現れている可能性を考慮して、一応幻想郷を軽く見回ってから月へ帰ろうと依姫は考える。だが、幻想郷に来訪していた事を管理者である八雲紫に察知され、事情聴取をされる事となってしまった。

 

 彼女が管理する幻想郷では流石の依姫と言えど分が悪い。純粋な力量では彼女を大きく上回っているものの、空間を自在に繋げることができるスキマの能力は厄介で、月へ帰還できなくなる可能性もある。

 

 彼女はツクヨミの異変などの正体を伏せたまま、人修羅という存在について永琳から教えられた情報を元に話した。紫にも僅かに人修羅に関する知識があり、半信半疑ではあるものの依姫の言葉を受け入れた。

 

 ここで依姫は、人修羅という存在の実態を知らないものの、ツクヨミの言葉を思い出した。それは、月に刃向かうような存在ならば始末しても構わないという発言だ。

 

──もう一人のツクヨミ様には確保を命じられましたが...人修羅という存在は、月にとって脅威にもなりうる存在...

 

 もう一人のツクヨミは、彼を抑える事ができれば理想の世界を実現する一歩を踏み出す事ができると言っていたが、やはりまだ依姫には飲み込めなかった。

 

 これまでのツクヨミの言葉を信じることを選んだ依姫は、紫に「身柄を引き渡して欲しいが、危険を感じたら始末しても構わない」という旨を伝えた。

 

 月世界との因縁がある紫は、人修羅という存在が現れてもわざわざ引き渡してやる義理は無かったが、人修羅が危険な存在であることは認め、警戒態勢を取ると宣言した。

 

 こうして紫に人修羅の存在が伝えられ、幻想郷を守護する巫女である霊夢に人修羅が現れた場合はひとまず彼を無力化させるようにと指示し、彼女たちは彼が現れるのを待つこととなる。

 

─────────────────────────────────────

 

──確かに力の一端は感じたけど、本当に彼が人修羅なのかしらね...

 

「ほんッッとにごめん!マジでごめん!」

「やりすぎ...」

 

 竹林とでの一件から数日後、お互いに負った重症からようやく回復した人修羅と妹紅が居合わせている姿を見て、永琳は頭を抱えていた。幻想郷でよくあるトラブルを見ているようにしか感じなかったからだ。

 

「いやぁ~...慧音と知り合いだったとは...頼む!慧音には黙っててくれ!」

「......」

 

 ぱちんと両手を合わせながら腰を深く折り曲げて懇願する妹紅。人修羅の力によって傷が即時回復せず、入院するハメになった妹紅は、永琳から人修羅が所持していた手紙を手渡されていた。

 

 その結果、友人であり頭の上がらない存在の慧音の知り合いである、人修羅についいつもの癖で勝負を吹っ掛けた挙句重傷を負わせたという大罪を犯した事を自覚した妹紅は、血の気が引いていた。

 

「しっかし強かったな~えぇと...ナオキ?ヒトシュラ?マジで『死ぬ』かと思ったよ」

「あら、貴方が死にかけるなんて冗談でもあり得ないはずよ?それとも、人修羅っていうのはそんなに凄いの?」

 

 バツの悪そうな様子を誤魔化す笑顔から一変、口調は軽いもののやや真剣な表情で話す妹紅に、別の人物が割って入り、その人物を見た妹紅の表情はまた一変する。

 

「ようお姫様。お前のその余裕も人修羅の手にかかれば...」

 

 三人の目の前に現れた、如何にも大和撫子といった雰囲気を漂わせる着物姿の美少女に向かって妹紅は単価を切るが...

 

「......な、なんでも...ない」

 

 先程から人修羅と妹紅の様子を監視していた永琳は、凍りつきそうな程冷たい目線を妹紅と人修羅に向けて無言の圧力をかける。妹紅に勝手に巻き込まれた人修羅も、無表情ではあるが、状況的に非難の意図が込められていそうな様子で彼女を見つめ、流石の妹紅も押し黙った。

 

「はぁ...わ、悪かったな。特に人修羅。頼むから慧音だけには言わないでくれ!じゃ!」

 

 バツの悪そうな様子で二人にあまり心がこもっていない謝罪をすると、改めて人修羅に向き直り、二人にしたものとは違い、今度はしっかりと謝った。そして彼女は振り返らず走り出し、永遠亭を後にした。

 

「っ...!ふふふっ!」

 

 永琳は全く意に介していない様子だったが、妹紅にお姫様と呼ばれた美少女は、長い裾の着物で口元を隠した気品を感じさせる様子とは裏腹に、けらけらと心の底から笑い声を上げていた。

 

「......あら、ごめんなさい。初めましてよね?私は蓬莱山輝夜。人呼んでかぐや姫よ!」

 

 なぜ彼女が笑っているのか分からず、じっと立っていた人修羅の存在に気が付いた美少女こと輝夜は力強く宣言し、自信満々な様子でえっへんと胸を張る。そう、彼女は日本人ならば誰でも知っているであろうおとぎ話の登場人物、かぐや姫その人なのだ。

 

「俺は嘉島尚紀。人修羅とも呼ばれている」

 

 輝夜が本当に人修羅が考えるかぐや姫なら、確かに凄い人物と会っているのかもしれない。だが、ボルテクス界で妖精やら魔王やら魔神やらを目撃し、時には戦う事もあった人修羅は慣れ切ってしまっており、たとえかぐや姫でも今更驚くことはなかった。

 

「......あれ?分かる?かぐや姫よかぐや姫。......あれ、日本人じゃない?日本語わかる?あーゆーすぴーくじゃぱにーず?」

 

 里では書物としてかぐや姫の話が出回っており、例え外来人でなく幻想郷の元となった時代の人であっても、殆どがその物語を知っており、輝夜を目にした人々は皆、彼女の美貌も相まって激しく動転する。

 

「日本人だけど」

 

 だがしかし、人修羅は外見がいかにも外来人であるのにも関わらず、これといった反応を見せなかった彼を輝夜は信じられず、遂には国籍まで疑われてしまう。

 

「えぇっ!?じゃあなんで驚かないの?その格好、外の世界のものでしょ?みんな凄い驚くのに...。かぐや姫...竹取物語知らない!?」

「知ってる」

「えぇ!?」

 

 かぐや姫を知っているというのに、大した反応を見せない人修羅に、これまで人を驚かせ続けてきた輝夜が逆に驚かされることとなってしまい、暫く彼女の驚愕に満ちた声が響き渡り、永琳はまた頭を抑えるのだった。




 いつもありがとうございます。また前回から少し間が開いてしまいました。最低でも月に一話は投稿できるように励みたいと思います。前回は人修羅の出番が少ない回だったのであらすじを付けました。

 内容は前回に続いて説明説明説明って感じで人修羅の動きがあんまりなくてすみません。メガテンと言えばバトルなのでもう少し戦闘させたいですね。感想とか頂けると幸いです。
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