真・東方夜想曲 -マニアクス-   作:青葉那由多

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1話 幻想郷の洗礼

「俺は...」

 

 魔理沙に対して、人修羅はどのように名乗るべきか逡巡した。メタトロンに破れ元の世界から追放された。その後、アマラ宇宙の狭間を漂っていて、気が付いたらこの『幻想郷』というらしい世界?に居た。

 

 そのような背景から、馬鹿正直に人修羅と名乗った場合、実は少女がメタトロンあるいは大いなる意志の差し金で、始末される可能性もある。

 

「どうした?」

 

 はっきりと言い切れないでいると、魔理沙が怪訝そうな表情でこちらを覗いて来た。彼女から見て、一旦和解はしたものの、店を荒らしに来た正体不明のヘンな発光タトゥー野郎なので、これ以上怪しまれる訳にはいかないので、ここは思い切って...

 

「嘉嶋 尚紀。<かしま なおき> よろしく。」

 

 無難に人修羅へと生まれ変わる前、受胎が起きる前の現実世界での名前を名乗り、小さくペコリと会釈をした。

 

「ナオキか。じゃあこのヘンなタトゥーはなんだ?そもそも服は?首の後ろの突起はなんなんだ?」

 

 珍しい生物でも見るかのような好奇の目線を向けられ、人修羅こと尚紀は魔理沙から質問攻めにされる。

 

 こっちが質問してやりたい状況なのだが、力も失い、仲魔もおらず、幻想郷とやらがどんな世界かも分からない以上、下手を打つとどう転ぶかわからない。

 

 人修羅、という名は知られていても、力を見せない限りは理解されないはずだ。

 

 そこで人修羅は、ヨヨギ公園のピクシーに変態ヤローと言われた経験や、マントラ軍の悪魔にアクマニンゲンと呼ばれた経験を活かして考える。

 

 結果、『魔人』や人修羅とは名乗らず、悪魔と人間のハーフであると魔理沙に伝えた。

 

「ふ〜ん、半妖かぁ。見かけない妖怪って思ったけど、悪魔なのか。まーどっちでも大して変わらないか?」

 

 懸念とは裏腹に、魔理沙はあっさりと話を飲み込んだ。その様子から察するに、幻想郷はボルテクス界に近い性質を持った世界らしいが、この世界では悪魔ではなく妖怪たちの世界らしい。何というか、和風だ。

 

「なんか落ち着かなそうだな。近い種族も見かけたことないし、やっぱり新入りか?」

 

 新入り、ということは、基本閉じた世界のボルテクス界とは違い、幻想郷とやらには、悪魔・妖怪の流通があるらしい。それなら、出ることもできるのか?帰れるなら帰りたい。人修羅は、単刀直入に聞いた。

 

「できるなら、元の世界に帰りたい」

 

「幻想郷から帰りたい?お前、そもそも、幻想郷の事を知らなさそうだな。」

 

 今までの様子から察したのか、魔理沙はありがたくも人修羅に対し、幻想郷とはいったいどんな世界なのか、かいつまんで説明してくれた。

 

 幻想郷は忘れ去られた神々や妖怪のための世界で、『外の世界』での居場所を無くした妖怪、あるいは神々が集う世界らしい。

 

 『外の世界』というのは、魔理沙の話を聞く限り、人修羅が嘉嶋 尚紀として生活していた頃のような、現代社会の世界のようだ。

 

 しかし、アマラ宇宙のどこかに吹き飛ばされた実感があるので、そこは恐らく元居た世界とは違う。

 

「普通、ここに来てる時点で、元の世界から居場所がなくなってると思うんだけど...?外来人なら話は違うんだけどな。あっ、外来人ってのは、外の世界から迷い込んできた普通の人間の事な。」

 

 思わず漏れ出た単語に突っ込まれる前に、魔理沙は補足説明を行った。『外の世界』から来た『普通の人間』の『外来人』なら、この神と妖怪の世界である幻想郷から抜け出すことが出来るらしい。

 

 だが、人修羅はあいにく、幻想郷の外の世界の人間ではない。

 

「ここに来るってことは、元の世界に居場所がなくなった...とかなんだけどな、普通。大層な神サマとかだったら話は違うんだけど...。お前、あんまり強そうに見えないんだよな~。」

 

 返す言葉もない。一応、帰りたい場所があるということだけは伝えた。

 

「それなのにここにいるのか。なんかワケありっぽいけど、お前、元の世界で何しでかしたんだ?」

 

 流石に大天使らとは関係がなさそうな魔理沙だが、直球で伝えてもそれはそれで困惑させるだけな予感がした人修羅は

 

「いろいろあった」

 

とぼかして言った。

 

──俺は何処に行けば...

