真・東方夜想曲 -マニアクス-   作:青葉那由多

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19話 魔反鏡

 魔法の木々に覆われ、鬱蒼としている魔法の森。しかし、その一角が不自然な程風通しが良くなっていた。幻想郷で頻発する魔法を用いた「遊び」ではなく、躊躇のない「戦い」により、その一帯の木々が無残になぎ倒されていた。

 

 空を覆い隠す木々が取り払われたことによって、まるでスポットライトのように戦いの跡地が照らされている。そしてその場所には、一つの人影があった。それは、全身に幾何学的な模様が描かれている面妖な男。人修羅だ。

 

──早速役立ったな...

 

 彼は右腕に下げられている、盾のような形状をした鏡を一瞥した。それは本来、豪奢な装飾が施され、美術品のような美しさを誇っていたが、道具として使用したことにより、見る影もなく損傷している。

 

──「あいつ」はもういなくなった

彼の所へ戻るか...

 

 ボロボロの鏡を下げていた右腕を大きく振り払うと、それは跡形もなく消え去った。両手が自由になった彼は、手足をロボットのように規則的に振り上げながら、地面に残されている痛ましい血の跡をたどって、ある場所へと向かった。

 

 人修羅は血を辿った所にある、周辺の木々よりも一回り大きい樹木のそばに向かう。すると、そのふもとで幹を背にして眠っている一人の男性の姿があった。彼は先の戦いの更に前に、妖怪に襲撃され負傷していた。

 

 普段は理知的な印象を与えている彼の眼鏡は、フレームが三次元的に歪み、レンズも割れ、受けた傷の痛々しさを強調している。人修羅が手持ちの道具(アイテム)を使えるだけ使って治療したため、彼の外傷自体は回復しているが、消耗した体力までは戻せず、今は眠ることによって休息している。

 

 人修羅は回復魔法の扱いが苦手で、以前に習得自体はしていたものの、自分には不向きだと他の力と入れ替えてしまった。そのためもう一度魔力(マガツヒ)を与えて力を引き出さねばならず、完全回復させることが出来なかった。

 

──里に帰るのはもう少し後にするか

 

 瞬時、取るべき行動について迷いが生じたが、残してきた二人のことも気がかりであり、魔法の道具屋ならば治癒にも使える道具(アイテム)があるだろうと、香霖堂へ戻ることを決定した。

 

──あいつは何だったんだ...あの感覚はやはり......

 

 人修羅が戦った小鬼のような姿をした少女。彼女が纏う力には、人修羅にとって妙な既視感を抱かせていた。嵐のような出来事が過ぎ去り、一旦の平静を得た彼は、目的地までの退屈な道中を、先刻の出来事を回顧しながら歩んでいった。

 

─────────────────────────────────────────────────────────

 

 数十分ほど前、人修羅は香霖堂でガラクタ集めの販売する道具(アイテム)を漁っていた。この世界(幻想郷)に流れ着いてから事件が絶えず、先を見通す力もない彼はせめてもの抵抗としてここでは貴重な向こう(ボルテクス)の道具を補充することで未知の出来事への対策としていた。

 

 そのように過ごしていたところ、彼は突如として妖怪(あくま)の気配を感じ取り、ぬえとガラクタ集めの二人を残して、香霖堂を後にするのだった。

 

 人修羅が感じていた気配は異質だった。この世界にも少しずつ順応して、妖怪の類の気配を察知できるようになっていたが、彼が今感知したその気配には、ボルテクス界で感じた記憶があった。まだ曖昧で正体がつかめないが、もしかするとそれは現状を打破する手がかりとなりえるかもしれない。気配を追いながら、彼はそんなことを考えていた。

 

 このように、感じ取った気配に淡い希望を抱いていた人修羅だったが、彼はすぐにその考えを改めることになった。気配を追って数分走り続けた所で、痛々しい重傷を負った男性を発見したからだ。追っていた気配の近さと比較して推測すると、彼に手傷を負わせたのは、気配の主である可能性が高かった。

 

「大丈夫か?」

 

 追っていた気配は一旦放置して、回り大きい樹木に力なくしなだれかかっている男性に駆け寄って声をかける。ぐったりとしており、荒い息遣いで動けそうにもないが、目は開かれている。意識はあるようだった。

 

「......君は?」

 

 重体と言って差し支えない怪我の具合だが、彼は取り乱すことはなく、苦痛交じりではあるがはっきりと声に応え、逆に質問を返してきた。

 

「通りすがりの者だ」

 