 

「まぁ、ダメもとで外来人を返す方法で帰れないかだけ試してみようぜ。ダメだったら、まぁ、頑張ってくれ。」

 

「ありがとう。」

 

 現実と直面し、心なしか落ち込んでいたように見えた人修羅を、魔理沙がフォローした。

 

「私の知り合いが巫女をやってる、博麗神社ってとこに行けば帰れるかもしれないから、今から行くぞ。」

 

 魔理沙はドアを開けて外に出て行き、人修羅について来いと手招きをする。それに従って外へ出る。

 

 魔理沙は手にしていた箒にまたがり、ホバリングのような挙動で浮遊していた。身につけた帽子と相まって、まるで魔女のようだ。

 

「あ~...お前、もしかして......飛べない?」

 

箒に乗って浮く魔理沙をただ見つめる人修羅の姿が、答えを示していた。

 

「はぁ、仕方ないから歩いてくか...」

 

メタトロンに敗れる以前の人修羅は、強大な魔王であったり、神として崇められるような存在であっても状況次第で渡り合う程の力を誇っていたが、それでも飛ぶ事は出来なかった

 ボルテクス界の空を舞う悪魔を見て、羨ましく思うこともあったが、今ではもう、自分には向いていないのだとすっかり諦めてしまっている。

 

「は-っ、めんどくさいけど歩いてくしかないか!行くぞ!」

「俺が飛べないばかりに...。」

 

 人修羅は若干申し訳なさそうにしながら、先導する魔理沙に追従する。先程までの草木が生い茂った大自然とは違い、道路ほどの規模ではないが、草が生えていない通り道が存在している。魔理沙と人修羅はそこを歩いていく。

 

 荒廃したボルテクス界とは大違いで、時折鳥たちが空を渡っている姿も見える。気が早い話だが、仮にあの世界への帰還が敵わなかった場合、こんなところで過ごすのも悪くないと思ってしまった。

 

 そんなことを考えながら歩くこと数十分、遠くに小さな山と、そこから一直線に下りた石段が現れた。石段の先には、少々古ぼけた赤い鳥居がそびえていた。

 

 魔理沙は目的地の事を『博麗神社』と言っていたので、目的地はあの先だろう。

「急だから気を付けろよ」

 

 魔理沙は人修羅にそう言いつつも、箒に乗っかって飛んでいるので、他人事のようだった。石段はかなり急で、しかも長い。

 

 転んだら、そのまま下まで転げ落ちてしまいそうだ。ふよふよと浮いて楽そうにしている魔理沙を横目に、人修羅は一歩一歩しっかりと登っていく。

 

──長い...

 

 肉体は悪魔と化しているため、この程度で疲れることはないが、精神は人間なので、悪魔の体じゃなかったら登りたくないな、と人修羅は強く感じてしまう。

 

 隅が木々で覆われた長い石段を登り切り、鳥居を抜ける。そこには、それなりに広い敷地が広がっていた。正面から少し遠くに木造の本殿が確認でき、それ以外にも、いくつか木造の建物が建っているが、何の用途で使っているのかはわからない。

 

 神社の外観を眺めていると、人修羅をおいて魔理沙が本殿の方へとヅカヅカと踏み込んでいき

 

「おーい!霊夢~!いるかー?」

 

 と、結構な声量かつ無遠慮に、知り合いの巫女であろう霊夢に呼びかけていく。知り合い、とは言っていたものの、どういった関係性なのかは人修羅が知る由もないので、ただ魔理沙の行動を見守ることしか出来ない。

 

「うるっさいわね...今日はなんの用?」

 

 本殿の東側にある建物の戸がぴしゃりと開き、中から紅白のリボンと巫女服が特徴的な少女が、うんざりした様子で現れた。

 

 口ぶりから察するに、日頃から付き合いはありそうだが、若干空気が悪いように感じる...。

 

「ああ、こいつがここから帰りたいんだってさ」

 

 魔理沙に体を掴まれ、少女とは思えない力でずいっと霊夢の方に差し出された。霊夢と呼ばれた少女は、差し出された人修羅を見るなり、先程までとは打って変わって、巫女としての気迫を纏った真剣な態度へと変わった。

 

「私は博麗霊夢。この神社で巫女をやらせてもらってるわ。あなた、名前と種族...何の妖怪か言えるかしら?」

 

真剣な表情で人修羅をじっと見つめながら、霊夢が問う。

 

「嘉嶋 尚紀 種族は...」

 

 ここで、尚紀は言葉に詰まった。魔理沙と同様の説明をするか、素直に魔人・人修羅であると打ち明けるか...。

 

「どうしたの?」

 