 人修羅は不要な修飾などをせず淡々と答えたが、彼からの言葉はなく、代わりに人修羅の姿から何かを推し量るような目線を向けられていた。彼の行動によって人修羅は、特に隠しているわけではないが、露わにしているというわけでもない本性を見抜かれていると悟った。

 

 「君は?」という言葉には、彼を襲ったモノと同様の存在かという問いが込められていたのだろう。人修羅は彼が言葉を再び発するより早く、ポケットから魔石を取り出し、彼に向かってかざしつけた。

 

 彼が純粋な人間でないことは身にまとう空気から感づいていたものの、こういった経験が向こう(ボルテクス)ではなかった。回復魔法も扱えない自身にとっては、彼を救える確証はなく、手探りでの行動であった。

 

「......君は、彼女とは違うようだね...」

「彼女...そいつにやられたのか?」

 

 人修羅の行動が功を奏し、彼の外傷が癒えていくと共に浴びせられていた警戒の視線がほどかれ、人修羅の質問に首を縦に傾けて答えた。悪魔である自分を疑った男性、そして自分が追っているのは悪魔の気配。彼が言った「彼女」こそ気配の正体だろうと結びつけ、動き出そうとすると...

 

「君の力までは分からないけど、様子がおかしかった。こんな風にならないうちに、ここを離れた方がいいよ。」

 

 人修羅の闘志を感じ取ったのか、彼は忠告を残してこの場から去るように諭す。しかし、数個ほどの魔石程度では完全回復とはほど遠く、彼の方が危機的な状況であることは明らかだ。そのような状況でも彼は、治療を施しはしたものの、まだまだ見ず知らずの存在である人修羅を気遣う心を見せている。

 

「あなたはどうするつもりなんだ?」

「性に合わないけど、こればっかりは天に祈るしかないかな...。霊夢だったら今の彼女でも対処できるだろうけど...今ここに来るとは考えづらい...可能性があるのはそう遠くはない場所に住んでる魔理沙だろうけど......少し厳しいか」

 

 彼の話の後ろ半分は、声に出てしまっているだけの心の声なのだろうが、顔見知り程度の関係性のある人物の名前が二つ同時に発せられ、人修羅は聞き流すことが出来なかった。だが、追っている気配の主が彼に暴虐を働いたとなる以上、そのままにしておくわけにはいかない...

 

 対応を決めかねていたが、少ししたところで人修羅は決断を強いられた。気配がこちらに近づいてきている。もう猶予はないだろう。

 

「!......ここで休んでいてくれ」

「君...!............仕方ないか。それじゃあ、天の代わりに君に祈ることにしておく...よ.........」

 

 負傷によって人修羅の持つ力をうまく読み取れていない彼は、当然のことながら人修羅に反対する。しかし、彼もまた接近する気配を感じ取ったのか、彼は人修羅の行動に賭けることを選び、全てを投げ出すようにして、どうにか保っていた意識を手放してしまった。

 

─────────────────────────────────────────────────────────

 

──来たか

 

 気配に注意を傾けながら静かに立っている人修羅の前に一つの人影が現れた。予想通り血を辿ってきたのか、前を見て歩いておらず自分の存在には気が付いていないようだった。

 

──何者なんだ、こいつは

 

 それは、長髪の鬼のような角を生やした少女だったが、悪魔の気配が鮮明に感じられた。そして、それと同時に人修羅の中に、奇妙な感覚が渦巻いた。人修羅にとって彼女は全くの初対面であるものの、今の姿は彼女本来のものではないような気がした。

 

「お前は誰だ?」

 

 そう考え付いたとき、彼の記憶の中の出来事と彼女がリンクし、彼は反射的に彼女とその内側から感じられる「何か」の気配に向かって声を発してしまっていた。

 

「お前こそ誰?人に名前を聞くときはまず自分か...ら......」

 

──なんだ?

 

 男性から危険な存在であると知らされていたので、不意をつけば良かったものの、反射的に行動してしまったと人修羅は後悔するが、少女も同様に何か様子がおかしくなっていた。

 

 それを契機に、彼女の中から禍々しい気が溢れ出す。場は彼女から発せられる強い妖力で満たされ、溢れ出たその力が空間を歪ませていく。その様子はまるで、ボルテクス界の領地を守る強大な悪魔のようだった。

 

 少女は、「何か」と会話をしているのか、何やらブツブツと呟いている。危険な存在という確証を得た人修羅は、向こうの樹木のそばで横たわっている男を指さしながら、彼女を静かに問い詰めた。その問いかけに少女は顔を上げ、何か言葉を紡ぎだそうとする。

 

「.........チッ」

 

 だが、それはすぐ彼女にとって面倒なことになり、返答は言葉ではなく、心底めんどくさそうな舌打ちと...