 尚紀の様子を怪しんだのか、怪訝そうな表情で催促された。魔理沙も何故答えないのかといった様子でこちらを見ている。

 

「種族は...人間と悪魔のハーフだ。」

 

弁明しても、霊夢は細めた視線を逸らさなかった。そして...。

 

「じゃあ貴方が、人修羅ってヤツなのかしら」

「...!」

 

 尚紀...人修羅は、霊夢に正体を看破された事で、本能的に体を引いた。霊夢からは、先程とはまた違った気迫を纏っており、強いプレッシャーのような物を感じる。魔理沙は何かを察したのか、サッとその場から離れていた。

 

「貴方が何者か知らないけど、ちょっと退治させてもらうわよ!」

 

 人修羅に宣告すると、どこからか槍のように長い大幣を取り出し、人修羅に向かって叩きつけるように振り下ろす。

 

 その様子を眺めていた魔理沙は

「弾幕勝負じゃないのかよ!?」

 

と、初手から物理攻撃を選択した霊夢に驚いているようだ。

 

──何故知っている?目的は...

 

 人修羅は、彼女が何故自分を退治するのか、という疑問を振り払い、争いは避けたいという気持ちを押し殺す。思考のスイッチを目の前の戦いに集中させ、霊夢に立ち向かう。

 

「くっ...!」

 

 振り下ろされた一撃を、白刃取りの要領で受け止めるが、すでに大幣は霊夢の手から離れており、霊夢は斜め後ろに飛んでいた。

 

 その勢いのまま、魔理沙のように浮遊状態に移行し、後退しながら手を振りかざすと、色とりどりの光弾が人修羅目掛けて襲い掛かる。

 人修羅は、白刃取りを悟った霊夢が即座に手放した事で、手元に残った大幣を奪い取り、旋風の様に大きく高速で回転させて光弾の連撃を弾き飛ばした。

 

 一通り弾き切ると、用済みと言わんばかりに、回転の勢いのまま、霊夢目掛けて槍のように大幣を投げ飛ばす。

 

 投げられた大幣は弓矢のごとく、ビュオンと空を裂きながら霊夢に迫るが、紙一重で横方向にステップすることで、躱されてしまった。

 

「返してくれてありがとう」

「...どうも」

 

 そればかりか、対象を失い地面に衝撃音と土煙を上げながら突き刺さった大幣を回収されてしまった。人修羅は魔法をはじめとした遠距離攻撃が得意ではなく、上手くコントロールできない。

 

 ましてや、幻想郷に現れるまでの出来事で、力を失ってしまっている。攻めあぐねる人修羅などお構いなしに、霊夢は空中から人修羅を見下ろし、牽制の光弾をバラまく。

 

──強い...!

 

 退治というのは、始末するのか?捕縛するのか?具体的なことが分からない以上、人修羅は負けるわけにはいかなかった。

 

 彼女を地面に引きずり降ろさなければ勝機はないと悟り、光弾の嵐─弾幕─を横方向に転がって回避しつつ両手が地面に触れた瞬間に、散らばっている小石をかすめ取り、反撃するように霊夢に向かって投げつける。

 

 強力かつ、正確にコントロールされたそれは、弾幕を隙間を掻い潜って霊夢に向かうが、当然、回避されてしまう。

 

 しかし、回避に集中したことで弾幕が止んだ一瞬を人修羅は見逃さず、意識を集中させ、霊夢が移動した方向に右腕を大きく振り払うと、突如として現れた竜巻が霊夢を飲み込んでいく。

 

「っ...!」

「うわっ...!?」

 

 二人の様子を、まるで試合の観戦でもしているような感覚で眺めていた魔理沙だったが、突如として吹き荒れる暴風に、めくれ上がる服を抑え込んだ。

 

 だが、魔理沙は霊夢が幻想郷の猛者であることを知っている。石の投擲で動かしてから、竜巻によるコンボを見て、尚紀って意外と強いじゃんと評価を改めていたが、霊夢の勝利は疑わない。

 

──効かない、か。

 

 竜巻が晴れ、霊夢の姿が露わになるが、髪が荒れているだけで、目立った外傷は特にない。流石に一撃では倒せないだろうという予想はしていたが、霊夢はほぼノーダメージで竜巻に耐えきっていた。

 

 だが、地面に引きずりおろすという目標は達成した。魔法ではなく技でダメージを与えればよいと切り替え、地に足を付けた霊夢に、再び浮遊される前に、と飛び込んでいく。

 

──今なら...!だが、彼女は...