 

──!

 

「......よっ!」

 

魔法による攻撃だった。

 

 無数の赤黒く禍々しい魔力の針が、人修羅に向かって飛翔する。覚悟はしていた。人修羅は一瞬で全身に魔力(マガツヒ)を張り巡らせた。全身を走る模様が光を放ち、力が満ちていくのを表していた。

 

 そして、香霖堂で調達したばかりのジャケットが、魔力(マガツヒ)の解放に呼応してか、身体に溶け込むようにして悪魔の肉体と同化する。前のように消し炭にされないように、進化したのだろうか。

 

 強化された身体を使い、足で強く地面を踏みしめて体幹を保ち、両腕は胸の上で組んで頭部と腹部を防御(ガード)するように構え、彼女の魔法攻撃を受ける体勢を整えた。それから間を置かずして、放たれていた針が飛来。それは彼の体に命中するたびに小規模な爆発を起こしてその身を削ろうとする。

 

「全然効いてない!?へこむなぁ...」

 

 だが、多様な悪魔の攻撃に晒され続けたその身体は、それによって「成長」を繰り返し、魔の者から受ける攻撃に対する免疫が出来上がっていた。弾幕に耐えてみせたその姿に、少女は不快感を露わにした。

 

 さらに人修羅は、彼女から浴びせかけられる魔法の弾幕の合間を縫って体内に力を張り巡らせ、大きく息を吸い込んだ。

 

「──ハッ!」

 

 組んでいた腕を勢いよく払い、体内に押しとどめていた氷の息(アイスブレス)を浴びせかける。彼の前方は猛吹雪に包まれ、彼女の弾幕はかき消される。魔法よりも物理的な攻撃に長けている人修羅は、弾幕が消え去ったのを好機とみて彼女との距離を詰めようとするが...

 

──?

 

 前方に飛び出そうとしたものの、彼の身体は何故かその「逆」方向の後方へと飛んでいた。普通、人間やそうでないモノも、体をどう動かそうか脳内で決めたとしても、どの筋肉をどの方向に動かして......など、部位を構成する細部への指示は、いちいち意識しないだろう。だが今彼は、自身の意図した行動とは全く逆の結果を体から返され、自分の体を疑った。

 

「悪く思わないでくれよ...っ!」

「ッ!」

 

 懐に入り込むどころか相手にとって有利な位置に動かされてしまった彼を見て、少女はニタリと悪辣な笑みを浮かべた。それからほどなくして、身体の異常によって迷いが生じ、動きが鈍っていた人修羅は、弾幕の嵐に包まれた。

 

「くッ...!」

 

 いくら堅強な肉体を持つ彼といえど、一方的に攻撃に晒され続ければその分力を削られていく。防御姿勢を固めることで、どうにか強烈な一撃(クリティカル)を受けないように立ちまわっているが、今は体が思うように動かせない。

 

 普通ならば混乱するだろう。しかし彼は、異常は彼女の魔法によるものだろうと結論づけており、迂闊にその場から動かないことでそれに対処している。だが、こうも魔法による攻撃に晒され続けては、対抗する魔法を放つ余裕もなく、防戦一方だ。

 

──早速使わせてもらうか

 

 しかし人修羅の懐には、状況を打破する一手が隠されていた。絶え間なく襲い来る弾幕に耐えながら、手元に盾のような形状をした眩い輝きを放つ鏡を召喚した。それは先ほど香霖堂で入手したばかりの、新たな道具(アイテム)である。

 

 召喚と同時に腕に装着されたそれを、弾幕を射出する少女に向けてかざす。その瞬間、枠の中心に嵌め込まれた鏡面部分が炸裂し、無数の破片が飛び散った。魔法を弾き返す効果が付与されていたその鏡の破片は、人修羅の前方を覆い、魔法を反射する不可視のフィールドを形成した。

 

 既に人修羅が弾幕の嵐に包まれていたことによって、少女が一連の行動を目撃することはなく、すぐさま追加の魔法弾が迫りくる。弾幕に飲まれている間に、続く魔法を弾き返す空間が張られているなど彼女は知る由もなく...

 

──かかったな...