 

 間合いを詰め、霊夢目掛けて右ストレートを放とうとするが、彼女は悪魔という存在からはかけ離れた『人間』であることを直前で強く感じてしまい、それを躊躇ってしまう。

 

 その様子に、霊夢は少しばかり驚いたが、かといって退治を止めてやる理由もない。華奢な外見とは裏腹に、万力のような力で人修羅の腕を掴み、拘束する。

 

「手加減したわけ?」

「...なぜ戦う?」

 

 先程の行為について霊夢が問い詰める。これを足がかりに、人修羅は何故退治するのか?感じていた疑問をぶつけた。

 

「それは退治したあとで答えてあげるわ。多分命までは取らないから、大人しくやられなさい!」

 

 霊夢はきっぱりと言い切ると、押さえつけた人修羅に向かって力を込めた蹴りを放とうとする。

 

──物理攻撃なら...!

 

 しかし、それを察知した人修羅は、手足が使えないなら。と、頭部に淡い紫色に輝くエネルギーを収束させ、霊夢に向かって吹きかけるかのように頭部を前へ突き出し、エネルギーを放出する。

 

 霊夢は咄嗟に回避するが、不安定なエネルギーは広範囲に拡散し、その一部が霊夢に命中した。

 

「おぉ~!」

 

 魔理沙も、頭からの攻撃は予想外だったようで、人修羅の奮闘に歓声を上げた。

 

 

 頭部に収束したエネルギーを解放し、広範囲を攻撃する技を霊夢に命中させたが、範囲攻撃の代償として、威力はあまりない。

 

 霊夢の巫女服の一部に黒い焼け跡を作るのみで、体の芯までは響いていないようだった。しかし、抵抗して対処を手こずらせた事が霊夢の怒りを買ったのか、放たれる気迫がさらに増していた。

 

「なかなかやってくれるわね。ならこれはどうかしら!」

 

 霊夢は再び浮遊状態に移行すると、手にした大幣を空に掲げ、神経を研ぎ澄ませ、力を集中させていく。

 

──凄まじい気迫だ...

 

 大技が来る。人修羅は悟った。力が失われた結果、鬼神楽の一撃で、予想以上に体力を消耗してしまった。やられる前にやるしかないと、人修羅も霊夢に負けじと『気合』を入れ、持てる力全てを全身に集中させる。

 

 体内で激しいエネルギーの渦が圧縮されていき、それに伴い腹部が大きく痙攣する。それを押さえつけるように、人修羅は体を前に折る。

 

 霊夢の周囲に赤、青、緑、黄、紫…といった色とりどりの大きな光弾が展開され、その一つ一つから、魔を払う聖なる力を感じる。これを食らえば、人修羅といえどもひとたまりもないだろう。霊夢は神経を集中させるために閉じていた目を開けた。

 

 その眼光には、強者としての力が込められているように感じる。そしてついに、霊夢は大幣を構え直し、周囲の光弾に合図をかけるように、人修羅の方向へ振り下ろし、叫ぶ。

 

「夢想封印!」

「ジャッ!」

 

 霊夢の周囲に浮かんでいた大きな光弾が、人修羅目を目掛けて発射される。人修羅は特徴的な掛け声とともに、その光弾を迎撃するかのように、身体を強く反らせ、全身に溜めていたエネルギーを放出する。

 

 橙に輝く長細い魔弾が無数に飛び出す様は、まるで槍の嵐が吹きすさぶようだった。槍の嵐が夢想封印の光弾に接触すると、その一つ一つが小規模な爆発を起こし、光弾を飲み込んでいく。

 

 しかし霊夢は追加で詠唱し、次なる光弾を発射した。それと同時に、相殺されなかった魔弾の一部が霊夢に向かって突き進む。

 

 人修羅は技の反動で動けず、追加の光弾を回避できない。霊夢は魔弾を回避するが、回避された魔弾は方向を変えもう一度霊夢に向かう。

 

 人修羅は防御姿勢をとり、光弾の直撃に耐えようと試みる。霊夢も大幣を振り回して魔弾を弾き落とす。しかし、魔弾の一発が、無防備な箇所に迂回して、霊夢を貫いた。

 

「何…?身体が…!」

 

 命中した瞬間、霊夢は身体に異常を感じる。身体が痙攣して力が入らず、手にしていた大幣を落とし、地を這う。魔弾には、命中した対象を麻痺に陥らせる作用がある。

 

 人修羅は、この一撃に全てを賭けるのではなく、これを足がかりに追撃しようと目論んでいた。目論見通り、霊夢に攻撃を仕掛ける絶好のチャンスだ。

 

「ッ!.........。」

 

 しかし、体力を消耗し続けた人修羅は、霊夢の夢想封印の一撃に耐えることが出来ず、行動不能の霊夢に向けて歩き出したところで、力尽き、うつ伏せに倒れ込んでしまった。

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