 

 鏡の破片が形成したバリアに到達した魔法弾は、勢いはそのままに方向だけを反転させ、撃ち出した本人である少女のもとに向かう。一時的に弾幕の嵐が晴れ、遂に人修羅に攻撃の手番(ターン)が訪れた。

 

「ジャッ!」

 

 弾幕を弾き返した程度では力不足だろうと踏んだ彼は、これまでの鬱憤を晴らすかのように、全身に魔力(マガツヒ)を張り巡らせ、その場で強烈な体当たりを繰り出した。彼女との距離は離れており、当然体当たりそのものが命中することはない。

 

「......あっ?...!」

 

 しかし、人修羅の全身を駆け巡っていた魔力(マガツヒ)が、凄まじい烈風の波へと形を変えて解き放たれる。跳ね返された弾幕と重なりながら、その先へ立つ少女へと猛烈な勢いで突き進み、周辺の木々も巻き込みながら、彼女の全身を叩きのめした。

 

「......くっ」

 

 このまま追撃と行きたいところだったが、人修羅は膝をついて苦悶の声を漏らす。物理(スキル)は、万全でない状態の彼にはまだ負担が激しい。そのうえ、少女の攻撃で与えられた身体の異常もあり、これ以上連続で行動することはできなかった。攻撃の手応えはあったが......

 

「クソっ......このバーカ!べ~~~っ」

 

 反射による防御と併せて行った攻撃によって混乱したのか、派手に地面を転がりまわって捨て台詞を吐いたあと、子供の悪口のような低レベルの暴言を吐いて何処かへと飛び去って行った。その様子からは先程まで人修羅が感じていたような、重々しい覇気を纏ったかのような力の感覚は消え失せていた。

 

──何だったんだ?

 

 一時は相応の戦いが繰り広げられることを懸念していたが、思った以上にあっけなく迎えた終局に、人修羅は何処か肩透かしを受けたかのような感覚を持ちながら、救助した男性の所へ戻るのだった。

 

─────────────────────────────────────────────────────────

 

「霖之助君!大丈夫かい!?ナオキ君は......大丈夫そうだね」

「何があったんだよ...いきなり出ていったと思ったら、ここのメガネ店主連れて帰ってきてさ」

 

 香霖堂に戻った人修羅は、意外な事実を知った。おいて行かれたぬえとガラクタ集めの二人は、突然の出来事に驚く。そして二人の漏らした声から推察すると、人修羅が助け出したこの人物こそがここ(香霖堂)の店主森近霖之助(もりちかりんのすけ)であるらしい。

 

 実は人修羅が先の戦いで使用した魔法を跳ね返す力を持った鏡、魔反鏡はガラクタ集めによると彼の持ち物だったらしく、それを活用して妖怪(あくま)を退けていた人修羅は、因果のようなモノを感じていた。

 

─────────────────────────────────────────────────────────

 

 

こいつら(ガラクタ)以外のモノはどこだ?」

 

 未知の妖怪(あくま)と遭遇する少し前、人修羅は香霖堂で、衣服以外の道具(アイテム)を物色していた。

 

「あぁ、戦い向けの道具(アイテム)なら向こうの棚だよ。なにか買っていくかい?」

 

 ガラクタ集めは人修羅の問いに答えると、モノが散乱する床をひょいと軽い足取りで移動し、もう一つのカウンターへ向かった。

 

──どうやって移動した...?

 

 文字通り足場の踏み場が無いほどに散らかっており、モノの配置を知らない人修羅は出来るだけモノを避けるように、手探りで進もうとするが...

 

パキッ......パキ

 

「......っ...あははっ!!」

 

 何かを踏んでしまったようで、無表情な人修羅の下から乾いた音がいくつか鳴り響き、その絶妙な光景にぬえは腹を抱えて笑い出した。抗議するかのように人修羅の冷たい視線が向けられるが、彼女は浮遊してモノを回避、涼しい顔をしていた。

 

「さあさあ、いっぱい見ていってよ。君の役に立つものをちゃんと仕入れてあるからさ」

 

 赤い幾何学模様の無機質な立方体を、カウンターの上に並べるガラクタ集め。この物体は人修羅にもなじみ深いもので、中にどんな形状の道具も収納することが出来る『宝箱』だった。

 

 人修羅は慣れた手つきで宝箱を操作し、中身を取り出す。直径1メートルほどだったそれは、内部の道具が取り出された瞬間に、ルービックキューブのような形状に変形して縮小した。

 

「この道具は...って、言わなくても分かるかな」

「そうだな」

 

 正面の箱の中には、人魂のようなものが揺らめく、淡く蒼い光を放つ玉が収納されていた。ガラクタ集めは職業柄、その道具がどのようなものか説明しようとする。だが、彼の店を何度も利用していた人修羅は、説明されずとも道具の用途を把握していた。

 

「いや、私は分かってないんだけど?」

 

 二人のやり取りを傍らで見ていたぬえが、二人の間にずいっと割り込んで言った。寺の宝物殿を見たことがあると言っていた彼女が知らないということは、この道具は幻想郷には存在しない物なのだろうか。

 

道反玉(ちがえしのたま)。死んだ仲魔を生き返らせる。除霊にも使えるらしい」

 

 原理などの説明が難しかった...あるいはそんなことに興味はないのか、人修羅はきわめて簡潔に道具の名称と効果を述べた。

 

「え...すごっ。おいくらぐらいなの......?」

「う~ん...マッカからこの世界の通貨に変換すると......イチマンハッセンエン...かな?」

「リーズナブルだ...」

 

 道具の正体は道反玉(ちがえしのたま)と呼ばれる宝玉である。それは、肉体から離れ行く魂をその肉体に呼び戻す...即ち、仲魔を蘇生させる効果を持つ。人修羅としての力を得たばかりの尚紀は、仲魔を死なせてしまうことが多く、その力に頼ることが多かった。

 

 道反玉を前に、人修羅は収納空間と繋がっているポケットに手を突っ込み、まさぐる。彼は何かを探しているようだったが、しばらくして手を止めた。

 

──反魂神珠(はんごうしんじゅ)は...無くしたか......

 

 本来、人修羅は反魂神珠というほぼ上位互換となる性能の宝具を所持していた。それ以来、道反玉はお役御免となり、拾得しても彼の店に売り払うのが常となっていた。もしかすると、今並べられているこれは、自分が売り払った物かもしれない。

 

──俺には無意味だが...

 

 魔人という悪魔でも人でもないあいまいな存在であるためか、仲魔から死んでも蘇生できないと警告されていた。つまり、人修羅本人にとっては無用の長物。だが、手を放そうとしたところで、ここ数日人里に置いてきている(仲魔)の姿がふと頭をよぎった。

 

「買っておくか...」

「まいどあり!」

 

 人修羅は道返玉を五つ購入して、四つをポケットの先にしまい込み、最後の一つを近くにいたぬえに投げ渡した。

 

「一応持っておけ」

「いいの?私妖怪だけど」

「別に問題はない」

 

 人修羅となってから激動の日々を繰り返している尚紀は、先のことなど全く予想できないと思い知らされている。彼女(ぬえ)にとってはそうでもないかもしれないが、今自分がこうして接することによって、彼女の運命に介入してしまっているのかも知れない。やや大げさだがそんな風に思ってしまった彼は、できることはしていこうと行動したのだった。

 

「まぁ、じゃあありがたく貰っておこうかな...」

 

 ぬえはやや照れくさそうにしながら道返玉を受け取り、彼と同じようにポケットに突っ込んだ。ぬえが受け取ったことを確認した人修羅は、また並べられている箱を調べて品揃えを確認している。

 

 ガラクタ集めは様々な道具(アイテム)を収集、販売しており品揃えは悪くはなかった。しかし人修羅は、仲魔に対して道具を使用することが多かった。この世界に流され、仲魔が一時的な契約である天使(アークエンジェル)しかいなくなってしまった彼には、うまく使うことができる品物が少なかった。

 

 それでも、あの世界(ボルテクス界)で数少ない協力者といえる存在だった彼までこの世界に渡っているのは、人修羅としての生の中で、数少ない幸運だった。それをどうにか活かしたいと、人修羅は並べられた宝箱の前で自分に何が必要かを一人思案していた。

 

 ボルテクス界での戦いだけではなく、今存在しているこの世界(幻想郷)での戦いも顧みる。閉じられた人修羅の瞳の裏側に、霊夢の夢想封印に打ちのめされた、退屈を持て余して興奮した妹紅に焼却されかけたあの時の景色が流れていった。

 

──魔法...

 

 脳内の映像と思考が結び付き、人修羅は閉じていた目を見開いた。ここで求めたい物が見つかったようだ。だが、すぐにハッとしたように首を傾けた。そして、マネカタ特有の身体の痙攣を起こしてぬえに気味悪がられていたガラクタ集めを、射るように見つめる。

 

──こいつ、魔反鏡(まはんきょう)売ってたことがあったか?

 

「...欲しいものがある...って顔をしているね」

「分かるの?コイツが表情変えたの見たことないけど」

 

 意図しているわけではないが、尚紀は人修羅になる以前から感情を表面に出す事が少なかった。それは人修羅となったことで更に加速し、周りの存在からは無感情の悪魔のように見えていた。しかしガラクタ集めは関わりの多さ故にか、彼の機微を見抜き、ぬえを驚かせた。

 

「鏡売ってるか?」

「鏡?なんで?」

「カガミ...ね」

 

 彼に心の内を見抜かれた人修羅は、目的の道具の名前を言ってみせた。実をいうと、その道具(アイテム)はボルテクス界にあった彼の店で販売されていたことはなかった。それなりに希少な代物なため、売る気がなかったのか単に仕入れることができなかったのか定かではない。

 

 ともかく、その気になれば店で購入せずとも探索や悪魔からの戦利品として無尽蔵に手に入れることができた道返玉の価値が比較的高いこの世界で、あの世界(ボルテクス界)でも価値が高い道具(アイテム)である魔反鏡を入手できる可能性は限りなく低かった。ダメもとというわけだ。

 

 

「カガミはねぇ...向こうの悪魔にとってもオタカラらしくてね。僕じゃとてもたどり着けないような場所にしかなかったんだ。」

 

──無理か...

 

 彼の語り口に、続く言葉を察して諦めてしまう。やはり、自分でもまとまった数を得ることができなかった物品が、全く違う場所であるこの世界に存在するわけもなく...。しかしガラクタ集めはちょいちょいと手招きをし、他の箱とは違う、青い宝箱を取り出しながら口を開いた。

 

「霖之助君は集めるだけじゃなくて、あまりやりたがらないけど作るも上手なんだよ。」

 

 彼は、その箱の中から、豪奢な金色の額縁で装飾された、銀の鏡を取り出した。額縁は掘り込みまでされており、楕円形の鏡面は眩い輝きを放っている。裏面には敵に対して向けやすいように持ち手がつけられており、鏡というより展示用に装飾された盾といった体裁だ。

 

「うわぁ...キレー...」

「使ったら壊れるけど」

「え!?何回使えるの?」

「一回」

「もったいな...」

 

 傷一つない美品を前にぬえが息を飲むが、これは美術品ではなくれっきとした道具(アイテム)である。鏡面に命中した魔法攻撃を無効化するどころかそのまま相手に跳ね返してしまう力を持つ。美しい装飾が施されているものの、使用できるのは一度きりで、役目を終えれば朽ちて崩れ去ってしまう。確かにぬえの言う通り、少々もったいない。

 

 これが人修羅が求めていた道具(アイテム)、魔反鏡そのものだった。ガラクタ集めの口ぶりから察するに、これはこの香霖堂の店主である森近霖之助が自ら製作したものらしい。道具に対して、「使えそうだから拾う」「持っているから使う」程度の執着しか持たない人修羅にとっては、作った物を見せられるというのは少し新鮮な体験だった。

 

「.......!足りなかったらツケにしてくれ!」

 

 人修羅は話の途中であるにもかかわらず、目の前に置かれた魔反鏡を素早く取り上げた。何事かと二人が驚くが、彼は矢継ぎ早に代金と思われる札束と小銭を叩きつけ、まるでこの空間から脱出するかのように飛び出していった。あの妖怪(あくま)の気配を感知したのだ。そして香霖堂を飛び出した人修羅は、負傷した霖之助と出会い、悪魔の気配も感じさせる奇妙な妖怪と戦うことになる、というわけである。

 

─────────────────────────────────────────────────────────

 

「そういう事情があった。勝手に物を持ち出してすまない」

 

 担いでいた霖之助を奥の部屋の寝室へと運び込み、香霖堂で待っていた二人に先程の出来事を打ち明ける。同時に、霖之助の私物であった魔反鏡を勝手に持ち出して使用したことを謝罪するが......

 

「まぁいいんじゃないかな、頼んだらすぐに作ってくれたし。役に立ったなら、また作ってもらおうよ。」

「それは凄いな......」

 

 向こう(ボルテクス)ではありえなかった貴重品の安定供給に、人修羅は心の中で感嘆した。あのボルテクス界で感じた魔力(マガツヒ)を持つ妖怪とも悪魔とも言えない少女のことが気がかりだったが、今は無事に霖之助を連れ出せたことを喜ぶべきだろうか。そんなことを考えながら、人修羅は事情を知るはずの彼が目覚めるのを待った。

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